昔懐かし名作ドラマ
朝、冷房の効いたリビングで宙彦は、三人掛けのソファーに大胆に寝転がりながらテレビを見ていた。と言っても、テレビで放送されているのは昔のよく知らないドラマで、宙彦にとってそんなに面白いと感じるものではなかった。しかし、音がないのは寂しいのでなんとなくつけっぱなしにしている。
『愛してる』
『僕もだよ……』
テレビの中の男女が深くキスを交わす。朝からこんなもん、と宙彦は思った。こんな時間からやるくらいだから、昔それなりに人気のあったドラマなのだろう。だが、今この時代には合ってない。宙彦としては、もっと面白い何かを見たかった。
「でもこの時間帯他全部通販だしなぁ……もう一回寝るかぁ」
そう呟いて、うつ伏せになった時だった。ドタドタと怒りを込めた足音がこちらに近づいてくるのが分かった。その足音が誰であるか、宙彦には当然理解出来ている。そして、これから起こることも理解出来ていた。
「おい!!! な~に呑気にテレビ見ちゃってくれてんの? 洗濯物干せって言ったよなぁ~」
ソファーがドン、ドン、ドン、と大きく揺れた。
「うわっ!」
宙彦は10cmほどの高さから落下した。落ちることまでは想定してなかったため受け身を取るのが出来ず、頭を激しく強打した。
「いったぁ~……く~!」
床に寝転がったまま、宙彦は頭を抱え悶える。そんな宙彦をゴミでも見るような目で見下している女がいた。
「約束破ってんじゃねーぞ」
女の名は、星谷 眞白。宙彦より2つ上の高3の姉だ。お気に入りの青のワンピースに黒い髪を肩まで伸ばしたその姿は清楚なのだが、一度口を開けばこの様だ。口を開かなければ美人、それは彼女を知る者にとって常識である。
「したっけかな~? てかさ、そういう家事ってさ女の……おうぇ!」
眞白の足が宙彦の腹部へと押し付けられる。眞白はその足をねじ込むように左右に揺らしながら言った。
「自分の都合のいいように記憶改変してんじゃね~よ。てか、今時そんな思想古いから。女の仕事とか言われたら超絶腹立つんだけど!」
その言葉の直後、眞白の全体重が宙彦の腹部へじわじわ集中する。
「いた゛い! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 嘘です冗談です調子乗りました。約束守ります! 勘弁して下さい! 本当に!」
今にも口から内臓を吐き出してしまいそうで、宙彦は足をドタバタさせて必死に謝罪する。
「次はねーからな」
宙彦の謝罪の意が伝わったのか、眞白はすぐに足をどけた。しかし、表情はまだ怒りが残っている。宙彦は、これをどうにかするには機嫌を取るしかないと思った。
「今日の昼飯、俺が作るよ……」
すると、眞白は口をニヤッとさせてあからさまに嬉しそうな表情を浮かべる。眞白は宙彦を跨ぎ、まるでマフィアのボスのようにソファーに足を組み腕を広げて座った。
「マジ? やったね。じゃ私はこのドラマでも見ようかなぁ~」
その言葉に、宙彦は飛び上がるように起き上がった。
「姉ちゃん、これ好きなの!?」
「見てたらそれなりにはまっちゃうんだよ。いくら昔のドラマって言ってもさ、本質はそんなに変わらねーぜ。それに昔の方が結構際どかったりするんだって」
「へ、へぇ~……いつも見てたっけ」
宙彦にこのドラマの良さはいまいち分からなかった。映像も古いし、役者も知らないし、全体的にダサい。その先入観もあって面白さはちっとも伝わってこない。
「いつもは録画。で、深夜に見てた。あのさ、この女優の人めっちゃ綺麗じゃね?」
「うん、綺麗だよね」
眞白はテレビ画面に丁度大きく映っていた女優を指差した。確かにその女優は綺麗だ。それは宙彦がドラマを眺めていた時から思っていたことだが、まさかガサツで乱暴な眞白がそんな所を見ているとは、と予想外だった。
「今生きてたら多分70歳くらいかなぁ? 絶対綺麗なおばあちゃんになってたと思うんだよな~」
「――え? この人死んだの?」
「そ、このドラマを撮り終わった打ち上げの席で共演してた……あ! こいつに殺されたんだよ!」
テレビ画面には、女の後ろ姿を見て優しく微笑む男の顔が映っていた。先ほど『僕もだよ……』と言っていた人物だ。その優しさオーラ漂う男の顔からは、とても人を殺しそうには見えない。
「なんか……怖いね」
「そりゃね。それに動機が分からないらしいのさ、未だに」
「そんなことってあるの? 大体、男女の殺人って恋愛関係の縺れとかじゃ……」
「それがさ、そういうのが一切なかったらしいんだよね。ドラマのセリフ以外で話してるの見たことなかったって。ま、その辺は殺った本人にしか分かんねーよな」
そう言いながらドラマを見る眞白の表情は暗かった。
「何があったんだろうね? 相手を殺してしまうくらい憎いことがあったってことだもんね。想像出来ないや」
平和過ぎるこの田舎でただ当たり前に日常を刻み、冗談でも人に殺意を持ったことのない宙彦には彼の気持ちは到底理解できなかった。自らの身を滅ぼしてでも、相手を殺す――そんなことは絶対に出来るはずがない、そう思っていた。
彼女が現れる前までは――。