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亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第4章 帝都ヴィエナ

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4-29:代償の意味

 幸せだったのは、嘘じゃない。

 楽しかったのも、本当だ。

 でもなぜ今は、こんなに苦しいのだろう。

 膨大な光がモノの感覚を翻弄する。視界はすでに、白に焼き尽くされている。感覚も無い。自分が倒れているのか、立っているのか、それとも宙に浮いているのかすら分からなかった。


(お兄様……)


 混乱の中で、思い出が次々と過ぎっていく。

 大切な家族、アクセル、イザベラ、フランシスカ。

 育ての親、オネ。

 島からの友達、サンティ。

 大陸で出会ったさまざまな仲間。

 温かい思い出に、踏みつけられたオットーの姿や、海賊に襲われた島が重なった。


(どうして……!)


 大切なものを失い、胸が張り裂けそうだった。無意識のうちに、モノは自分が何かを失うなんて考えないようにしていた。モノの人生は、失ったところから始まったからだ。

 手にしたものを、代償に支払うなんて、考えられない。


(いやだよ……)


 戦うべきだと頭で分かっているのに、気持ちがついていかない。ただの島娘に戻って、膝を抱えて泣くだけだった。


 ――クルシイ。

 ――サビシイ。


 モノの心に、精霊(イファ)達の嘆きが入り込んでくる。

 亜人がいなくなったことで、こちらの世界にやってくることができなくなった、精霊達の声だ。今彼らが、数十年ぶりの亜人に、狂喜しているのが分かる。


(しず)まって)


 祈っても、届かない。

 放置され、忘れられた怒りと悲しみ。

 奔流の中で、モノにできることなど何もなかった。嵐に翻弄される小舟と同じだ。浮かんでいられる――自分を保つだけで、精一杯だ。


 ――クルシイ。


 頭に、自分ではないものの知識が流れ込んでくる。それはモノ達の世界の裏側、もう一つの世界で起こっていた物語だ。

 大勢の亜人がいなくなり、精霊達は置き去りにされた。交わりを断たれた彼らを、さらに奇跡の濫用による、大量のマナが襲う。

 水が溜まったところに、たくさんの汚れを注ぎ込んだようなものだ。人が欲望のためにマナを使うと、それは穢れとなって、また別の世界へ流れていく。溜まっていた水は、そのまま全て汚水となった。


(奇蹟や魔術で、心の力を使っても、マナが消えるわけじゃない――)


 流入する知識が、オットーの言葉を思い出させた。

 農業のために土地を肥えさせる。

 住みよくするために、地形を変える。

 かつて兄は、奇蹟は『ものの量を増やせる』と言った。土地の恵みの量を増やし、雷のような巨大な力をどこからか持ってくる、と。

 そこにはたくさんの心の力――マナが要るはずだ。そうして使いすぎたマナが、穢れの元となったのだ。あるいは、穢れの蓄積こそが、無から有を生み出す奇跡の代償だった。

 恨みや拒絶、そうした負の感情。聖ゲール帝国の五十年間は、確かにそうした気持ちには、事欠かなかっただろう。

 かつては穢れの溜まりも緩やかで、時折精霊がこちらの世界に来るだけで、うまく回っていたのかもしれない。

 マナも流転するのだ。季節が移り替わり、また戻るように。

 動物がその純粋な心で、穢れを浄化していたのかもしれない。あるいは、人間によって生まれた穢れを、亜人との交流の中で、再び人間へ返していたのかもしれない。心の力を、炎の熱や、嵐に変えることで。


(……そっか)


 モノは、精霊が『動物』である理由を悟った。

 それは彼らが、とてもシンプルだからだ。純粋と言っていいかもしれない。

 誰が生んだのかも分からない心の力を抱えて、あちらとこちらを行き来するには、人間は余計な感情や思い出を持ちすぎるのだろう。

 そして、人間は大量の心の力を浴びると、壊れてしまうのだ。

 今のモノのように。


 ――クルシイ。

 ――サビシイ。


 ごうごうと声が強くなる。

 呼ばれることなく、封じられてきた精霊の声が、モノの耳を塞ぐ。頭が割れてしまいそうだった。


 ――サビシイ。


 なんでみんな行ってしまったんだ。

 その気持ちに触れた時、心に火が灯る。

 思い出すのは、まだほんの子供だった頃。初めて、自分には他の家族がいたことを知らされた。

 モノの生き方は、幼い日に打ち込まれた、周りへの猜疑心との戦いでもあった。


(どうして、私は他と違うの?)


 モノは亜人でも、ゲール人でもない。

 真ん中の道を歩くということは、本当はどちらでもないということなのだ。

 視界が、さらなる光に包まれる。それでも目に焼き付くような痛みはなく、むしろ木漏れ日のような優しさを感じた。

 おいで、おいで、と穏やかな声が耳元で聞こえる。


 ――一緒にやり返そう。


 はっきりと声が聞こえたのは、それがモノ自身の声だったからかもしれない。

 モノは明るく、強い子になったと思っていた。でもそれは間違いだった。

 より強い光で影を消そうとしても、影は濃くなるばかり。


 ――すべて投げ出し、みんなと混じり合ってしまえば、もう一人になることもない。


 心をとろかす声が、モノに流れ込んでくる。


 ――君は傷ついていたんだよ。



     ◆



 帝都の街を、光が駆け抜けた。

 白光は天を突き上げ、果てしなく伸びていく。帝都の中心に、まばゆい柱が出現していた。


「なんだ」


 フリューゲル公子アクセルは、大聖堂で戦闘を続けていた。

 乱舞する炎で、敵の接近を許さない。

 敵は地下から無尽蔵にやってくる。大聖堂を奪い取ろうとする増援だった。


「これが、マクシミリアン殿の……」


 不意に、アクセルの向かいで、相対する戦士が槍を下げた。極彩色の仮面を被り、短槍を得物とした亜人である。

 次いでやってきたのは、またしても衝撃だった。

 聖堂が揺れ、巨大なガラスが砕け散る。


「殿下!」


 揺れに苦しみながらも、アクセルの部下が呼びに来た。


「聖堂から避難を!」

「なんだと?」

「ご家族も、皇帝陛下もひとまずは避難されました! 外に、光が……」


 衝撃が地を揺るがす。

 アクセルは知り得なかったが、巨大な破壊力の塊が、高空から魔の島へ放たれていた。光の槍は大聖堂の尖塔をかすめ、その余波が建物を崩したのだった。


「聖堂が、光に撃たれているのです!」


 天井壁画が崩れ、人の頭ほどの石がアクセルへ落下する。燭台や架台が相次いで倒れ、荘厳なはずの聖堂に不吉な音色をまき散らす。

 慌てて避けるが、もう少し待避が遅ければ落石を直に受けていただろう。石とあっては、いかにアクセルであっても消し炭にして防御するわけにもいかない。


「ここまでだな」


 土埃の向こうから、声が聞こえた。短槍の切っ先が、きらりと弧を描く。

 戦場の習いで、アクセルは応じた。


「いい筋だ。改めて、聞こう。貴殿の名は」

「白狼族のラシャだ」


 ラシャは、そう言って聖堂の中へ姿を消した。アクセルは驚く。ラシャとは、グラーツで剣戟を交わした相手と同じ名であった。


(腕を上げている)


 グラーツで戦った時よりも、思い切りがよいように思えた。手には、槍を受け続けたことによる痺れがまだ残っている。大規模な戦争よりも、一対一の方が力を発揮する戦士なのかもしれない。


「殿下!」

「……分かっておる」


 さらなる轟音を受け、アクセルはやむなく大聖堂から後退した。

 教会のような建物が堅牢に作られるのは、元々地域の防衛拠点として機能する意図があるからだ。壁が厚く、窓や入り口が小さい教会は、地方に多い。

 戦線自体を後退させるとした時、この帝都で一番高い建物が敵の手に落ちるのは、いかにもまずい。しかしこれほどの混乱では、他に選択肢はない。


「地下も、地上も、敵に奪われたというわけか」


 外へ出たアクセルは、絶句した。

 帝都の中心から、光が伸びている。天と地を繋いでしまうような、巨大な光の柱だった。そこから次々と細い光が打ち放たれ、城壁を越えて遙か彼方へ消えていく。

 一つ光が伸びる度に、雷のような音が轟いていた。


「なんだ、あれは……」


 すさまじい威力、すさまじい射程。

 大砲など、問題にならない。

 アクセルは光が走った方角のいくつかに、寒気を覚えた。


(南と、南西?)


 正午の太陽に向かって伸びる光は、真南を目指すものだろう。海へまっすぐ走る針路だ。南西は、亜人の軍勢が退いた方角となる。


(もし亜人学派が、この光をあてにしていたとしたら)


 考え込む時間もなかった。

 聖教府の島は、恐慌になっていた。

 地下から現れた亜人達は、一人一人が精霊術を行使しているらしい。民の避難と戦闘が同じ場所で起きている。


「聖堂が……」


 呆然とへたり込む神官の呻きは、この世の終わりを見たようだ。

 アクセルは部下に前線の崩壊を引き延ばすよう命じると、馬を借りた。大聖堂の瓦礫が降ってこない位置に、一応の陣地が置かれていた。


「まるで、光の神……いえ、それそのもの、でしょうか」


 次女フランシスカが顎に手を当てる。長女のイザベラは上着を脱ぎ、自ら手を振って散り散りになった兵士をかき集めようとしていた。

 予め警戒をしていたフリューゲル家さえ、混乱していた。


「ギギ、飛ぶな!」

「今はやめろ!」


 大鷹族の娘が様子を見ようと空へ上がるのを、周りが必死に止めている。

 今や敵に占拠されつつある大聖堂に、アクセルは兜を脱ぎ、頭をかいた。


「これは参ったな」


 何もかもが想像を超えている。


「王太子殿下はいかがされた」


 細面の若者は、光の柱を呆然と見上げている。手には長剣を持っている。振ったのかどうかは分からないが、慣れない戦闘に肩で息をしていた。


「……あれは、宮廷の場所だ」


 やがて戻ってきたヘルマンとテオドールが、王太子の言葉を裏付ける。

 光の柱は、宮廷の位置から天へ突きあげていた。


「モノリスは、どうなったのだ」


 王太子が名を呼んだ時、地平線へ伸びていた光、その一つが微かに揺らいだ気がした。しかしそれも、一瞬のことだ。


「公女よ……」


 家族達が公女モノリスを思う声は、帝都の混乱にかき消された。


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