全ての始まり
「なんで……」
降りしきる強い雨の中、泥で薄汚れた着物の男が一歩後退る。その男の目には動揺の色が広がっていた。
「なんでだと思う? フフフ……」
男の前には、鮮やかな赤色の着物を着て傘をさす女。周囲には刀を構える男達がいた。女は、後退る男とゆっくり距離を詰めていく。
「一人で来るって言ったじゃないか……!」
「あんな約束を信じたの? 馬鹿ね。これだから隣村の奴は……」
女は美しいその顔を歪めて嗤った。
「何かの冗談だろ? 冗談だって言ってくれよ……」
男は祈るように、そして絞り出すように声を出す。
「冗談……な訳がないでしょぉ!? 冗談は私とあんたの関係よ! アハハハ!」
女が大声をあげて笑うと、周囲の刀を持った男達も笑う。男は既に周りを取り囲まれていた。逃げ場などどこにもにない。これから起こることをただ受け入れることだけが、男の役目。
男は力なく崩れ落ちる。その時に飛び散った泥を女は嫌そうな顔して避ける。
「……全部、嘘だったのか」
男の声は暗い。裏切った女性に対しての怒りとまんまと騙されていた自分の愚かさに苛立ちが募っていたから。
「……えぇ、全部嘘よ。あんたを殺すためのね」
女は傘を横に投げ捨てる。遠くに飛んでいった傘は、周りを取り囲む内の一人の男にぶつかる。
「そこまでして”あれ”が欲しいのか?」
男は女を睨む。
「さぁ、どうかしらね」
女は傘をぶつけた男に手を差し出す。
「その刀、頂戴」
傘をぶつけられた男は迷ったような表情を浮かべた。
「どうしたの? 命令が聞けない? こいつより先に殺されたい?」
女は、傘をぶつけた男に殺意を向ける。その男は殺意に怯んで、すぐに持っていた刀を差し出した。
「……それが君の本性か」
「さぁ、どうかしらね」
女は、鋭く輝く刃を座り込む男の首へ持っていく。その冷たい感覚に男は震えた。死がもう首を掴んでいる、男はそう感じた。
「あら、男のくせに泣くのね」
男は涙を流し始めた。しかし、その涙はすぐに雨へと紛れる。
「……たとえ」
男はボソッと呟く。
「何?」
「今ここで君に殺されようと……俺はまた君を殺しに戻ってくる。この屈辱と恨みを忘れるな。俺と同じ目に合わせてやる……! 何度地獄へ堕ちようと何度君が生まれ変わろうとも関係ない! 魂が尽きるまで――」
「うん、死んで」
女は無慈悲にもその刀を横へと動かした。グシュッという鈍い音と共に、血が噴水のように噴き出す。まだ何かを言おうとしていた男の口は、体と離れても宙を舞いながら動いていた。
男の首が地面に落ちた時、眼球が落ちてきそうなほど目を見開いて、口を最後に伝えようとした何かの形跡だけ残して固まっていた。もうそれが伝わることはない。
周囲には血の湖が広がっている。その湖の中央には全身真っ赤に染まった女と人間だったモノがあるだけだった。




