真剣なんです◇真剣なんです
カツカツ…と靴を鳴らして、その衛兵は歩いていた。
深夜の堀沿いの見回り――。いつものことだが、かなり怖い。
「…?」
――堀のそばに、誰かがいる。
子供か…?
こんな時間に…?
「お、おい…。どうした? こんな時間に、女の子がひとりでは――」
「――…落としたの…」
「え?」
「…なくしちゃったの…」
「何を?」
「…大切なもの…」
「大切な…? それは一体なんだ? 一緒に捜してやろうか?」
「…ほんと…?」
「ああ。それで、何をなくしたんだ?」
クルリ――…、と。
のっぺらぼうのキーシが振り返った。
「…あたしの顔、捜して…?」
「ひ、ひぃぃぃいいいぃぃ…ッ!」
――その頃、城下町にある教会の屋根では。
「へぇー、みんなキオウさんに頼まれたんだー。心強いなぁ。うん、このハーブティー美味しいよねー。インパスさんが育てているアップルミントだよー。ボクね、この甘い香りが好きなんだー。インパスさんはね、ハーブの他にお野菜も育ててるんだよー。プランターでね。潮風でダメになられないように、キオウさんにおまじないもしてもらっているんだってさ。お野菜も美味しいんだよー。
えっ? ボクの格好、そんなに似合ってる? 本物の吸血鬼よりもプリティー? ステキ? うわー、照れちゃうなーっ」
――無数に飛び回る漆黒のコウモリ達と実に平和にお茶をしている――…、ヴァンパイアに扮した有翼人ラティの姿があった。
もう少しで、すすり泣く子供の声がするという階段の前をさしかかる。
書記官の見習いとして入城して2年目――、メガネをかけた青年は少し震えながら歩いていた。
怖いと思うから、幽霊は出るんだ。
怖くない…怖くない…怖くな……。
『…っす…っ…ぐすっ……寒いよぉ……』
………出た?
出た…出た……出ちゃったよー……。
だ、大丈夫。噂ではただ声が聞こえるだけだから、特に害はないはず――。
――…カン…カンカン…カン…カンカン…
「………?」
階段の下から、音が聞こえる。
まるで、囚人が脱走のための穴を開けているかのような…、そんなような音が。
だが――、この地下牢はここ数十年間はずっと使われていないはずでは――!?
「う…、うわあああぁぁぁぁぁッ!」
「あっ、キオウー」
「…お前は暇そうだなぁ」
薄暗い中庭の柳の下――、黒いコートにマスク姿でぼーっと立っているインパスである。
「ねー、ワタシってキレイー?」
「んあ〜…、まあまあだよ」
「ムッ。『はい』か『いいえ』を言ってよ。『まあまあ』は何もしないで消えないとならないんだからっ」
「だから言ったんだけどなー」
「ほらほら、はやく」
「てめぇなぁ…、リハーサルのつもり――…ん? ほれ、本番だ」
向こうから歩いてくる衛兵を見つけ、キオウは、フッ…、と姿を消した。
途端に、見事なまでに気配を変えるインパス。
実に絶妙な角度で衛兵に視線を向ける。
「もし…」
しかも、声まで立派に女であった。
「…ん?」
「ワタシ、キレイ…?」
「えっ?」
「キレイ…?」
「ん…、ああ。美人…かな?」
「そう…。これでも――?」
マスクを外す。
衛兵は一瞬でその正体を悟った。
「くちさ――!? ぬわあぁぁぁッ!」
ポマードポマードポマードぉぉッ、と繰り返して絶叫しながらすっ飛んで逃げていく哀れな衛兵。
「…キレイだとよ。よかったじゃねーか」
音もなく再び姿を現したキオウ。その左手にはべっこう飴が握られていたりする。
口が裂けたインパスもとい、横にしたニンジンを口にくわえたインパスが笑う。
――夜の闇とは、人の目に奇なる光景を映し出すものなのである。
「…それにしても」
ニンジンを口から外したインパスは、べっこう飴を舐めているキオウを観察して口を開く。
「キオウが一番楽だよねー」
「こう見えてもな、俺は疲れているんだぜ? 普段比3割増のチカラと集中力を費やして、魔法を使っているんだからな」
そうじゃなくて…、とインパスはキオウが身に付けている上質な衣服を指す。
「この作戦でキオウには芝居も小細工も必要ないよね、って意味だよ。そうしているだけで、キオウの場合は充分に目的が達成されちゃうんだから」
苦笑するインパスに、キオウはニヤリと笑ってみせた。
「…おや? お兄さん、アゼルス様によく似ているねぇ」
「あら、本当」
「えー? よく言われるんですけど、俺ってそんなに似ているんですかー?」
(叔父上は俺を見て放心したしなぁ)
「似てる似てる! 若い頃のアゼルス様にそっくりだよ…!」
「お若い頃の閣下もねぇ、今のお兄さんみたいな…少し控えめだけどいい服に着替えて、こうしてよく城下町にいらしていたんだよ。おばちゃん、いつも見ていたんだから…!」
「へ、へぇー。そうなんですかー」
(追っかけファンまでいたとは…、父上の人気はすごいなぁ)
「でもねぇ…。アゼルスは今、行方不明なんだよ。亡くなられたんじゃないか、って噂もあるんだ」
「そうなんですかー…、心配ですねー…」
(おかみさん、心配しないで。父上はピンピンしてるから)
「それにしても、お兄さんは本当に閣下にそっくりだねぇ…!」
「まったくだねぇ。お兄さん、実は閣下の隠し子だったりしてー?」
「まさか、違いますよー。あははは」
(俺自身も父上も、俺が『隠し子』っていう意識は皆無だしな)
「お兄さんお兄さん、この紙は国法の前文の写しなんだけどね? ちょっと読んでみてくれるかい? 閣下が読み上げたあのお姿に見えるかもしれないからねぇ」
「それ、いいわねぇ〜! お兄さん、やってみてよー。上手にできたら、このクマのぬいぐるみをあげちゃう! 大きいでしょう? ウチの店の売り物でも一番高いぬいぐるみだよ。大銀貨8枚もしちゃうんだけど…、上手にできたらお兄さんにあげちゃうわ〜!」
「えー、本当ですかー?」
(…べ、別に俺はぬいぐるみが欲しいワケじゃねーからなッ。作戦だ作戦ッ)
「えー…。
ショウカ国民は精霊の加護を受け、人間らしい生活の保障の下に生きる権利を有する者であり、また――(中略)――最後に、我らはこれらに反する一切の法令の全て及び王命の全てを拒絶する権利を有することをここに明言する」
「わぁ…! すごいわお兄さん! 堂々としていて、アゼルス様みたい…!」
「本当だねぇ!」
「あはは、ありがとうございますー」
(まっ、父上に昔仕込まれたからな)
「息継ぎの場所まで一緒だったよ!?」
「わー、すっっっっごい偶然ですねー」
(…今のはちょっと白々しかったかな?)
「はい、約束のぬいぐるみ」
「わー、本当にくれるんですかー!? ありがとうございますー」
(帰ったら、コイツの膝枕でひと眠りしようっと)




