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第19わん ドッグフードを人間が食べるのはやめましょう


「……わぅ?」


 窓から差し込む目映い光に顔を照らされ、目が醒めた。

 あれ? ここどこだ? 俺は一体……。

 目だけを動かして周囲を観察すると、ベッドの上にいることに気がついた。

 寝てたのか? いつの間に? 確か、ジェイミーと風呂に入って、身体を洗ってもらって、そして魔法をかけられて、それで……。おかしいな。その後の記憶がない。それに、なんだかやけにダルいぞ。身体が重く、疲労感に包まれている。


「すぅ……」


 必死に記憶を辿っていると、顔の側面にこそばゆい風がかかった。そちらに目を向けると、ジェイミーが傍らで心地良さそうに眠っている。しかも全裸。

 ……え? なに? なにこの状況? これは……朝チュンってヤツじゃあないですか!


「んん〜……ヌーちゃ〜ん……」


 ジェイミーの夢に俺が出演中のようだ。彼女はむにゃむにゃと口元を動かし、幸せそうにスヤスヤと眠っている。マジで天使だ。かわいい。

 窓からの太陽光から察するに、いつの間にかジェイミーと一緒に眠って、一晩明かしてしまったようだ。

 人間だったころは、残念なことに、こんなハッピーなシチュエーションに遭遇したことはなかった。まさか犬になってから遭遇するとは。


「むにゃ……ヌーちゃん……そんなことしちゃダメだよぅ。ヌーちゃんのエッチ……むにゃ」


 夢の中の俺は一体何をしているんだ。てかマジで寝顔かわいいなぁ……。


「くぅん」


 あまりの天使っぷりが愛おしすぎて、眠り姫の頬を舐めたい衝動が抑えられなかった。ペロっと優しく舌で肌に触れると、彼女は瞼を重そうに開けて俺を視認し、えへへと嬉しそうに微笑んだ。


「ふぁ……。おはよう、ヌーちゃん。いっぱい寝れた?」

「わん!」


 眠そうに目を擦りながら、俺の鼻にチュっと優しくキスをするジェイミー。

 うおおお! 目覚めのキッス! なんだこれなんだこれ! やばい! ジェイミーかわいい! 幸せすぎる!


「えへ〜ヌーちゃ〜ん」

「わぅん」


 今日のジェイミーはやけに甘えん坊だ。俺を優しく抱き、スリスリと頬ずりをしてくる。実際は飼い主がペットを愛でているだけなのだが、昨日とは何となく俺への接し方が違うような気がした。なんていうか、まるで恋人同士がイチャイチャしているような感じだ。まぁ俺としてはジェイミーに愛でてもらえるなら何でもいいけど。

 それにしても、昨日一体何が起こったのだろうか。風呂から出てそのまま一緒に寝たのかな? う〜ん。まったく記憶がないのが不気味だ。


「くぅん」

「やんっ……」


 頬ずりのお返しにペロペロと頬を舐めると、次第にジェイミーの身体が熱を帯びてきたのを感じた。彼女は潤んだ瞳で俺を見つめてくる。


「ヌ、ヌーちゃん……また……昨日みたいなことするの……?」


 昨日の俺はマジで何をやったんだ。

 ジェイミーは少しだけ迷ったような表情を見せたが、すぐに覚悟を決めたような顔になる。そして俺が何かをするのを待つかのように、瞳を固く閉じた。少し身体が震えている。

 なんだなんだ。なんだこの状況。

 意味が分からず混乱していると、バタン! と大きな音を立てて寝室の扉が勢い良く開いた。


「ジェイミー、ヌー、朝だぞ。起きろ」


 エプロン姿のケリーだ。片手にフライパンを持ち、ストレートの髪を後ろで一つに括っていた。意外と似合っている。

 突如として現れた姉の姿に、妹は飛び跳ねる。


「おおおおお姉ちゃん! きゅ、急に入ってこないでよぅ!」

「なかなか起きてこないから起こしにきたんだ。朝ご飯出来てるぞ」


 はだけた布団を、ジェイミーは慌てて引き寄せて身体を隠した。


「う、うん。ありがと。すぐに行くね……」

「どうしたジェイミー? 顔が赤いぞ?」

「な、何でもないよぅ!」


 隠れるように布団の中に潜るジェイミー。その様子をケリーは不思議そうに見ている。


「それにしても、昨晩は何をしていたんだ?」

「えっ!?」

「随分長い間風呂に入っていたと思ったら、出るなりヌーと部屋に籠ってそのまま眠ったじゃないか。何かあったのか?」

「な、なんにも変なことしてないよ!? ね! ヌーちゃん!」

「わ、わん?」


 慌てて取り繕うジェイミーに同意を求められたが、俺には一切の記憶がないので、実際何が起こったのかは分からない。しかし、もぞもぞと布団の隙間から俺の顔を盗み見てくるジェイミーの様子からすると、きっと何かとんでもないことが起きたのだろう。


「まぁいい。今日も任務だ。早く食事を済ませて出発するぞ」


 そう言い残し、ケリーは部屋から出て行った。なんだか様子のおかしいジェイミーはそっとしておいたほうが良さそうな気がしたので、俺もケリーに続いて部屋から出て行くことにする。


「ジェイミーのやつ、どうしたんだ?」


 てちてちと足下を歩む俺をチラチラ見ては、ニヤっと口角を吊り上げる挙動不審なケリーの問いに、『くぅん?』と首を傾げて答える。とぼけているのではなく、本当に分からないのだから仕方ない。

 部屋を出る寸前にジェイミーの方を振り返ってみると、彼女は布団から顔を半分だけ出して俺に熱い視線を送っていた。うーん。昨晩なにが起こったんだ。なにか……とんでもなくイケナイことをしてしまったような気が……。



◇◇◇◇◇



 犬になってから分かったことがある。

 まず、散歩がめちゃくちゃ楽しいこと。あれは素晴らしい。どんな娯楽も散歩の楽しさは超えられないと思う。もし俺が人間に戻れたとしても、犬のように散歩を続けたいと思うほどだ。四つん這いになって街中を駆け回る二十五歳男性……うん、なかなか危険な絵面だぞ。

 まぁそんなことは置いておいて、本日新たに分かったことがある。


 ドッグフード、めちゃくちゃ旨い。


「がうがうがうがうがう!!!」

「はは、そんなに旨いか。でもよく噛まないと身体に悪いぞ」


 皿にこんもり盛られたドッグフードに顔を埋め、無我夢中で貪り食う。

 うまっ! うまぁああ! なんだこれ! こんな旨い物初めて食べた!

 茶色くて、いびつな球状をしている、ちょっと独特の臭みがある謎の物質。最初は食うのに抵抗があったが、一口食べて身体に電撃が走った。

 カリカリと病み付きになる食感。噛み砕くと、パサパサした舌触りが口の中の水分を奪っていく。味は無味に近いが、若干の苦みがあり、それが犬の味覚にマッチしていて最高に旨い。


「がうがうがうがうがう!!!」


 昨日のドラゴン以来の食事なので空腹だったせいもあるが、永遠に食っていられそうな気分だ。ドッグフード中毒になりそう。もし人間に戻れたとしても、主食はドッグフードにしよう。ドッグフード片手に四つん這いで街中を疾走する二十五歳男性……意外と可愛いんじゃない?


「お姉ちゃ〜ん。準備できたよー。えへへ、ヌーちゃん美味しそうに食べてるね」


 ガツガツとエサを頬張る俺の元にジェイミーが駆け寄ってくる。彼女の様子は、朝食を食べ終わる頃にはすっかり元通りになっていた。しかし時折俺のことをチラッと見ては恥ずかしそうな表情をしているのを、俺は見逃していない。


「よし、じゃあそろそろ出発しようか」


 ドッグフードに夢中で気がつかなかったが、姉妹は既に着替えを終えていて、昨日荒野で出会ったときのような戦闘用の装備を身に纏っていた。

 朝食時に聞こえてきた二人の会話によると、今日は荒野を通って隣街へ移動する商人の護衛をするらしい。ほとんどのドラゴンは昨日(主に俺によって)退治されたが、まだ残党がいる可能性があるとのことで、護衛が必要なのだそうだ。ちょっぴり心配ではあるが、まぁ護衛なら無事に帰って来るだろう。着いて行く訳にも行かないので、無事を祈るしかない。


「ヌー、大人しく待っているんだぞ?」

「良い子にしててね〜。お昼頃には帰ってくるから」

「わん!」


 任務へ出発する姉妹を見送り、俺は部屋に一人取り残された。

 しかし言われた通り大人しく待つほど良い子ではない。なんたってダルシーとの約束があるからな! 犬神を呼んでもらうんだ!

 姉妹がお昼頃には帰って来るのならば、早く用事を済ませないと。


 俺はさっそく行動を開始する。

 まず、皿に盛られたエサを全て平らげる。旨かった。

 数分の食休みの後、俺はぴょんとジャンプして窓際の棚に飛び乗る。窓はわずかに開いていた。換気のためにと、ケリーが開けておいてくれたのだ。その窓を全開する。押し窓なので、犬の俺でも簡単に開けることが出来た。


 どうやら部屋は二階か三階に位置しているらしく、窓から下を窺うと、地面までは結構な高さがあった。だけど雲までの高さにジャンプ出来る俺からすれば、大した高さではない。


「わぅん!」


 真下の通りに人通りがないことを確認し、ぴょんと窓から飛び降りる。もはやこの程度の高さに恐怖などなかった。むしろ落下に爽快感を覚えるくらいだ。そのまま風を切って落下し、スタっと地面に着地する。しかし、誰もいないと思っていたが、


『うわっ! ビックリした!』


 と言う声が聞こえた。

 やべ、人がいたか。見られてしまった。慌てて声の方向を振り返る。そこには一匹のブルドッグが。


『あ、ヌーのダンナ!』

『なんだお前か』


 昨日俺とダルシーに絡んできた犬達の筆頭であるブルドッグだ。朝から面倒臭い奴に出会ったな。


『へへ、あの窓から飛び降りたんスか? すごいッスねぇ』


 また絡まれるかなぁと思っていたが、妙に低い姿勢で拍子抜けした。ああ、そうか。不本意ながら俺はコイツらのボスになったのか。ボスとか、ぶっちゃけどうでもよかったが、絡まれないで済むだけマシだな。


『ダンナ、どっか行くんスか?』

『ああ、ちょっとな』


 相手をするのも面倒だったので、早急に立ち去って魔術用品店に向かおうとした。しかしよくよく考えれば、行き方を覚えていないことに気がついた。昨日は散歩に狂いながら道を歩んだので、道順を覚えようともしていなかったのだ。


『お前、ダルシーん家の場所分かるか?』

『ええ、分かるッス』


 さすがストーカー。


『ちょっと案内してくれるか?』

『ウッス』


 おお、犬のボスというのも案外便利かもな。



◇◇◇◇◇



『ここッス』

『サンキュー』


 ブルに案内され、ものの数分で魔術用品店へ到着した。たぶん俺一人では辿り着けなかっただろう。でももう道は覚えたぞ……たぶん。


『じゃあ、アッシはこれで。何か困ったことがあれば遠吠えしてください。すぐ駆けつけるんで』

『遠吠え?』

『ええ。俺らノラは、ボスの遠吠えがあればすぐに集合しますよ』


 ああ、そういえば昨日の路地裏で、コイツも遠吠えして仲間を呼んでいたな。俺の一声で昨日みたいに三十匹あまりの犬が集結するのか……。ちょっとやってみたい気もするが、ケリーの前でやると彼女が失神してしまいそうなので、使い所はちゃんとしないと。


『それじゃあ、ダンナ』

『ああ。じゃあな』


 そそくさと走り去るブル。なんだよアイツ、意外と良いヤツじゃん。つか性格変わりすぎだろ。やはり犬というものは忠誠心が強いのだろうか。なら俺が犬に転生してから若干Mになりつつあるのも頷けるな。


 俺はブルを見送り、魔術用品店の扉へ向かった。昨日ぶりだ。

 ふと見上げると、扉に札がぶら下がっているのに気がついた。そこには、ぐにゃぐにゃした変な文字が書かれている。俺のスキル『言語理解』は、言葉は理解できるが文字は理解できないようだ。でも予測するに、昨日はこんなの無かったから、きっと『CLOSED』的な言葉が異世界語で書かれているのだろう。

 入ってもいいのかな? と扉の前で迷っていると、内側から扉が開けられ黒い影が顔を覗かせた。


『……やっぱり。……ヌーの匂いだ』


 ダルシーだ。俺の匂いが扉越しに伝わったのか。俺の体臭が凄いのか、ダルシーの嗅覚が凄いのか。後者であることを祈ろう。


『おはようダルシー』

『……おはよう。……準備出来てるよ……入って』


 ダルシーに招かれ店に入る。彼女の後を進むと、ハチミツの甘い匂いが香った。昨日よりも強く香る気がする。

 俺が鼻をスンスンと鳴らしていると、ダルシーは恥ずかしそうに『昨日のアマンダは激しかったから。舌が痛いくらいだよ』と言っていたが、何のことが分からないので無視した。


「あらぁ〜ヌー君。いらっしゃぁい」

「わん」


 店に入ると、眠そうなアマンダさんが迎えてくれた。店の床には白線で円が描かれ、円の中に様々な文字や記号が書かれている。いわゆる魔法陣ってやつだな。


「ダーちゃんから色々聞いたわよぉ〜。犬神ちゃんに会いたいのよねぇ?」

「わん!」


 一応神である犬神をちゃん付けするとは……。アマンダさんマジで何者なんだろう。

 ふらふらと歩きながら、彼女は床に書いた円の中心に、長さ二十センチ程度の棒状のものを置いた。

 なんだろうあれ、と良く見てみる。骨だ。犬が噛む用の骨だった。


「はい、これで犬神ちゃんを降臨させる準備が出来たわよぉ〜」


 この魔法陣と骨で召還できるのか? 神のくせに結構お手軽に呼べるんだな。つか魔法陣で召還とか、神っていうよりモンスターじゃないか。


「もう呼んじゃっていいかしらぁ?」

「わん!」


 きっと朝早くから準備してくれていたのだろうな。感謝だ。お陰でこんなに容易く犬神と会えるなんて。期待に胸が膨らむ。さっそくアマンダさんに呼んでもらおう。

 俺が頷くと、アマンダさんはカウンターに置いてあった杖を手に持ち、ブツブツと呪文を唱え始めた。


『ワンワン……オイデーオイデー……クゥンクゥン……イイコーイイコー』


 ……そんな呪文で呼べるのかよ。ジェイミーの魔法といい、この世界の呪文はちょっとテキトーだ。

 半信半疑で見ていたが、その呪文に応じて、床の魔法陣が不気味に輝き出した。紫色の光が煌めき、周囲の大気が震えて始める。次第に魔法陣から煙が立ち込め、店の中に充満した。


「わぅぅ」


 すげぇ……魔法だ。思わず感嘆の声が漏れた。

 やがて煙に包まれて、魔法陣からバチバチと電流がほとばしり始める。沸き立つ煙に乱反射して、電流の明かりが店内を照らした。次第にその電流は大きくなる。ついには雷が落ちたかのような轟音と共に、一際大きな電流が弾けた。


『……見て』


 紫電の目映い光に思わず目を背けていると、ダルシーが煙の向こう側を見るよう促してきた。

 そこには、黒い影が。

 人影だ。

 煙の向こう側、魔法陣の中心であろう場所に、小さな人影が見える。

 やがて煙が晴れると、その姿を捕えることが出来た。


 中学生くらいの、小さな人間の少女。

 しかしその頭にはイヌの耳がぴょこぴょこと動いていて、腰にはモフモフの尻尾が揺れている。

 和服を身に纏い、魔法陣に置かれていた骨を口に咥えていた。

 その少女は、骨を咥えたまま、モゴモゴと口を動かす。


「誰じゃー! わらわを呼んだのはー! お昼寝中だったんじゃぞー!」


 マジで犬神キタァー!!!




作者は今回の話を書くためにペットフードを食べてみました。といってもウサギしか飼っていないため、ウサギ用のエサです。

その結果、謎の体調不良に襲われてしまいました。(最近更新が遅い原因の一端はこれです)

詳細は活動報告まで。


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