60話 VS地竜
出口に向かって逃げろと言われたにも関わらず、隊長を置いていくことができないのか、兵士達は未だこの空間に留まっていた。
兵士達は、懸命に避けていたが、体力が尽きかけているのか、動きが悪くなっていき、遂に地竜の爪が1人の兵を捉える。
だが、その爪が兵士を引き裂くことはなかった。
「させるか!」
地竜の顔面めがけて、【高速移動】【高速射出】【突進】の三つのスキルが合わさった飛び蹴りを放つ。
不意を取られたのか、地竜は顔面にモロに飛び蹴りを喰らい、地面に倒れた。
しかし、地竜のステータスを【鑑定】してみたが、殆どダメージが通ってない。
それだけでなく、せっかく減ったHPも、【自動超回復】によって直ぐに全回復してしまっている。
何これ、完全に無理ゲー。
とにかく、稼げる時間も限られているし、早く兵士達を撤退させないと、そう思い
「おい! てめぇらさっさと逃げろ! 死にたいのか!?」
逃げるように促すが、
「隊長はどうなさるおつもりですか!」
「俺の事は良いから、さっさと逃げろ!」
「逃げる時は隊長も一緒です!」
そう言って、兵士達は撤退を拒んでくる。
このままでは埒があかない。
新しいリーダー的存在を決め、そいつに指揮を取ってもらうしかない。
人望があって、力もあるやつ…………、オベスの元に向かった。
「おい、生きてるか!?」
さっきのセドル程ではないが、オベスもかなり重傷を負っているようだった。
HPもかなり減っているし、[出血][混乱][激痛]の三つも異常状態が表示されている。
「SPは温存しておきたいのだが、仕方がない!」
オベスのHPを半分くらいまで回復させる。
そうすると、異常状態も無くなっていた。
だが、目を覚まさない。
「く、面倒くさいな!」
【水創造】で水を作り出し、オベスの顔面にぶっかけた。
ちょっと入りどころが悪かったのか、
「ゲホッゲホッ!」
オベスは、むせながら目を覚ました。
「おい! 起きろ!」
オベスの肩を揺する。
「…………は、セドル!? すまない。時間を稼げなかった」
いきなり謝ってきた。
事情はよくわからないが、
「気にしなくても良い。それより、今から俺が時間を稼ぐから、俺の部下達を連れて出口に向かってくれ!」
そうオベスに頼む。
「時間稼ぎなら俺がやる! 逃げるのはお前だ!」
そんな事を言ってきやがった。
「お前では尻尾の一撃をもらって、即終了だろ!! ここは俺が引き受けるから!」
壁役としてのプライドをえぐるようで悪いが、そこを突かせてもらう。
「それは……、だが、お前だけを置いて逃げるなんて出来ない!」
てめぇもかよ! あーもう、面倒くさいな!
人望が厚過ぎるのも考え物だな!
セドルの約束を破る事になるけど、兵士達を逃すには、正体をバラすしかない。
オベスにしかバラさないから許して欲しい。
ただ、バラすにしても『俺は合成魔です』って突然言っても信用してもらえないだろう。
ムトウとして、オベスと話した事を思い出せ。
何があったか…………、
あ、情報料とかあったな。
この話を出せば、多少なりとも信憑性が上がるだろう。
あと、どうせバラすなら、悪役っぽくやったほうが良いな。
下手に善人っぽくやると、『俺も協力して一緒に戦おう!』とか言い出しかねん。
そうと決まったら、早速実行だ。
いきなり、下級兵装一式に変身する。
そして、
「そう言えば、『何か気になる事があったら、俺の知ってる範囲で答えよう』って言ってくれたよな? どうしたら、お前らが逃げてくれるか教えてくれよ?」
超悪役っぽく、そう尋ねた。
「その言葉……まさかお前……ムトウか?」
さっきのセリフで、思い出してくれたようだ。
「嘘だろ?…………セドル、冗談だよな?」
オベスは、まだ信じきれていないご様子。
どうやって証明しようか、と考えていると、
「その男はセドル・リウスではありません」
会話に入って来る者がいた。
「カミル、どういう事だ? なぜそう言い切れる?」
「隊長の動きに違和感があったので、【鑑定】して見たのですが、【鑑定不可】と表示されたのです。隊長は【鑑定】を妨害するようなスキルは持っていません」
カミルは、俺が隊長じゃないと結論付けた経緯について、解説を入れてくれた。
つか、【鑑定妨害大】は、ちゃんと作用していた事がわかった。
「素晴らしい推理だよ。流石カミル」
あえて、セドルみたいに、名前を呼び捨てにしてみる。
「隊長ではない、化け物のあなたに呼び捨てにされる筋合いはありません!」
案の定、怒りを隠す気のない返事が返ってきた。
この怒り具合から、俺がセドルを殺した事は理解しているのだろう。
「と言うか、さっきのセドルの姿は…………まさか!?」
ようやく、オベスもその事に気がついたようだ。
「ご明察、お前らを助ける欲しいの言うので、生贄になってもらったんだよ」
本当は、自分の命と引き換えに助けてくれ、と頼まれたのだが、
あえて、生贄という単語を使って、さも俺が命を要求したように伝えておく。
ここで憎まれ口を叩いて置いて、『こいつなら見捨てても罪悪感を感じない』レベルまで嫌われなければいけないからな。
「ムトウてめぇ!! 絶対に許さない!」
そう言いながら、オベスが殴りかかってくる。
そのオベスの攻撃を、回避し突き飛ばす。
鉄人とまで言われた男が、あっさりと吹き飛ばされていった。
「お前では、俺には絶対に勝てない。諦めろ」
転がっているオベスを見下す。
「俺も、セドルとの契約を果たしたいんだ。さっさと撤退しろ」
カミルに向かって、そう言い放った。
「わかりました」
俺には絶対に勝てないと理解したカミルは、オベスの方に向かう。
「あ、ちょっと待って! セドルからの伝言があるんだった…………」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地竜や、友人の仇にすら歯が立たない。
その現実に絶望したオベスは、膝から崩れ落ちていた。
「オベスさん、撤退しましょう」
カミルは、そうオベスに提案した。
「あぁ、そうだな。カミル、兵士達を連れて行ってやれ」
そう答えるオベスは自棄になっていた。
「いえ、指揮をとるのはオベスさんです」
「なんで俺が……」
「『俺の後釜はオベスに任せたい』セドル隊長からの伝言です」
カミルは、合成魔から聞いた事をオベスに伝える。
自分が亡き後、空いた王国軍3番隊の隊長の席にはオベスが良い、と国王に進言していた事。
カミルが、オベスの補佐としてフォローしてあげて欲しいと言っていた事。
自分が手塩にかけて育てた兵士達を守ってやって欲しいと言っていた事。
そして、セドルという男が死んだ事について、自分自身を責めないで欲しいという事。
一語一句、合成魔から聞いた通りに伝えた。
「くそ、そんな風に言われちゃ、断れねぇじゃねーか…………」
オベスは、腑抜けている自分に喝を入れるために、自分の頬を思いっきり殴った。
「よっしゃ! 気合が入った! お前ら! ここはセドルに任せて撤退するぞ!」
逃げ惑う兵士隊を集めてそう言った。
「しかし、隊長を置いて行くのは……」
オベスの言葉とはいえ、すっぱり切り捨てる事はできないようだ。
「馬鹿野郎! お前らの尊敬する隊長様が命をかけて時間を稼いでくれてるんだ! その努力を無駄にする気か!?
セドル隊長は言った! お前らに『生きろ』と!」
迷いがあった兵士達が、徐々に決心が固まって行ったようだった。
「逃げましょう! 逃げて生き延びましょう!」
「そうだ!」
「セドル隊長万歳!!」
その返事を聞き、
セドルは「うむ!」と満足そうに頷いた。
「後は頼んだ!」
そう言い残し、兵士達はオベスを先頭に、出口に向かって駆け出した。