表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第4章 帝都ヴィエナ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/98

4-45:最後の道

 ラシャの槍を、サンティが防ぐ。モノの短剣を、槍が防ぐ。

 一合、二合。

 山猫と狼は打ち合った。

 もうオットーは、戦いに関しては何も言わない。全てをモノに委ねた。

 体重でいえばモノがラシャに勝てる道理はない。だが島育ちの素早さと、精霊術師(イファ・ルグエ)の力量はモノが勝っている。


(強いっ)


 烈風のような猛攻を、かろうじてしのぐ。

 足下の水を操って体勢を崩そうとするが、敵はそれを察知し、いつも半歩先へ逃げる。

 困難なもののもう一つは、これだ。

 ラシャは大陸でずっとずっと戦い続けた。その感覚は超人的に研ぎすまされている。


(槍だ)


 モノがラシャに抱いた印象は、それ自体が一本の槍ということだ。焼け付く切っ先を叩きつけるため、彼自身が武具のようになっている。


「サンティ、行こう!」


 振り回される槍を、モノは背中で飛び越えた。宙返りして、水の上に着地。

 水は波となって、精霊術師を素早く移動させる。

 ラシャの右横へと。


「ほう」


 ラシャの矛先は、紐で結ばれたように、モノにぴたりと合わせられている。

 一対一で不利。

 ならば、二つの方向から攻めるまでだ。


「グオオ」


 サンティが跳んだ。モノも踏み込む。

 上と下。右と左。

 二つの標的に、一本の槍が初めて惑う。


(いける)


 だが、ラシャは逆に踏み込んでいた。

 爪をかいくぐり、矛先で虎の脇腹をえぐる。モノの頬には、槍の柄が迫った。辛うじて避けるが、頬に弾けるような痛み。


「取り損ねたな」


 ラシャもまた、右腕とこめかみから、血を流していた。

 モノの頬も熱い。裂けたのだ。


「もう少し踏み込まれていれば、お前が勝っていた」


 再び、打ち合いが始まった。

 息が切れる。おそらく数分も戦っていないというのに。

 突き出された槍を、短剣で跳ね上げる。ラシャはサンティの爪を足捌きで回避し、壁の出っ張りや、天井の照明まで、縦横に使う。

 猫の目は素早い動きでも見逃さない。大きな敵と戦う時は、まずは体勢を崩すことだ。


(今だっ)


 サンティが爪を、水面に振り下ろす。飛沫は小さなつぶてとなって、ラシャを襲った。


「やるな」


 水の弾を避け、褐色の戦士が低空を泳ぐ。モノは突き出された槍を、短剣を逆手にして逸らす。

 次第に、モノは奇妙な感覚を得た。

 ラシャとモノ。

 二人の肉体が、互いの武器を通して、絡み合い、結びついてしまったような。

 敵は、次はこう打ち込む。モノはこう受ける。

 相手の次の動きが、手に取るように分かってしまう。まるで、自分の体であるように。


(これって)


 モノは、気づいた。

 流れを断ち切るように、後ろへ飛ぶ。手を振って、サンティにも同じ合図をした。

 ラシャは追ってこない。

 疑念は、確信となった。


「あなた」


 モノは言った。


「……あなたも本当は、殺す気なんてないでしょう」


 宮廷の外から、増援の到着を知らせる勝ちどきが起こった。

 亜人を倒せ。亜人を追い出せ。

 恐怖が憎しみへと反転し、帝都中に満ちている。


「お前はどうだ」

「私も……!」


 私も、もう戦いをやめたい。

 モノは自分の心をはっきりと自覚した。


「私も、戦いは、やめたい!」


 モノはラシャを見詰めた。言葉がラシャの胸に染み込むように。

 しかし不安に囚われているのは、むしろモノの方だ。


(どうやって、攻撃をやめさせればいいの?)


 亜人への追撃は、モノ達が生み出した流れ。

 地下の遺構へも、すでに追っ手が放たれている。誰がそれを止められるというのだろう。今すぐに動いて、アクセルに進言し、復讐に逸る騎士や貴族にそれを伝えていく――とても間に合わない。

 戦いとは、一種の波のようなものだ。

 モノはもう、その波を起こしてしまったのだ。

 胸が杭を打ち込まれたように痛んだ。


(最初に、みんなを止めていれば……!)


 モノは、騎士達が戦いに逸っていたのを分かっていた。悪い予感がありながら、結局は流されるように戦いを続けてしまった。

 あの時は、地下の亜人にもう戦意がないとは知らなかった。モノもまた、地下の亜人達が怖かったのだ。


 ――亜人を倒せ。帝都を取り戻せ。


 外の声は続いていく。

 モノの迷いに、ラシャに気づいたのだろう。彼は微かに笑った。言葉にできない、壮絶な微笑だ。


「お前達が俺を追っている間だけ、俺の仲間は遠くへ行ける」


 強力な精霊術師。これを放置して、地下へ侵攻することはできない。

 ラシャは呻いた。口を押さえると、血がこぼれ落ちてくる。肩から、微かに黒いもやが見えた。


堕精霊(ルイファ)……!)


 彼に力を貸しているのは、死んでいった亜人の憎悪だ。

 憎悪こそが、精霊(イファ)堕精霊(ルイファ)へと貶めるのだ。


「見殺せ。それが、情けだ」


 ラシャの目に戦意が閃いた。

 廊下の先で、水をかき分ける音がした。騎士達だろう。

 ラシャは身を翻す。水のない二階へ、身を隠すつもりだ。


「公女様!」


 宮廷に増援が入ってきた。

 水をかき分けて、長兄の騎士団も現れる。彼らも閃光と稲妻の衝撃から回復したのだろう。


「あなた達は、一階で待っていてください!」

「公女様はっ」

「あの人は、なんとかしてみますっ。あと宮廷に、これ以上兵を入れないで!」

「な、『なんとか』と申されましても……! 一度決まった方針は、そう簡単には!」


 モノはラシャを追った。獣の体で、飛ぶように駆ける。


「モノ」


 オットーが、肩で言ってくれた。


「お兄様、私……!」

「彼は堕精霊に憑かれている。止めると言っても、力を使い果たすか、精霊から引きはがさないと、止まらないぞ。ギギを思い出せ」


 モノは顎を引いた。

 彼から槍を手放させるのは、とても難しいと思える。彼自身が、槍と一体化したような相手なのだ。


「ありがとう、お兄様」


 兄の助言が嬉しかった。諦めろ、無理だ、とオットーは言わない。

 最後の最後まで、一緒に頑張ってくれる。

 一人じゃない。

 最後の勇気は、いつも他の誰かからやってくる。


「いた!」


 モノは二階の廊下で、ラシャを見つけた。

 肩の辺りに、うっすらと黒いもや。矛先に宿る光も、だんだんと強くなっている。


(急がないと)


 ラシャが背負う心の力が、増えていく。今にも膨れて、弾けてしまいそうに。

 止めるどころか、このままじゃ、モノ達も危ない。


「に!」


 猫耳を揺らして、モノは床を蹴った。



     ◆



 ヘルマンは足を止めた。

 ぶつかった亜人の一団は、ヘルマン達を見るとすぐに引き返した。

 捨て身で来られるよりありがたい。彼らは地下の中枢へ、逃げ戻っていくようだ。

 戦いを終えたばかりの騎士が、兜の面防を上げる。


「罠かも知れません」


 ヘルマンは頷いた。


「警戒を怠らないように」


 それだけを返す。内心では、亜人の多くに戦意がないことに気づいていた。


(降伏を勧めるべきか?)


 そんな思いを抱くが、いまさら、実現する手立てはない。

 地下の亜人は油断がならない。一時的に恭順したとしても、それが心の底からの恭順なのか、それともゲール人の油断を誘うための一時的な擬態なのか、見破る術がないからだ。

 降伏の勧告にも、まずは対話の場が必要だ。

 ふいに、風を感じた。ヘルマンは眉をひそめる。あり得ない、聞こえないはずの声。


「公女様?」


 公女の悲痛な声が、聞こえた気がした。

 地下は心の力が集まる場所だという。ヘルマンのような、マナを操る素養がない者でも、心の力を感得できるのだろうか。


(あるいは、単なる幻聴か)


 ヘルマンは首を振った。やるべきことは無数にあるのだ。

 折れた腕をだましだましにほぐしながら、ヘルマンは剣の血を払う。

 抵抗した僅かな亜人が、通路の端々に倒れていた。彼らを弔う作法を知らないことが、少し悲しい。


「ヘルマン卿」


 地鼠族のテオドールが、素早く近づいてきた。


「後ろを。急いだ方がよさそうですぞ」


 振り向くと、来た方向がどんどん暗くなっていく。光っていたはずの天井や床が、急速に明るさを失っていくのだ。


「マナに反応して光る材質のはずです。これが光らなくなるということは――」


 ヘルマンは気づいた。


「どこかで、マナが吸い上げられている?」

「おそらくは。地上に、強力な精霊の気配を感じます」


 迫る闇から逃げるように、ヘルマン達は前進した。




「宮廷の敵は、白狼族……?」


 フリューゲル家長女、イザベラは眉をひそめた。男装の足を組みかえ、手袋の指を額に当てる。

 宮廷の外の陣地に、大鷹族ギギの情報がもたらされていた。情報はまず、フリューゲル家の姉妹に送られる。


「ラシャか。ウォレス自治区の相手ね」


 長女は不思議な因縁を感じたようだった。フランシスカが片眼がねを外し、地図から顔を上げた。


「危険な敵なのですか?」

「馬車にまで飛び乗ってきたわ。最後まで戦うタイプね」


 イザベラは避難の区切りを、商会の長に引き継いだ。

 帝都は皇帝が治める街であり、都市の長官などという役割は存在しない。ために、街の顔役を、商会が担っていた。

 フランシスカが錫杖を取る。


「素早い相手であるならば、目視の方が奇跡は正確ですね」


 姉妹は視線を交わし合った。

 胸中は同じだ。何か、とても悪い予感がする。

 復讐に燃えた兵士達は、今も続々と宮廷に近づいていた。


「お姉様。予定変更です。私達も、モノリスのところへ向かいましょう」


 姉達は頷き、末っ子の元へ向かった。




「ぬおおおおあ!!」


 一方。

 感電し、殴打されたアクセルは、身を起こした。

 鎧に彫り込まれた文様は、毒を抜き、体を癒やすための仕掛けでもある。


「その傷では無茶です!」


 聖堂の戦いで生まれた左肩の傷が、完全に開いていた。溶岩のように、燃える血液が肩から脇へ伝って流れている。


「ふん!」


 炎が、噴いた。左肩の傷は焼け付き、流血を止める。絶叫するような激痛のはずだが、アクセルは立ち上がった。


「無茶は血筋だ! 公女を、助けるのだ!」


次回は、10月23日(火)投稿予定です。

完結まで、連日投稿いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ