第2話 孤独
ピンポーン
「はーい。」
笑徒は玄関の方へ向かった。扉を開けると、湊が前に立っていた。
「よっ!来たぜ~。」
湊は右手を上げ、笑顔でそう言った。笑徒は、湊を家に上げ部屋の方へ案内した。
「早かったね~、親から許可もらえたー?」
「……うん!!ばっちし!あと、明日の学校、笑徒ん家からそのまま直で行っていい?」
「別にええで!」
そんな話をしているうちに部屋に着き、荷物を置いて、リビングの方へ向かう。リビングには、笑徒の母親と父親がいた。母親は、夕飯の準備をしており、父親は隣で餃子を包んでいた。
母親は、二人の存在に気が付くと、料理の手を止め二人の方を向いた。
「いらっしゃい!湊君!見ない間に大きくなったね〜!笑徒の身長超えたんじゃない??」
母親は二人の頭の上に交互に手をかざした。
「お久しぶりです。すみません、平日なのにお邪魔しちゃって。」
湊が頭を下げる。
「気にしないで!ゆっくりしていってちょうだい!もう少しで夕飯できるから!」
そう言うと母は、料理に戻った。
しばらくすると、樹も来て夕食が始まった。
「そういえば母さん!今日、なんで時間教えてくれなかったんだよ!俺の目覚まし時計時間ずれてて、普通に大遅刻だったんだけど!」
笑徒が目の前に座っていた母親の顔を見ながら話す。
「え?気づいてなかったの?てっきり知ってるもんかと……」
怪訝そうに見つめる笑徒をよそに、母親はご飯を食べ続けた。
「いや、教えてくれよ!てか、父さんに関しては仕事遅刻だろ??なんであんな余裕ぶっこいてたんだ?」
笑徒の視線が母親の隣にいる父親に移る。
「いや、今日、有給だから休み。」
父親は笑徒の視線を気にも留めず、汁物をすすった。
「おい!休みなら、車で送ってくれてもいいじゃないか??なんで俺は走ったんだ??」
「だって、もったいないじゃない、ガソリン。あんたが怒られるだけでガソリン代が浮くなら安いもんよ!」
母親は悪びれもせず笑った。
「まあまあ、笑徒君!落ち着いて、もう終わったことだしね!」
左に座っていた湊が笑徒の肩に手を当てた。
「そうよね!湊君!終わったことをねちねちと。」
「そうだな、もう終わったことだしな!」
笑徒が茶碗を持ち、白米を口に運ぼうとすると、
「まあ、俺は毎日自分で起きてますけどね!」
湊は笑徒の肩を軽く小突いた。
「俺だって基本は毎日起きてるわ!今日はたまたま目覚ましが壊れてただけだし…」
笑徒が顔を赤くしながら答えると、
「そうだったかしらね~。そろそろママの手を借りずに起きてほしいわ~。」
母親が右頬に手を当てて答えた。
「ママ離れしないときちゅいでちゅよ、笑徒ちゃんw」
湊もそれにのっかった。
「そう、俺、ママいないときちゅいからな~、バブバブ~」
笑徒の返しに湊が思わず吹き出した。
「wwwのっかるんかいw」
その笑いにつられて母親も笑徒も笑い出した。
「さあ、早く食べちゃいなさい!冷めたらおいしくないわよ!」
笑徒たちは再び箸を動かした。
「餃子!食べたかったんだよね!」
笑徒が箸を伸ばそうとすると、餃子の乗っていた皿にはもう何もなかった。
「あ、ごめん、ずっと喋ってたからいらないものかと…俺と、お父さんで全部食べちゃった。」
右に座っていた樹がそう言って水を飲んだ。それに続いて父親も無言でうなずく。
「うそだろ……。」
笑徒は空っぽの皿を見つめた。
夕食が終わると、湊、樹、笑徒の三人は、笑徒の部屋に向かった。そこで三人は、夜遅くまでゲームを楽しんだ。翌朝、三人そろって寝坊しかけたのは言うまでもなかった。
***
笑徒は教室に着くと、カバンを机の横に引っ掛け、机に突っ伏して、うとうとしていた。昨日は、最終的に2時頃までゲームをし、眠りにつく頃には時計の針が3時を指していた。樹と湊の方に目をやると、二人ともうつ伏せになっていた。その後、笑徒は目を閉じた。
笑徒が再び目を開けると、ホームルームが終わったのか、クラスメイトたちは、次の化学の授業のため移動し始めていた。笑徒は席を立ち、大きく背伸びをしてから、授業の準備を始めた。
「あれ、二人ともいない。先に行ったのか?」
そう思い、一人で移動することにした。移動中もあくびが止まらず、頭もぼーっとしていた。
「こりゃ、だめだ。授業中、絶対寝るな……。」
こみ上げてくるあくびをこらえながら、化学室の扉を開け、自分の席に向かった。席に着くと、隣にいるはずの湊の姿がなかった。
「あれ?まだ来てないのか。」
トイレにでも行ったかなと思っていると、チャイムが鳴って授業が始まった。授業開始から5分が経ったが、湊が現れることはなかった。
「ねね、湊どうしたん?」
笑徒は声を潜め、前の席の女子生徒に話しかけた。
「湊君?さっき、先生に呼ばれて帰っていったよー。」
「なんで?」
「さあー、知らない。でも、黒いスーツの人と一緒に帰っていったらしいよ。」
「黒いスーツ??」
「うん、多分イド関連だと思うよ、ニュースでやってたし。事件現場、湊君の家の近くだったはずよー。」
今まで止まらなかったあくびが一瞬にして止まった。
その日の夕方、笑徒はニュースで事件の報道を目にした。
「昨夜、住宅でイドによる襲撃事件が発生し、現場の住宅に住む夫婦の死亡が確認されました。」
それから一週間、湊は学校に姿を現すことはなかった。
***
「今日も来なかったな、湊……」
樹にいつもの元気がなかった。以前、笑徒が先生に湊の様子を尋ねると、
「湊の家はイドによって破壊され、今はイド対策組織に保護されている。」
と言っていた。
「まあ、大丈夫!大丈夫!!あの湊だぞ、また元気になって帰って来るって!」
笑徒は樹の肩をたたいて励ました。
その日の放課後、樹と別れた笑徒は、いつもの帰り道を歩いていた。住宅街は夕日に照らされ、家々には明かりが灯っていた。遠くからは子どもたちの笑い声が聞こえていた。何一つ変わらない光景。ただ、いつもなら隣に伸びていく影が、今日はどこにもなかった。
いつもの曲がり角を曲がると、見覚えのある焦げ茶色の髪が見えた。笑徒は足を速め、近づいた。
「……湊!!」
思わず声が大きくなった。肩に手を置くと、湊が振り返った。湊の目の下には隈があり、いつものような笑みはどこにもなかった。
「湊……お前、大丈夫か?ちゃんとご飯食べてるか?」
笑徒は湊の手をつかんで、問いかけた。しかし、湊は笑徒の顔を見ず、下を向いたまま動かなかった。
「今はつらいだろ、両親をいきなり亡くして……でも、俺もいるし、樹だっている。みんながついてるから!大丈夫だ!また、一緒にバカなことして笑おう!このつらさも乗り越えられるくらい!!」
***
欲しかったものがある。小さい頃からずっと……
話しかけたら話してくれる両親。本心を見せられる友達。
俺が5歳の頃に実の母が病死してからというもの、父はその寂しさを埋めるかのように、女遊びに明け暮れ、再婚してもその生活は変わらなかった。新しい母も、血のつながりのない俺には興味が無いようで、たまに帰って来る父と喧嘩ばかりしていた。
俺はずっと一人だった。小学三年生の頃、陽坂笑徒という人と出会った。彼の周りはずっと人であふれていた。俺はそれが羨ましかった。俺も彼と同じようにたくさんの人と関わりたい。そう思い、彼のように明るく、ずっと笑顔でいる人を演じた。笑った、笑った。笑いまくった。友達はできた。笑徒も樹も、一緒にいて楽しかった。でも、彼らの前で本当の自分を出すことはできなかった。
ずっと笑顔の自分……
本心を俺は誰にも見せられなかった。
「また笑おう……笑っても変わらなかったよ……何も。」
「……笑徒……俺、もうつかれたよ……」
そう言うと、湊は笑徒の手を振り払った。両手を震わせ、ゆっくりとうずくまり始めた。徐々に服が破け、体は大きくなっていく。
「湊……」
目の前にいるのはもう湊ではなかった。全身が水色に包まれ、顔には目が無く、大きな口だけがそこにはあった。
「ガア゛ア゛ア゛ーーー」




