舞踏会の終わり その5
これでちょうど60話目。100話までには終われるよう頑張ります。
「アリス逃げて下さい!」
そう言って白ウサギは私を突き飛ばし、ビルが振り下ろした剣を受け止めた。
金属がぶつかり合う音がする。
「早く!」
白ウサギに再度言われ私はようやく動き出した。
私はあえて白ウサギに大丈夫なのかとは聞かなかった。
私がそう言えば彼はどうせ笑って大丈夫だと答えるだろう。
彼は平気で嘘をつく。
だから私は走った。
この場に私がいても彼にとってただの足手まといにしかならない。
それにビルはどう見ても私に執着している。私がいつまでも白ウサギのそばにいてはビルはますますその殺意を強めるだろう。
大丈夫。きっと彼なら大丈夫。
だって……彼は……
ふと頭によぎる朧気な記憶。
あれはいつのこと?
幼い私と白ウサギ。彼はあの時も今と変わらぬ笑みを浮かべていた。
この記憶は……
いやでもある事実に気づかされる。そんなこと有り得ない。そう思っていたけど、でも、もしそうなら全てが繋がる気がする。
私は……この世界に来たことがある。
そして私はおそらく……
「アリス」
始まりの少女。
まだ断言はできないけど可能性は十分にある。
「でも、そんなのって……」
可笑しい。
私には全く記憶がない。
白ウサギやみんなと以前会っていたならその記憶はいったいどこへいったというのか。
それともあまりにも幼い時の記憶だから忘れてしまっているのか。
「だとしたらとんでもない薄情者ね」
この世界や住人達はずっと、アリスを待っていたというのに、とうの本人はその存在さえ忘れていたなんて。
それでもここの住人達はけしてアリスを責めないのだろう。
まだまだわからない事も聞きたい事はたくさんある。
それでも今はこの場を後にすることが先決だ。
「大丈夫」
白ウサギは大丈夫。そう信じて私はとにかく走った。
逃げろ。そう白ウサギに言われて、とりあえず走ってきた訳だが、それは言う程簡単な事ではなかった。
「ここどこよ……」
眼前に広がる廊下をどうしようもない思いで見る。
夢中になってここまで走ってきたけど、どこに行こうかなんて全く考えてなかった。
とりあえずこの城から出ないといけないとは思うものの、さっぱり出口がわからない。
そう言えば、ビルと会う前も謎の双子に追いかけられてたんだっけ。
道順なんて覚えてる訳がなかった。
「どうしよう……」
こんなところでいつまでもこうしている訳にはいかない。
早く逃げないと追っ手が……
「みいつけた」
すぐそばで聞こえた子供の声。
はっとして振り返れば、あの双子が笑顔でそこに立っていた。
「アリスだ」
「アリスだね」
「どこ行くの?」
「どこにも逃げられないのに」
「逃げるってことはやっぱりアリスじゃないかもね」
「違うかもね」
「アリスじゃなきゃ殺しても怒られないよね」
「そうだね」
子供らしい笑顔を浮かべながら話の内容はとても子供がするようなものではない。
どうしよう。
今頃白ウサギはビルの相手をしているだろう。
助けを期待できるような状況じゃない。
かと言って、当然ながら私が太刀打ちできるはずがない。
双子はくすくすと笑いあい、剣を構える。
「……だめ」
こんなとこで……
こんなところで死ぬわけにはいかない。
私は真っ正面から双子を見据える。
そして笑った。できるだけ声を出して楽しそうに。
すると双子は顔を見合わせ、動きを止める。
「どうしたの?」
「何がそんなに楽しいの?」
不思議そうにそう言って、私の方を見る。
やっぱり。この子達は何か考えがあってアリスを狙っている訳じゃない。
ただ単に暇つぶしになるものを探しているだけ。
振り回しているものはどう考えても子供が持つものではないが、中身はやっぱり子供だ。
「そんな事していいの?」
「何で? 何で駄目なの?」
「どうして? どうして駄目なの?」
双子は2人揃って首を傾げる。
私はそれに一度深呼吸してから、答えた。
「私はアリスよ」
私の一言に双子は見るからに驚いた表情をした。
アリスだ。アリスかもしれないと散々言ってはいたが、本当に私がアリスだとは思ってはいなかったようだ。
「アリス? アリスなの?」
「本当に? 本当にアリスなの?」
双子のその言葉に私は迷わず頷く。
すると2人は顔を見合わせた。
「本当かな? 本当にアリスかな?」
「嘘かもしれないよ? アリスじゃないかもしれないよ?」
アリスだと名乗ったのはいちかばちかの賭だったが、どうやら間違いではなかったようだ。
あとはこの場をどうにかごまかして逃げられれば……
「私はアリスなの。首をはねてもいいけどそんな事して後でビルに怒られてもしらないから」
前にビルと会った時の双子の様子を思い出してそう言うと、あからさまに彼らは反応した。
やっぱりビルの存在は怖いらしい。
双子は困ったように顔を見合わせる。
「どうしよう……」
「どうしようか……」
「本物のアリスだったらトカゲの奴怒るよね?」
「絶対に怒るよ。だってトカゲはアリスが大好きだもの」
「昔からそうだよね」
「昔からそうだね」
「僕らがアリスと遊んでると怒ってたもんね」
「嫌な奴だよ。だからアリスに嫌われるんだ」
「アリスはトカゲより白ウサギの方が好きだったよね」
「昔からアリスは白ウサギが好きだったね」
双子がこちらを見る。
「ねえ、君は白ウサギが好き?」
「アリスなら好きだよね?」
「え……?」
白ウサギのことが好きかどうか?
まさかそんな質問をされるとは思ってなかった。
いや、アリスのふりをするなら答えは一つしかない。
「す、好き……かな?」
しまった。つい、あやふやに答えてしまった。
別に白ウサギのことは嫌いじゃない。変態だけど悪い奴じゃないとわかってるし、何度も私を守ってくれた。
かと言って、好きだと自信満々に答えるのは、嘘だとしてもどうかと思う。
と言うかもしもこの事実を白ウサギが知ったらと思うとそれだけで頭が痛い。
そんな私の複雑な心中を知らずに双子はその答えに首を傾げる。
「曖昧だね」
「微妙だね」
うるさい。言われなくたってわかってる。
そう怒鳴ってやりたいのをどうにか我慢した。
「アリスかな?」
「どうかな?」
双子はまた顔を見合わせる。
やっぱり嘘でも好きだと言うべきだったかもしれない。
でも、相手はあの白ウサギだし。好きとか言うのはちょっと……。
嫌いじゃないんだけどね。
双子は何やらひそひそと小さな声で話し合い、それから小さく頷きあうとこちらを見た。
「じゃあ、こうしよう」
「今から問題を出すね」
「それが当たったらアリスってことにしてあげる」
「アリスならわかるよね」
「間違えたら、首をはねるからね」
「アリスだったら絶対に間違えないよ」
問題……。
双子の出す問題だからそこまで難しくはなさそうだけど。万が一答えられなかったら……
止めよう。悪いことは考えない方がいい。
どんな問題にしろ答えられなければ私はここで殺される。
私が頷くと双子はにこりと笑う。
「ダムとディーは双子の兄弟」
「いつも一緒で仲がいい」
「ダムはお兄さんで」
「ディーは弟」
「僕がディーだよ」
「僕がダムだよ」
「違うよ。僕がダムだよ」
「そうだっけ? じゃあ、僕がディーか」
「やっぱり僕がディーだっけ?」
「違うよ。ディーは僕だよ」
「じゃあ、僕はダム?」
「やっぱり僕がダムだっけ?」
「ねえ、アリス君なら僕がどっちかわかるよね」
「だって、僕らをディーとダムって呼んだのは君だから」
「だから僕達は特別になれた。他のトランプ兵とは違う。特別な役柄に」
「君が僕らに名前をくれたから。僕らは使い捨てのトランプにならずにすんだ」
「ねえ、アリス。答えて」
「僕と彼、どっちがダムでどっちがディー?」
まるで歌でも歌うように彼らはそう言い、私を見る。
つまり、問題はこの双子のうちどちらがダムでどちらがディーか。
はっきり言って、全くわからない。
私は途方にくれて、双子を見た。