うちのムシャムシャ……ペロリ!
商店街に向かう途中に中華料理屋がある。
昔ながらの定食屋という感じで、いい具合に年季の入った外観だ。
壁はうすい黄色。入ったことはないけれど、床はたぶん、染み込んだ油の独特の感触がするんだろう。
前の歩道が広くなっていて、駐車スペースと一体になって、ちょっとした広場のようになっている。
ここを通りかかると、歩くペースが遅くなる。
それは中華料理の美味しそうなにおいがするからではなくて、この広場でいつも、数匹の猫がくつろいでいるからだ。
べったりとお腹を地面につけて、安心して長くなっている。
僕が近づこうとすると、
――面倒くさいのがきた……。
という顔で、近づいたぶんだけ離れてしまう。
何度試してみても、触らせてくれない。いまは諦めて、通りすぎるときにじっくり眺めるだけにしている。
――この店の猫なんだろうか。
食事に来たら、この猫たちが歓迎してくれるのかもしれない、と思う。
なかなかこの店に行く機会はないのだけれど、猫が出迎えてくれる中華料理屋というのは、楽しそうだ。
回転テーブルのうえに乗った猫が、澄ました顔でぐるりと回ってくる姿を想像した。
自宅が近づいてくると住宅街になる。
住宅街といってもマンションが並んでいるわけではなくて、背の低い一軒家ばかり。田舎の風景だ。
何気なく、道路の向かい側の家を見ると、門柱の影からひょっこり猫が顔を出していた。
ニケさんやドリフ猫と同じ、二毛猫だ。
この付近には二毛猫が多い。
もしかすると、昔からこの地域に住んでいる猫の一族なのかもしれない。
みんな同じ、薄い黄色と白の二色。表情もなんだか似ていて、ちょっとびっくりしたような顔をしている。
門柱の猫も、やはりびっくりした顔で僕を見つめていた。
じっと立ち止まって、警戒心が薄れるのを待つ。
しばらくすると、猫の後ろから、ひとまわりちいさな猫がひょこりと顔を出した。
見た目がそっくりの、ちいさな二毛猫だ。
――おお、親子ですか。
子供のほうは警戒心よりも好奇心のほうが強いようだ。そろそろと門柱の影から出てきて、僕を見つめてパチパチと瞬きをしている。
――これは……いけそうですね。
近づくタイミングを計っていると、ブォーンという音が聞こえてきた。
僕と猫たちとのあいだの道路。そこへ軽トラックが通りかかったのだ。
やたらにアクセルを吹かせて、乱暴な運転だ。しかも、走る振動で荷台の部分がガタガタと大きな音をたてている。
軽トラックが走り去ったあと、道路の向こうにいた猫たちもいなくなっていた。
あんなに大きな音をたてれば、それは逃げるだろう。
――空気の読めないトラックですね……。もう少しだったのに。
今日はせっかく野良猫に会えたのに、相手をしてもらえなかった。
――なんだかついていないですね。遊んでもらえませんでした……。なんて日だ……。
肩を落として、自宅へ向かうことになった。
帰りついて、リビングでコーヒーを飲んでいると、うちの猫がゆっくりと歩いてきた。テーブルに登って、僕のほうへ向かっている。
「あら、相手をしてくれるんですか? 飼い主の気持ちがわかるんですね。さすがです」
人指し指をつきだして、うちの猫を待っていると、申し訳程度に鼻を近づけて、
――違う……。これじゃない。
という顔ですぐに離れて、さらにテーブルの奥へ進んでいった。
何をするのか見ていると、透明なプラスチック製のパックのにおいを嗅いでいる。
アーモンド入り小魚が入っていたパックだ。
食べ終わったものを、処分せずにテーブルに置きっぱなしにしていたようだ。
うちの猫は見慣れないものがあると、ひとまずにおいを嗅ぐ習性がある。
――何にでも興味を持つんですね。ただのパックですよ。なかはもう食べてしまいました。
と眺めていると、アーモンド入り小魚のパックを何度も叩いて、フタをはじきとばしてしまった。
――ええっ!? 開けれるんですか!?
驚いているあいだに、うちの猫はパックに顔を突っ込み、なかのものを食べ始めた。
ハムハムッという音が聞こえてきそうなほど、勢いよく食べている。
「ちょっと、ダメですよ?」
どかそうとしても、思いきり力を込めて、動こうとしない。
――いったい何を食べているんでしょう?
透明なパックだから、横からのぞきこめば何をしているのか見ることができる。
うちの猫は目を細めて、パックの底をなめまわしていた。
わずかに残った小魚のかけらを食べているらしい。
「……そういう行動はやめてください。ちゃんとカリカリをあげてますよね……」
軽く叩いても反応しない。
アーモンド入り小魚に夢中なようだ。
――そんなに気に入ったんですか。でもこれって……。
アーモンド入り小魚は、たしかかなり甘辛い味付けがしてあったはずだ。
猫に濃い味付けのものをあげるのは、あまりよくないらしい。
――大丈夫ですかね……?
見守っていると、うちの猫が満足げな表情で、顔を上げた。
食べ終わったらしい。
口の周りをペロペロとなめている。
――まあ、こんなに気に入ってるんだし、たまになら買ってあげるのもいいかもしれないですね。
とアーモンド入り小魚のパッケージを確認しようとすると、アーモンドのかけらが残っていることに気づいた。
「あー、食べるの下手ですねー。まだ残ってますよ」
僕がアーモンドを拾って、手のひらに乗せて差し出すと、
「いや、それじゃないから」
という顔で、においも嗅がずに歩いていってしまった。
僕に背を向けるようにして、離れた場所に座っている。
今日は結局、どこの猫からも相手にしてもらえない日だった。
――そうですか……。アーモンド抜きのアーモンド入り小魚……。売ってますかね……。
うちの猫はそれからもしばらくのあいだ、名残惜しそうに口の周りをなめていた。




