53
案内されたアイコの部屋。
ひんやりとしてて、真っ暗だった。
まるでそこだけ夜になったみたい。
部屋の外と中。
まるで扉を挟んで別世界のようにも感じられる。
異様な雰囲気に私は思わず息を飲んだ。
アイコはそんな部屋にいた。
ベッドの上。
体に布団が覆いかぶさっている。
体が小刻みに震えている。
まるで何かに怯えているみたいに。
真っ暗闇に1人放り出されたとか
自分以外全員が世界からいなくなったとか
夜の海で溺れてるとか
そんな表情。
アイコが顔を少し上げれば。
アイコが耳を少しすませれば。
私達が来たって気がつくはず。
でもアイコはそんな素振りを全然見せない。
きっとアイコは私達に気がついていない。
ずっと。
ずっと自分の頭のなかで溺れてるんだって思った。
うかつにふれれば壊れそうなアイコの姿。
想像以上だった。
学校に来なくなった。
部屋から出なくなった。
そう聞いていた私。
そう聞かされた私。
とっても心配になった。
でも今から思えば楽観視してたんだなって分かる。
もしもう少し遅かったら……。
そう思うと背筋が寒くなる。
考えたくもない想像が頭に浮かぶ。
そうならないためにも。
私は。
アイコと話さないといけない。
アイコに手を差し伸ばさなければいけない。
例え拒絶されたとしても。
何度も。
何度も、何度も。
諦めちゃいけない。
アイコと私の関係がこれっきりだとしても。
アイコを助けないといけない。
そう思った。
「いつき……」
横にいる藍姫の声。
震えていた。
藍姫もきっと私と同じだって思う。
ここに来るまで楽観視してた。
話せば。
説得すればなんとかなる。
私も藍姫も真剣だった。
でも真剣さの度合いが足りなかった。
「ねぇ、藍姫」
だから本当に。
本当にアイコと向き合わなければいけない。
私が嫌なことを聞くことになっても。
言いたくないことを言うことになっても。
それはできるだけ藍姫に聞いて欲しくないこと。
藍姫にとってカナはいい人のままでいて欲しいから。
藍姫とカナの間で何かあったらとっても嫌だから。
「外で待っててもらっていいかな」
「……どうして……」
「2人で話をしいから」
「……分かった」
私の言葉をどう受け止めたかは分からない。
でも……
「アイコのことよろしくね」
そう言い残して部屋を出て行く。
閉じられる扉。
この世界にアイコと2人っきりになった。
まだアイコは私のことに気がついていない。
私は一度大きく息を吸った。
「……アイコ」
そして言った。
大きな声を出したわけじゃない。
でも嫌に自分の声が響いて聞こえた。
不思議と緊張はなかった。
それはなぜだかは分からないけど。
「聞こえてるでしょ?」
私の言葉にアイコは少し反応を見せる。
ぴくりと体を震わせて。
……もしかして私が怯えられている?
私が宇宙人だから?
それもありえるかもしれない。
私が地球人を覚えるように。
その逆だって考えられる。
秘密をばらされたくないから。
秘密を知った人を殺す。
そう考えてるのかもしれない。
私はずっと怯えるばっかりだった。
初めてそんな考えが頭に浮かんだ。
「私がいなくなればいいかな?」
だからかもしれない。
思わずそんなことを言ったのは。
「アイコは私が学校にいるから怖くて来れない」
部屋は相変わらず寒い。
きっと季節だけが原因じゃない。
「だから私がいなくなれば大丈夫だよね」
あんまり反応がない。
もしかしたらそれだけじゃ足りないのかも。
「……私が地球人じゃいから……」
だから私は言葉を続ける。
一度言葉が止まれば何も言えなくなる。
そんな恐怖感があった。
「だから嫌いなんだよね、怖いんだよね、いなくなって欲しいんだよね」
だったら……。
私なんかいなくなれば。
そう言おうとした。
でもアイコの言葉が聞こえた。
「違う……」
本当に小さな、小さな声だった。
いつもなら聴き逃してしまいそうなぐらいに。
でも不思議とはっきりと聞こえた。
やっぱりここは別世界。
「そう思ってない」
私はアイコが話してくれたことが嬉しかった。
「違うの?」
アイコは小さく頷く。
きっとそうすることが精一杯の意思表示なんだろうって分かった。
「違うならどこが違うのかを教えて欲しい」
ふぅって息をはいた。
「アイコは私にいなくなって欲しい?」
首をふる。
「アイコは私が怖い?」
首を振る。
「アイコは私が嫌い?」
首を振る。
「……アイコはカナのことが怖い?」
アイコは首を振らなかった。
体の震えが大きくなった。
やっぱりって思った。
「カナに私が地球人じゃないって聞いたの?」
その言葉に。
アイコは少しの間の沈黙。
でも……。
意を決したように。
アイコは頷いた。
そもそもアイコがどうやって知ったのか。
知るチャンスなんてなかったはず。
もし私が何か失敗してるなら。
気がついてるのがアイコだけっていうのが変だって思う。
きっと私は考えたらすぐに気がついた。
カナがアイコに言ったんだって。
でも、私はそう考えたくなかったんだって思う。
だからそういう考えを避けてきたんだって。
「カナと何があったのか教えてくれないかな……」
私は思い出す。
ナツミが言ったことを。
なんで1年生の時に私はカナとしか話さなくなったのか。
「カナには絶対に言わないから」
その言葉をどれだけ信じてくれるか分からない。
信じてくれるしかないって思った。
そう祈ることしかできなかった。
「文化祭が終わってすぐ……」
そして祈りが通じたのかもしれない。
アイコは静かに、ゆっくり、話をしてくれた。
「カナに呼ばれていっきに近づくなって、仲良くするなって……」
「仲良くしたら呪うとか言われたの?」
確かクラスの人が受け取った紙にはそう書かれてたみたい。
そういうことがあったことを。
私は今日まですっかり忘れてた。
だからアイコもきっとカナにそう言われたんじゃないかな。
そう思った。
でも……
アイコは首を振った、
「殺すって言われた」
それは想像もしてなかった言葉。
きっと脅すために。
私とアイコを離すために。
仕方がなく言った言葉。
でもそんな残酷な言葉をカナが言うって信じられなかった。
「信じられないでしょ」
「ううん」
でも私は信じようって思ってる。
アイコが私のことを信じてくれてるから。
「信じるよ」
「……それでいっきが宇宙人だって」
アイコの話は続く。
私の中で今回のことで一番悪いのが誰だかはっきりしてきた。
「何かあったら知ってることを言って、もう仲良くできないって言えって……」
だからカナはアイコを部室に呼べたんだ。
だからカナが手伝ってくれてたんだ。
そうなるか分かってたから。
そしてカナがしたかったことも分かる。
もし秘密を知られたら……。
そんなことを私に教えたかったんだって思う。
でも学校に来るなっていうのは行き過ぎだって思う。
実際にアイコは壊れそうなぐらいになってる。
いくら理由があってもそれは……
「学校にも来るなって……」
「ううん」
私の言葉が終わらないうちにアイコは言った。
「そこまでは言ってない」
「じゃあ……何でアイコは……」
ぎゅっと布団を握る手が強くなった。
「アタシが……弱いから……」
泣きそうで、壊れそうな声。
「アタシが悪いの。アタシがいっきを泣かせたの。アタシがいっきを……」
だからカナは悪くない。
そう呟く。
「脅されても、何をされても、言えばよかった」
「…………」
私は何も言えずにアイコを見る。
アイコの言葉を聞く。
何だか呼吸すらもできなかった。
「いっきが好きだって。大好きだって。そんなの嫌だって」
アイコの言葉はどこまでも真剣で。
どこまでも細くて張り詰めていたから。
ちょっとしたことで切れてしまいそうだったから。
「でもアタシはそうできなかった」
アイコの気持ちは凄く分かる気がした。
私もカナが悪いって思ってない。
もちろん、アイコが悪いとも思ってない。
悪いのは、私。
私だけが悪いって思ってる。
でもそのことを言っても無意味だってことも分かる。
「アタシは言われるがままにして、いっきを傷つけた」
そしてアイコも傷ついた。
私が傷つくよりずっと。
「だからいっきを見る度に苦しくなって……」
「それで学校に行けなくなったの?」
「うん……」
やっぱりもっと話すべきだったって思った。
あの時に無理にでも引き止めて。
そうすればこんなことにもならなかったのに。
「私は大丈夫から」
「…………」
「アイコが学校に来てくれないほうがきつい」
「…………」
「私のために学校に来てくれないかな?」
きっとそれは卑怯な言い方。
罪悪感はもちろんあった。
でも何でもするって決めてるから。
良心が痛むぐらいなんてことない。
「学校には友達だっているでしょ」
今度はまた私が話す番だった。
でも最初とは違う。
アイコのどこかを握れてる感触があったから。
もしこれで駄目だったら。
アイコを掴んだまま私も落ちていってもいいかもしれないって思えた。
カナには悪いけど。
「それにアイコを好きな人だっている」
でも今の私にはカナもアイコも同じぐらい大事な存在だから。
「みんなが待ってる」
部屋の外にいる藍姫。
きっと一番緊張してると思う。
心臓が張り裂けそうなぐらいに。
「だから帰ってきて欲しい」
「……アタシを好きだって人の中に……」
「……うん」
「いっきは含まれてるの?」
「当たり前じゃない」
それはすぐに答えることができた。
そしてアイコは喜んでくれるって思った。
でもなんだか違った。
「……何か違う……」
何かって言われても……。
分からないって思った。
でも何だか部屋が少し温かくなった気がした。
「私がアイコを好きだと嫌なの?」
「そうじゃないけど……」
ちょっとずつ。
ちょっとずつだけどいつものアイコに戻ってる気がした。
「でも何か違う」
「そう言われてもな……」
「……もういい」
なんだか子供みたいな声。
ちょっと拗ねてる感じ。
「学校には行くから」
「……本当?」
「うん。でも……いっきと話すのは……」
「やっぱりカナが怖い?」
「怖い」
そうはっきり言った。
例え本気じゃなくても。
そうしないって分かっても。
怖いものは怖いんだなって思った。
「分かった」
そこで私は話をすることにした。
「ナツミは分かるでしょ?」
「うん」
「ナツミもカナから私と仲良くしないようにって言われたんだ」
正確に言うと手紙。
でもそこらへんはいいやって思った。
「それでね。学校では話せないけど、電話で話そうって……」
思えばずっとそんな関係が続いてる。
それでいいって思ってた。
適切な距離だって。
でも、私はナツミに、それにカナに甘えてたんだって思う。
「だからアイコもしばらくはそんな感じはどうかな?」
「電話で話すってこと?」
「うん。もちろんカナには秘密でね」
「…………」
「3年生になるまでにはなんとかするから」
みんなが話せるように。
ナツミやアイコと学校で話せるように。
どうすればいいのか分からない。
でも私が強くなることが絶対条件だって思う。
守ってもらわなくても大丈夫。
そうカナにきちんと伝えないといけないって思う。
「だからそれまでそうやって仲良くしてほしいな」
「……うん」
アイコの言葉にほっとした気分になる。
アイコが学校に来てくれるなら。
アイコとの関係が全部切れてもいいって思ってた。
でもやっぱりアイコと話とかできるのは嬉しい。
「だからちょっとだけ待っててね」
「分かった」
言いながらアイコは小さく頷く。
まだ元気になったわけじゃない。
元通りになるにはもう少し時間が必要って思う。
でも今日は本当に来てよかったって思ってる。
「そういえば藍姫も来てるんだけど……」
「藍姫が?」
どうやらさっきは本当に気がついてなかったみたい。
「本当に心配してたよ」
「……そうだね。謝らないと」
「謝る必要はないけど、安心はさせて欲しいな」
早く藍姫を安心させたいって思った。
「分かった」
アイコは素直に言ってくれる。
早くいつもの自信満々で意地悪な声が聞きたいって思った。
「それじゃ藍姫と変わるね」
きっと藍姫もアイコと2人で話したいことがあるって思った。
アイコも私に聞いてほしくないことがあるって思った。
「今日はありがとう」
部屋を出て行く時に私は言った。
「ちゃんと話してくれて」
「それは……アタシの台詞」
アイコはまだ布団にくるまったまま。
もう必要はないはずだって思う。
でもきっと脱ぐタイミングがないんだろう。
そういうところは。
そういう意地っ張りなところは可愛いって思う。
「1つ聞いていい?」
部屋を出る直前。
私を引き止めてアイコは言った。
「いっきって本当に宇宙人なの?」
「……そうだよ」
「本当にそう思ってるんだ」
「……誰かに言う?」
「言わない」
「私が怖いから?」
「……ううん」
「それじゃ……何で?」
「友達だから」
それはとっても嬉しい言葉。
でもアイコは少し寂しげに言ったのが印象的だった。
きっとまだあの時のことが心に残ってるんだって思う。
指とかにささった棘みたいに。
早くその棘が抜ける日が来てくれるといいなって私は思った。




