第1話 駅前に立つ、あの人
その日、私はいつものように駅へ向かっていた。
学校帰り。特に予定もない、普通の放課後。
なのに、駅前まで来たところで、いつもと違う光景に足が止まった。
「……何だろ?」
人が集まっている。
何かのイベントかなと思って、少しだけ近づいてみる。
すると、その人だかりの中心に――ひとりの男性が立っていた。
スーツ姿。
背が高くて、姿勢がきれいで。
そして、何より。
「……え」
思わず、声が出た。
「……なに、この人。めちゃくちゃかっこいい……」
それが、私と桐生恒一の最初の出会いだった。
どうやら街頭演説をしているらしい。
政治家。
たぶん、そういう人。
正直に言えば、私は政治にものすごく詳しいわけじゃない。
演説の内容だって、全部理解できたわけじゃなかった。
難しい言葉も出てくるし、途中で「今の話、どういう意味だろう」と思ったところもある。
なのに。
なぜか、帰ろうとは思わなかった。
桐生さんは、大きな声で人を煽るような話し方をしなかった。
ただ、落ち着いた声で、自分がこの街をどうしたいのかを話していた。
「……ちゃんとしてる」
気づけば、私はその場で聞き入っていた。
顔が好みだったから。
もちろん、それは大きい。
ものすごく大きい。
でも、それだけじゃなくて。
この人が何を考えているのか、もう少し知りたい。
そんな気持ちが、ほんの少しだけ生まれていた。
――そして、演説の途中。
桐生さんがふと顔を上げた。
目が合った。
「……!」
私は固まった。
え。
今、こっち見た?
見たよね?
まさか……私?
心臓が、急に忙しくなる。
一方の桐生は、前方に立つ女子高生の姿を見ていた。
制服姿。
真剣な顔で、最後まで話を聞いている。
「……若い人も、聞いてくれているんだな」
それだけだった。
けれど、演説が終わり、人が少しずつ散っていっても、私はその場からすぐには動けなかった。
もう一度、桐生さんを見る。
スタッフと話をしている。
さっきまで大勢の人の前に立っていた人なのに、今は少しだけ普通の人に見えた。
……いや。
普通の人にしては、やっぱりかっこいい。
「……また、会えるかな」
口にしてから、自分で恥ずかしくなった。
「なに考えてるの、私……」
でも。
その日の帰り道、私の頭の中には、ずっとあの人がいた。
一方、駅前に残った桐生も、ふとさっきの女子高生を思い出していた。
「……あの子、最後まで聞いていたな」
それだけ。
まだ、それだけだった。
――少なくとも、桐生にとっては。
私にとっては。
もう、始まりかけていた。




