3-26 ルェイジーちゃんのクンフー適性試験。
今日も忙しかった劉龍飯店。
閉店時間になったので、ルェイジーとルェイジーママは二人で一緒に夜食を食べている。
劉店長のまかないを食べながら、ルェイジーは真顔になる。
「ママ、何アルか?」
ママは、ゆっくりとお酒を飲みながら、餃子を食べている。
皮はとっても肉厚で、奥歯でかんだ瞬間、熱々で濃厚な肉汁の香りがふわりと口の中いっぱいに広がる。
ママは、それをお酒で満たした。
「ごめんなさいねアルゥ。ルェイジー、道場の門下生は少しずつ増えているアルゥのに、
明日だけはどうしてもパパのところに戻らなければならないアルゥよ」
「アイヤ、ルェイジーにお任せアルネ!!」
「何をやるか、分かっているアルゥ?」
「何って、相手を倒せばいいアルネ!!」
「違うアルゥ。門下生の入門テストを受けさせてあげるアルゥよ。套路を見てほしいアルゥ」
「明日の劉龍飯店は大丈夫アルか!!」
劉店主は、不愛想な顔をさせながら、煙草をくわえたまま二人を一瞥した。
「ウチは、明日臨時休業だよ。ルェイジーちゃん」
「アイヤ! そうだったアルか!!」
ルェイジーママは、話を続ける。
「奥さんとたまにはどっかで食事しに行くみたいアルゥよ」
「アイヤ、じゃあ臨時休業アルネ!!」
店主は、新聞を折りたたみ、ゆっくりと腰を上げる。
「だから、そうだと言ってるじゃないか、ルェイジーちゃん。
ママさん、ルェイジーちゃん、戸締りよろしくね」
と、店主はアパートへ帰って行った。
「そうアルネ、分かったアル!!」
ルェイジーママは、ちょっと心配そうにルェイジーを見ていた。
ぐっすり快眠した後、ルェイジーはババっと、起きた。
「アイヤ!! 今日は休みで、ママさんの道場のクンフーの門下生のテストアルネ!!」
ザザっと、軽い食事を作り、食べ、歯を磨き、演武を行い、顔を洗って、ルェイジーは猛ダッシュでルェイジーママの道場に到着した。
あらかじめ、ルェイジーママの代わりに、他の門下生が扉などを色々と開けておいてくれていたのだ。
テストを見る人数は十人だ。
体格は、大中小様々だ。
その中で、ルェイジーと同じくらいの年頃の男の子がいる。
「アイヤ!! 師範代の娘、リールェイジーアルネ!! 今日は套路テストを行うでアル!!」
ここで説明しよう!!
套路とは中国拳法で言うと、連続的な攻撃、防御、立ち、歩き、呼吸、運気(気功)などを総合的に盛り込んだ一連の身体動作である。
その為、一度套路を行うことである程度その者の実力が推し量れるという、空手の演武に近い感じでもある。
年頃の男の子は、ルェイジーを見た瞬間、顔を赤くした。
心の中で思う。
超、カワイイ。
ルェイジーは腕を組みながら、大きな人から、小さな人、メイヨウよりも年下の女の子などの套路も見た。
そして、男の子も呼ばれた。
「アイヤ、何してるか? 孫 宜儒くんの番アルヨ!!」
ハッとして、ソンという男の子も全ての套路を行った。
ルェイジーは、スマートコンタクトレンズで色々と見た中で、とりあえず一次合格ということで、
ソン君を指定した。
他にあぶれたものは、しょうがなかった。
クンフーの質が違ったのだ。
どんなに套路が良くても、内面を見るのも中国武術の世界だ。
ただ強ければ良いというわけではなく、修行という観点や、成長するという意味でも選定しているのが、リー式というわけだ。
だが、その場で落とされた横暴そうな男が、ルェイジーに絡んできた。
「おいおい、リーシーハン老師に合えると思ったのに、なんでお前みたいな小娘が相手なんだ?」
ソン君はすぐにルェイジーの前に仁王立ちした。
「やめろ!! クンフーは人によっても持ち味が違うし、俺は劈掛拳に憧れていたんだ!!
しかも、あの師範代からようやく学べる機会ができたんだ!!」
ルェイジーは、元気で愛されるべきおバカさんだが、クンフーの資質については、本能で見抜く力は伊達ではない。
大男は、指先を細い体に押し付ける。
「うるせぇ、おれはどこに行っても、一次審査ぐらい受かってんだよ!!
しかも、こんな小娘に落とされること自体が屈辱だ!! そこをどけ!!」
「嫌だ!!」と、男の子はどかなかった。
ルェイジーは、男の子の肩に手を置いた。
男の子は、ルェイジーの表情を見たら、背筋が凍る。
ルェイジーの紫色の瞳が、青く光っているような錯覚に陥ったのだ。
戦場で培った、相手を殺すという表情だった。
「いいアルヨ、ソン君。師範代から受けついだクンフーを見せてあげるアルネ!!
ここは道場アル!! この道場はできたばっかりなので、皆外に出るアル!!」
ルェイジーと、十人全員は外に出た。
外は、メインストリートではないので、人通りも少ない。
男は拳を構える。
白虎拳っぽいが、ルェイジーはそんな陳腐なものなど、リャンリャンやホンホンの白虎拳を見過ぎているので、低レベルに感じた。
「外家拳アルネ。真のクンフー、見せてあげるネ!!」
ルェイジーは、腰を落とし両手を広げ、深呼吸を一息させ静かに構える。
孫君や他の門下生たちも固唾をのむ。
「さあ、やろうかぁ」
男はルェイジーに向けて右横から、拳を振る。
フックという動作だ。
ルェイジーは身体に叩き込まれた左手で、裏拳の容量で重い拳を振り払う。
男の次の動作は膝蹴り。が、ルェイジーは右肘と右膝をくっつけて「アイヤ!!」と防御する。
そして、男が左拳を出そうとした瞬間、ルェイジーは左足を踏み込み、左肘を一気に打ち出す。
「ソンくん、これが裡門頂肘 (りもんちょうちゅう)アルネーーーーーーーーーーー!!」
強力なカウンターの一撃が決まり、男はそのまま50メータぐらい吹っ飛んだ。
男は、完全に気絶していた。
相手の鍛え上げられた肉体だから耐えられたものの、ルェイジーは力加減をするのに一苦労だった。
ギャラリー全員が拍手をする。
そして、ソンという男の子は感激のあまり、ルェイジーの両手を握る。
「凄い!! あなたはリーシーハン老師!! 老師ではないのですか?」
「さっきも言ったアルヨ、違うアルネ、老師はママアルネ!!」
「あ、あ、あ、あ、あなたを老師と呼ばせてください!!」
ルェイジーは、そんなことなど、いままで言われたことがなかったので、眉毛をキリリと吊り上げ、腰を両手に添えた。
「ソン君、これからルェイジー老師と呼ぶアルネ!!」
「はい!! ルェイジー老師!!」と、顔を赤らめながら、彼は片思いとクンフーを両方ゲットした。
真夜中になり、劉龍飯店に戻ったルェイジー。
「と、いうことがあったアルネ!!」
ルェイジーママは、あらあらといった感じだ。
「それはそれは、大変だったアルゥね。たまにいるアルゥのよ……。
お母さんも昔似たようなことがあったアルゥのよ。
その時は、相手の人が病院行ってしまったアルゥのよね」
「そうだったアルネ!! あ、そういえば、パパは元気していたかアルネ!」
「パパは相変わらずクンフーやっていたアルゥね」
「さすが、パパ!! クンフー狂いアルゥね!!」
劉店長は不愛想に塩と胡椒を中華鍋に入れ、二人の会話を聞いていた。
「パパさんだけじゃない、一家全員クンフーファミリーだな……」
ガラリと扉が開く音がする。
銀龍が入ってくる。
「あ、悪い。今日は臨時休業だったか……」
「銀龍さんですか。しょうがねぇ特別ですぜ」
「すまん、金は勿論払うぜ」と、ルェイジーとルェイジーママの間に座る。
「銀龍、今日ルェイジー、老師になったアルネ!!」
銀龍は足を組みながら、キセルをひっくり返し灰皿に灰を入れる。
「なーに、寝ぼけたこと言ってんだよぉ。テメェのような老師、たまったもんじゃねぇだろぉ。
門下生全員死ぬわ!!」
「違うネ!! 本当の本当に老師になったアルネ!!」
「ったくよぉ、賑やかになったもんだぜぇ。うるせーうるせー」
「本当ネ、聞いてネ、銀龍!!」
あんまり無視すると、大泣きするのでとりあえず聞く。
「あー、わーった。わーったよぉ」
劉店長は「あいよ」と、大盛チャーハンを全員分持ってきた。
銀龍は、訝しげな顔をしながら、店主に話す。
「店主、ちょっと多いぜぇ」
店主は、不愛想なまま口を開いた。
「うちもにぎやかになったということで、その気持ちですよ、銀龍さん」
「まあ、絶対に残すけどなぁ」
中華料理の量が多いのは、残してもらうことで、相手を満足させるという意味がある。
日本では真逆で、残さずに食べてもらうのが礼儀なのだ。
そして、今日もにぎやかな劉龍飯店(臨時休業中)に笑い声がこだまする。
孫 宜儒
九龍城国青龍省に住んでいる男の子。
両親達は、普通のサラリーマン。
ルェイジーママのクンフー道場のテストを受けに来た時に、
ルェイジーに一目惚れすることになる。
性格は、とっても勇気があって、自分自身が弱くても無謀でもいいから相手を止めようとするところがある。
ルェイジーを老師と呼び、毎日道場へ通うが、ルェイジーにはまだまだ遠く及ばない。




