第15わん ダルシーの秘密
『……びっくりした。……まさか違う世界から転生してきて……元は人間なんて……』
俺は全て話した。もともと違う世界に居て、本当は人間だったこと。死んでこの世界に犬として転生したこと。チートステータスでドラゴンを殺し、ユニークスキル『芸達者』でドラゴン・ブレスを手に入れたこと。
『信じてくれるですか?』
『……うん。……嘘をついているように見えないし……何よりもさっきの炎を見たからね』
ダルシーのアニキは、最初こそ驚いたものの、すぐに理解を示してくれた。
『……それに、キミの精神年齢が……やけに大人びている理由も分かった』
『まぁ二十五歳ですしね』
『……私より大人だね』
『ははっ……』
二十五年生きていた人間が、たった一年弱しか生きていない犬をアニキ呼ばわりしているとは、改めて考えれば情けない話だ。
でもアニキに全て話してスッキリした。しかもそれを理解してくれたのだから、これほど嬉しいことはない。問題はそれを受け入れてくれるかどうかだ。理解はしてくれたが、受け入れてくれるとは限らない。聞くのが少し怖かったが、思い切って尋ねてみることにした。
『……これからも、アニキは俺のアニキでいてくれますか?』
はたして、中身が人間である俺を受けれてくれるのだろうか。少しの沈黙の後、アニキは静かに切り出した。
『……その……アニキっていうの……やめよう』
『えっ!?』
それって、元人間の俺を受け入れてくれないっていうことか!? やっぱり中身が人間の犬なんて、気持ち悪いよなぁ……。
一気に絶望感が駆け巡って泣きそうになったが、アニキは慌てて言葉を付け足す。
『……ああ、ちがうちがう。……変な意味じゃないよ』
『じゃあどういう……』
『……ヌーとは……弟子とか師匠とかじゃなくて……友達になりたい』
『と、友達!?』
照れるように微笑むアニキ。予想外の言葉に、俺は驚きと喜びで跳び跳ねてしまった。
そ、そんなこと言ってくれるなんて! 嬉しすぎる! 受け入れてくれるだけじゃなく、こんなカッコ良くて優しい人が友達になってくれるなんて!
『……どうかな?』
『もちろん! もちろんオーケーです! めっちゃ嬉しいっす!』
『……よかった。……じゃあこれから私たちは友達ね』
『はい!』
『……友達なんだから……言葉使い……もっとフランクでいいよ』
『そ、そうッスか?』
思わずそう言うと、アニキは咎めるようにキッと目を細めた。慌てて『そうか?』と訂正すると、アニキは満足そうに微笑んだ。いきなりフランクに話すのは少々違和感があるが、アニキがそう言うなら仕方ない。
それにしても、本当に嬉しい! 初友達がアニキみたいなカッコいい男だとは! 嬉しい! もう嬉しすぎて嬉ションしそう!
俺が感動していると、アニキは頬を赤らめて、照れたように視線を落としながら、
『……ヌーが……もし望むなら……その……それ以上の関係になってもいいかなぁ……なんて』
と歯切れが悪そうに小さく呟いた。友達以上の関係? っていうと普通は恋人だけど……同性だから違うだろう。なんだろう、男友達以上の関係って……あっ! もしかして義兄弟とか!? よくヤクザ物の映画とかだと、盃を交わして義兄弟になるもんな! いやぁそんなこと言ってくれるなんて嬉しいなぁ。
断る理由もなかったので、『もちろんいいよ!』と言おうと思ったが、その前にアニキは恥ずかしそうに『今のは忘れて』と俺の言葉を遮った。まぁいきなり友達から兄弟って、一気に飛びすぎだもんな。
『アニキが友達になってくれるなんて、本当に嬉しいなぁ』
『……友達なんだから、アニキじゃなくて……名前で呼んで』
『えっと、じゃあダルシーって呼んだほうがいいかな? 俺としては†暗い夜の堕天使†って呼びたいんだけど……』
ぜひこのカッコいい名前で呼びたいが、ダルシーは嫌がるだろう。ってやべ、ついうっかり本名を呼んでしまった。また怒っちゃうかな……。
しかし予想外にも、ダルシーはキレることなく、逆に微笑んだ。
『……その名前……本当にカッコいいと……思ってくれてるんだね』
『何度も言ってるだろ! 超カッコいいって!』
おお、俺が本当にカッコいいと思っていることが、ようやく伝わってくれたようだ。
『……さっき、私の名前のことで怒ってくれて……本当に嬉しかった。……実は、私もこの名前……嫌いじゃないんだ』
『えっ!? だけど本名を呼ばれるの、あんなに嫌がってたじゃん』
普段は穏和でクールなダルシーだが、本名のこととなると人が変わったようにブチキレるもんだから、てっきり本名が嫌いなのかと思っていた。
『……それは、この名前を呼ぶ奴は……大抵バカにしたように呼ぶから。……まぁ確かに……自分でも変な名前だと思うけどさ』
『変だと思うのに、なんで嫌いじゃないんだ?』
ダルシーは遠い目で空を見上げ、優しく微笑んだ。
『……だって、アマンダが付けてくれた大切な名前だもん。……いくら変だからって……嫌いになれないよ。……犬にとって名前は……飼い主との絆のようなものだから』
なるほど。ダルシーは、本名が嫌いだから怒っていたワケじゃないのか。アマンダさんが付けてくれた名前をバカにされるのが嫌だっただけだ。飼い主であるアマンダさんのことが好きだから、たとえ自分でも変だと思う名前でも受け入れられるのだろう。
『……だから、この名前を褒めてくれて……本当に嬉しかったんだ。……私とアマンダの絆が……初めて認められたような気がして』
ダルシーは、黄色い瞳にうっすらと涙を浮かべていた。だけど、それは悲しいものではなく、喜びに満ちたような綺麗な涙だった。本当にアマンダさんのことが好きなのだろう。だけどダルシー、そんな風に遠い目でそんな言い方をすると、アマンダさんが故人のように聞こえるよ。
『……だからヌーも……自分の名前が気に入らなくても……いつかは好きになってほしいな』
確かに、ダルシーの言う通りだ。どんな変な名前でも、それは飼い主が一生懸命考えて付けてくれた名前。そして、犬と飼い主を繋ぐ絆のようなものだ。それに文句を言うなんて、なんて愚かなことなのだろう。今まで名前が嫌で、散々文句を言ってきた自分がちっぽけに思える。これからはジェイミーとケリーが付けてくれたこの名前を、もっと大事にしていこう。
みんな名前を可愛いって言ってくれるし、改めて思えば以外と良い響きなんじゃないか? ヌプ……ヌプ……。うん、まずはちゃんと覚えるところからだな。気づかせてくれたダルシーに感謝だ。
『それじゃ、これからは†暗い夜の堕天使†って呼ぶよ』
ダルシーが嫌ではないならば、思う存分このカッコいい名前を呼ぶことができる。俺にとっても、ダルシーにとっても嬉しいことじゃないか。と思ったのだが、ダルシーは首を縦に振らなかった。
『……いや、ダルシーにしようか』
『えっ、なんで?』
『……ダークナイト・ルシファーって、十回言ってみて?』
意味が分からなかったが、言われた通り十回言ってみることにする。
『ダークナイト・ルシファー、ダークナイト・ルシファー、ダーきゅないと……あっ』
『……まさか……三回で噛むとは』
『うぅっ……』
『……長いから……噛まないように、ダルシーって呼んでね』
『はい……』
は、恥ずかしい……。俺ってこんなに滑舌悪かったのか。いや違う! この身体にまだ慣れていないから、口を上手く動かせないだけだきっと! 慣れたら本名で呼んでやるんだからな! まずは毎日早口言葉でも練習しようかな……。
俺が心の中で決心していると、ダルシーはふと思い出したように話を切り出した。
『……そういえば、話がだいぶ戻るけど……どうやって転生したの?』
『ああ、そこの話を飛ばしてたか』
そういえば犬神の話をしていなかったな。さっきはそこら辺の話を飛ばしたんだった。でもさすがに神様は信じてくれないんじゃないかなぁ。
『えっと、死んだら変な白い空間にいてさ。そこで犬の神とかいう……』
『……えっ……犬の神?』
ダルシーは俺の言葉を遮り、驚いたように目を見開いた。やっぱり神様の話なんか信じてくれなかったか……と思ったが、
『……それって、どんな見た目だった?』
予想外の反応を見せるダルシー。
あれ、どんな見た目だったっけ。記憶がぼんやりしていて鮮明に覚えていない。
俺は新しい身体に生まれ変わる直前に居た、あの白い空間のことを思い浮かべる。そこで出会った、小さな少女の姿を。
『えっと。見た目は人間の女の子だったな。十二、三歳くらいの』
『……犬の耳と尻尾が生えてた?』
『うん』
そうだ。もふっとした茶色の耳と尻尾が生えてたなぁ。俺が犬好きアピールすると、嬉しそうにその尻尾を左右に揺らすんだよな。
『……お目目がクリッとしてて』
『そうそう!』
クリッとした黒目で、俺を見上げてきていたな。今となっては人から見上げられることなんて無いだろうから、懐かしい思い出だ。
だいぶ犬神の姿を思い出してきたぞ。えっと、確か服装が――
『……和服を着ていた?』
『そうだ! 和服着てた! って、なんで知ってるんだ?』
さっきからズバリと犬神の特徴を言い当てるダルシー。
『……私も、犬神様のこと……知ってる』
『ええ!?』
予想外の展開に狼狽する俺に、ダルシーの口からさらに驚きの言葉が紡がれる。
『……そして私も……彼女から特別なスキルを授かった。……それが、私の秘密』
『まさか、ダルシーも転生者なのか!?』
『……違うよ。……私は最初からこの世界に生まれた犬』
一瞬だけ俺と同じ境遇なのかと思ったが、あっさり否定された。でもまさか、俺以外にも犬神を知っている奴がいるとは……。てっきり犬神は死後しか会えないと思っていたが、そうではないようだ。犬だから知っているのか? この世界の犬は皆、犬神のことを知っているのだろうか。
まぁ今はそれよりも、ダルシーの秘密のスキルのほうが気になる。
『じゃあ、授かったスキルって?』
『……見たほうが早い』
そう言ってダルシーは四本足を肩幅に開き、力を込めて踏ん張った。歯を食いしばり、目を見開く。
『うぅぅぅう……』
そして唸り声を上げ、身体を震わせ、毛を逆立てていた。これでスキルが使えるのだろうか。少し苦しそうに見えるけど。
そのまま十秒ほど唸り声を響かせると、驚いたことに、徐々にダルシーの身体が淡い光を放ち始めた。それだけでも十分驚きだが、光輝く彼の身体の輪郭が、だんだん変化していることに気がついた。
『え!? なに!?』
もともと大きな身体だったが、さらにその身体が大きくなっていく。一回りも、二回りも。
それに伴って身体から放つ光が大きくなり、ついに目映い光にダルシーの身体が全て包まれた。
やがて光は、爆発するように瞬き、閃光が暗い路地に走り抜ける。俺はそれに目が眩んで、思わず瞼を閉じてしまったのだが、
「……ヌー」
という呼び声が聞こえたので、ゆっくりと目を開けてみることにした。瞼の裏から窺うに、光はすでに消えたようだ。……って、あれ? 今耳から聞こえたのは、犬の鳴き声じゃなかったぞ……?
疑問に思いながら目を開けると、そこには、
「……これが……私の秘密」
二本足で直立する、身長160センチほどの生物。
その声はダルシーの声色と非常に似ていて、透き通るように美しく響き、冷静で寡黙な印象を受ける。しかし、その生物が口から発する音は、もはや犬の鳴き声ではなかった。
『は!? え!?』
「……私だよ。……ダルシーだよ」
さっきまでそこにいたダルシーの姿がない。そして突如として現れた、ダルシーを自称する二足歩行の生物。頭部以外に体毛は無く、衣服も身に付けていないため、褐色の素肌が晒されている。
『お、おま、お前、ダルシーなのか!?』
「……うん。……ビックリしたよね」
ダルシーを名乗るが、その姿は犬ではない。
その姿は、まるで――
「……私、人間に変身できるんだ」
人間。
まさにその姿だ。顔も、身体も、手も、足も。全てが人間のものだ。しかし一方で、頭のてっぺんから二つのイヌ耳が生えて、ピコピコと動いていた。そして腰から生えている真っ黒でもふもふの尻尾。耳も尻尾も、ダルシーのものと非常に良く似ている。首に巻き付けている黄色の首輪も、ダルシーが付けていたものと同様に見える。
『だ、ダルシー……お前……』
そして最も驚くべきことは、その身体の首から下にある大きな二つの膨らみ。くびれた腰のラインとは不釣り合いに大きく膨らんだ物体が、胸部にくっ付いており、呼吸に併せて柔らかそうに揺れている。そして、足の付け根。ヘソより下の下腹部。そこにあるべきもの、いや、あると思っていたものが、無い。
これらが意味することは、つまり――
『お前、女だったのか!!??』
「……え……まだ……気がついてなかったの?」
擬人化キャラが出てきましたが、主人公はそう簡単に擬人化しませんので