うちのかわいいおともだち
玄関のドアを開けて、なかに入ろうとする。
そこでふと、僕は手を止めた。
――いま、何かおかしなものを見た気がする……。
くるりと振り返って周囲を確認する。
駐車場は普通の様子。庭にもおかしなところはない。だが、玄関の脇に置かれた大きな植木鉢に異変が起きていた。
その鉢は、ちょうど植え替えの途中で、何の花も植えないまましばらく放置してしまっていたものだ。そこには土だけが入っているはずだった。
いまは、黒いモコモコが生えてきている。
モコモコはかなり大きく、鉢の表面を覆うようにして丸く盛りあがっている。
――こんな植物、見たことない……。
カビの一種だろうか、と思った。だとしたら大変な事態だ。
モコモコ、フワフワして軽そうで、しかも巨大だ。気づかないあいだにこれだけ育ったのなら、繁殖力も相当強いのだろう。風に乗って広がって、これが庭を覆いつくすかもしれない。
――この鉢ごと捨てるには……粗大ごみ?
そんなことを考え、警戒しながら、もう少し近づいて植木鉢の状態を確認する。
そして――その正体がわかった。
ボスだった。
黒い背中の部分を上にして、植木鉢のなかにぴったり収まっている。手足と頭も隠れていて、曲線だけが鉢からはみ出ていた。
普段はお腹の白い部分も見えている。その印象が強くて、離れたところからでは、これがボスだと気づかなかった。
ボスだとわかってから改めて確認しても、謎の新種の植物の塊に見える。だいたい植木鉢から猫が生えているなんて、普通思わない。
――本当に、何をやってるんですか……。
背中をつついても黒いかたまりがモゴモゴ動くだけだった。呼びかけても僕のほうを向くことさえしない。
――そんなに気に入ってるんなら、まあいいですけど……。
うちに来たひとが、この状況を見てびっくりするんじゃないだろうかと思いながらも、ひとまず好きにさせることにした。
「ふぅん、ふぅん」
家の中では、うちの猫が本棚の周りをうろうろして、何かを訴えかけていた。
チラチラ僕の顔を見て、落ち着かない様子だ。
この行動は、最近ときどき見かける。
何を伝えたいのかはわからない。
「どうしたんですか? 本を読みたいんですか? ちょっと難しいかもしれませんよ?」
と床に本を置いてみても、臭いをかぐだけ。すぐにまた、うろうろし始める。
――本じゃないとしたら……。
本棚の真ん中辺りには白いクマのぬいぐるみが置いてある。
ほかの部屋にあったものを、見栄えがいいかと思って、ここに飾ったものだ。わりと大きめで、うちの猫くらいはある。
そういえば、これを飾ってから、うちの猫が本棚の周りをうろうろするようになった気がする。
「もしかして、これですか?」
ぬいぐるみを床に置くと、うちの猫の動きがピタリと止まった。ぬいぐるみから少し離れたところで、床にお腹をつけてべったりと座る。
しばらくはそのまま。それからぬいぐるみの背後を通りながら臭いをかいで、反対側にゆっくり移動する。そして、またべたりと座った。
妙に警戒しているように見える。
――もしかして、これを猫だと思っていますか……?
あきらかにクマのぬいぐるみなのだけれど、フワフワでモコモコの毛並みは、猫のようにも見えるかもしれない。
うちの猫はそっぽを向きながら、ぬいぐるみにじりじりと近づいていた。視線を合わせようとはしない。耳だけがチラチラ動いて、クマの様子をうかがっている。
ぬいぐるみだということが、わからないものなのだろうか。
――そういえば、僕も植木鉢の中のモコモコした物体が、ボスだとはわからなかったし……。
同じようなことなのかもしれない。
猫は目が悪いと聞いたことがある。それなら、なおさらわからないだろう。猫にとってはモコモコしているものは全部仲間。区別がないのかもしれない。
――そういうことなら……お友だちを作る練習ですよ!
いまのところ猫パンチは繰り出していない。
警戒はしているようだが、いい調子だ。
うちの猫がクマのぬいぐるみとの距離を縮めるのを、そっと見守ることにした。
――しかし、動きませんね……。
30センチほどの距離まできたところで、うちの猫はそれ以上近寄らなくなった。
あいかわらず、視線はぬいぐるみから不自然にそらされていた。
ときおり、
「私、普段どおりにしているだけなんだけど。全然気にならないんだけど」
とアピールするように、毛づくろいを高速でしている。
――ここまでですか。
状況が変わらないようなので、ひとまずお友達を作る練習は終わりだ。
ちょっと思いついて、試してみたかったことをやってみることにした。
「ああー! かわいいですねー!」
手を伸ばして、頭をなでなでする。
「ふわっふわじゃないですかー!」
のどもさすってみる。ついでに背中もわしゃわしゃとかきむしってみた。
「はあ?」
という顔で、うちの猫が見ていた。瞳孔が開いて、ひげがピンと立っている。
僕が触っているのはクマのぬいぐるみだった。
うちの猫じゃなくて、ぬいぐるみのほうをかわいがってみたら、どうなるのか試してみたかったのだ。
「ちょっと何してるの? 何なの?」
という雰囲気で、いままで近づかなかった距離を、うちの猫が頭を下げながら近づいてくる。
そして、
ペチン!
ぬいぐるみにパンチを繰り出した。
そのまま爪をたてて引きずり倒した。
すぐにもう一度パンチ。ぬいぐるみが、回転しながら床を滑っていく。
さらに追い込みをかけつつ、背中の毛を逆だてて、「クワー!」と威嚇もしていた。
――ああ、そこまでやるんですか……。
こうなるかもしれないとは思っていたけれど、予想以上だった。
――本物の猫にこんなことをしてしまったら、大変なことになりますね……。
うちの猫の前では、ほかの猫との接しかたに気をつけなければならないようだ……。
そんなことを考えていた僕の手をガブッとあまがみして、うちの猫は走って逃げていった。




