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第21わん 犬の交尾だからセーフ


「犬が好きというなら、犬と交尾できるはずじゃ!」


 俺が本当に犬好きなのかと疑った犬神が、とんでもないことを言い始めた。


「ダルシーと交尾して証明してみせい!」

『なんでそうなるんだ!』


 しかもダルシーとかよ!


「犬が好きならダルシーと交尾できるはずじゃ!」


 いやいやいや! その理屈はおかしい! 犬が好きだからって犬と交尾できる奴なんていねーだろ! ヘンタイだろそれ! 俺は猫は好きだけど、猫と交尾したいと思えないぞ!

 どうやら犬神の中での『犬が好きな人間』は、犬になりたいと思ったり、犬と交尾したいと思ったりする、中々危険な思想の持ち主のようだ。


「ほれどうした! はやく交尾すんじゃ!」


 犬神のやつ、馬鹿なことを言い出しやがって。こんなとこで交尾できるワケないだろう。

 そもそも、ダルシーの気持ちを考えるべきだ。ダルシーだって女の子なんだ。勝手に話を進めて俺と交尾することにされるなんて、嫌に決まっている。


『まてまて。落ち着け。そんなの勝手に決めて、ダルシーに悪い――』

『いいよ』

『即答すんなよ!』


 普段の会話ではワンテンポ遅れて言葉を発するダルシーが、食い気味で答えてきた。


『……ヌーなら……私のはじめて……あげても……いいかな』


 俺の顔をチラチラ見てくるダルシー。恥ずかしそうに身体をモジモジとさせている。尻尾が異様なほど左右に揺れていた。

 なんでそんなに乗り気なんだよ! ちょっとは躊躇えよ!


「ほれ、ダルシーもこう言っとるし! はやく交尾せい!」


 真顔でそんなことを言う犬神。まんざらでもなさそうなダルシー。

 頭のおかしい二人に困惑していると、アマンダさんが会話に入って来た。


「なぁに? ダーちゃんとヌー君、交尾するのぉ?」

「ばぅ」


 アマンダさん! コイツら止めてくれよ! 頭おかしいんだよ!

 常識的に考えて、俺とダルシーがここで交尾するなんておかしい。アマンダさんならそう言ってくれるだろう。そう思った俺が馬鹿だった。


「ついにこの時がきたのねぇ……ダーちゃん! がんばって! 今夜は赤飯よっ!」

「ばぅ!」


 ぐっとガッツポーズをするアマンダさん。ダルシーはそれに応えて力強く頷く。

 なんなんだよコイツら! 全員頭おかしいよ!


「さぁ! 交尾せい!」

「交尾しなさぁい!」

『……交尾……しよう』


 怖い怖い怖い! この人たち怖い!

 恐怖のあまり逃げ出そうと、店の出口に向かって駆け出す。しかし一瞬にして犬神に回り込まれて、退路を断たれてしまった。


「ほぉれ、こ・う・び! こ・う・び! こ・う・び!」

「あそれ、こ・う・び! こ・う・び! こ・う・び!」


 そして始まる謎の交尾コール。リズム良く手拍子をする犬神とアマンダさんは、ワクワクした視線を俺達に向けてくる。


『ダ、ダルシー? 冗談だよな? マジでしないよな……?』


 きっとダルシーも悪ノリしているに違いない。

 俺はダルシーに助けを求めようと彼女の方を見るが、そこには、


『おぉい! 何やってんだ!!』


 俺に尻を向けているダルシー。

 期待するように、モフモフの尻尾をブンブンと振り回している。


『……私は……準備オーケー。……優しく……してね』

『やかましい!』


 しかもご丁寧に、背の低い俺に合わせて腰を低い位置に持ってきていた。

 犬とはいえ、ダルシーは女の子だ。尻なんか向けられたら直視出来ない。目線に困って顔を背ける俺を見て、ダルシーは何かに気がついたようにハッとした表情になる。


『……あ、もしかして……』


 もしかして自分がおかしなことしていると気がついてくれたか? 正気に戻ってくれダルシー!

 しかし俺の願いなど届かず、彼女は身体に力を込め、四肢を踏ん張った。すると彼女の身体が輝きを放ち、一瞬にしてその形が変わる。

 やがて光が消えると、


「……こっちの姿の方がいい?」


 全裸で四つん這いになり、俺に向けて尻を差し出す褐色肌の美少女。


『うあああ! 何やってんだぁ! こんなことに人化スキル使うんじゃねぇ!』


 四つん這いで俺に尻を向けるダルシーは、俺の方に振り返り、潤んだ瞳で俺を見てくる。少し紅潮し、息が乱れていた。


「……ヌーの子供……産みたいな」

『うるせええええ!』


 しかも子供作る気満々かよ! 気がはえーよ!


「ダーちゃんもついにお母さんかぁ。そしたら私はお婆ちゃん?」

「……アマンダ、私元気な子供生むからね」

「十匹くらい生んでねぇ」


 勝手に話を進めるなぁ! 誰も止める人がいない! ツッコミがいない! 助けてケリー!


「ほーれ、こーうーび! こーうーび!」

「はーやーく、こーうーび! こーうーび!」


 だから交尾コールやめろぉぉぉぉ!!!

 犬神はもはや本来の目的を忘れて、単に俺達の交尾を見たいだけだ。だって目が完全にエロオヤジの目だもん。

 一方でアマンダさんは、子供の門出を祝う母のような目をしている。アマンダさんは優しいなぁと一瞬思ったが、冷静に考えれば子供の交尾を煽る親がいてたまるか。


「……ヌー……はやく……きて」


 交尾コールに併せ、肉付きが良くハリのある尻をフリフリと動かすダルシー。

 なにこの状況!? みんな頭おかしいよ! マジで交尾する流れなのこれ!?

 でも、この人間ダルシーとなら……ってダメだダメだ! ここで交尾するとかマズいだろ!


 ――いや待てよ? 何がマズいんだ? 何か問題があるか? ダルシーは乗り気だし、人間の姿とはいえ、ダルシーは犬だ。もしここで俺達が交尾したとしても、それは犬同士が交尾しているだけであって、倫理的に問題はないし、18禁にもならないだろう。だって動物が交尾するのは自然の摂理だから。全年齢向けのテレビとかで人間同士の絡みがあるのはマズいだろうが、動物の交尾シーンは特に問題ないハズだ。むしろ子供達にとって野生を学べる教育的な光景だ。

 そうだ。俺がダルシーと交尾するのは、教育なのだ。何も問題はない。国語算数理科交尾。教育的だ。交尾は教育なのだ。教育のために、俺はダルシーと交尾を――


 ――ってダメだダメだダメだ! こんなことダメだ!

 あっぶねー! 思考がおかしなことになっていた。それもこれも犬神達の交尾コールのせいだろう。恐るべき交尾コール。冷静な判断が出来なくなる。きっとダルシーも同じだ。交尾コールに乗せられて頭がおかしくなっているのだ。なんとか説得して正気に戻さねば。


『ダルシー! 冷静になるんだ! こんなノリに流されちゃダメだ!』


 ケツに話しかけるのは少々抵抗があったので、ダルシーの正面に回り込み、彼女に向き合った。

 しかしダルシーは説得に応じてくれない。


「……大丈夫。……私は『Hスキー』だから」

『それ犬種のことだろ!?』


 一応フォローしておくが、『Hスキー』とはダルシーの犬種のことだ。それ以外の何でもない。


「…………Hダイスキーだから」

『犬種変わってるじゃねーか!」

「……私は、Hダイスキーの万年発情期だから……いつでもウェルカムだよ」


 ワケの分からんことを言うダルシーは、『でもヌーに対してだけだよ?』と付け足し、恥ずかしそうに顔を伏せた。

 やはり、ダルシーもこの謎の交尾コールが生み出す異様な雰囲気によって、正常な判断が出来なくなっている。

 俺も男だ。色っぽい体付きの擬人化ダルシーと交尾したくないと言えば嘘になる。だけど、こんな交尾コールに乗せられて交尾するのはダルシーに失礼だ。


 なんとか説得してやめさせないと。でもどうやったらコイツらを説得できる? 鼻息荒く手拍子をする奴らと、ノリノリでケツを振っている奴。それに俺がヘタに拒否すれば、犬神はまた怒り狂うだろう。

 どうする? 犬神に俺が犬好きであることを証明し、この場をやり過ごすにはどうすればいい……?


 そこで俺に、あるアイディアが思い浮かんだ。

 ……くそ、他に良い考えが思い浮かばない。一か八か、やるしかねぇか。


「こーうーび! こーうーび!」


 相変わらず交尾交尾うるさい連中に、俺は必死に吠える。


『待て! 俺の話を聞いてくれ!』


 必死の呼び掛けがようやく届き、やかましかった交尾コールが一旦止まった。


「何じゃ? しないのか?」

「……もしかして……私、魅力ないのかな……?」


 ガックリと項垂れるダルシー。ああもう面倒くせえええ!


『ちがうちがう! そうじゃなくて!』


 そんなダルシーを見た犬神は、スンスンと鼻を鳴らして何故か俺の身体の匂いを嗅いだ。え? なに? 臭う?


「安心せいダルシー。ヌーもダルシーに発情しとるようじゃぞ」

『ハァ!?』


 匂いで分かんの!? つか発情なんかしてねぇよ! 


「……ヌー、私に発情してくれてるの? ……うれしい」

『してねぇぇぇ!!!』


 ああもう! 話が進まない!

 一人感動して目をウルウルさせているダルシーのことは放っておいて、犬神に目を向けると、彼女の目はエロオヤジみたいなものから、再び疑惑に満ちたものに戻っていた。


「なんじゃ? やっぱりおぬし、犬のことが好きではないのではないのか?」

『ちがう! 俺は犬が大好きだ! だから……』


 言葉を区切り、覚悟を決める。

 この場をやり過ごすには、先ほど思いついた言葉を言うしかない。全てを穏便に済ますには、これしかないのだ。

 言うぞ、言ってやるぞ。全てを解決する、最高のアイディアを!


『だから……俺は……』


 三人の視線が突き刺さる。

 俺は意を決し、大きく息を吸い込んで、叫ぶ。



『俺は人間の姿で! 犬の姿のダルシーと交尾したいんだ!』



 どうだ。

 我ながら最高のアイディアだ。

 ダルシーと交尾したいと言いつつ、ここではすぐに交尾しなくて済む必殺の言葉。

 これならダルシーを傷つけることなくこの場をやり過ごせるし、犬好きを証明できる。それでも犬神が交尾を見たいと言うならば、俺を人間にするしかない。そうなれば、人間の姿になるという本来の目的も果たせるのだ。まさに一石三鳥の言葉。

 本当に人間の姿になれたら犬姿のダルシーと交尾することになるが……きっとダルシーは受け入れないだろう。さすがにそれは拒否するハズだ。拒否してくれ。


 俺が叫んだ後、若干の静寂が訪れる。犬神の反応はどうだろう? 彼女の顔を伺ってみると、ドン引きしたような表情になっていた。


「お、おぬし……なかなかヤバイ性癖を持っておるのう……」

『お前が交尾しろっつったんだろうがぁぁぁぁぁ!!!』


 犬神の頭の中では『犬好きの人間=犬と交尾したい』という式が成り立っていたんじゃないのか!? なんでドン引きされなきゃいけないんじゃ!


「ねぇねぇ、ヌー君なんて言ったの?」


 犬語が分からない人間のアマンダさんに、犬神が耳打ちをする。その直後、わくわくニコニコしていた彼女の表情が、一瞬にして引き攣った笑顔となった。彼女はダルシーの身体を抱き抱え、俺から遠ざけるように引き離す。

 うわぁ! アマンダさんにもドン引きされたぁ! オス犬 × 女人間はノリノリだったくせにぃ! メス犬 × 男人間はドン引きすんのかよ!


「……私は……受け入れるよ」


 受け入れんのかよぉぉぉぉぉ!!! 拒否してくれよぉぉぉぉ!!!


「犬神様! ヌーを早く人間に! 人間にしてあげて! 早く!」


 なんでそんなにテンション高いんだよダルシー!

 あーもういい……。もうなんだっていいや……。人間になれさえすればいい。犬姿のダルシーとの交尾は……まぁ頑張ろう……。


『そういう訳だ犬神。早く俺を人間にしてくれ』


 俺とダルシーは、期待を込めて犬神を見つめる。しかし彼女は、そんなものあっさりと切り捨てて即答した。


「ん? 無理じゃぞ?」


 ……は?


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