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賢者サマのおふね◇キオウのこと  作者: 神代きい


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終章◆退屈な船旅

 青い空を海鳥が軽快に飛んでいる。

 その下に広がる雄大な大海原で、デスティニィ号は今日も実に平和に航行していた。


 ――実に、平和に。


「あーッ! ヒマだぁぁぁッ!」

 剣の素振りを放棄するなり吼えるジーク。

 樽と樽の間に寝転んで読書中のレイヴが「そーだね」とテキトーな相づちを打つ。

「キオウがいねぇだけで世の中が平和になるなら、もう一生隠居しやがった方がいいんじゃねーのかあの賢者ッ!」

「そーだね」

「あーっ、つまらねーッ!」

「そーだね」

「ええいッ、ラティどこにいやがるッ!? 真剣白刃取りの裏ワザを教えてやるッ!」

 どんな裏ワザですか、とレイヴは密かにツッコミを入れた。

 ――…ただキオウがいないだけで、こんなに違うものなのか…。

 彼がいなくなってから、航海は3週間を経過していた。

「ラティ、どこだッ!? ラティ――…!」

 ジークが船室の方へと消えた後、有翼人は見張り台から降りてきた。戦々恐々とあたりを見回し、食糧庫へと逃げていく。

 レイヴはむっくりと体を起こし、操舵の方向へと顔を向ける。ここからでは見えないが…、おそらくカイは嵐の航海のようにしっかりと舵を握りしめているに違いない。

 キオウとたくさん話し合って決めた結果だというのに――…、誰もが覇気がなかった。



「あれ? レイヴ、朝メシ足りなかった?」

 厨房に足を向けると、インパスは椅子に座って料理本――自身の著書を読んでいた。

 時間を持て余しているのは、この彼も同じらしい。

「ここにいてもいい?」

「ん。いいよ」

 軽く答えたインパスは、再び本へと視線を落とす。

 先ほどから聞こえている「コツコツ」という音は、彼が左手で机を小突いている音である。その隣には山積みの料理本。

 本の塔のてっぺんでは、まーくんが微動だにせず鎮座している。

 眠っているのか否かの区別がレイヴ達にはできないが、まーくんはちゃんと起きていた。ついでに言えば、最近は寝不足気味であった。…飼い主から離れ、まーくんも寂しいらしい。

「それ、読んでもいい?」

 引き寄せた椅子に座りつつ「それ」と料理本の山を示すレイヴ。

「ん。いいよ」

 インパスは本から目を離さない

 文鎮のようなまーくんをどかし、レイヴは一番上の本を手にとった。

 表紙を見ると…『超簡単にできる美味しい王宮のおやつレシピ』

「…そういえばインパス、『キオウが王子サマだったら宮廷料理人に返り咲くぞー!』って言ってたよね」

「そうだったっけかな?」

「返り咲かなくていいの?」

「だって船の皆、餓死しちゃうでしょ?」

 本に目線を向けたまま、ケロッと言うインパス。

 レイヴは適当に「…そーだね」と応えて本を開く。

「…でも、俺らだって一応は料理できるよ?」

 インパス同様にパラパラとページをめくりながら、目も向けずに話すレイヴ。

「ん?」

 やはりインパスも顔を上げない。「コツコツ」も一定のリズムが保たれている。

 床に降りたまーくんが「コツコツ」に合わせて揺れているのだが…、悲しいかな、誰も気づいてはくれなかった。

「キオウと一緒に残ればよかったのに…」

「だって船の皆、餓死しちゃうでしょ?」

 先ほどと同じ口調、同じセリフである。

 レイヴも手持ちぶさたに話しかけただけだったので、今回もただ「…そーだね」とだけ応えた。

 あとは、沈黙。

 コツコツコツ…

 コツコツコツ…

 本を閉じ、別の本を手にするインパス。

 タイトルは『宮殿晩餐の馳走ワールド』である。

 コツコツコツ…

 コツコツコツ…

 コツ…ココツコツ…

「何の曲?」

 ふいにリズムが変わったので、挿し絵のタルトを眺めながら訊ねるレイヴ。

 インパスは「コツコツ」を続けながら「前に晩餐会で聴いた曲」とだけ答えた。曲名は知らないらしい。

 さほどの興味もなかったので「ふぅん…」とだけ応えるレイヴ。

 その後「前に晩餐会で聴いた曲」を興じていたインパスだったが、飽きたのかいつの間にか単調な「コツコツ」に戻った。

 コツコツコツ…

 コツコツコツ…

 コツコツコツ…

 コツコツ……ぱたっ

「昼メシ、作るかな…」

 まだ9時前である。

 しかしインパスは器用に片手で本を閉じて立ち上がると、食糧庫から根菜をとってきた。

「何を作るの?」

「カレー」

 調味料の棚から、スパイスやら何やらを取り出していくインパス。

 本を閉じたレイヴも腰を浮かせる。

「手伝っても?」

「ん。いいよ」

 厨房の主から許可を得たレイヴ。頭のバンダナを巻き直し、指示に従って玉ねぎのみじん切りを開始した。



 その頃――。

 人知れず厨房から甲板へと移動したまーくんが、相変わらずの糸目で空をじーっと見上げていた。


 まるで、誰かを待っているかのように…。


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