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賢者サマのおふね◇キオウのこと  作者: 神代きい


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自覚の芽生え◇自覚の芽生え

 ティナは必死で父の姿を捜し回った。

 これはきっと…、きっとあの宮廷魔術師のせいだ。お父さまは何もしていない。それは絶対に間違いない…!

 城内には平民が入り込んでいた。その冷たい視線をかいくぐり、ティナは父を捜し続ける。

「これはこれは、ティナ様ではないか。一体何をしておいでかな?」

「お…、お父さまはどこなの!? どうしてあなた達が城内にいるの!?」

「噂に違わず、元気な姫だ」

 噛みつかんばかりのティナを大人達は見下ろし、鼻で笑う。

「お話したでしょう。姫様と王子様はご自分の部屋にいるように、と」

「わ、私はあなた達の命令はききません!」

「これは困った。さて、どうしようか」

 頭上で交わされる大人達の会話。

 込み上がる恐怖。それでもキッと睨みをきかせ、伸びてきた手を払いのける。

「ぶ、無礼者ッ! 触らないで!」

「…かわいげのない姫君だ」

 やれやれと冷笑する大人達。その脇をティナはすり抜けた。

 本来ティナには民を見下すような考えなどない。それでも…、今の待遇には納得がいかない。

「お父さま…」

 どこにいるの…?

 お父さま…お父さまぁ……っ!

「お…とうさ…ま……」

 無人であった暗い一室へと駆け込み――…そこでついに耐えきれなくなって、しゃがみこんだティナは泣き出してしまった。

 どんなに強がってみせても…、ティナはまだ10歳なのだから。



 ――…キオウはその姿に、かつての自分を見た気がした。

《あの女め…、俺は絶対に許さねぇ》

 女王気取りにも度が過ぎる。

 キオウは床をすり抜けて地下へと降りた。一気に体を包む暗闇と冷気。

 生命を感じさせない地下牢。いくつもの格子をすり抜け、キオウは叔父の姿を捜す。左大臣の意識をのぞき視たのだから、この地下牢のどこかにいるのは間違いない。

《うぅ、冥界よりも寒い…。俺はどれだけショウカが苦手なんだよ…。コレ、いつかは克服できんのかなぁ…》

 この地下牢で潰えた者の霊が時折現れ、道案内をしてくれる。その代償は自分達の安らかな眠り。キオウを仲間に引きずり込もうとする悪霊もいたが、そうした者には容赦のないキツい一撃を見舞ってやった。

 そしてキオウは、最奥の牢で捜していた姿を見つけ――…絶句した。

《………。ひでぇことを…》

 鎖に繋がれ、ぐったりと横たわったアグナル。身につけているものは薄手の羽織りが1枚だけ。これではこの冷気は害にしかならない。…食事は与えられているのだろうか…。

 姿を消したまま、キオウは叔父に近づいた。正気に戻っていれば、あの時の記憶も自然と思い出しているはずだ。

 キオウは叔父の手を、キュッ…、と握った。

 魔法で体を温めてやることはたやすいが…、あの女の目がどこで光っているのかわからない以上は避けた方がいい。

 アグナルが目を開けた。

「……だれ…?」

 掠れた声の問いには答えず、その冷えきった手に息を吐いて温める。

 返事をしないのも女を警戒してのことだが――…、叔父をこんな目に遭わせてしまったことへの後ろめたさも大きかった。

「まさか…」

 ――――兄上の?

 アグナルは声にはせずに、口の動きでそう囁いた。彼も警戒しているのだ。

 …正気に戻っている。

 これほどの目に遭えば当たり前かもしれない。だが…、だからこそ、キオウの胸を罪悪感が占めていく。


 自分がもっと、賢者として、人として、成長していれば――…。


 アグナルが自嘲した。

「…何故私は、あんな女に酔ったのだろう…。馬鹿だと思うだろう? 愚かしい…王だと思うだろう?」

 叔父、という言葉は使わない。キオウの存在を女から隠そうする心がわかる。…キオウは唇を噛んだ。

 この人は、とても優しい人だ。ぼんやりとしているだけの人じゃない。これほどまで弱っていながら、これだけの仕打ちを受けていながら――…、それでもたった一度しか会っていない甥を庇うなんて…。

「君に初めて会って…、私は君の父君をとても羨ましく思った。君を紹介する顔がとても誇らしげで…、優しくて、幸せそうで…。

 私も…、私もあんな風に自分の子供達を紹介できるように…なりたかったな……」

《…何を、言ってるんだよ》

 聞こえないとはわかっていても、キオウはそう呟かずにはいられなかった。


 これでは…、これでは、まるで――。


「…君の父君に伝えて欲しい。

 ――…私は…、私はあなたが思っているほどの人間では…なかったのです、と…。

 それから…、あの子達を……、私の子供達をお願いします、と――…」

 パン…ッ!

 キオウは反射的に叔父の頬を平手打ちした。女の監視の目がある可能性すら忘れるほどの、強い感情に支配されて。

 見えない手で打たれたアグナルはしばらく呆然とし――…、そして、どこかアゼルスに似た穏やかで優しい笑みを浮かべた。

「…怒っているのかい? うん…、やはり君は…とても優しい子だね…。ありがとう……。

 でもね…、いいんだよ。いいんだ。あの女は、私を殺したいんだよ。民の前でね。それで、彼女は満足する。

 それで国と民が平穏を取り戻せるのなら…、私にはこんなことでしか役に立てないのなら…、私は……」

《馬鹿なことを…! 前言撤回だッ、やっぱりアンタはただの馬鹿だ!

 馬鹿でお人好しな…、良いおーさまだッ!!》

「…私は本当に何をしてきたのだろうね…。兄上のような素晴らしい王になろうと…、そう努力してきたつもりだったのに…。結局はまた民を戦乱と混乱に落としてしまった…」

《アンタのせいじゃねーよッ。アンタは馬鹿でぼんやりしちゃあいるけど、でもちゃんとやってきたじゃねーか…!》

「…まだ傍にいるのかい? 私は…、民の前で死ぬことを運命付けられていたのかもしれないね…」

《そんなワケねーだろッ! 俺にはわかる。

 ――…いや、違う。俺が絶対にさせない。そんな《運命(けっか)》には絶対行かせない! 絶対に…!》

 キオウは叔父の額へ身内で交わす親愛のキスをし、すく…っと立ち上がった。

 重い鎖を引きずって額に触れ…、アグナルはまた弱々しくも優しく微笑む。

「――…行くんだね…。そうだよ、君はこんな場所にいては駄目だ。早くお帰り…。

 ……そして、もう二度と来るんじゃない」

《ああ、来ないさ。

 次にアンタと会うのは――》

 キオウは強い意志が宿る目で叔父を見据え、力強く頷いた。


《次に会うのは1週間後。

 ――アンタの処刑の場だ》


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