エピローグ「あの日から、ずっと」
――それから、半年。
桐生恒一と白石桃子の結婚式は、華やかに執り行われた。
政治家として注目を集める桐生の結婚だけに、式の前後から世間の関心も高かった。
テレビでは、
「若手有力政治家、電撃婚!」
「お相手は十八歳年下の一般女性!」
そんな見出しが躍った。
そして、桃子の顔を見た人の中には、こんな声を上げる者もいた。
「……あれ?」
「この人、どこかで見たことない?」
「ほら、昔、桐生さんの事務所に出入りしてた……」
「えっ、あのときの女子高生!?」
数年前、週刊誌に掲載された一枚の写真。
まだ高校生だった桃子が、桐生の事務所でお茶を運んでいた、あの写真。
当時は、その関係を面白おかしく取り上げる声もあった。
けれど。
「でも、当時は何もなかったんだろ?」
「その後、何年も経ってから結婚したってこと?」
「何年越しなんだよ……」
そんな声も、少なくなかった。
桃子自身は、そんな世間の騒ぎを少し離れたところから眺めていた。
あの頃の自分は、ただ桐生の近くにいたかった。
桐生が何を考えているのか知りたかった。
そしていつしか、自分自身が何をしたいのかを考えるようになった。
大学へ進み、学び、ひとりで暮らし、働いて。
桐生とは別の場所で、自分の人生を歩いてきた。
だから今、隣にいるのは。
ただ「好きだった人」ではない。
自分の人生を歩いた先で、もう一度選んだ人だった。
そして――。
その日の夜。
長い一日を終え、二人きりになった部屋で。
桃子は、少しだけ緊張した顔で桐生を見る。
「その……」
「うん?」
「こういうの……はじめてだから……」
桐生は一瞬、きょとんとした。
そして。
「いいじゃないか!」
「え?」
「純潔を守り続けてくれていたんだろう? クリーンで非常に素晴らしい!」
「っ……!」
桃子の顔が一気に赤くなる。
「政治家みたいな言い方しないでよ!」
そこで、ふと我に返る。
「……って、政治家かw」
「ははっ」
桐生が笑った。
桃子もつられて笑う。
緊張していた空気が、少しだけほどけた。
「……ほんと、そういうところですよね」
「どういうところだい?」
「真面目なのか、ずれてるのか、よく分からないところ」
「それは褒めているのかな?」
「たぶん♡」
二人の笑い声が、静かな部屋に響く。
その先のことは――二人だけの時間だった。
◇ ◇ ◇
そして。
さらに少しだけ時間が過ぎた頃。
ある日の駅前。
かつて、ひとりの女子高生が足を止めた場所に。
桃子は、桐生と並んで立っていた。
街の景色は、あの日と少しだけ違っている。
けれど。
駅前の空気も。
行き交う人々の姿も。
どこか懐かしい。
桃子は、隣にいる桐生を横目で見た。
その横顔。
あの日、初めて見たときと変わらない。
真っ直ぐ前を見て、静かに立っている。
――あの日。
私は、この人を見上げていた。
遠くにいる人だと思った。
自分とは違う世界にいる人。
手の届かない、ずっと先を歩いている人。
でも。
今は違う。
桃子がそんなことを考えていると、桐生がふとこちらを向いた。
目が合う。
「……どうした?」
「ううん」
桃子は、少し笑った。
桐生も、何かを思い出したように駅前を見渡す。
そして、静かに言った。
「桃子と、ここで出会ったな。」
桃子は目を丸くした。
「覚えてるんですか?」
「ああ」
桐生は少しだけ笑う。
「あの日、君は最後まで私の話を聞いていた。」
それは、まだ桃子が高校生だった頃。
桐生にとっては、政治の話を聞きに来てくれた一人の若者だった。
あのとき、彼女がどんな未来を歩むのか。
自分の隣に立つことになるのか。
そんなことは、知る由もなかった。
ただ。
あの日、最後まで話を聞いてくれていた少女が。
今は自分の隣にいる。
そしてこれからは――。
同じ未来を歩いていく。
桃子は、そんな桐生の横顔を見つめて。
にっこり笑った。
「うん」
そして、少しだけ得意げに。
「かっこいい♡って思ったんだもん♡」
「……そうだったのか」
桐生は、少し困ったように笑った。
「今でも?」
「今でも♡」
「そうか」
小さく笑って。
桐生は、桃子の手を取った。
ぎゅっと握るのではなく。
当たり前のように。
自然に。
「桃子、行こうか。」
桃子は、その手を握り返す。
そして――。
「はい、恒一さん」
二人は、駅前を歩き出した。
あの日、遠くに見えた背中は、もう遠くない。
その人は今、私の隣にいる。
そしてこれからも。
きっと、隣で一緒に歩いていく。
――あの日から、ずっと。




