自覚の芽生え◇それぞれの
――運命の日は、明日。
キオウ父子が眠りについた深夜。デスティニィ号の仲間達は厨房に集まっていた。
「…明日で全てが終わるな」
「皆しっかりやってちょうだいな。ご馳走作って待ってるからさっ」
留守番のカイとインパス。
ジークはケッと毒を吐く。
「賢者がいるんだぜ? 俺らがわざわざ出る必要なんざねぇと思わねーか?」
「確かにキオウは賢者だけど、キオウは一応まだハタチだよ? 齢を重ねた賢者サマとは違うよ。
…それに、キオウは限界だ。ショウカに行くだけでもかなり消耗するのに…、無理を重ね過ぎちゃったんだよ」
「出だしではりきり過ぎただけだろ。オヤジにいいトコ見せようとして」
「ミもフタもないことを言わないで」
やれやれと笑うレイヴ。
「でも…。キオウがダウンしたあたりからさぁ、いろいろあったよねぇ」
しみじみとしたインパスの言葉に皆が頷く。
「いろいろあったけど…、楽しかったなぁ」
「うん」
「アゼルス様と一緒にいるときのキオウ、子供みたいな雰囲気だったよねー。まさに『チビキオウをデカくしました!』って感じ」
「12年も離れ離れだったんだからな…」
そう呟いたカイの顔は、どこか寂しさを感じさせた。
カイの複雑な内心を想い、レイヴは表情をくもらせる。
「――…ねぇ」
それまで黙っていたキーシの声には、深い何かが宿っていた。
それを感じ、全員がキーシを見る。
「あたし…、記憶を元になんて戻したくなくなっちゃった」
「え?」
「キーシ?」
「あたしが本当は誰で、どこで生まれて――…、本当なら今頃はどこにいたのか」
「…キーシ…」
「だって、あたし…。ずっとずっとこの船にいたいもん。みんなから『キーシ』って呼ばれて、ラティをこき使って、一日中ずっと見張り台で海を見てるの。
これからもずっと、そうしていたい…」
「ちょ…ッ! ボクをこき使って、って――…はぁ…、まぁいいけど。
でも、キーシは前からずっとそう言ってるじゃん。キオウさんが記憶を戻してくれるって言ったときだって、記憶があってもなくてもこのまま船にいるんだ、って言って――」
「ラティ、そういう言い方はあまり良くはないぞ」
カイにたしなめられてしまい、ラティは不満から口を尖らせてキーシに視線を戻し――…絶句した。
うつむいたキーシが拳を握り、目に涙を溜めていて――。
「………」
…キーシの涙ははじめてだ。
今ここにいるキーシは、普段のあの気丈な少女ではない…。
「あたしね…、思うんだ。知らなくてもいいこと、思い出さなくてもいいことが、世界にはあるんだ、って」
「キーシ…」
「記憶がないってわかったとき、とても不安だった。だけど、記憶がないおかげで皆と一緒にいられるんだって思うようにして、毎日を楽しく生きようって決めたの。
アゼルスさんが前の王さまだってわかったときは『もしかしたらあたしもお姫様だったりして!』とか想像して楽しくなったりして。
――…けど…」
そばかすの頬を絶え間なく伝っていく涙。
「…最近はこう思うようになったの。
あたしの記憶喪失は、アゼルスさんみたいに魔法のせいじゃない。
あたしは、あたしが、あたしの記憶を消したんだ――って」
――…自分で。
「何か…嫌なことがあって、それから逃げたくて、忘れたいと思って――…。それで、本当に記憶が消えて…。
…あたしはそんな場所にいたんじゃないかって…、そう感じるの」
「………」
「ジーク、どうしたの? 顔色が…」
「…なんでもねーよ」
ふと、全員が思った。――何故ジークは暗殺者などしていたのだろう、と。
ジークは喜々として人を殺す人間では決してない。それは全員がよく知っている。なのに、何故――?
しかし、誰もその疑問を口にはしなかった。
「キーシはここにいればいいんだよ。でないと、ボクもつまらないもん。キオウさんだって、ずっといていいって言って――」
「…だって…。キオウさん、いなくなっちゃうかもしれないから…」
――全員の思考が、止まった。
それは、全員が考えないようにしていた可能性だった。
キオウはショウカを混沌の時代から救った英雄王アゼルスの、唯一の実子。この事実だけは覆せない。
アゼルスは何があったとしても、キオウを守り続けることだろう。それこそ――、国そのものを敵に回したとしても。
だが、キオウ自身はどうするだろう…?
「キ、キオウさんはずっとこの船にいるよ。ボク達と一緒にいるよっ」
「そう…そうだね……」
だが――…、アゼルスと一緒にいるときのキオウはとても幸せそうだった。アゼルスが来てから、その記憶を戻してから、キオウはずっと生き生きとしていた。
輝いていた…。
「……キオウ…、帰っちゃうのかな…」
――本来いるべき場所に。
「俺達がどうこう言って解決できる問題ではない」
「カイ…」
「それは、キオウが決めることだ。俺達が決めることでも、アゼルスが決めることでもない。
キオウ自身が決めるべきことだ」
――…みんなだってそうだ。
この船に乗ったのは、自分自身の意志。
そして。
この船から降りることも――。
「………」
深く舞い降りた沈黙。
誰ひとり、言葉を発することができなくて…。
――――ジークが動いた。
厨房の窓を全て開け放っていく。冷たくも心地良い夜風。慣れ親しんだ潮の香り――。
最後の窓を開けてしばらく外を眺めた後、ジークはゆっくりと振り返った。
「…俺はキオウがショウカに残ることは絶対に認めない。絶対に、だ。お前らは?」
間が空き、インパスが口を開く。
「…皆の批難を覚悟して言うよ。
俺はキオウが欲するのなら、アゼルス様と一緒にいて欲しい。俺はアゼルス様を知ってる。ショウカを知っている。
だからこそ、思うんだ。キオウが望むなら、そうしてほしい」
「俺はあいつの意志に任せる。10年近くも一緒にいたんだ、情は当然ある。
だが…、あいつはあいつだ。俺はあいつがいなくなったとしても、この船の舵を辞めるつもりもない」
「…俺は…、そのときにならないと、まだよくわからない。マジでわからない。
うわーっ、なんて優柔不断なの俺っ! 言っとくけどさ、生死を賭したトレジャーハント中は躊躇は皆無だよ俺ッ。人間関係絡みだとグダグダになっちゃうのッ」
「ボク…、ボクはキオウさんと一緒にいたい! 一緒にここにいたい!」
「あたしも…、キオウさんがいなくなるのは嫌!」
ジークはニヤリと笑い、全員を見回した。
「俺は、それでいいと思う。それで、アイツに言うんだ。自分の意見をさ。それで、アイツと話し合って、いろいろ言いまくって――…それでいい。
それで決まったことには、文句はねぇだろ?」
「…ジークってホントにいいヤツだよなぁ。俺よりしっかりしてるよ」
レイヴは自分に苦く笑い、うん、と頷く。
「悩んでいるのは俺達だけじゃない。閣下も悩んでいるんだ。キオウだって…、悩んでいると思う」
「とにかく、明日だ」
カイが力強く頷いた。
「全ては明日を終えてからだ。さっさと寝て、明日に備えろ」
「一番悩んでいるのは…、俺達でもアゼルス様でもなくて、キオウだよ。俺達がうじうじ悩んでいても仕方がないんだ」
「そうだね。
――…んー…。インパスってば、たまにはマトモなこと言うなぁ」
「たまにには、って酷いなぁ」
厨房に響く明るい笑い声。
全員、いつもの調子を取り戻したようだ。
――…厨房の外でこの会話を聞いていたキオウは、ギュッと強く目を閉じた。
仲間の優しいあたたかさを、キオウはしっかりと刻み込む。
「………」
そして――もし自分が他の《分岐路》を選んでここまで来ていたとしたら、この感情を一生知らないままだったのだろうな…、と――。
そう、感じた…。




