52
待ち合わせ場所は学校の前だった。
私はいつものように学校へと向かう。
制服じゃなくて私服。
そして隣にカナがいない。
その2つが大きな違い。
でも、それだけで何だか不安になってくる。
隣にカナがいてくれる。
そのことがとっても力をくれてることを実感する。
本当に大丈夫かな。
そんな心配でいっぱいだった。
今日の天気もあんまり良くない。
最近はずっと晴れが続いていた。
でも今日は分厚い雲が空を覆ってる。
今にも雨が降りそうな感じだった。
帰る頃には雲がなくなって、晴れてるといいなって思う。
昨日の放課後、藍姫と話をした。
そして知った。
アイコがずっと学校を休んでるんだって。
それが風邪とか、怪我とかならいいって思う。
……ううん、よくないけど……。
でも治ったらまた学校に来てくれるって分かるから。
でもアイコが学校に来ないのは、きっとあの時のことが原因。
部室でのやり取りがきっかけ。
私とアイコが友達じゃなくなった。
それがどう影響したのかは分からない。
でもそれ以外に学校に来れなくなるほどのことはなかった。
はずだって思う。
だから私は藍姫とアイコの家に行く。
アイコと話そうって思う。
友達に戻れなくてもいい。
アイコが嫌っていうなら話しかけたりもしない。
でも、学校には来てほしい。
そうじゃないと、本当にどうなるか分からないから。
私は美香の一件を思い出した。
あの時もきっとそのままだったら。
写真がクラス中の人に送られなかったら。
問題解決が遅かったら。
美香は学校を辞めて、今とは全然違う道を歩んでたに違いない。
それは絶対に悪い方にって分かった。
そして今のアイコもそう。
誰かがなんとかしないと手遅れになりそう。
だから藍姫は私に頼んだって思う。
アイコはああ見えて友達とか少なそうだから。
それに同じ部活だと今までのこともあって頼みにくいかもしれない。
正直言って行くのはちょっと怖い。
……ちょっと以上に怖い。
今度は何を言われるんだろうって考えてしまうから。
でも藍姫は昨日、言った。
アイコが私に言った言葉は本心じゃないって。
藍姫はアイコのことをよく分かってる。
そして私を慰めるために言ったんじゃないのも分かる。
だから、もしかしたら本当にそうかもしれない。
そう信じる私もいる。
だけど、もしそうだとしても。
何でそんなことを言ったののかな。
そんな疑問もあった。
……どっちにしろアイコに会わなくちゃね。
それからじゃないと何も始まらない。
今度は絶対に泣かない。
どんなことを言われてもしっかりと向き合う。
私はそう心に決めた。
……
…………
………………
「お待たせ」
待ち合わせ時間の5分前ぐらい。
すでに藍姫がいた。
藍姫も私服だった。
スカートに厚めのコート。
曇りだから今日は寒くなるって思ったのかもしれない。
そういえば藍姫の私服を見るのは初めてだった。
「早かったわね。私もさっき着いたところ」
スマートフォンを見て藍姫は言った。
あんまり緊張とかしてなさそうな雰囲気。
いつもな感じが出てた。
でもそれは隠してるせいなのかもしれない。
私に気負わせないように無理してるのかもしれない。
「5分前だから別に早くはないと思うな」
だから私も普通に話す。
「もっと早く着くことも多いしね」」
「……それもそうね」
なんだか納得するような感じで言う。
言いつつスマートフォンをポケットに入れた。
「アイコがいつも遅れてくるからね」
言いながら苦笑い。
「だから普通がとっても早く感じるんだ」
「それは何だか嫌な慣れだね」
でも当然のように遅れてくるアイコは想像できる。
そしてアイコだからって許しちゃいそう。
「そういうのも含めてアイコだからね」
それは凄く分かる気がした。
でも私はあえて藍姫に言う。
「本当にアイコのことが好きなんだね」
「うん。大好き」
私の言葉に藍姫はすぐに言った。
心からの言葉を。
「振られちゃったのにね」
「そうだね。振られちゃたのにね」
言いながら笑顔の藍姫。
それは自虐的な笑みじゃない。
本当に嬉しそうな笑顔だった。
「振られたってアイコの力になりたいって思うんだ」
「だから今日はアイコの家に行くんだね」
「うん」
「……ごめん」
言葉が出た。
藍姫はアイコが学校に来なくなって悩んでたって思う。
それが私に原因があるって分かっても。
でも藍姫は何も責めないでくれた。
「なんでいつきが謝るの?」
「だって巻き込んじゃったみたいで」
「……気にしなくていいのに」
「そうだけど……」
「私が好きでやってることだからね」
「でも私がいなければこんなことには……」
「いつき」
藍姫は私を見る。
真剣な目で。
「私はいつきのこともそこそこ好きなんだよ」
「…………」
「だからいなかったら良かったって絶対に思わない」
言いながら藍姫は歩く。
この話は終わりって言う感じで。
「ほら、行こう」
「うん」
「アイコの家はそこそこ遠いからね」
私は藍姫の後ろを着いていく。
そして私はまた藍姫に謝った。
心の中で。
藍姫がこんなに強い人だって知らなかったから。
「っていうか外でいつきと会うのって初めてだね」
「そうだね」
「何だか変な感じがする」
「うん。制服を来てるイメージしかなかったから」
「何だか普通に遊びに行くみたいだね」
ふと藍姫が言った。
確かに他の人が見たらそう見えるんだろうなって思う。
「うん。そうだね」
「遊びだったらよかったのにね」
「アイコとかたまことかも誘ってね」
「うん」
「アイコとたまこは何だか相性悪い気もするけど……」
「それもそうだね」
言いながらけらけらと笑う。
「アイコが借りてきた猫みたいに大人しくなるかもね」
「そうかな」
どっちかというとたまこが怖がりそうって思った。
アイコはすぐに大きな声を出すし。
「そうだよ。だって人見知りだから」
「確かにそうだね」
いつも接してると分からないことだけど。
「でもきっとすっごく楽しいだろうね」
「うん。それは決まってるね」
そんなことを話しながら歩いた。
気分が重い中での楽しい時間。
でも思ってしまう。
この中にアイコがいてくれたら……。
もっともっと楽しいんだろうな。
そんな風な考えが頭の中に残り続けていた。
……
…………
………………
「ここがアイコの家」
案内されたのは3階建てぐらいのマンションだった。
もしかしたらアパートなのかもしれない。
でも私にはその2つの違いが分からない。
「ここの確か……203号室」
「そうなんだ」
声がなんだか小さくなった。
ここに来るまでは普通に話をしてたのに。
「緊張してるの?」
「うん」
「やっぱりいつきがアイコに会うのは緊張するよね」
「それもあるけど……」
「どうかしたの?」
私が緊張してる理由。
それが分からないで不思議そうにしてる藍姫。
「そういえば高校生になってと……知り合いの家に入るのって初めてだなって」
「そうなの?」
「うん」
思えば中学生の時もそうだった。
誰かの家に行くってことはほとんどなかった。
だから本当に久しぶりのこと。
「カナさんの家とかに行ったりしなかったの?」
「カナがあんまり自分の家とか好きじゃなさそうだから」
「逆もないんだ」
「逆?」
「カナさんがいつきの家に行くの」
「それもカナがあんまりしたくなさそうだから」
「そうなんだ」
やっぱり不思議そうな藍姫。
「なんだかこだわりとかがあるのかな?」
「分からない」
「ふーん。でもまぁ大丈夫でしょ」
なんて気楽に言う藍姫。
「アイコと違って人見知りするタイプじゃなさそうだしね」
「そうだけど……」
でもそれは宇宙人って知られたくない私。
ちょっと無理してた自分。
だから気を抜いたらどうなるか、自分でもよく分かってない。
「それにここまで来て帰るはなしでしょ」
「うん。それもそうだね」
「大丈夫だって」
そんな会話をしているうちに部屋の前まで移動。
「問題はアイコに会ってからなんだしね」
言いながら藍姫はインターホンを押す。
ピンポーンっていう音が聞こえた。
思えば自分の家以外でこの音を聞くのも久しぶり。
「はーい」
すぐに扉が開かれて女性の姿が見えた。
背が低くてアイコを全体的に大人しくした感じの人。
アイコは大人になったらこんな雰囲気になるんだな。
思わず想像してしまうような人だった。
「藍姫ちゃん、久しぶり」
「前はお世話になりました」
言いながら頭を下げる。
どうやら仲がいいみたい。
「そちらもアイコのお友達」
「そうですっ!」
思わず大きな声を出してしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「いつきっていいます。アイコの……友達です」
「そうなのね。心配してきてくれたの?」
「はい」
藍姫が言った。
「ずっと学校に来てないみたいですから」
アイコのお母さんの相手は藍姫がしてくれるみたい。
私は後ろで成り行きを見守った。
「心配になって来ました」
「そうなのよね」
大きなため息が聞こえた。
「ずっと部屋に閉じこもってて……」
「そ、そうなんですか……」
藍姫の表情が曇る。
きっと私も同じ感じになってたと思う。
思った以上のことになってたから。
まさか部屋に閉じこもってるまでは予想してなかった。
「何があったか聞いても教えてくれないし、クラスの子は分からないって言うし……」
きっとお母さんも心配してるんだろうって思う。
娘がずっと部屋から出ないんだから当たり前だけど。
でもこうなったのも私に原因がある。
そう思うと本当に謝りたい気持ちでいっぱいだった。
それになんとかしたいっていう思いも大きくなった。
「あのっ!」
だから私は言った。
成り行きを見守る。
そんなことを言った自分を叩きたいって思った。
「あ……アイコに会わせてくれませんかっ!」
「いつき……」
藍姫が振り返って私を見る。
「そういえばあなたがいつきさん?」
まじまじと私の顔を見る。
「そ、そうですけど……」
何だろうって思った。
すると……
「ちょっと待ってて」
扉を開けたまま戻っていく。
「何だろう?」
藍姫が私を見ながら言った。
それは私も分からないことだった。
そしてすぐ戻ってきた。
1冊の本を持って。
「これを作った人でしょ?」
「そ……そうです」
去年に作った部誌。
1人ぼっちの天体観測。
「やっぱり……」
「それがどうかしたんですか?」
「あの子の宝物なのよ」
「宝物……」
何だか大げさな響きに聞こえた。
「あの子、去年からずっと何度も読み直してるの」
「そうなんですか……」
そこまで私の小説が好きって知らなかった。
「それで言ってたの。これを書いた人と仲良くなりたいって」
「アイコがそんなことを……」
そう言ったのは藍姫。
藍姫も知らないことだったみたい。
「あの子、人見知りで自分から話しかけるのが苦手なの」
「そ、そうですね」
「でもいつきさんには自分から話しかけたんじゃないかしら」
「はい」
私は初めてアイコと会った時のことを思い出す。
自信満々に部室に入ってきたアイコ。
何だかとっても昔のことのように思える。
「本当はもっと早く話したかったみたいだけど、でも怖がってたみたい」
あの時のアイコは緊張してたんだ。
怖がってたんだ。
でも頑張って話しかけてくれてたんだ。
その時は全然そうは思えなかった。
でも今なら凄く分かる。
アイコと話をして、アイコのことを知ったから。
「アイコと仲良くしてくれてたのね」
「は……はい。私も凄く……楽しいです」
それは心からの本心。
「だからアイコにはまた学校に来て欲しいです」
「私もです」
そう藍姫が続く。
「すぐにとは言いません。でもできるだけ話をしたいです」
「……そうね」
今度は藍姫の方へ視線がうつる。
「あなたが高校生になってアイコと友達になってくれたもんね」
それは私達が1年生の時。
私はアイコも藍姫も知らなかった時の話。
「あの子を部活に誘ってくれて、うちに遊びに来てくれて本当に嬉しかった」
少し開いていた扉。
それが完全に開かれた。
「藍姫さんやいつきさんが来たって知ったらアイコも喜ぶと思うわ」
ぜひ会って話をして欲しい。
そうお願いされた。
私は何だかとっても心苦しい気分になる。
「ありがとうございます!」
藍姫は頭を下げる。
そしてそのまま中に入っていった。
私も……。
いや、私が頑張らないと。
私は改めて決心して藍姫の後に続いた。




