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第28話 世界のはじまり

 気怠い朝は迎えなかった。


 すぐに布団から出て、炊飯器を開けると炊きあがったばかりのご飯が湯気をあげていて、それを茶碗によそって卵をかける。


 いつも通りだが、いつもと違う。ほんの少し、本当に少し違うだけの朝がどうにも心地よかった。

 


 学校に向かうと、校門では「挨拶強化期間」という襷を着た生徒が元気よく道行く生徒に声をかけていた。


「おはようございまーす!」


 校門を通る俺の耳元で大きな声、ジンとする耳を抑えながら俺は、


「おはよう」


 相手に聞こえたかどうかは分からない。俺はそのまま下駄箱へ。


 廊下ではユニフォームを着た生徒が走っている。


 普段なら煙たく思うところなのだが、汗を流して一生懸命に走るその姿を見て、その気持ちは今日は湧いてこなかった。


 もう少し進むと教室が見えてきて、固まって談笑する生徒がチラホラといる。


 カビのようにくっついて繁殖するそいつらは、よく見ると歩行者の邪魔にならないよう端に寄って話している。


 ならば、お咎めはなしとしよう。


 四組に行く途中、三組の中を扉越しに見る。


 窓際の後ろから二番目。柱の丁度隣にある席で本を読む黒髪の女子と目が合った。


 俺は目を逸らさずに、不器用にも口角をあげてみた。


 するとあちらも笑ってくれた。


 四組に入ると黒板の前でニワトリ族がいつものようにたむろしていた。


 リーダーらしき奴と目が合う。


 あぁ、なるほど。


 今までなんてけったいな髪形をした奴らなんだと思っていたが、これはウルフカットという奴だ。美容室に貼ってあった広報記事に書いてあったのを覚えている。


 じゃあこいつらはニワトリではなく、狼ということになる。ここにきて新発見

だ。


 俺が席に着くと、一人の生徒が声をかけてくる。


「よっ!」


 短いその言葉に俺は。


「おはよう、健人けんと


 至極当然。当たり前の挨拶を、先程校門で言ったのと同じように言ってみる。


 すると健人はギクリと体を硬直させ、幽霊を見たかのような顔で俺を凝視してくる。


「今、なんて言った?」

「だからおはようって」


 そう言うと健人は、


「サボテン、まさか本当のお前はすでに宇宙人に殺されていて今俺の目の前にいるのは人のフリをした地球外生命体なんじゃないだろうな」

「それは魔法少女ふりふりピュアラだろ」


 健人の冗談にも、俺なりの、今の俺なりの返答をしてみる。


「あぁ」


 健人は呆けたようにそれだけ言う。なんだその気の抜けた返事は。聞いているのか聞いていないのかはたまた興味がまるでないというような返事。


 それは俺がよくしていたものだ。


「そっか・・・・・・おう! おはよう! サボテン!」


 いつもは耳障りなその声も、まぁ今回は多少の騒音程度に捉えておいてやる。


 するとガラリと、扉が乱雑に開けられた音がする。


 入ってきたのは魑魅魍魎。ではなく。


 霊長目ヒト科ギャル属。


 そいつらは黒板の前に座っていたニワトリ族、もとい狼どもを丈の短いスカートから生えた足で蹴散らしていた。


 なにやら言い争っているようだ。


 そう思った、いや。そう思っていたのだが、違う。


 奴らは笑っていた。互いを弄り倒しながら、時にはひどい罵倒の言葉をかけているにも関わらず、ケラケラと。


 見方を変えるだけでも、世界はこんなにも違って見える。ほんの少し心構えとか卑屈でネガティブな気持ちを抑えるだけでも、こんなにも違いに気付くのだ。


 そうしてひとしきり喋った奴らは、各々に解散し、自分の席に着く。


 その中から、黄色の髪をしたギャルがこちらに近づいてくる。


 俺と目が合う。


 そいつはいつものように声には出さず、しかし弾ける果実のような笑顔を俺に向け、他の人に気付かれない程度に小さく手を振った。


 爽やかな柑橘の香りが鼻をくすぐり俺は。


「おはよう、楠木くすのき


 そう言った。


 すると、俺の斜め後ろで人の止まる気配。


 目だけそちらに向けてやると、目をまん丸にしてパチクリと分かりやすいくらいに大きく瞬きをした楠木がいた。


 そんな様子が可笑しくって、俺はつい頬が綻んでしまう。


 健人といい楠木といい、なんなんだその顔は。


 そんなに俺が挨拶をするのが不思議か? それとも、以前の俺はそれほどまでにふくれっ面だったか?


「えぁっ、お、あ・・・・・・うぇ?」


 完全にテンパっていた。噛みっ噛みに何かを呟く。


 辺りを見渡し、少し考えてから、楠木は何かを話したそうにウズウズしているが先生によって開けられた扉がそれを遮る。 


「お、おはよっ」


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