クロノス
「俺こそその名で呼ばれるのは久しぶりだ。今はアキハと名乗ってるからな」
「そうなのか。まあ私はアークと呼ばせてもらうよ。そっちの方が私としてはしっくりくるしね」
クロノスはこちらを観察するような眼差しを向けながら話している。
「好きにしろ。…それより、なんで俺をここに呼んだ?」
「アークはもうすでに気づいているんだろう?この世界の異変について」
「まあそれはな。俺がいた時といろいろと違い過ぎる。まるで世界の改変のようだと感じたが」
「そこまで分かってくれているんだったらこちらとしても安心だよ」
「なんだよ、その事について教えてくれるんじゃないのか?」
その質問に対して少し困った表情をする。
「残念ながら私はその事に関して話す事が出来ない。ただ今話せる全ては話しておこう。アークならそれで十分な筈だ」
そう言って何か話出そうとする。
「…帰っていいか?腹減ってきた」
「ちょ、ちょっと待った!これから話すことは重要なことだよ!いいの聞かないで帰っちゃって!後悔しない?いいや、後悔するって絶対!だから聞いて、お願いだから」
帰ろうとしたところクロノスに必死に止められる。というか必死すぎだろ
「それにしてもクロノス、お前俺に対して馴れ馴れし過ぎ。アークの時にも少しだけしか会った事ないだろう」
「はは、何言ってんだ。私達の仲じゃないか」
「私達の仲ってどんな仲だよ」
「それはもちろんアークを勇者に選んだのが私って仲だよ。忘れちゃった?」
何が忘れちゃった?だ言い方がむかつく。
「はあ、…当然覚えてるよ、当事者だからな。それにお前すごいしつこかったじゃねえか。俺がまだ幼い時に夢の中に現れて『君は勇者になるんだ!』とか言ってよ。俺何度か断わってるのに何度も何度も夢の中に現れやがって、あの時の俺は家の手伝いで忙しくて勇者どころじゃなかったんだぞ」
「アークは真面目だったからね。勇者よりも家の手伝いを選ぶなんて、驚いちゃったよ。でもあの時にこの世界で勇者の素質を持っていたのはアークだけだったんだから仕方ないじゃないか」
「はあ、まあもうそれはいい。帰るってのも嘘だ。面白そうだし話だけは聞いてやる」
「本当にあの頃のアークは真面目だったのにね、アークは変わったよ。純粋な心を持っていたアークはどこへ行ってしまったんだい?」
「帰るぞ」
「ご、ごめんって!話す、話すから!」
クロノスは咳払いをし先程までとは違い真剣な表情に変わる。
「私が与えられる詳しい情報は何もない。詳しい情報を伝える事が私には出来ないんだ。ただ1つ言えるのは全てのダンジョンに行けばその情報は開示される。ただし攻略する順番が決まっている。まずはここ、キャッタナ大陸にあるダンジョン、次はエンシャント大陸にあるダンジョン、その次はフォールン大陸にあるダンジョン、そしてエルノイド大陸にあるダンジョン、最後がサターナ大陸にあるダンジョンだ。この順番は絶対だ。ただこの順番の理由も私には話すことができない、すまないね」
今の話の最中、【記憶操作】によってクロノスの記憶を見ようとしたが記憶に霞がかかっていて本当に見たい記憶が見ることができなかった。その原因として考えられることは、
「お前、何かの契約で縛られているだろ。それが原因で話すことができないとか」
「…さてどうだろうな」
「それも話せないのか。しかしダンジョンに行けば情報が開示されるって、それはつまりこの世界の変容についての情報ってことだろ。あとは、なんでこの世界の上位存在、つまりは“神”であるお前が地上のダンジョンなんかにいるのかもわかるわけだ」
「…1つの大陸に1つのダンジョンが存在する。つまりこの世界のダンジョンは五個。そしてそれぞれのダンジョンに私と同じ存在がいる。そいつらに会って来るんだ。全ては最後のサターナ大陸のダンジョンで明らかになる」
「俺の質問には答えられないか。まあ自分で考えるしかなさそうだな。ダンジョン攻略か…まあ、面白そうだしそれは別に構わないがお前はダンジョンから外には出られないのか?」
「ああ、出られない。理由は言えないけどな。それより、ダンジョン攻略をするんだとしても今回みたいに直接最深部までいけると思うなよ。私とアークが顔見知りだったから今回は良かったものの他の奴らは君がアークだとはわからないと思うからな。自力で最深部まで行って奴らに会うしかないだろう」
別にダンジョン攻略は難しいことじゃないだろう。それにこの旅の目的は俺が楽しむ事。面白いか面白くないかが問題だ。まあ今の所、話の内容的に面白そうだしダンジョン攻略はするんだけどね。
「他の奴らが俺をアークだと認識できないってのはわかるがお前は俺がアークだとなんでわかった?」
「はは、簡単な事だよ。私は一度アークと直接会っているし君はあの頃と魂の波長が何1つ変わっていないんだ。最初私は君をアークの転生者だと思った。だからアークだった頃の記憶はないと思っていたんだけどね。このダンジョンに入ってきた君を見て確信した。君には記憶があると。いや、本当に嬉しかったよ!それはもうドジって魔法陣の組み替えを間違えるほどに」
「絶対その所為じゃないだろ」
「…しかしなんで君にはアークだった頃の記憶があるんだ?」
「なんでだろうな、俺にもわからない。ただ俺は今まで転生した全ての世界の記憶と力を持ってる」
「なるほど、それは実に興味深い。まあそんなにいろいろな世界を見てきたら性格も変わるってものだね」
「まあな、…それより話は終わりか?」
「ん、ああ。私が話せるのはこのくらいだ。…もう行くのか?」
「いや、まだちょっと気になったことがある」
「ん、なんだ?」
「もし、俺じゃなく他の誰かが正規の手順でお前のところまで辿り着いたらどうなっていたんだ?あと、ここが一番最初に攻略しなければいけないダンジョンって、もし他のところを最初に攻略したらどうなるんだ?」
「一気に聞いてきたな。まあ順番に答えよう。まず1つ目の質問だがここまで辿り着ける実力がある者には適当にこの世界の謎を知りたくばとか言って先程のダンジョンの攻略の順番を教えて全てのダンジョンを攻略するように促すさ」
「なるほど」
それはつまり実力者にこいつらが話せないという情報を明かしたいという事か。しかし、この世界の変容の理由を明かしてどうするだ。言い方からするに理由を教え攻略者に何かをしてほしい?でもたとえダンジョン攻略者だとしても世界の変容を正すほどの力なんてないだろう。それに以前の世界から変容していても今現在この世界は安定していると言える。大小争いはあるにしてもそれは以前の世界でも変わりはしない。
この世界の変容を正したところで地上で暮らす奴らのメリットはあるのか?
クロノス達が何を求めているのかがわからない。何の為に世界の変容の理由を伝えようとするのか…。
「ーーク、アーク!聞いているのか?」
「ん?ああ、大丈夫だ。聞いてる」
「それじゃあ二つ目の質問だが、攻略の順番を守らなければ必ずダンジョンの最深部までは到達する事が出来ないようになっている。だが最深部の一歩手前の階層には石盤がありそこに今話した攻略の順番の事も書いてある筈だ。つまりは攻略の順番はそこまで辿り着ける実力がある者しか知ることが出来ないという事だ」
「今までこの最深部に来た者は?」
あ、そういえばスクロワがまだダンジョン攻略者はいないって言ってたな。
「誰一人としていない。最深部付近の階層主を倒せるものなど滅多にいないだろうからな。私達が求める実力者はそう言ったレベルの者達だ」
私達が求める、か。…本当に何の為にお前達はこんな事やってんだ。やっぱりダンジョン攻略は決定だな。色々と気になるし。
「あ、そう言えば神具についてはどうなんだ?話を聞く限りじゃ結構な力を持った魔道具らしいけど」
「ああ、あれか。あれはダンジョンにとにかく人を来させるためにわざとレベルの低い階層で入手出来るようにしておいたんだよ。あわよくば実力者に渡って欲しいとも思ってね。地上には何個の神具があるんだ?私は1つしか作っていないんだがもしかしたら他のダンジョンの奴らも同じことを考えていたかもしれない」
「俺が知ってるのは二つだ。ここキャッタナ大陸ガルマリア王国王都にある神具と、エンシャント大陸にある神具。確かこの国にある神具は強力すぎて扱える者がいないって聞いたぞ。エンシャントの方は詳しくは知らないが」
「そうか、やはり他にも私と同じように考えた奴がいたか。それにしても私が作った物は強力過ぎたのか。まあ力ある者へと考えてかなり力を込めて作ったからな」
「ちなみに何を作ったんだ?」
「二つのブレスレットだ」
「ブレスレットか、主な効果は?」
「それぞれ両手に装備することにより、攻撃をするたびに自身の攻撃力が増す。あとはその魔道具に魔力を貯めておくことが出来る。ちなみに他人の魔力をそこに貯めておくと自身の魔力に変換してくれるという効果もある。貯めておける魔力量は魔道具をつけていない時の自身の魔力保有量に比例する。どうだ、なかなかの代物だろう。ただ一番最初に装備した者以外は使用することが出来ない。そして魔道具自身が使用者を選んでいるからな。扱える者がいないという事は、装備出来た者がいないということだろうな」
「それはまた結構な物を作ったな」
「かなり力を入れて作った魔道具だからな。それに装飾品としての完成度も高いぞ。結構こだわった」
「はは、変なとこにこだわるなお前」
「まあな」
クロノスはいろいろな表情をしながらとても楽しそうに話している。俺もつい話し込んじゃったしな。そろそろ地上に戻った方がいいだろう。
「…もう、行くのか」
「行くよ、聞きたいことは聞けたしな。また会えることがあったら話そうぜ、クロノス」
「ああ、……と、ちょっと待った!すっかり忘れてたが渡すものがあったんだった。いや、すまない」
最後まで慌ただしい奴だな。
「これと、これだ。この鍵はこのダンジョン攻略者の証、これがなければ次のダンジョンの最深部にはいけないからな。あと、この剣は私からの贈り物だと思って受け取ってくれ」
ペンダントになっている鍵と異様な空気を纏う剣を貰った
「この剣もお前が作ったのか?」
「いや、これは譲り受けたものだ。名前は『天創』。本来なら私達のような存在でなければ扱えないがアークなら大丈夫だろう」
「まあここにずっといるお前が持ってても使い道はないからな。ありがたく貰っておくよ」
ペンダントは首にかけ剣はアイテムボックスにしまった
「天創って名前には意味があるのか?」
「いやその名前はもともとの持ち主がつけた名前だからな、意味があったかどうかはわからない」
「そうか、…それじゃあ俺はもう行くよ。剣、ありがとな」
「ああ。その後ろの魔法陣で地上に出られる」
俺は魔法陣へと向かう。
「あ、そういえば最後に聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「…俺の、アークのかつての仲間は俺が死んだ後どうなった?幸せな最後を迎える事ができたのか?」
「………すまない。私はその質問には答えられない」
俺は魔法陣を向いている為クロノスの表情は見えない。たがその発する言葉からクロノスがどんな表情をしてどんな感情を抱いているのかは容易に伝わってくる。
「そうか、…じゃあまたなクロノス」
「ああ、…また会おう」
こうして俺はダンジョンを後にした。




