第14話 百合の花
「……この人、弱くね?」
その俺の言葉で更に場が凍ってしまうのは言うまでもない。
「嘘だろ。あのひょろひょろ、何もんだ? 権蔵の本気はそこそこ強かったはずだが、強い奴でもあんなに一瞬でケリをつけられる相手じゃねぇはずだぞ」
でも、権蔵さんは本気を出していなかったし、これくらい当然の事なんじゃないのか?
そんな事を思っていたら次の瞬間、俺の耳に大変な事実が飛び込んできた。
「あいつ、本気を出していたのに」
本気を出していたのに……本気を出していたのに……本気を出していたのに……と耳の中で反復する。
……え? もしかしてあの遅いパンチが本気だったのか? だとしたら、ここのそこそこ強いのレベルは低すぎないか?
「ふむ。やはりこうなりましたか……しかし、予想外にもあっさりと権蔵がやられてしまったので、少しびっくりしましたが」
焦燥さんは俺が勝つと予想していたようだ。だが、俺の素性に関しては何も知らせてはいない。もしかして、出会って間もない俺の力を信じたというのか? しかも、先程料理が得意ってのを明かしただけで、喧嘩が強いとか何も言っていないはずなのに……。
「いえ、風魔様の考えは半分正解で半分不正解と言ったところでございます」
心が読まれたっ!? この人はエスパーかなにかなのか?
「確かに私は貴方様の力を信じました。しかし、それは直感などではありません。掃除の時の強靭な肉体。料理の的確な判断力。それらから計算するに、貴方様は喧嘩などがお強いのではないかと結論づけました」
流石、執事をやっているだけあって、なかなかの観察眼だ。
確かに、あの時使った筋肉は喧嘩のために鍛えたものだ。ただ、俺はそうしなくてはならない理由があった。
なにせ、うちはボディーガードが居ない。だから自分の身は自分で守るしか無かったのだ。好きで強くなったわけじゃない。
自分の身を守るために武術関連の習い事には、いっそう力を入れた。その結果が今の俺となっている。
「よく分かりましたね……そうです。俺は少々荒れていたもので、喧嘩が強いんですよ。どうです? こんな危険人物は、ここで排除しますか? メイドの方々」
本当は隠れて尾行しているのであろうが、幼少期から自分の身を守るための特訓を積んで、感覚を研ぎ澄ませてきた俺にバレずに尾行することは、生身で虎に挑むよりも難しいことだ。
しかし、そんな事は知らなかったメイドは俺に気が付かれていないと思っていたらしく、驚きの表情を浮かべながら陰から出て来た。
俺みたいなひょろひょろにしてやられたのが屈辱的らしく、メイドは下唇を噛み締めていた。
しかし、メイドは俺が無言の圧力をかけると、もう降参と言わんばかりに両手を上げて言葉を紡ぎ出した。
「ダメね……どう考えても貴方に勝てる気がしないわ。だけど調子に乗らないでくださいっ! 佐藤お姉様の方が強いんですからぁっ!」
素直に負けを認めたと思ったら、ただ単に佐藤さんに丸投げして去っていった。なんだったんだよ、あの嵐のようなメイドさんは……。
「彼女は隠密が特技でね……特に影が薄いと言われて気付くのには困難が強いられるはずなんだが、君はどこから気がついていたんだい?」
「そうですね……掃除をしていたあたりから、何となく視線を感じ始めて、確信を持ったのは厨房に案内されているときですね」
しかし、あれは監視をしているだけに見えたから、そっとしておいた。
でも、この結果はメイドたちにとっては悪印象だよな。何せ、俺なら簡単にお嬢様を暗殺しようと思ったら出来るんだから。
「……いや、風魔様? メイド長の心配は、そういう事ではないと思うよ」
なんかナチュラルに心を読まれて悔しいんだけど、そうじゃないとしたらどういうことなんだ? メイド長の心配事は、これ以外には思いつかない。
新しく入った俺を警戒するとしたら暗殺の件なんじゃないのか?
「……風魔様は百合というのは、ご存知ですか?」
「百合ですか? すみません……花の事にはどうにも疎いもので……」
「いえ、本当の花の事ではなくて、女性同士の同性愛の事でございます」
そっちの百合か……。でも、そうしたらこの話の流れ的に――つまりあのメイド長はお嬢様である古沢に恋愛感情を持っているって事か!?
そこで俺も気がついたのがわかったらしく、焦燥さんはゆっくりと頷いた。
しかし、あの硬派そうなメイド長が古沢に対して恋愛感情を抱いているなんて……この世界は何があるかわからんな。
つまり、この議題に戻ると、メイド長は古沢が俺に惚れないか警戒しているってことか? なんだ……メイド長もなかなか可愛いところがある。
だが、そんな心配は不要なんだがな。
俺は古沢とは昨日初めて話したばっかりだ。こんなに直ぐに惚れるよう事があれば大事件だ。それに、メイド長は今までずっと古沢と一緒に居た。確率としては昨日今日来たばかりの俺よりも昔からの知人に惚れる可能性の方が高いだろ。つまり、メイド長である佐藤さんに惚れる可能性の方が高い。
「うむ。これで完璧だな。今日から落ち着いて寝られそうだ。この事をメイド長に力説してくる」
「やめた方がいい!」
この場に居た全員に否定されて、佐藤さんのもとに向かおうとしている俺の服を掴んで必死で止めてきた。しかし、俺はそれを引き摺ってでも行こうとするが、これ以上されると服が伸びてしまう。
何もかもない俺にとっては貴重な一張羅なのでこれが破けでもしたら一大事だ。
なので断念して、その場に立ち止まった。
「メイド長はな、ずっと女子校だったせいで、男嫌いが激しいんだ。だから、君が行ったらお嬢様が君に惚れようが惚れまいが、問答無用で攻撃される」
力説してくると言った俺を止めた理由をボディーガードの一人が解説してくれた。
なるほどな。極度の男嫌いで問答無用で攻撃してくる……って、それってかなりの重症なんじゃね? なんで男を見かけただけで攻撃してくるんだよ!
しかも、あのメイド長は刀を持っている。あの刀とは関わりたくないな。ということで、メイド長に力説する案は俺の中でも正式に不採用となった。
「確かにその案は不採用ですが、風魔様の実力には目を見張るものがあります。なので、仮採用となります」
「仮採用?」
「はい。私には正式に採用する権限はございません。正式に採用するかはお嬢様次第となっております。ですが、風魔様の実力ならば料理人でもボディーガードでもなんでもなれます。そして、その全てが出来るものだけがなることのできる使用人。それが、メイドと執事でございます。この二つだけは全科目で合格していただく必要がございます」
そうか。メイドや執事はお嬢様を直接お世話する職務。なら、全てにおいて完璧でないといけないって事か……。
しかし、これはいい事を聞いた。丁度俺は全科目で合格を頂いた。つまり、なれるのだ。
あの、全てにおいて完璧でないとなれない使用人、執事に!
これは古沢に恩を返すチャンスだ。ぜひその執事になりたい!
「では、俺はその執事でお願いします」
「分かりました。今日からあなたは執事(仮)という事になりますので、お嬢様の専属執事をお願いします」
……ん? ちょっと待った。
新人執事に専属を任せるのはどうよ……。しかも、男の俺だ。メイド長が血の涙を流してしまうに違いない。
「いやいやいや、なんで俺なんですか!? もっとお嬢様に近くて適任の方が居らっしゃるでしょうに」
「いえ、君でなければならないのです。お嬢様は貴方に非常に信頼を置いている様子。なので、貴方が専属の方が落ち着けるのではないかと思ったのです」
いや、なんで会って一日の俺に信頼を置くんだよ。そこは注意しなくちゃいけない部分だろ!
確かに俺は何もしないけどさ、男の俺の前で寝落ちだなんて、無防備にも程がある!
これは帰ってきたらちゃんとお話をしなくちゃいけないな。
まぁ、これに関しては焦燥さんは譲る気が無いみたいなので、仕方が無く受け入れるとしよう。でも、あの無防備なところはきちんと直すように教育しなくてはならないな。
どうしてこうなったんだ……でもいつまでも現実逃避をしている場合じゃないな。気持ちを切り替えて仕事をしないと。
仮とはいえ、採用して貰えたんだから、それ相応に働かせていただきましょうかね。
「早速執事になった君に仕事を頼みたいのだが」
「はい! よろこんで」




