原因不明のその殺意
「はぁ……」
宙彦は部屋のベットに寝転んで、スマホであることを調べていた。こんなことを調べている自分に嫌気が差すし、気味が悪い。それでも調べずにはいられなかった。
一番最初の検索画面の検索ボックスに再び文字を入れようとする。すると、下の検索履歴には
『一目 殺意』
『殺意 突然』
『初めて会ったのに殺意』
『恋 殺意 紙一重』
自分でもゾッとするような内容だった。宙彦はそんな自分に腹が立って、スマホをベットに叩きつけ枕を顔に押し当てる。そして、叫んだ。
「あああああああああああああっ!」
こもった声は枕に吸収されて消えていった。
――キモイキモイキモイキモイキモイキモイ……。
媛野のことを思い出すだけでも殺意が湧いてくる。
「そうだ……なんかの病気だコレ」
真っ暗で息苦しい空間の中、そう呟いた。宙彦は枕を投げ捨てて、手元にあるスマホを再び目の前へ持っていく。そして、スマホの電源ボタンに触れた時だった。
ピンポーン、と自分自身に夢中になっていた宙彦を邪魔するシンプルな音が響いた。
「宙彦出て~私忙しい~」
「どうせ忙しいって言ったって、化粧とかネイルだろ……」
小さな声で宙彦は呟く。
「文句言ったら殺すぞ!?」
その眞白からの返答に、宙彦はビクッとなった。
――聞こえてた!? いやまさかまさか……いつもの暴言だよな。怖っ!
恐怖を覚えながらも、仕方なく玄関の方へと向かう。宙彦達の住んでいる家は昔ながらの家を少し回収したものだ。だから、廊下が広い。そして、廊下と玄関の段差が激しい。長年住んでいても、気をつけないと足を踏み外してしまう。宙彦は下をしっかりと確認しながら、玄関のドアの前へと行く。
ドアの向こうには少女らしき人影が見えた。
――もしかして……。
恐る恐る宙彦はドアを横にスライドさせていく。出来ればそうであって欲しくないと宙彦は願った。しかし、その願いも虚しく現れたのは媛野だった。
「こんにちは! ちょっといいかな!」
媛野は宙彦の苦しみなどさっぱり分かっていないから、嬉しそうに近寄ってくる。距離感のおかしさに宙彦は戸惑いを覚える。
「な……なんだよ」
「大丈夫かな~って思って! 心配だから来てみたの!」
「全然大丈夫……全然」
全然大丈夫ではなかったが、一刻も早く媛野に去って欲しかったため宙彦は笑顔を必死で作った。
「ほんと~?」
――なんでこんなにグイグイくるんだよ……さっき会ったばっかでしょ?
「あのさ……なんなの? 余計なお世話だから、もう帰って」
媛野を押しやって家から追い出そうとする。しかし、それに対して姫野は少し不満げな表情を浮かべた。
「熱中症とかだったら大変だよ!」
「はいはい、そうですね。もういいから」
宙彦の体の奥底から沸々と感じる姫野への殺意。姫野が近寄ってくるほど、姫野に触れるほど、それは大きくなっていく。
「私は心配してるの!」
「心配なんてしなくていいよ! 帰ってくれよ!」
宙彦は、なんとか家の外に媛野を追いやることが出来た。
「第一なんで俺なんかを……」
「分かんないけど、どうにかしないとって思って。まぁ急にさっき会ったばっかりの女子に心配されても困るよね。帰るよ。でも無理したら駄目だよ!」
媛野は屈託のない笑みを浮かべる。それを見るのさえ、宙彦には耐えられず玄関のドアを力強く閉めた。
「最低だ……なんでなんだよ……どうしたらいいんだよ……」
玄関の向こうには、まだ人影が見えた。しかし、その人影は物寂しそうにトボトボと歩いていった。蝉の鳴き声が、草を焼く臭いが、媛野の想いが今の宙彦にとって全て邪魔に思える。
『殺せ』
宙彦にだけ、間違いなく聞こえた。先ほどと同じ声で、また暗示するかの如く繰り返し聞こえる。耳を塞いでも、息を止めても関係なく。
「よ~し終わったぁ。誰だった? セールス? 宅急便……」
手を満足気に上下に揺らしながら、眞白が洗面所から出てくる。そして、玄関で佇む宙彦を見て眞白はこっそり笑った。