融合
宙彦は、ベットに座ってぼんやりと部屋を眺めていた。眠っていると悪夢を見てしまうため、とりあえず起き上がって眠らないようにしようという考えであったからだ。
「眠い……」
1日の半分以上は眠っているにも関わらず、無限に溢れ出す眠気に宙彦は苦しんでいた。頭を叩いたり、大声を出してみたり、色々試してはみても効果はない。何故だか、余計に眠くなってくるのだ。
「なんでこんなことに……」
それは媛野と出会ってからだった。明らかにそうだった。出会ったその瞬間から、体調も全てが何もかも狂い始めていた。充実した夏休みを送るつもりが、謎の大量不良に苦しむだけの夏休みになってしまっている。宿題すら手に付けられない。しかも、体調は日に日に悪化していく。
「どうしろって言うんだよ……」
ストレスが溜まりに溜まっていた宙彦は、近くにあった枕を適当に投げた。枕は机にぶつかって、そのまま落下した。
「物に当たってどうなるってんだよ。あぁ! クソっ!」
頭を抱えて、顔を伏せる。訳の分からないことに巻き込まれている不安、こんな時にも全然気遣ってくれない眞白、思い出すだけでイライラしてくる媛野。宙彦はもういっぱいいっぱいだった。耐えられなかった。解放されたかった。
――誰にも相談出来ねぇ。相談したって馬鹿にされるだけ……自分で考えれば分かるはずだ。だって自分のことだ。
頭の中で、グルグルと一人考える。自分の声しか聞こえない思考の世界で、自問自答を繰り返す。沢山の自分に問いかける。沢山の自分は思い思いに声を発す。
――どうすれば治る?
――どうしたって治らない。だって病気でも何でもないことは明らかじゃん。
――このままだと夏休みが終わってしまう。
――誰のせい?
――誰の……
『織井媛野』
――へ……?
自分の思考の世界に何者かが侵入する。この家にいる眞白の声ではない。そもそも男の声だった。
『あいつさえいなければ……あいつさえ……。時は来た、今度こそ全てを終わらせるんだ。そう全てを終わらせる』
その声は今まで以上にハッキリと聞こえた。そして、気付いた。この声が自分自身の声であるということに。
『永い眠りから目覚めた……分離してしまうのはよくあることだ。さぁ、今こそ元に戻ろう。そうすれば、苦しみから解放される。融合の時だ。全てを……終わらせる』
思考の世界に一人の男が現れる。夢見た男そのもの。夢で感じた温かさは一切感じない。冷めきった目で宙彦を見つめている。
――何言ってんだよ? 意味分かんねぇ。
『分かる必要などない。解放されたくないのか? 今の苦しみから』
――出来るのか? 俺を……
その言葉はとても魅力的で、理想的で、すがりたくなった。解放される。それだけで十分だった。解放されるなら、もうなんだって良かった。
『当たり前だ。何故苦しいのか分かるか? 魂が元に戻ろうとしているからだ。さぁ、この手を取れ。苦しみから解放されたいのだろう? フフ』
男は微笑みを、宙彦に向かって手を伸ばす。
――本当に……。
『これまでの人生、よく頑張ってくれた。感謝している。さぁ』
宙彦は差し出された男の手を見つめる。
『何を迷っている? 迷う理由などないだろう。さぁ、早く!』
宙彦の手が自然と伸びた。男の笑みが狂気的な笑みそのものになっていることに、宙彦は気付かなかった。気付く暇などなかった。
そして、男の手に触れる。
『これで……今度こそ』
宙彦の体が薄く輝き始める。それと同時に透き通った体は、ゆっくりと男の方へと導かれる。宙彦の宙彦としての意識はもうなかった。一切の迷いもなく、宙彦の体は男の体と融合した。
「あはははは……」
宙彦は頬を歪ませた。しかし、それは体が宙彦であっても、心は宙彦ではない。復讐のためだけに、あらゆる者達を巻き込み、輪廻を繰り返して尚、強く濃く魂に存在し続ける者。それは、この悲劇の全ての元凶であり、悲しき哀れな男――星谷 壽太郎であった。




