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プロローグ

 宝くじが当たった!


 スマホの当選画面を何度も確認した後、男──佐藤──は電車内でガッツポーズをした。連勤中の憂鬱な気持ちが山の向こうへ吹っ飛び、今すぐ電車を降りて走って家に帰れそうなぐらい力が漲って来る。

 この世に生を受かって22年。佐藤は両親に見捨てられ、施設で育ち、親しい家族も友人も恋人もいない寂しい人生だった。

 虐げられた彼を救ったのは漫画や小説といった娯楽作品だ。金が無いので図書館に通い、架空の物語に没頭する日々。特に世界を救うヒーローものを読んで主人公に自己投影する時なんかは爽快だった───ああ、自分も特別な人間の素質を持って生まれたかった───現実逃避だったが、それらは佐藤が苦しい毎日を生きるのを確かに支えてくれた。

 佐藤は渇望を満たしてくれる二次元キャラクターへ羨望し、嫉妬し、共感し、尊敬した。ジャンルを問わず様々な類の本を読み漁った。ミステリー、ホラー、恋愛、ファンタジー、時代劇、エッセイ、SF……。

 社会人になった今も読書は趣味だ。特に今では転生ものが大流行し、作品数は飽和し大衆に消費され続ける贅沢な世界。人生が三回あっても読み切れない量だろう。

 佐藤は当選金へ思いを巡らす。しかしリアルの人間関係が希薄なため、金の使いどころはせいぜい新しい電気家具導入か、ちょっと良い旅行、また新作の本を買うぐらいしか思いつかない。

 次の停車駅を告げるアナウンスが響く。佐藤はふと何か善行をしたい衝動に駆られ、寄付ができる団体を検索する。


(いや、待てよ。寄付も良いがもっとこう、個人の役に立ちたい)


 ブックマークしている小説投稿サイトへアクセスする。そこで更新が止まった作品のタイトルを検索して、作者名を眺める。


(この作品、結構面白かったのに更新が止まっちゃったんだよな。作者はもう死んだって噂があるけど、俺は信じないぞ)


 作品名は「初雪戦火はつゆきせんか」、古代中華風の世界観で、任侠ものの要素を持ったファンタジー作品だ。

 内容はいたってシンプル。この作品には人間界以外に魔界や妖界など複数の世界が混在する。主人公は人間界生まれのただの凡人でありながら、ある日特別な才能に目覚め、人間界を脅かす異界からの刺客を次々と倒していく痛快ストーリーだ。

 名称に漢字が多く慣れない間は読むのに多少苦労したが、伏線も緻密に張られており、登場キャラクターも人間味溢れ、お色気も多少ありとなかなか読みごたえがあり、小説投稿サイト内でも人気の作品だった。エピソードが更新されればサイト内のランキング上位に必ず入っており、佐藤もそこから作品の存在を知ったのだ。

 更新が止まって数か月経過しても続きを望む声が散見されるし、佐藤もその内の一人だ。

 そう、この作品は主人公とラスボスとの決着寸前、一年以上続いていた更新がピタリと止んだのだ。物語のクライマックス直前であったため、多くの読者が困惑し嘆いた。巷では作者お気に入りの女性キャラが死んでやる気を無くしたのでは、と言われている。


(確かに、人気キャラが居なくなるのは惜しいが、その死をきっかけにラスボスが暴走するんだから物語では必要な展開だ…… )


 また作品に読者が存在する限り、一定数のアンチが存在する。矛盾した箇所を指摘する悪意あるコメント「作者は本当に見る目がない」に対して、

「いえ、私の顔には目と鼻と口があります」というような返事をした作者は強大なメンタルの持ち主のはずだ。キャラが死んだからショックで筆が止まったというより、もっと他の外部的な要因に違いない。

 佐藤は早速課金ページへ移動する。この小説投稿サイトはお気に入りの作者へ寄付、所謂投げ銭をすることができるのだ。一番高い金額を選択し決済する。同時に添付するコメントには……


「更新待っています! 」


 確定ボタンをタップした後、肩の力を抜く。これは善行。ただ作者に届けばいい、見返りはいらない……いや、嘘だ。少しでもやる気につながってくれたら嬉しい。

 最寄り駅を告げるアナウンスが流れる。佐藤は振り返り、電車を降りるため扉へ近づこうとした瞬間。


「ありがとうございます! 」


 すぐ近くで声がした。え、と思う間もなく、佐藤の意識は遠くなった。

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