約束
あれからというもの、宙彦は体調を悪化させ寝込むようになった。食事もまともに取らず、眞白が半ギレだったが、それにどうこう言える気力も湧かないくらい弱ってしまった。さらには、変な夢にうなされ満足に眠れない日々が続いていた。
***
神社の階段で、男と女が二人身を寄せ合いながら会話をしていた。
「どうして……同じ日本人同士で争うのかしら」
真っ赤な着物を着た女が、遠くを見つめ悲しそうに言った。
「俺にも分からないよ。隣同士なのにここまでいがみ合うなんてさ……」
質の良さげな紺色の着物を着た男が、女の頭を撫でながら言った。女はそれを嬉しそうに受け入れ、微笑んだ。
男の村と女の村は、昔から争いを続けてきた。土地、川など、その争いは未だに続き、ややこしく複雑に絡み合っていた。村人達は互いに憎しみ合い、蔑み合っている。
特に最近は争いが激しく、会うことすらままならない。男と女のように会うことは反逆行為とも言える。しかも、どちらも村の長の家系だ。
「昔は三人仲良く遊べたのに……今ではお姉様がああだから」
「彼女は元気なのかい? 何年も顔を見てない」
「元気よ。元気だからあんなことが出来るのよ」
「それもそうだね。どうして彼女は、あんなに”あれ”を欲しがるんだい?」
「ずっと分からなかったけれど、もしかしたら……」
女は俯いた。それを見て、男が心配そうに女の顔を覗き込む。
「もしかしたら?」
「”あれ”には、貴方の村では言い伝えがあるんでしょう?」
言い伝え――それは、男の家で代々引き継がれてきた家宝にある。その家宝は、かつて男の先祖が神によって与えられた物だと言う。実の所、男もその家宝は見たことがない。何故なら、その家宝は箱に入っていて開けると災いをもたらすと言われているからだ。
しかし、もう一方でその家宝を使えば亡くなった人物を呼び戻すことが出来るらしい。
「あるけど……本当かどうか。開けると災い、使えば死者を呼び戻す……あんまり実感が沸かないだろう? まさか、こんな言い伝えを信じるなんて……彼女は結構純粋なんだね」
「どうしてその言い伝えをお姉様が……」
「昔、俺が言ったことがあるんだ。ちょっと怖がらせてやろうと思ってね。案の定、いや予想以上にかなり怖がってくれたさ。それっきり、俺のことが嫌いになったみたいだけどね。それ以来、会ってないな」
「仲直り出来るといいね」
「無理な気がするよ……子供の喧嘩所じゃないことになってしまった。もう、この距離も溝も埋まらないだろうね」
男が立ち上がり、天を仰いだ。遠くの空から真っ黒な雲が近づいて来ている。
「そろそろ雨が降り出すかもしれないな」
「本当ね……」
「……もうこんな風には会えなくなるかもしれない」
男が絞り出すような声で言った。
「え?」
「元々無理があったからね……抜け出すのも危険だ。君を死なせたくはない。だから、もう会うのはこれで最後にしよう」
「そんな! 嫌よ!」
女は男に抱き着く。しかし、男はそれを心苦しそうに押しやった。
「分かって欲しい……君を愛しているからこそなんだ。大丈夫、永遠に会えなくなる訳じゃないだろう? 全てが落ち着いたら、きっとまた会える。その時は結婚しよう」
男は微笑んだ。込み上げてくる涙を隠すように。
「いつまで待てばいいの?」
一方、女は泣いていた。止めどなく溢れる涙を、何度も何度も手で拭っていく。
「分からない……分からないけど待とう。平和が訪れる日を。俺の村と君の村が分かり合える日が来るまで……約束だ」
男は小指を女に向かって差し出した。
「約束?」
「嗚呼、俺らがこっそり会ってることが知れたら大問題だ。余計な争いがどこかで生まれてしまうかもしれない。途中で会ってしまったら、感情が抑えきれなくなってしまうかもしれない。でも、俺らが我慢すればそれは起こらないはずだよ。我慢すればきっといつかは……だから、平和になるまで俺らは絶対に会わない。約束」
その男の提案に、女は一瞬戸惑いの表情を見せた。当然だろう。この男の約束は、いつまでも続くかもしれないのだ。生きている間に会えない可能性だってある。恋人同士が会うことを許されないのは、どれだけ心苦しいだろうか。
しかし、女は覚悟を決めた。ゆっくりと小指を差し出し、男の小指を絡ませた。
「お姉様と村の人達を説得する……それが私に出来ること。次会える時は、何歳になっているかしら」
涙を流しながら、冗談っぽく女は笑う。
「例えおばあちゃんになっていたとしても、俺は君を愛するよ。誓う」
「私も。貴方がおじいちゃんになって、よぼよぼになっても沢山愛してあげるわ」
「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます! 指切った!」」
静かな神社で哀れな男女は契りを交わした。遠い先にある輝かしい未来を信じて。
しかし、それを木陰から見る青い着物の女がいた。怒りと憎しみに顔を歪ませて。
***
宙彦は重くて目を覚ました。目線の先には、満面の笑みでこちらを見つめる眞白がいた。
「重い……」
「重いとは無礼だな、殺す」
「はいはいどうぞ殺して下さい」
「もっと突っ込めよ」
「鬼なの?」
実の弟がこんなにもしんどそうにしているのに、眞白は通常運転だった。
「で……なんで俺の上にいる訳?」
「泣いてんだもん、寝ながら。キモイじゃん。観察してた」
「俺泣いてた!?」
「泣いてるね、ここ触ってみな」
眞白は、頬を指差した。宙彦は恐る恐るその部分に触れる。すると、確かに涙が通った跡があった。頬には、一粒の涙が残っている。
「なんで……」
「キモイからじゃない?」
「はぁ……」
宙彦の夏は長い。




