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亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第4章 帝都ヴィエナ

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エピローグ3:亜人公女、始動

「今後?」


 尋ねるモノに、オットーは頷いた。


「まずは呼び名を決めないといけない。公女のほか、女伯などもある。『公女』は便利な通称としてよいけれど、書類に残す時とかは、正確な表記が必要だ」


 モノは顔をしかめた。唇を突き出して、変な顔をする。

 馬車の窓から、流れ行く町並みを見送っていく。皇帝からもらった猫のメダルは、一応まだ持っていた。これが爵位の証だという。


「そんな顔をしないで」

「だって」

「事実として、そうなんだ。当面はアクセル兄さんが表に立つけど……大方針は、決めたとおりだ。ぼくらでね。現時点では、君が公爵領を継ぐ路線にある」


 モノは口を結んだ。急に周りが暗くなったように感じる。

 後に引けない道の、今日は入口ということだ。


(女公、か)


 フリューゲル家の間でも、議論は何度も持たれた。

 家族全員が若い。簡単にいかないのは、向こう四十年間の重責を決めることになるからだった。女性が継げば、婚姻時の問題もある。

 家族それぞれ、得意な分野が異なる。間接的に、帝国の将来さえ左右しかねない問題だ。


 ――いいのかな?


 モノの選択肢は、二つあった。島娘に戻るか、それとも、公女として生きるか。

 背中を押したのは、帝都で見た現実だった。

 亜人とゲール人の、互いの憎悪。帝都の困窮。目を背け、島娘に戻ることはできなかった。立ち向かう道を、選んだのだ。

 頬の傷に触れる。

 大人になるとは、痛くても、自分で決めることだと思う。


「大丈夫」


 モノは顔を上げた。


「お兄様も、お姉様も、みんながいますから」


 騎士、商人、魔術師、神官、そして、亜人。思えば父母は、どんな時代でも相応しい人物が立てるように、家族を分けて育てたのだろう。

 モノ達家族がたぐり寄せたのは、共存の時代だったというわけだ。

 ぶるり、と震える。

 広場が見えてきた。すでに、たくさんの仲間が集まっている。今日は散っていた家族も来るはずだ。


「行こうか」

「……はい!」


 馬車を降りた。

 まず飛び込んできたのは、目つきの鋭い娘だ。一人だけ馬の上に立っていて、ひどく目立つ。どけ、邪魔だ、という声が亜人からもゲール人からも平等に飛んでいるが、鋭すぎる目で次々と黙らせていた。

 大鷹族の、ギギだった。


「あっ」


 モノ、と呼びそうになって、慌てて彼女は首を振る。代わりに、大きく手を振ってくれた。

 しっかりね、という気づかいを感じる。


(ギギ……!)


 久しぶりの再会だ。モノは以前と同じように抱きつきたい衝動を、こらえる。

 家族もモノを迎えに来た。


「モノリス」


 次女フランシスカが、人混みを割って現われた。緑のローブと、高い帽子。

 ローブに縫われた聖教府の『二つ星』は、地色が黒から紫に変わっている。あのゴタゴタでもしっかりと出世を勝ち取ったらしい。

 赤髪を風になびかせて、錫杖を揺らした。


「人おのおの、おのが荷を背負う――これは聖典の警句です。進む道に、加護がありますように」


 その後ろから、背の高い女性が歩いてくる。

 長女のイザベラだ。

 久しぶりに見る男装の麗人は、蠱惑的な微笑を湛えている。銀髪は結って、後ろに流していた。姉の男装とは、動きやすさであり、つまり仕事を始めるという意味らしい。


「久しぶりね。半年ぶりくらいかしら?」


 イザベラは女性の目で、モノの服装を見た。白い手袋で、手を握ってくれる。

 この人が何も言わないということは、服装は合格点ということだ。


「みんなが許せば、北に連れて行ってあげられるのだけどね」


 長女の嫁ぎ先は、帝都よりもさらに北だ。織物で財をなした、豪商である。

 旦那さんとはもう会ったが、数か月も離れ離れになっていたとは思えないほど、アツアツだった。黒焦げになりそうなくらい。


「寒いのは、冬のサザンでいっぱいです」


 モノは気を引き締めた。今日の式典は、大きな商いにも結びつく。いつかイザベラとも、商いをすることがあるだろう。


「今度は、私から会いに行きますねっ」


 足を進めると、次はアクセルだ。豪華な装束は、儀礼用だ。マントが潮風になびいて、いつもよりさらに大きく見える。

 アクセルは多くの武人を従えて、モノのための道を作っていた。


 ――公女の猫耳にかけて!


 一帯が唱和する。

 モノは胸が熱くなった。が、他の家族はそろって微妙な顔をしていた。ひそひそ話をする。


「百年後までこれが残るのでしょうか」

「フランシスカ、言わないで」

「まぁ、勇ましいよりもずっといいよ」


 言い合っていると、アクセルが鎧を鳴らして近づいた。


「揃ったな?」


 アクセルは家族を見渡す。

 モノが頷くと、一同は壇へと進んだ。

 道の両側を占める列には、ゲール人と亜人が混ざっていた。この日のために、亜人の知恵者を集めてある。帝国の南は、元々は彼らがいた土地なのだ。


(あっ)


 家族と進む途中、モノはよく知る顔を見つけた。

 毎日のように見た顔。息がはっと詰まる。抑えがたい気持ちが、押し寄せた。


「……オネ!」


 頭に緑色の布を巻いた、山猫族の女性がモノを見ていた。

 言葉が口をつく。


「間に合ったんだね」


 育ての親は、知恵者として請われつつも、島の復興が落ち着くまで来れないことになっていた。

 ああ、とオネは笑う。眩しそうな目でモノを見詰めた。


「背が、伸びたようだね」


 そういえば、モノは次の春で十六才になる。

 頭に伸ばしてきた手を、オネは引っ込めた。まるで、その資格がないとでもいうみたいに。

 だからモノから、オネに抱きついた。島の母は驚いたようだが、拒むことはなかった。


「……モノ。本当の家族を、見つけたんだね」


 帝都で彼女の心を感じた時も、島で再会した時も、育ての親からは負い目を感じた。

 胸が、きゅうっと締め付けられた。


(オネは、地下の亜人だったから……)


 大陸で歴史に向きあうことは、オネの真意と、打算に触れることだった。

 島で太陽と風を浴びて育った娘であれば、地下の亜人とは違うことに気づくはずだ、と。だから、オネは知っていたことを教えなかった。自力で、新しい何かに気づかせるために。


「モノ、私は」

「……やめて、オネ」


 涙が溢れる。


「そうじゃないよ」


 モノはオネを見上げた。


「オネだって、私の、お母さん(ンネ)だよ……!」


 肌のぬくもりを感じる。うんと小さな頃から、この暖かさに救われた。

 精霊術も、言葉も、歴史も、オネが教えてくれたもの。

 モノという歴史の鍵となる子供を、オネは育てることになってしまった。それでも、能う限りの愛情を、彼女は注いでくれたのだ。


「モノ」


 オネはモノを抱きしめた。

 簡単なことだった。一度でも、お母さんと呼べばよかったのだ。

 母子の再会を、誰も邪魔しようとはしなかった。

 ゆっくりと、モノはオネから離れる。

 浮かんだ涙を拭い、広場を見渡した。

 亜人もいたし、ゲール人もいた。二つの家族が、公女モノリスを支えている。


「行ってきます!」


 モノは壇へ上った。爽やかな潮風が、さぁっと渡っていった。

 場が静まる。

 はじめよう、とモノは思った。海が見える、この街から。


「これから、ようやく始まります」


 モノは言った。オットーが音の魔術で、声を響かせる。


「今日は、作物です。特にイモは、帝国のやせた土地でも、育てられるはずです。育て方は、私や、他の亜人に聞いてください!」


 モノはゲール人に語り掛けた。多くは商人だが、各村の代表や、着飾った貴族も多い。

 聖ゲール帝国が、聖壁によって阻んでいたものがある。

 外にある農作物だ。特にイモの類いは、亜人の食べ物として毛嫌いされた。

 だが都市の人は、パンにも困っているほどだ。不作でも、なんとか去年の冬は乗り越えた。それでも戦乱による準備不足と、奇跡の乱用による畑の荒廃は、続いている。


「もう麦を撒くには遅い季節です。でも、荒れ地に強くて、収穫も早い作物なら、今まで畑にできなかった場所にも植えることができます。今年の収穫に、まだ間に合うんです」


 フォニオというとても速成の作物も、この日のために持ってきていた。実が細かくて脱穀が大変だが、荒れ地にたいへんな適性があり、二ヶ月ほどで収穫できる。

 不足する食料を、大地に合った植物を植えることで、補う。

 まずはウォレス自治区の周辺で試し、次第に帝国中に広めていく。冬の間に切り拓いた場所に、今日は植え付けをすることになるだろう。


「ウォレス自治区は、新しい帝国の、入口になります」


 拍手が起こる。

 さまざまな思惑を帯びた視線。

 興奮していたり、期待していたり。どぎつい打算や、疑いの眼差しも感じる。


(それでも……!)


 モノは前を向いた。

 物資を乗せた荷車は、すでに広場に待機している。

 フランシスカが言葉を添えた。


「では、自治区の門を開きましょう」


 海沿いの都は、新しい門出を始める。

 聖教府の鐘が鳴る。新たな法の施行を告げる、聖教府の鐘。

 モノは壇から見る空に、不思議な風を感じた。

 精霊術師の感覚が告げる、生き物の気配だ。サンティがやってきて、モノにそっと寄り添う。


精霊(イファ)が……)


 聖壁によって分かたれていた、人と精霊の営み。今、門が開き、亜人と精霊が再びあるべき大地へと戻っていく。

 今まで犠牲になっていった、たくさんのものが心を駆け抜けた。

 名も知らぬ戦士から、マクシミリアン、ロッソウ大臣、そして――


(ラシャ)


 故郷を同じくする亜人は、今もまだ行方知れずのままだ。

 叶うなら、どこかで生きていて欲しいと思う。そして、モノが選んだことを見て欲しいと思った。

 亜人公女は、二つの種族を結び合わせる。

 できるはずだ。家族にだって、なれたのだから。


「開門!」


 亜人と、ゲール人。民を隔てていた壁が、大きな鉄の音を響かせて、開き始めた。



     ◆



 煙草の煙が、乾いた風になびいた。

 辺境の、荒れ地だ。一人の男を囲って、褐色肌の亜人達が車座になっている。

 中心にいる男は、フードを目深に被っている。亜人にしてはめずらしく、そこに耳の膨らみはなかった。


「それで、お前さんはなんだい」


 囲っている方の亜人が、問いかける。

 フードの男は、煙草をくゆらせ、答えに間を置いた。


「獣の耳がない――さては大鷹族か?」

「いや、俺は白狼族だ」


 男が言うと、聴衆はざわめいた。


「大陸で、最も激しく戦ったという……!」


 男は、腕には青い布を巻いている。年月が経ったのか、すっかり色あせていた。短いきらいのある錫杖を、手にしている。装飾や滑り止めの縄を見るに、元々は槍か斧かの、武器であったらしい。

 切っ先を外して、音を出すための金輪をつけたのだろう。


「悪いが、俺はもう戦士じゃない」


 男は首を振った。


「今は、宣教師だ」


 誰の教えということでもないが。そう付け加えると、初めて表情を浮かべた。

 寂しげな笑みだ。


「俺は、俺が見てきた物語を話すだけさ」


 男は聴衆に語り掛けた。大きな声ではないのに、染み入るようによく届く。


「お前達も、大陸に起きた光を見ただろう。光の柱と、そこから世界中に散っていった精霊達を」


 言葉が、風と共に渡っていく。歌うような語りに、淀みはない。最初は不審がっていた者達も、次第に体を傾け始めた。

 泉が自然と湧き出るように、男の口からは物語が紡がれていく。


「争い合うことなどないのだ。聖教府の教えも、亜人の神話も、元々は同じ現象を見ていたということさ」


 男は錫杖を揺らした。しゃらん、と涼しげな金属音。

 周囲の亜人達が息を呑んでいく。


「あんた、帝都で、何を見たんだ……?」

「俺達の神様と、ゲール人のやつが、同じだっていうのかい?」


 そうだ、と男は首肯した。


「もし望むなら、帝国へ行き、公女と街を直接に目で見るといい。争いの時代は、しばらくは、来ないのだろうから」


 男は、長く長く息を吐く。万感の思いを込めるように。


「これから俺が語るのは――ある物語さ」


 男は遙かな地平を見る。

 故郷の島も、戦った土地も、すでに置き去りにしていた。

 手にする錫杖は、かつて得物であった槍だ。今でも微弱ながら、狼の精霊の気配を感じることができる。


(モノリス)


 男は、己の旅路と、公女に思いを馳せる。

 聖ゲール帝国の周辺から、島々に始まり、亜人達の住処は幅広い。己が得た気づきと、共存ができるという希望を、世界中に知らしめていくことが男の新たな目的になっていた。


 それは贖罪と、宣教の旅だ。


 物語は語られる限り、時間と大地を渡っていく。いつかどんな場所にも届くだろう。草原にも、砂漠にも、山にも、海の孤島にも。

 敵を探して彷徨う己の氏族にも、いつか聞こえていけばいい。

 土と火と風、そして水。

 自然のものに、もとより境目などないのだから。


「これは亜人の公女の、物語だ」


 車座になった亜人達に向けて、白狼族のラシャは語り始めた。


これにて、本作は最終回となります。

モノリスが物語の最後を迎える場所は、海も見え、商業もできる、ウォレス自治区でした。


皆様、たいへん長い間、モノリスの物語にご愛顧、ご声援、ありがとうございました。

家族と仲間と共に、彼女は大陸の歴史を照らしていくと思います。


本編を読んでの気づき・感想・指摘などなどありましたら、ご感想でいただけましたら幸いです。


それでは、またの作品でお会いいたしましょう^^

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