第17わん ゴー! ハウス!
俺とダルシーがダッシュで魔術用品店に戻り、扉を開けて店の中に入ると、店の奥から話声が聞こえてきた。
「気に入ったものがあって良かったな、ジェイミー」
「うん! 二人とも選ぶの手伝ってくれてありがとう!」
「じゃあカウンターへ戻りましょうか〜」
お、ちょうど買い物が終わったところか。それにしても随分と長い時間買い物していたな。正確な時間は定かではないが、二十分くらいは外出していたと思うんだけど。
『……ジャストタイミングだね』
『そうだな』
俺とダルシーは、さもずっとここに居たかのようにお座りをし、それぞれの飼い主が戻ってくるのを待つ。少しすると、スキップするジェイミーに続き、ケリーとアマンダさんが店の奥から戻ってきた。ジェイミーの手には、彼女の身長の三分の二の長さはあるであろう杖が握られている。
「あ、ヌーちゃん! お待たせ〜」
「わん!」
「ヌー、良い子で待っていたか?」
「わんわん!」
どうやら俺達が外出していたことはバレていないようだ。ケリーは『私が会計しておくよ』とジェイミーに伝え、アマンダさんと共にカウンターへ歩んで行った。ジェイミーは持っていた杖をケリーに手渡し、俺の元へ小走りでやってくる。
「あー! この子がダーちゃん!? はじめまして〜」
「ばう」
ジェイミーはダルシーを見るなり顔をパァと輝かせ、その黒い体毛に顔を埋めるように抱きつき、
「わ〜モフモフ〜」
同時にダルシーの身体をわしゃわしゃと撫で回す。ダルシーは少しくすぐったそうにしていたが、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
ずるい! 俺もジェイミーに撫でられたい!
「わん!」
「きゃっ」
ジェイミーがダルシーから顔を離したと同時に、俺はジェイミーのその豊かな谷間にダイブする。
「も~ヌーちゃん甘えん坊なんだから〜」
ああ〜やっぱりここが一番落ち着くなぁ。身体の両サイドから迫る柔らかな圧迫感! ダルシーのも素晴らしかったが、やはりジェイミーのフィット感はバツグンだ。
「二人とも、お友達になったの?」
「わん!」
「ばう」
「そっか〜。ヌーちゃん、可愛い女の子と友達になれてよかったね〜」
え!? ジェイミー、ダルシーが女の子だと分かるのか!?
俺が驚いていると、ダルシーが『誰かさんとは大違いだね』とでも言いたげに冷たい視線を俺に向けた。うう、すまねぇ……。
「その子、女の子なのか?」
「そうよぉ」
カウンターの方からケリーとアマンダさんの会話が聞こえる。そうだよな!? 人間から見たら一目で犬の性別分からないよな!?
「え〜、お姉ちゃん分からないの!? ほら、こんなに美人さんな顔してるのに!」
「まぁキレイな顔立ちだとは思うが……」
「このお座りの仕方だって、スゴく可憐でおしとやかだよ! お嬢様って感じ!」
「いや分からんよ……」
俺にも分からんよ。すげぇなジェイミー、そんなことまで見抜けるなんて。
『……ヌーのご主人……なかなか見る目あるね』
うぐ……さっきからダルシーの冷たい視線が痛い。人化したダルシーは超可愛いと思うが、犬ダルシーはどちらかと言うとカッコいい部類に見えるんだよなぁ。まぁでも、メスだと意識して見ると、確かに綺麗でクールな美人とも見える。
「じゃあお姉ちゃん! これなら分かるでしょ!?」
ジェイミーは俺を谷間から床に降ろし、ダルシーの背後に回り込む。そしてダルシーの腋に手を当て、そのままコロン、と後ろに倒した。ダルシーはされるがまま仰向けになり、ジェイミーに背中を預ける形となる。仰向けにされたことにより、ダルシーの腹側が晒されることとなった。
「ほら! 女の子!」
『……いやん……恥ずかしい』
ダルシーは恥ずかしそうに『くぅうん』と情けない声を出すが、まったく抵抗する様子を見せない。むしろ、俺のほうをチラチラ見て反応を窺っているくらいだ。一方でケリーは、気まずそうに視線を逸らす。
「わ、わかったから。そうやってすぐ私に犬の股を見せるのはやめろ」
『……ヌー、そんないやらしい目で……私を見ないで』
『見てねーよ!』
誰が犬の身体をいやらしく見るか! 俺は犬になりはしたが、そういう風に見る対象は人間だ! いや、でもダルシーがこの体勢のまま擬人化したら……いかんいかん! バカなことは考えるな!
「あ! ごめんね、ダーちゃん。女の子なのにこんな格好させて」
「くぅん」
慌ててジェイミーはダルシーを起こし、お詫びと言わんばかりによしよしと頭を撫でる。ダルシーはわざとらしく恥ずかしそうな鳴き声を出した。
『……ヌーに……視姦された』
『変な言い方するな!』
全裸で街中を歩こうとするヤツが恥ずかしそうにしても説得力がないぞ!
そうこうしているうちに、ケリーは会計を終えたようだ。
「はいおつり〜」
「ありがとう」
「ケリーちゃん、明日もギルドのお仕事?」
「ああ。私達には金が必要だからな」
「面倒くさいよぅ~働きたくないよぅ~」
ぐでっと項垂れるジェイミーを見て、ケリー達は呆れたように微笑んだ。
金が必要? この姉妹は貯金でもしているのだろうか。なんのために? 俺を拾って飼うくらいだから、そこまで生活に苦労しているワケではなさそうだけど。ってか俺ってジェイミーとケリーのこと、詳しく知らないんだよなぁ。
「よし。ジェイミー、ヌー、帰ろうか」
ケリーはアマンダさんとの会話に区切りをつけ、俺達に向けて声をかけてくる。
「は~い」
「わん!」
ケリーの方に目を向けると、カウンターに散在していた商品は奇麗さっぱりとなくなり、二つの紙袋となっていた。ケリーはどうやら、あの時カウンターに並べられた商品を ”全て” 購入したようだ。アマンダさんがケリーを見て、意味有りげにニヤニヤしていた。
◇◇◇◇◇
魔術用品店での買い物を終え、俺たちは店を後にすることになった。
「それじゃあ、ケリーちゃん、ジェイミーちゃん、また今度ねぇ〜」
「ああ。色々とありがとう」
「ばいばーい! アマンダさん!」
「ケリーちゃん、アレの感想聞かせてねぇ〜」
「な、なんの話だ」
相変わらずアマンダさんはケリーを見てニヤニヤしている。その様子をジェイミーは不思議そうに見ていた。
そんな人間達のやり取りの下で、俺ら犬同士もわんわんと吠えて挨拶を交わす。
『ダルシー! また明日! 犬神の件よろしくな!』
『……うん……待ってるね』
と言ったはいいが、よくよく考えると俺は自由に外に出れないんじゃないか? 見た目はまだ生まれたばかりの可愛い子犬なのだから、ジェイミー達は俺を放し飼いにしないだろう。それにこの魔術用品店に、そう毎日ジェイミー達が買い物に来るとは思えない。まぁいいや、どうやってダルシーに会いに行くかは明日考えようか。
アマンダさん達に別れを告げ、俺たちは宿への道を歩み出した。
「るんるんる〜ん」
ジェイミーは余程お気に召した杖が買えたようだ。片手に大きな杖、もう片手に俺を繋いでいるリードを持ち、嬉しそうにスキップをしながら道を進む。
「わんわんわ〜ん」
彼女が持つリードを伝い、楽しい気分が俺にも伝染してくる。釣られて俺もスキップになってしまうぜ。やっぱり散歩は楽しいなぁ。
「ヌーちゃん! あとでこの新しい杖で、魔法かけてあげるね〜」
「わ、わん?」
魔法? え、なに? 俺魔法の実験台にされんの?
「さっきアマンダさんに教えてもらったんだ〜。わんちゃんがとっても気持ち良くなる魔法なんだって!」
へぇ〜。そんな魔法があるのか。ってきりファイヤーボールみたいな攻撃魔法とかかと思った。
あの撫でるのが超上手いアマンダさん直伝の、犬が気持ち良くなる魔法か……。どんな魔法だろう。『なでなで魔法』みたいな? 何にせよ、まだこの世界に来て魔法を目にしたことがないから楽しみだ。
「ジェイミー、ヌー、そんなにはしゃぐと転ぶぞ」
「大丈夫だよぅ」
「わん!」
スキップする俺たちを、両手いっぱいに買い物袋を抱えたケリーがたしなめる。彼女の表情はキリッとしているが、はしゃぐ俺たちの姿を見て今にもニヤけてしまいそうなのか、口角がピクピク痙攣していた。
「お姉ちゃん、やっぱり私も買い物袋持とうか?」
「いや、大丈夫だ」
アマンダさんが持って来てくれた物を ”全て” 購入したケリーは、何故か購入したものをジェイミーに見せないように、全部自分で持っている。
「でも重そうだよ?」
「これも鍛錬だ。それに、ジェイミーが持つと転んで中身が出て来てしまう恐れがあるからな」
「こ、転ばないよぅ!」
ケリーが意地悪な笑みを見せると、ジェイミーは顔を赤くして頬を膨らませた。
「ジェイミーはときどき抜けているところがあるからなぁ」
「そ、そんなことないもん!」
真っ赤になってまん丸に膨らんだ頬は、まるで熟したリンゴのようだ。おっと、この世界じゃリンゴじゃなくてヌプティ……なんとかだったな。うーん、やっぱりすぐには覚えられない。でも前よりは覚えてきたぞ。ゆっくり覚えていこう。
「さっきのドラゴンとの戦闘で、あと一撃で倒せるという時に、攻撃魔法と間違えて回復魔法をかけたのは誰だっけ?」
「うっ」
「そのあと全回復したドラゴンに食べられるんだもんなぁ。今だから笑えるが、あの時は本当に焦ったぞ」
「うぅぅ〜もう忘れてよぉ〜。焦って間違えちゃったんだよぅ〜」
ジェイミーがドラゴンに食われたのにはそんな経緯があったのか。攻撃魔法と回復魔法を間違えるなんて……ちょっと笑えないくらいのドジっ娘のようだ。
ってかそんな恐ろしいドジをするなら、魔法をかけてもらうの遠慮したい。『なでなで魔法』をやるつもりが間違えて俺の身体が爆発する魔法とかかけられたらシャレにならないぞ。
「というわけで、中身が出て来たら大変だから、この袋は私ひとりで持って帰る」
そう言うケリーに、ジェイミーは目を細めて訝しむような視線を送った。
「……お姉ちゃん、何か隠してるでしょ?」
「な、なんのことだ?」
「私が転んで、中身が出て来たらまずいの?」
「そ、そんなことはない」
図星を突かれたように、途端に動揺するケリー。視線を逸らし、声が震えている。何か隠しているようだ。俺でもそれが分かるのだから、妹のジェイミーが見抜けないはずがない。
「あー! わかった! 何か変なもの買ったんでしょ!」
「なななな何も変な物は買っていないぞ!? 本当だぞ!?」
じんわりと汗ばむケリーを見て、ジェイミーがハッと何かに気がついたような顔になった。
「もしかしてお姉ちゃん……」
「うっ……」
じっと、心を見透かすようにケリーを見るジェイミー。ケリーは居心地が悪そうにその視線をかわす。
「オークの睾丸買ったんでしょ!」
「なにっ!?」
「前にアマンダさん言ってたよ! 『ケリーちゃんは店に来るたびにオークの睾丸を興味深そうに見てる』って!」
「そんなわけあるか! 睾丸なんか見ていないし、買ってないぞ!」
「じゃあ何買ったの?」
「うぐっ……」
「お姉ちゃ〜ん?」
ジェイミーの追求するような目に耐えられなくなったのか、ケリーは力なく笑い、白状した。
「こ、睾丸だ……」
「ほぅら! やっぱり! もう! 隠さなくていいのに〜。お姉ちゃん睾丸が好きなんだねぇ」
「ははは……そうだ、私は睾丸が好きだ……ははは……」
ケリーは睾丸が大好き……メモメモ。
でもあの時、カウンターには睾丸なんて置いてなかったハズだ。あったのは確か、黄金の液体が入っている瓶だっだような……。
◇◇◇◇◇
宿に帰ってきた頃には、ほとんど日が沈んでいて、うっすらと空が暗くなっていた。
ケリーは宿に到着するなり、紙袋から何かを取り出し、風のように自室へ走っていった。小脇に何か瓶を抱えていたのだが、何が入っているのかよく見えなかった。
しばらくすると、
「今日の夕飯当番は私だったよな?」
とか言いながら、さも平然と部屋から出てくるケリー。その手に先ほどの瓶はない。部屋に置いてきたのだろうか。明らかに不審な行動だが、ジェイミーはクスクスと微笑むだけで、特に言及しなかった。
「うん、そうだよ〜」
「よし。すぐ作るから、少し待っててくれ」
ケリーは料理とか出来るのだろうか。なんとなくだけど、二人とも出来なそうなイメージがある。ジェイミーはドジっ娘だし、ケリーは不器用そうだ。まぁ犬の俺には関係ないか。
「じゃあ私はその間に、ヌーちゃんをお風呂に入れてくるね!」
「えっ!?」
「わん!?」
ジェイミーの突然の言葉に、俺とケリーは飛び上がった。
ふふふふふふ風呂!? ふろ!? FURO!?
フロってあれか!? 裸になって身体を洗うあの場所のことか!?
「ヌ、ヌーと一緒に入るのか!?」
「え? うん。だってヌーちゃん、ちょっと汚れてるし」
確かに俺は、二日間くらい街角に放置されたり、荒野でドラゴンと戦ったりで、ちょっと身体が汚れているかもしれない。だけど、まさかこんなに早くこの展開が来るとは。
「それとも当番交代する? お姉ちゃんがヌーちゃんと入る?」
「わ、私は……」
ケリーはチラッと自室の方向へ視線を送る。そしてその後、俺の顔、特に口元辺りを見た。何故だか顔が紅潮している。
「……きょ、今日は、やめとくよ……」
「そっか〜。じゃあ私と入ろうね! ヌーちゃん!」
……ジェイミーとお風呂? ジェイミーとお風呂! ジェイミーとお風呂ォォォォォ!!!
「わんわんわんわんわんわん!!!」
「わぁ、そんなに嬉しいの? ヌーちゃん?」
「異常に喜んでいるな……エロ犬め」
嬉しさのあまり、俺は辺りをピョンピョンと飛び跳ねた。尻尾がブンブンと動いている。
「えへへ。行こうか、ヌーちゃん」
「わおおおん!!!」
俺はこのとき初めて、心から犬に転生したことを犬神に感謝し、喜びの遠吠えを上げた。




