第0話 冷笑
深夜の住宅街。
静まり返った通りに、夜風が街路樹を揺らす音だけが響く。
街灯が薄暗い道を照らし、その光の下には、大きな亀裂が走っていた。
周りには瓦礫がちらばり、その中心に一つの人影が立っていた。
人の形をしているが目には光が無く、身体は赤く、まるで燃え上っている。そのすぐ横には体の半分を失っている男の死体が横たわっていた。
「ガア゛ア゛ア゛ーーー」
叫び声とともに、そいつは拳を上げ、地面に叩きつけた。ドン、という大きな音とともに、地面には大きなヒビが入り、コンクリートの破片が宙を舞った。
「うおwいい殴りw」
怪物の目の前にある家。その屋根の上に、彼女は立っていた。
夜風に白い長髪が揺れ、その毛先は淡い青色を帯びていた。
冷ややかな目で怪物を見下ろす彼女の口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
彼女は屋根から地面に降り立ち、怪物へ歩み寄った。怪物は彼女の存在に気が付くと、彼女のもとへ勢いよく近づき、殴りかかった。彼女はわずかに首を傾けた。拳が頬のすぐ脇を通り過ぎる。
「ええてーそういうのwどうあがいたって無理。早く死んで来世ワンチャンチャレンジした方がいいって!!」
彼女は笑みを崩さなかった。
怪物は彼女にさらなる猛攻を仕掛ける。怪物が拳を大きく振り上げて殴りかかろうとすると、彼女は半歩、横にずれた。振り下ろされた拳が、足元の地面を砕く。
さらに怪物は二発目、三発目と彼女に向かって殴りかかる。
彼女は爪をいじりながら、迫りくる拳を次々とかわしていく。
怪物は彼女から距離をとり、膝をついた。肩を大きく上下させ、荒い息をはいていた。
「攻撃ワンパターンで草なんよ!単細胞生物かな??」
彼女の笑みが大きくなった。
言葉が通じたのか、怪物は立ち上がり、岩のように大きい瓦礫を持ち上げ、彼女に向かって投げつけた。
飛んできた瓦礫は、彼女に近づくにつれどんどん遅くなり、彼女に近い側の面から段々氷漬けになっていく。ついには全部が氷漬けになり、彼女に届く前に地面に落ち、割れてしまった。氷の破片が、乾いた音を立てて地面に散らばった。
「おー!やるやんw」
彼女はまばらな拍手をしながら笑っていた。拍手を終えると、鞘から刀を抜き、怪物の方へ刀を向けた。
「じゃあそろそろ殺すね」
刀身は青白く街灯に照らされ、まぶしく輝いていた。刀を怪物に向けたまま、彼女は怪物のもとへ近づく。
怪物は近くにあった瓦礫を手当たり次第彼女に投げつけた。
そのすべてが彼女に届く前に失速し、凍結し砕け散った。
「無意味で草!最後の時くらいゆっくりしたらいいのに」
乾いた笑いが彼女からこぼれる。怪物が拳を振り上げて殴ろうとしたその時、彼女は刀を振った。すると、刀身から白い冷気があふれ出した。
白い冷気が地面を這い、触れた場所から次々と凍りついていく。氷は道路を覆い、沿道の家の壁にまで広がっていった。やがてそれは怪物の足元へと迫った。
次の瞬間、足先が凍り付いた。氷は脚を伝って広がり、腹、胸、そして頭へと這い上がる。
怪物が動きを止めた時、その全身は分厚い氷に覆われていた。
「ほら、冷笑しちゃったw次はいい人生送れると良いね!」
彼女は刀を鞘に収めながらつぶやいた。
少し時間が経つと、黒いスーツに身を包んだ集団がやってきた。
「カスミさん!遅れました。イドはどこですか??私も戦います!・・・って、もう終わってる!?」
その集団の中にいた女性隊員、七瀬明莉は、氷漬けにされている怪物を見て唖然としていた。すると、後ろにいた男性隊員、久瀬悠真が気だるそうに歩いてきた。
「まあ、カスミさんだからな。当然といったら当然。……それより、道路まで凍らせて、また橘さんに怒られますよ。」
そう言うと悠真はポケットから煙草を取り出し火をつけ始めた。
「でも、さすがですカスミさん!!一人でイドを倒すなんて!私もそのくらい強くなりたいです!!」
明莉がカスミに近づき、目を輝かせていた。
「お疲れー!今回も余裕だったね!」
カスミは両手を頭の後ろに回し、笑みをこぼす。
「俺たちは何もしてないけど、まあ、お疲れ様です。」
悠真は煙草を口から離して息をはいた。煙草の煙なのか、周りの冷気によって冷やされたのか、それは分からない。
「ほな、帰りましょか!」
カスミは二人の隊員と肩を組み、その場を後にしようとする。明莉は氷漬けのイドを何度も振り返りながら、興奮した様子でカスミについていった。悠真は少し呆れた顔をしていた。その時、
「……カスミさん」
聞き覚えのある声に、カスミは恐る恐る振り返る。そこには眼鏡をかけた女性が立っていた。橘紗英だ。彼女は凍りついた道路を見渡し、深いため息をついた。
「はは……、橘さん……なんでしょうか?」
カスミは首をかしげる。紗英は、眼鏡をクイッと上げ、話し始めた。
「すみません、なんでまた道路まで凍っているんですか?さらに今度は家まで凍らせて……前にも申し上げましたよね??カスミさんの氷は溶けるのに3日以上かかるんです。その間、復旧の作業が進まないんですよ。分かってますか??」
紗英が話しながら一歩ずつ詰め寄ると、カスミはそれに合わせて後ずさりした。
「いやいやwしょうがなかった!だって、あいつ無駄なあがきするし・・・しちゃうよね!冷笑!」
カスミが手を横に振りながら答える。紗英は呆れて言葉も出ないようだった。カスミは悪びれる様子もなく、紗英の肩に手を置き、もう片方の手で親指を立てた。
「イドは倒せたし!結果オーライ!そして、この凍結はイドのせいにしよう!そうだ、イドが悪い!」
紗英のため息が大きくなる。
「冷笑の次は他責ですか……次回からできるだけ被害の出ないように討伐をお願いします。あなたにはそれができる力と技術があるでしょ。」
そう言うと紗英はその場を後にした。
「焚いてて草!」




