44話 街へ行こう
「よし、着いたよ二人とも。ここが東領最大の街、レディスだ」
「へー、第二大陸でここまで大きな街に来たのは初めてだから新鮮だな」
「なぜ俺がこんな所に……」
現在私、サティ、レイの三人はアジトから離れ街に来ていた。
え、なんでそんなことになってるのかって? よし、じゃあ昨日の話に遡ろう。
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それは昨日のことだった。私とレイは朝食を食べ終えた後、恒例になった魔術の特訓を開始した。
勿論レイの禁断症状が発祥しないように仕事をしているリアが見える場所でな。
そして、魔術に対しての議論が始まる。
「おい、その術式は別枠で置いておき。新たに術式を組み直した方がいいだろ」
「レイ、違う、そうじゃない。ここは属性を追加することで新たな役割を持つこともできるからすべて一つの術式で行える」
「俺は他の属性なんて使えない」
「努力が足りないだけだろ」
「なんだと! 俺はこの五年間死に物狂いで努力してきたんだぞ!」
と、まぁこんな感じで仲良くお勉強中だ。
どうもレイ……というか現代の魔術は得意属性以外の属性は延ばさずほぼ使えないと諦める傾向があるようだ。
本当に得意属性以外の属性は成長しないのか? 答えはNOだ、魔力総量と同様にこちらもいくらでも伸び代はある。
そもそも得意属性というものは自分がもっともイメージしやすいものがなることが多い。例えば、毎日火をおこす様子を見たりいつも近くで感じていたりすると火属性が得意に、よく泳いだり雨がよく降る地帯にいれば水属性が得意にといった感じだ。
つまり、どれだけ理解しイメージを魔力に乗せられるかが魔術の強さになるので、身近にある現象が得意属性になるのはある意味必然なのだ。
「とにかく、最近はレイも術式構造や回路についての理解も深まってきたし多属性の練習でもするか」
「わかった……」
ぶっきらぼうだがレイはいい生徒だ、飲み込みが早く足りない部分は自主錬して次の日には私を驚かしてくれる。仕事が無い時でもよく術式の練習をしてるみたいだ、それでもリアの近くにいるのは変わらないんだがな……。
「使える属性が増えればそれだけ戦略の幅も広がる。今まで使っていた魔術をアレンジすることだってできる」
「それはわかるが何をすればいい? 他の属性なんて使ったことがないから正直勝手がわからん」
「そうだな、じゃあレイの育ってきた環境について教えてくれ」
ケルケイオンをぶっ刺しても良かったんだが、ここはレイの話を聞いてそこから連想できる属性を教えていったほうが自然に身に付き違和感なく使用することができるだろう。
「育ってきた環境か。五年前までは新鮮な風が吹き明るい光が差し込む森で暮らしていた。奴ら森を焼いた後に転移した場所では暗い森の中で常に魔術の訓練をしていた。奴らへの憎しみを滾らせながらな……」
レイはギリッ、と歯ぎしりし苦虫を噛み潰したような表情で虚空を見つめる。
その眼の先には森を襲った人族達を見据えているんだろう。
「すまん、嫌なこと思い出させたみたいだな……」
「いや、奴らへの怒りを思い出すいい機会になったさ……」
この話題を続けるのは良くないな。
「とにかく、育った環境から自分が使いやすい属性が見つかるはずだ。そうだな、自然に囲まれて育ったから地属性とかやってみないか?」
地属性の簡単な術式を教えさっそく練習開始だ。
地面には私が魔術で作った人型の土人形を立ててある。
「レイ、これに向かってさっき教えた魔術で攻撃してみろ」
「よし……術式展開、属性 《地》装填、『石槌』」
レイが術式を展開すると、宙に石の塊が現れ人形目掛けて飛んでいく。
そして勢いよく激突して ゴシャ と何かが砕ける音がする。
だが、土人形は壊れていなかった。
「また、失敗か」
壊れていたのはレイが放った、『石槌』のほうだった。
「強度が足りなかったみたいだな。まぁ気を落とさず次に行こう」
それから水、火、雷、生命といろんな属性を試してみたがどれもパッとしなかった。発動することはできるんだがどれも戦闘向きではない、日常で使えたらちょっと便利な程度だ。
「どれももイマイチだ。やはり俺には風しかないか」
「あ、いや、普通に発動できるってことは伸ばすことができるってことだからまったく意味がないってことはないぞ。時間は掛かるがな」
うーん、こうなるとレイは得意な風を伸ばしながら他属性をコツコツ上げていくしかないかな? いや、落胆するのはまだ早いな。ちょっと特殊だが後の二属性も試して……。
「ムゲンー、レイー、居るかー?」
私がレイに新しい提案をしようとしたとき奥からやってきたサティに声を掛けられた。
「どうしたサティ、仕事か?」
仕事なら願ったり叶ったりだ。
まだ一回しかやってないがその一回だけで私の取り分は1400ルードもあった。後六、七回くらいで十分な金額が揃うともなるとやる気も出てくるもんだ。
「いや、残念だが今回は違う」
違うのか、私達二人に声を掛けてきたからてっきりソッチの仕事かと思ったが。
「今日は街に行く」
「町? この前寄ったあそこか?」
「違うぞ、今回行くのは東領最大の街、レディスだ。あそこは第二大陸で開拓業に一番力を注いでる場所でもあり、屈強な猛者が多く揃ってることで有名……らしい」
サティにしては説明が上手だなと思ったら手には小さな紙があった。
カンペだな。
「てな訳でアタシとムゲンとレイの三人で街に行く」
「それはいいが、仕事じゃないなら何で街になんて行くんだ?」
「アタシ達はちょっとした買い物だ、この前の仕事でまとまった金が入ったからな。まぁ実はちょっとした調査も兼ねてるけど、それは別の奴らの仕事だ」
なるほど、私達とは別行動で調査に行く部隊もいるってことか。
この盗賊団には二、三人ほど偵察が上手いのがいるから彼らが行くんだろう。
「なぜ俺がそんなところに行く必要がある……」
レイは座り込んでそっぽを向いてしまった。
ま、そうだよな、街には人族だらけだし、なによりリアが付いてこないとなるとレイが街絶対行かないマンになるのも当然だろ。
「レイは行きたくないかもしれないけどこっちもリアに「偶には外に連れてってあげて」って言われてるんだ」
「むっ……」
おっ、リアの頼みということでちょっと心が揺らいでるぞ。
「それに、今回買いに行くものは追加の荷車だ」
「ぬぐっ……!」
あー、あれな。
どっかの襲撃者さんが派手な風の魔術でぶっ壊しちゃったやつね。
「わかった、ついていく……」
いたたまれない気持ちになったレイは観念したようにこちらに向き直る。
「よし! じゃあ早速出発だ。二人ともアタシについてこーい」
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と、いう訳で今この状況に至る。
しかし凄く硬そうな城壁だ、魔物の襲撃を予想しているんだろう。武装もしっかりしてるし、流石第二大陸一の開拓都市ってとこか。
「ワフゥ(おっきいっすねぇ)」
「あ、犬いたのか」
「ワウ!?(え、なんすかその扱い!?)」
「いや、だってお前最近出番少ないじゃん」
「ワウワウ!(酷いっす! 確かに最近は影薄いっすけど唯一の使い魔にその扱いは無いっすよ!)」
犬がぴょんぴょん跳ねながらパンチしてくる。
「ちょ、やめい! 地味に痛いぞ!」
最近出番が少なかったせいか目立とうとやる気満々だな。
「貴様は何をやってるんだ……」
隣でフード付きの服でエルフ族特有の耳を隠したレイが呆れながらこちらを見つめていた。こっちはこっちでやる気が微塵も感じられない。早く済ませてさっさと帰りたいんだろう。
「おーい! ムゲン、レイ、何してんだーこっちだぞー」
おっと、そうこうしてる内にサティが先に行ってしまっていた。
サティに付いて行き荷車を扱っているであろう大きな店に到着する。
ふむ、木製のものから頑丈そうな鉄製のものまで大小様々なものが色々揃っているみたいだな。
「おっ、これなんて良さそうじゃないか?」
サティがそう言って指したのはなんだか棘々していて触るだけで痛そうな鉄製のものだった。
「いやいや、それはないだろう!」
「え、なんでだ? 頑丈そうだしかっこいいじゃないか」
そんなゴテゴテして重そうなもの……馬が怪我するだろうしまず重すぎて引けないだろ。
「私達の馬が引けるものとなると、これだな」
私が選んだのはスタンダートな木製だが所々のパーツと車輪は鉄製のもの。
「これなら馬への負担もそこまでないし十分な量を積むことができる」
「ムゲン、あんまりかっこよくないぞ……」
いや別にかっこよさを求めてるわけじゃないし。
それにいくらまとまった金があるからといってあんなもの買ったらすぐに金欠だ。
「とにかく、リアに怒られたくなかったらこっちにしろ」
「うっ、リアには怒られたくないな……。わかった、そっちにする」
何かを思い出したのか縮こまってガクガクと震えるサティ
鬼のような強さを誇るサティでもリアにお説教を食らうのはそんなに怖いのか。
「よし、じゃあアタシは店主と話をつけてくるからその辺でちょっと待っててくれ」
そのままトテトテと小走りで奥へ向かっていく。
うーん、一人じゃ心配だな。
「よし犬、サティに付いて行ってやれ」
「ワフ?(え、僕っすか? ご主人の方がいいんじゃないっすか?)」
「私はここで人族絶対殺すマンと一緒にいる。何が起こるかわからんからな。とにかく、サティが変な行動しないように見張っててくれ」
「ワウ(わかったっす)」
まぁサティには犬の言葉はわからんだろうが心を込めて吠えれば何かあると気づくだろ。
さて、私はこのやる気のないレイが暴走しないように見てるとするか。まぁ最近はレイも随分丸くなってきているし大丈夫だとは思うんだけどな。
……はぁ、なぜ俺がこんなことに付き合わなければならないんだ。
ああクソ、姉さんは無事だろうか……あの時姉さんにデレデレしていた脳筋野郎が今にも姉さんに言い寄ってるかもしれないというのに。
「よし、じゃあアタシは店主と話をつけてくるからその辺でちょっと待っててくれ」
どうやらサティが荷車を買うために奥へ向かうようだ。まったく、最近はあの筋肉女と魔術馬鹿に振り回されて散々だ。
特にサティの方は事あるごとに姉さんとの間に入ってきやがる、今回の件といいまったく迷惑な奴だ。
まぁいい、これが終わればやっと姉さんの元へ帰れる、俺はその辺で適当に待たせてもらお……。
「おっ、いたいた。レイ、一人であんまり遠くに行くなって」
魔術馬鹿がきたか。
こいつはなにかと俺に絡んでこようとする、しかもその絡み方がまた妙にイラッとする。しかも時々姉さんを見る目がいやらしい時があるしな。
「この辺りで待っていればいいんだからどこで待っていようが俺の勝手だ」
「いや、お前を一人にすると何をしでかすかわからんからな。ただでさえこんな場所な訳だし」
こんな場所?
確かにこんな大きな街に来るのは初めてだが、それが一体……。
「ああ、そういうことか……」
ここには多くの人族共が住まう場所だ。
「わかってなかったのかよ。まぁとにかく、誰彼構わず襲いかからないように見張らせて……」
「心配しなくてもそんなことはしないさ」
「え? あ、そ、そうか……」
その言葉は自分でも驚くほどすんなりと出てきた自然なものだった。目の前のこいつも驚いてポカンとしている。
俺自信ここにいるのが大量の人族だとわかった瞬間に怒りが湧き出てくると思ったが、不思議とそんなことはなかった。
俺の人族に対する怒りは滾り続け、消えることはないと思っていたのに。
この短期間でここまで静まってしまうなんてな……。
「我ながら情けない」
俺はがっくりと肩を下ろしてため息を吐く。
「レイ、別に情けなくなんかないぞ。それが本来のお前自身なんだ」
本来の俺……いつも姉さんと一緒で、仲間達と笑い合っていたあの頃。
戦いなんてまったく知らなかったあの頃の俺……か。
「まったく、すべていらんお節介を焼いてくる貴様といっつもニコニコしながら俺を殴ってくるあの筋肉女のせいだ」
いつの間にか俺の顔は少し笑っていた。
「いやぁ、お前がそんな表情するなんて。お節介を焼いたかいがあったってもんだな」
俺の人族への怒りは消えた訳ではない。
だが、もう以前のような狂うほどの怒りは無い。
「そうだな……姉さんと、こんなお節介な奴らが一緒なら、俺もまた昔みたいに……ッ!」
「どうした!? レイ」
それは、一瞬の出来事だった……。
俺の静まり返っていた復讐の炎が勢い良く燃え上がった……。
もう、あの頃には戻れない……俺の中には復讐心というドス黒い闇の感情がすでに芽生えてしまっているのだから。
俺の視線の先にはローブを被ったヒョロい男と身長二メートルはあるであろう大柄で屈強な男。
忘れるはずもない、あの二人は……。
俺の集落を襲ったあの時の二人の人族だった……。
修正しました(10章時点)




