03
4月の陽気はぽかぽかして気持ちがいい。
さわさわって風が吹いてゆったりと時間が流れる気がする。
少し前はとっても寒くて。
少し後はとっても暑くて。
過ごしやすい季節はとっても短い。
だからこんな時こそ。
まったりって過ごしたいんだけど……。
外からは元気な声が聞こえる。
きっと新入生の声。
前からよく聞こえた声に混じってる。
サッカー部は新しい新入生が入ったんだなーとか思う。
入学式があって……。
体育館の部活紹介があって……。
そして校庭や廊下を使った部活勧誘があって……。
3年生になってすでに10日ぐらいが過ぎてる。
騒がしかった部活勧誘も通り過ぎた嵐みたいな感じ。
少なくとも天文部はいつもどおりな感じに戻ってる。
「新入生来ないね」
思わずため息が出そうになる。
相変わらず天文部員は私とカナの2人。
体育館での部活紹介では手応えがあった気がしたんだけどな……。
やっぱり人気なのは運動部とか吹奏楽部とか。
演劇部もいつもより多いみたい。
部活紹介の劇、面白かったもんね。
特に川島さんが目立ってた。
あの可愛さには新入生もびっくりしてた。
何も言われなかったらアイドルにしか見えないもんね。
最初は驚いていた短い髪も。
今じゃすっかり板についてて。
それ以外には考えられないっ!
って思う。
ファンクラブも大盛況みたい。
川島さん本人は相変わらず美香一筋みたいだけど。
「焦ってもしょうがないよ」
読んでた本を置いてカナが言う。
「できることはやったんだしのんびり待とうよ」
「それはそうだけど……」
何だかまたため息が出そうになる。
そんな時だった。
扉の方からノックをする音が聞こえたのは。
「いっちゃん……っ!」
ってなぜかカナが小声で言う。
少し気持ちは分かるけど……。
「もしかしたら……」
「先生とかじゃないかな?」
「でも今の時期にノックをするなんて……」
カナは新入生が来たんだろうって思ってる。
……実は私もそう思ってる。
「きっと新入生だよっ……っ!」
カナが小声で話してるのは。
きっと扉の向こうにいる人に声を聞かせないため。
「先生とかなら待ってないで入ってくるって思うし」
「何も言わないのも気になるよね」
「きっと緊張して声が出せないんだよっ!」
「……本当に新入生かも……」
何だか本当にそう思えてきて。
胸がどきどきってなってるのが分かる。
新入生……。
後輩……。
私は何だかくるるを思い浮かべる。
「早く行かないと帰っちゃうかも」
「そうだよね……。どうしよう」
「わたしが行ってみるねっ!」
言いながら静かに立ち上がる。
椅子から音がでないように。
扉に近づく時も。
足音が出ないように。
そろそろって歩いてる。
……そこまでする必要もないと思うんだけど……。
そしてカナはゆっくりと扉を開けて……
「可愛い新入部員だと思った? 残念! ア……」
ばたりとカナは扉を閉めた。
そしてそのまま戻ってくる。
きっと私とカナの思いは同じだったって思う。
「イタズラだったよっ!」
「質の悪い人もいるんだね」
「春だからねっ!」
「季節って関係あるの?」
「あるに決まってるよっ!」
言いながらカナは椅子に座る。
扉の向こうは何も音がしなかった。
カナの対応が予想外だったのかも。
「わたしも中学生のころは浮かれ気分の人達を見たらイライラして色々やってたしっ!」
「何だか凄く説得力はあるね……」
凄く嫌な説得力だったけど……。
「ちょっと何を扉を閉めてるのよっ!」
楽しくお喋りをしてたらアイコが入ってきた。
「そういえば調べてたら美味しいソフトクリームが食べれるお店があったんだっ!」
「ソフトクリームってそんなに違いがあるの?」
「うんっ! すっごく美味しいみたいっ!」
「それなら行ってみたいね」
「ちょっとっ! 無視しないでよっ! 可愛いイタズラじゃないっ!」
アイコが慌ててる。
別に怒ってるわけじゃないけど。
でも何だかそんなアイコが珍しくて……。
少しだけ可愛くて……。
何だか私もイタズラをしたくなる気分だった。
でもその気分もすぐになくなった。
「新入部員が来たってのは本当なんだからっ!」
アイコはバックから紙を取り出す。
そして勢いよく机に叩きつけた。
「入部届?」
「そうよっ!」
自信満々に言うアイコ。
確かにそれは入部届で。
私達は新入部員が来てくれないかすっごく待ってたけど……。
「どうっ! 嬉しいでしょっ!」
「でもアイコさんか……」
カナがため息をつく。
私も同じ気分。
「何でっ! 嬉しくないわけっ!」
あっ……。
本気でショックを受けてる……。
アイコは多分、本気で私達が喜ぶって思ってたみたい。
「ごめんなさい……」
「うん。ごめん」
「何を本気で謝ってるのよっ!」
「どうすりゃいいのよ……」
「いっき達って新入部員が入って欲しいって言ってたじゃない……」
「言ってたけど……」
「だってアイコさんって天文部に入ってるも同然だったしね」
「うん。あとアイコが入っても私達の年で終わっちゃうのは変わらないし」
「それは……確かにそうね」
落ち着いたのかアイコも椅子に座る。
とりあえず私は入部届を見る。
見かけによらずアイコはとても字が上手。
おかげで私はよく馬鹿にされてるけど……。
でも……。
私が読んでる入部届は特に丁寧に書かれてる気がした。
そして希望理由……。
みんなで星を見たいから。
たった一言の理由。
でも凄く書くのに迷ったのが分かる。
書いては消して、書いては消しての後があるから。
普段はあんまり素直に気持ちを言わないアイコ。
でも入部届にはしっかりアイコの気持ちが詰まってる気がした。
「ぬか喜びをさせてしまったわ。それは素直に謝る」
「ううん。やっぱり嬉しいからいいかな」
この入部届は大事にしまって置こうって思った。
「でもどうしてアイコさんが入部届を?」
「部活を掛け持ちしていいって知ったからよ」
「そうなの?」
「1つは文系部じゃないと駄目っていう縛りはあるわ」
きっと部員が少ない部活動のためだって思う。
でもあんまり知ってる人がいないのかも。
私もそうできるって知らなかったし……。
「あと所属してる部活に了承を得ることも必要ね」
「漫研の部長は藍姫だから……」
「快く了解してもらえたわ」
「後でお礼を言っておくよ」
「それとあの先生にも頼まれたってのもあるわね」
「乙女先生?」
「そうよ。流石に部活に入ってない人間が合宿に参加してたのはまずかったみたいね」
「あー。やっぱりそうなんだね」
カナが言う。
何だか昔のことを思い出してる感じ。
その時に何か思い当たることがあったのかも。
「何だか確認をとってなかったみたいだわ」
「そうなのっ!」
「わたしも返事がとっても早かったから不思議だなって思ってたんだ」
それはとっても怒られただろうって思う。
「だから今後の合宿に参加したいなら部員届を出してって」
「そういう感じなんだね」
それならもうちょっと早く言ってくれればよかったのにって思う。
またアイコと合宿ができるのは嬉しいけど。
「でも未だに誰も新入部員来てないのね」
「そうなんだよね……」
はぁって今度こそため息をついた。
「漫研はどんな感じなの?」
「何時も通りに入ってるわ。やっぱりああいうサークルに入りたいって人は絶対にいるから」
「漫画を描きそうな人もいた?」
「いたわ。部誌を読んで来たって人もいたから」
「それはいいね」
きっとアイコに憧れて入った人もいるだろうって思う。
あの漫画を読んだらそう思うのも当然だから。
書いた人を見てがっかりしないならいいけどってちょっと心配。
「天文部の部活紹介は良かったって思うのになー」
「それはアタシも思うわ」
天文部は体育館で手作りプラネタリウムの実演をした。
体育館を暗くして天井に星座を浮かべる。
そしてその星座についての話をする。
春休みでしっかりプラネタリウムを作ったし。
言う言葉は何度も何度も練習した。
おかげで当日は成功させることができた。
天井に浮かぶ星座を見てる新入生。
全員じゃないけど目をキラキラさせてる人もいた。
指を指して楽しそうにお喋りをしてる人たちもいた。
成功したって思うんだけどな……。
「でも天文部って実際に何をするのって感じが難しいと思う」
「それはあるよね」
カナが言う。
「天文部は夜に活動しなくちゃいけないけど、でも学校じゃ夜になかなか活動できないしね」
「うん。何だか真面目にやろうとしたらお勉強会になっちゃうよね」
だから入ろうって人も少ないのかな?
ってところでガチャリと扉が開いた。
私達3人は同時に扉の方を見る。
今度こそっ!
って思いで。
でも……。
「何だか今日はいつもと雰囲気が違うねー」
噂をすれば影がさすっていう言葉。
何だかそんな感じの登場のような気がした。
もう話題は変わってるけど。
さっきまで乙女先生の話をしてたから。
乙女先生か……
って思ったけどもちろん口には出さない。
乙女先生はとこところ歩いていつもの椅子に座った。
「今日はお菓子ないのー」
「今日はないですね」
最近はカナが手作りお菓子をよく持ってきてくれる。
本格的に趣味になってるみたい。
乙女先生もそれが目当てか前よりよく部室に来てる。
でも今日はないって分かったから。
露骨にため息をつく乙女先生。
「担任業務の疲れを癒やすにはあれしかないのにー」
言いながら机にへばりつく。
本当に疲れてるみたい。
「乙女先生は2年生の担任でしたっけ?」
「うん。1番何もないといえばない学年だしね」
1年生は入ってきたばかりで大変。
3年生は受験があるから大変。
2年生が楽って言うわけじゃないだろうけど……。
でも初めて担任するならいい学年かもって思う。
「そういえばいつきさんやアイコさんの担任はみかわっちだったよね」
みかわっち……。
ああ、三河先生のことかな。
「は……はい。そうですけど……」
「どんな感じなの?」
「いい先生だと思いますよ」
熱心で、でも優しくて。
進路相談でも真剣に進路のことを考えてくれた。
「ちょっとうるさいところはあるけど」
アイコが言う。
そういえば進路相談の後は不機嫌だったなって思う。
進学のこととか色々言われたんだろうって分かる。
本人の自由って言うけど……。
でもやっぱり頭がいいのに進学しないのは勿体無いって私も思う。
「みかわっちは本当は気弱で酔うと超可愛いんだよー」
「そうなんですね」
確かに見た目は小柄で可愛いタイプだって思う。
「でもこの前、職員室で三河先生に怒られてませんでした?」
カナが言うにはちょうど届け物があった時に見たらしい。
給湯室で怒られる乙女先生を。
「生徒じゃなくてわたしにはすっごく怒るんだよね。あれは直して欲しいな」
「直すべき人が違うと思うわ」
呆れた感じでアイコは言う。
「だって担任を持つ自覚がないとか言われても困るよね」
「それはちゃんと持ったほうがいいですよ」
「一応ちゃんとはやってるんだよー」
「ちゃんと忘れずにプリントとか渡したり集めたりしてますか?」
「それは大丈夫っ!」
ばって感じで起き上がる。
何だか急に元気になったみたい。
ちょっとびっくりした。
「担任になったからちゃんとスケジュール帳兼日記帳を買ったんだっ!」
えへへへって笑いながらバッグをあさる。
何だかごちゃごちゃっていろいろ入ってる。
「スケジュール帳は大人なら持ってて当然でしょ……」
「そうなの? スマホで十分だって思ってたけど」
「スマホじゃ駄目っていう人も多いよねっ!」
「あったっ!」
言いながら乙女先生はスケジュール帳を出す。
「これに全部書いてるから大丈夫っ!」
「なんでスケジュール帳がピンクなのよっ!」
スケジュール帳を見た瞬間にアイコが言った。
ピンクだしなんか可愛いキャラクターも……。
キャラ物のスケジュール帳だった……。
「可愛いでしょっ!」
ウキウキしながら私達に見せる乙女先生。
大人でもああいうスケジュール帳って使うんだね……。
「みかわっちにも色々言われたんだけどねっ!」
そりゃそうだよねって思った。
やっぱり乙女先生が特殊だったみたい。
「でも黒くて可愛くないのは使う気にならないしっ!」
スケジュール帳を見ながらにやにやしてる……。
でもちゃんとスケジュール帳を使ってるならそれでいいんじゃないかなって思う。
普通のだったらバックの底に沈みっぱなしだと思うから。
「まぁ中身がちゃんと……してないじゃないっ!」
「そうかな? ちゃんと書いてるよー」
「何でこんなにシールがべたべたはってあるのよっ!」
「可愛いでしょっ!」
「そういう問題じゃないっ!」
やたらハートマークもある。
何だか凄く女子高生が使うような手帳だなって思った。
私達は誰も持ってないけど……。
でも確か亜里沙が似たようなの使ってた。
亜里沙もわりと可愛いもの好きだしね。
あと見てて思うけど……
今日は学年主任に怒られた。超むかつく。
とか書かないほうがいいって思う。
というか割と愚痴とか多いね……。
それだけ大変だろうって思うことにした。
「なんかアイコさんってみかわっちに似てるねー」
「三河先生の気苦労が分かるわ……」
あっ……。
担任から三河先生に呼び方が変わった。
どうやら苦労を知って共感したみたい。
「ちょっと待ってっ!」
私とカナは黙って通帳を見てたけど……。
途中でカナが大きな声を出した。
「どうかしたの?」
「これ……」
カナが指差す。
そこには……
入部届をもらった! 全部で3枚っ! これで天文部も正式に部活だねっ!
って書いてある。
日付は……4日前。
「あっ……! これは……」
みるみる青くなる乙女先生の表情。
「……新入部員いたんだね」
「これで止まってたわけね」
一応つけてた先生がなくなってる。
でも今日はいいかなって思う。
「ちょっと先生……。あっちでお話があります」
「カナさん……。何か怖いんだけど……」
カナが乙女先生をつれて……部室から出る。
「怖いんだけどっ! ねぇっ! このカナさんはいいカナさんなのっ! 大丈夫なのっ!」
大丈夫じゃないかも。
でも私もアイコも止めなかった。
乙女先生も新入部員を喜んでた。
嫌々な感じで顧問になったみたいだけど。
きっと今は前より天文部を好きになってるって思う。
だから少しは優しくして欲しい。
きっとカナもそれは分かってる。
包丁をつきつけたりはしないはず。
「でもよかったじゃない」
アイコは言う。
「新しい人が入ってくるみたいで」
「うん。そうだね」
本当はもっと喜ぶものだと思ってた。
でもいろいろあってそんな感じじゃない。
これで良かったのかもってちょっと思う。
あふたふたしないでいいみたいな感じ。
「どんな人が入ってくるんだろうね」
「さーね。いい子がくるといいわね」
「うん。そうだね」
まだ顔も名前も知らない新入部員はもう帰ってるって思う。
だから会えるのは早くて明日。
ちゃんとした先輩に見えるよう。
今からちゃんと挨拶とか考えようって思った。




