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一分間だけのヒーロー  作者: Oっ3
4/9

第二章「文化祭に向けて」1/2

私立箔麗学園。そこは鈴辺家が役員として名を連ねている東陽グループが経営している。偏差値は高めだが、社会に向けて優秀な人材を輩出するのが目的で創立した為、学費は割安な方である。

 鍵崎は学園長室のソファに座っている。隣に目線を向けると金髪のボブに大きな青い瞳をした小さな少女がいた。

「どこから転校してきたんすか?」

 鍵崎が笑顔で尋ねた。

「えーと、お花畑からです」

 少女は笑顔で答えた。鍵崎は心の中でたじろぐ。

「嘘です。イギリスからです」

 少女は舌を出す。鍵崎は親指で自分の胸を指す。

「俺の名前は鍵崎智春。せっかく転校してきた者同士、仲良くしましょう」

「うわぁ、カッコイイ名前。ビーラの名前は、ビーラ・ネルヴァル。気軽にちゃん付けしてくれると嬉しいの」

「ビーラちゃんだね。早速だけど好きな男性はどんなタイプ?」

「ビーラの事を大事にしてくれる人」

「そっかあ、俺、ビーラちゃんの事を大事にするわ。だから、付き合って」

 ビーラは「エヘヘ」と笑う。

「でも、その申し出は断っちゃいます。だって、鍵崎君の事を知らないんだもん」

 鍵崎は再び、自分を指す。

「俺はこの通りの人だから、安全だと思うよ」

「それだったら、ビーラのお願いを今すぐ聞いてくれますか?」

「どんなお願い?」

「ハニートーストが食べたい」

 ビーラは両手を広げながら。

「これくらい大きくて、生クリームがいっぱいかかった奴」

 鍵崎はずっこけそうになる。

「いや、今じゃなきゃダメ?」

「ダメ」

 鍵崎は手ごわいと思っているとドアが開く音がする。

「もう、友達を作ったか。智坊」

 威厳のある声。この声を聞いて鍵崎は思わず背筋を正した。

 白髪を肩まで伸ばし、鋭い眼光に、顎鬚を蓄え、背筋がしっかりとしたお爺さんが鍵崎の前に座っている。このお爺さんこそ桃里の実のお爺さんで学園長の(すず)()(げん)(いち)である。

「こうやって顔を合わせるのは五年ぶりだな」

「ハイ、お久しぶりです」

 鍵崎は相槌を打つのに精一杯である。

「あまり成長しておらんな」

「そうですか?」

「わしから言わせれば、昔のまま、体だけがでかくなったように見える」

 鍵崎は頭を軽く触り、鈴辺に苦笑いをした。

「ここに来た以上、成長させるからな。そのつもりで腹をくくれ」

 鍵崎は膝に乗せた手を震わせる。


 無事、学園長の挨拶を聞き終えた後、担任の先生と共に教室へ入る。教壇に立つ鍵崎とビーラ。教室の様子はとてもザワザワしている。

 鍵崎は男子がビーラ目的だと認識し、女子は自分目当てだろうと思い込む。先生が黒板に名前を書き終える。

「じゃあ、鍵崎、鍵崎から自己紹介をしてくれ」

 鍵崎はとても元気よく叫ぶ。

「よっしゃあ」

 鍵崎は自身を指し。

「俺の名前は鍵崎智春。よく見ると女子のみんな、けっこう可愛いね。俺、今、フリーだから、お気軽に声をかけてくれると嬉しいな」

 鍵崎はやりきったと感じたが、クラスの空気はドン引きである。先生も引いている。

「次、ビーラさんお願いします」

「よろしくお願いします」

 ビーラは頭を下げる。

「ビーラ・ネルヴァルです」

 頭を上げると満面な笑顔である。さっきの引いていた男子達の表情が一気に和む。

「イギリスから来ました。がっきょ……」

 ビーラは噛んでしまい、無意識だろうか舌を出した。そして、しおらしい声で言う。

「へ、下手な日本語で……。だ、誰か、学校を案内してくれたら嬉しいです」

 クラスの男子達の何かに触れた。

「俺が案内するよ」

「俺だ」

「いや、俺だろ」

「静かに」

 先生が暴走する男子達をなだめる。

 こうして、鍵崎達の自己紹介が終わる。席はなんと席替えで決める事になった。最初は納得いかないクラスだったが、特定の目的により、一部の男子が乗り気である。

 席替えはくじ引きで決まった。鍵崎の席は教室の真ん中である。寝られないと感じていたが、そんなものを吹き飛ばす程の幸運に見舞われた。

「……」

 桃里が嫌そうな表情をする。席に着くのを躊躇っているようだ。

「オイオイ」

 鍵崎は両手を広げ、そのまま少し上に上げる。

「……」

「鈴辺、座りなさい」

「はい」

 桃里は先生に小さな返事をして座った。

 先生の話が終わり、休み時間の鐘がなる。それと同時に鍵崎は勢いよく立ち上がる。

「さぁ、俺への質問ならウェルカムだぜ」

 鍵崎は右手を伸ばし、いつでも来いと言う体勢でいる。

 何も反応がない。鍵崎は一切の事を無かった事にするべくもう一度座る。

「さぁ、俺への質問ならウェルカムだぜ」

「バッカじゃないの」

 一歩引いた言葉が鍵崎に浴びせかけられる。そして、その声の主を見つけた。

「グゲッ」

 鍵崎は嫌そうに琴音を見た。見られた彼女も今にもため息をしそうだ。

「通報していい?」

 琴音は桃里を見ると、彼女は苦笑してしまう。

「ま、まぁ、そこまでしなくてもよろしいのではないでしょうか」

「ダメだよ。こんな歩く猥褻物を放置するなんて」

 琴音は桃里に食ってかかる様に顔を近づける。

「何かあってからじゃ遅いんだよ」

 前科があるとはいえ、鍵崎の扱いがかわいそうに思えた桃里は弁護しようと試みた。

「だ、大丈夫ですよ。彼だって、この学園に通える程の常識はありますから……たぶん」

 琴音は鍵崎を一瞥する。

「まぁいっか、変な事をしたらアタシが動けばいいんだし」

鍵崎は自分の胸に手を当て、ホッとする。

「ところで、琴音ちゃん」

「何?」

 鍵崎は琴音のブレザーの白いリボンを指差す。

「なんで、君だけ白いの?」

 嘆息する琴音。

「アタシ、学校には通っているけど、いつもいる訳じゃないし」

「そうか、思ってたより忙しいんだな。二人に学園を案内してもらおうかと思ったのに」

「私はかまいませんけど」

 鍵崎はその言葉を聞いて興奮した様子で桃里の手を取る。

「ッシャア、って事は二人きりだよな。デートだよな」

 桃里が困惑した表情になる。

「うるさいッ」

 琴音が鍵崎の両腕を叩き折りそうなチョップを繰り出す。

「ッテェ」

 あまりの痛みに鍵崎は飛び上がりそうになる。

「何するんだ」

 鍵崎は涙目で琴音を見る。

「調子に乗り過ぎ」

 琴音が呆れるように鍵崎を見る。

 桃里は鍵崎から目を逸らす。それを見た琴音はビーラとそれを取り囲むクラスメートを指差す。

「大体アンタ。何をすれば、こんな大差がつくの?」

「皆、恥ずかしがり屋なのさ」

 鍵崎は笑った。

「嘘付け。スベったんでしょ」

「あ」

 桃里は何かに気づいたのか鍵崎を見た。彼は社会の窓が開いているのかと思い、確かめた。だが、違う。

「鍵崎くぅぅぅぅぅん」

 ビーラが猛烈な勢いで鍵崎の背後に迫る。本人は気づいていない。

 何かが鍵崎の背中にいるのを感じる。微かだが柔らかい感触、腕は動かない。桃里と琴音は唖然としている。鍵崎は何が起きたか確かめる為、首を右に曲げて後ろを見る。

 ビーラは鍵崎に抱き付いていた。そして、自分の頬を彼の背中に擦りつかせた。

「もしかして、俺の事好き?」

「いいえ」

 ビーラは鍵崎に抱きつくのを止め、何歩か引いた。

「じゃあ、なにゆえに?」

 その疑問に答えないでビーラは鍵崎を指差す。

「この人にナンパされちゃいました」

 クラスの男子が「なにーッ」と驚く。その後、彼らから負のオーラが見えたとか見えなかったとか。

「みんなもこの人の様にしてくれれば、ビーラは覚えちゃいます」

 鍵崎はどうしてこうなったのだろうと思い、口を開くと、ビーラに手で閉ざされる。そして、小声で言う。

「ビーラのタイプはって聞かれたんで、初対面で印象に残った人って答えました。犠牲になってもらいました」

 その後、ビーラは鍵崎に「テヘッ」と笑い、彼の口から手を離す。

鍵崎は嘆息する。

「オーケー、その役目買ったぜ」

 鍵崎はまず桃里達を見る。二人の目が怖い。そこで、笑って見せた。

「モテる男は何時だって大忙しだぜ」

 琴音の何かが切れる音が聞こえた様な気がした。

「この節操無しがーッ」

 琴音の怒声が聞こえた。桃里は完全にそっぽを向いている。

「すいませんでした」

 鍵崎はまず二人に向けて謝り、次にビーラ達の方向を見た。

 男子達の雰囲気が険悪だ。

「いや、ビーラちゃんへのナンパの件はですね……すいません、調子に乗りました」

 残りの休み時間中、鍵崎は謝罪をしたがあまり効果は無く、男子の敵となってしまう。


 箔麗学園は紅臣市の北部にある森の近くに建っている。学園前にはバスも止まるし、道のりも平坦なので近ければ自転車で通うことも容易である。

 正面の門から見て建っているのが教室棟である。西側には鬱葱とした森があるのだが、生徒は気味悪がって近づこうとしない。

「ありがとう」

 鍵崎は廊下で女子に話しかけていた。

 グラウンドは部活動で使用されている。そこを邪魔しないように抜けると東側にある部室棟へ辿り着ける。部室棟は教室二つ分の大きさで二階立てである。主に運動部の部室として使用されている。

「桃里はサッカー部の部室清掃か」

 桃里は学校ではボランティア部に所属しており、主な活動は様々な場所の清掃や先生の雑用である。今日はサッカー部の部室清掃である。

「たまにはボディガードらしくしないとな」

 そう言っていると。

「わたぁ~し~の

せんたぁ~くは

こぉ~れぇがっ

すべ~て」

 調子外れでキーが高い歌が聞こえてくる。

 この歌に鍵崎は聞き覚えがあった。確か、風呂を覗いた時だろうかと推測する。

 段々、歌が聞こえてくる。桃里の声だ。

 あの時は歌より裸が優先だった為に気にしてなかったが、昔からこんな感じなのを思い出した。桃里は一回歌ったきり、もう歌っていない。ただし、それは小学生時代までの話しだが、その後の事を鍵崎は知らない。

 鍵崎はサッカー部部室前で足を止める。このまま歌が終わるまでここで待っているか、それとも本人の名誉の為にもすぐ歌を中断すべきかを考えた。

「へったな歌だな」

「そうだよな」

 遠巻きから桃里の悪口が聞こえてくる。

 今すぐ、そいつを殴ってやりたいが、そんな事をしている場合ではないと自分に言い聞かせた。

 鍵崎は部室の扉を開けた。

「ラ……ァ」

 そして、すぐに彼女と目が合った。鍵崎はバツが悪そうにする。

「よっ、迎えに来たぜ」

 これが精一杯の言葉だった。沈黙が訪れた。彼女の顔は間の長さに比例して赤くなっていく。

「イヤーーーーーーッ」

 桃里は大声で叫びパイプ椅子を持ち上げた。

「チョッ、おま」

 パイプ椅子を紙一重で鍵崎は回避した。そして、桃里に一歩ずつ近づいていく。

「こはれぞにきゆたがろせを」

 桃里は支離滅裂な言葉を羅列させながら、椅子を投げていく。

「落ち着け、桃里」

 周辺に投げる物がなくなったのか、彼女は踵を返して奥へ逃げようとした。だが、余程混乱しているのか自分の足に引っかかり派手にずっこけてしまう。

「大丈夫か?」

 鍵崎が駆け寄ると桃里は自分の体を引きずってまで逃げようとする。

「桃里、落ち着くんだ」

 桃里は鍵崎の方を向いてくれた。その表情は涙目である。

「……えっ」

 鍵崎は桃里に手を差し出す。

「帰ろう」

「……」

 あまりの醜態を見られた桃里は鍵崎から目を背ける。

「あれは聞かなかった事にするから」

 鍵崎は桃里に近づいて、彼女の腕を引っ張ろうとする。

「……」

「誰にだって苦手な事はあるさ」

 桃里は鍵崎の方を向く。

「俺は保健体育の成績以外はオール2だったぜ」

 鍵崎は笑って見せた。桃里は鍵崎の手を取る。

「アーーーーーーーッ」

 不意に男の大声が聞こえた。鍵崎と桃里は声のする方を向く。

 サッカー部が練習を終え、部室に戻っていたのだ。

「お前ら、何してんだよ」

 それを皮切りにサッカー部に怒号が響いた。

 傍目から見ると、鍵崎が桃里を襲おうとしてる様に見える。

「違う。なぁ桃里」

 鍵崎は桃里の手を引っ張りながら立ち上がる。

「違います」

 桃里も体を縮ませる様に言った。

「嘘つけーッ」

「誤解だ」

 二人の弁解は彼らには届かなかった。


 夕日が差す教室。コの字形に組まれたテーブル。そこには多数の生徒が座っている。鍵崎は囲まれたテーブルの真ん中に立っている。今は被告人の立ち居地になっており、鍵崎の正面はさながら裁判長と裁判官であろうか。

「だいたい転校初日から調子にのりすぎだ――」

 立った状態で鍵崎に対して熱弁を奮う男子生徒がいる。

 その隣、裁判長の席には紺色の髪をした少女。橋本が座っていた。

 彼女は頬杖を付きながら、熱弁を奮う男子を一瞥すると、小さくため息をつく。

そして、さり気なくテーブルに触れた。すると、橋本の頭にイメージが流れ込む。


「ごめんなさい。タイプじゃないんです」

 うろたえる男子。

「と、友達からでもお願いします」

 少女が男子を横切る。

「しつこい人は嫌です」 


(副会長、昨日フラれたばかりなのね)

 橋本は軽く笑いそうになったが、それを堪える。代わりに鍵崎を見てみる。鍵崎は神妙な面持ちで聞いている。

(後、十五分経ったら、止めましょう。鍵崎とは、ゆっくりお話したいし)

副会長の話しは留まる事を知らない。

(懐かしい顔ね。まだ、別れてから二年しか経ってないのに)

橋本は鍵崎を眺めた。


 コンピューター内蔵の机が並んでいる教室。

 グレーの布地に金色のボタン、金色の肩章を付けた軍服を意識させる服を着た男子達が左端の机に集まっている。

 橋本は青いブレザー姿をしている。

折りたためるタッチ式の液晶ディスプレイ型パソコンで電子書籍を読書している。

「これを使って遊ぼうぜ」

 彼女は声のする方を読書しながら見てみる。

 赤髪の少年。鍵崎智春が得意げにメダル状の物体を宙に浮かし遊んでいる。

橋本は机に触れる。声が流れ込む。

(マグネットシールを女子に貼り付けて、合法的に触りまくろう)

 橋本はため息を付く。

「どれ、俺に貸してみろ」

 茶髪の長い髪をサイドにまとめた少年が、鍵崎の持っているマグネットシールを空中で奪い取る。

「じゃあ任せたわ。レイル」

 橋本はレイルの手を見る。そこからマグネットシールが一気に消える。

 鍵崎はテンションを上げる。

「んじゃ、誰に触れるかお楽しみ。とりあえず、俺からいくぜ」

 鍵崎は自分の胸にマグネットシールを貼り付ける。

「ウォッ」

 鍵崎が宙に浮く。引っ張られるように出入り口の方に集まっている少女の方に飛んでいく。まるで、大砲の勢いだ。それを見た生徒達は咄嗟に回避する。

 集まっている少女の内の一人が鍵崎の方を見る。

「無能が空を飛んでいる」

「どきなさい」

 ピンク色のツインテールの少女が鍵崎に向けて右手を前に向けて左手を重ねる。

「消し炭よ」

 彼女の手から炎が噴出する。

「マジかよ」

 鍵崎は業火に包まれた。

「グワァァァァァッ」

 鍵崎の断末魔が教室に轟いた。ちなみに鍵崎はすぐに救急カプセルに運ばれて、半日で復活した。

 別の日の出来事だ。

 橋本が電子書籍を読んでいると、複数の視線を感じる。

「なぁ、モゼに頼んでみないか?」

「どうやってだよ」

 鍵崎とレイルが橋本を見る。

 橋本は読書をしながら、机に触れる。鍵崎とレイルの心の声が聞こえた。

(女子更衣室を覗きたい)

 ため息をつく橋本。

 机には小型の双眼鏡が置かれている。

「残念だよな」

 鍵崎が双眼鏡を持ち上げ、ありとあらゆる角度から眺める。

「持ち出したけど、レントゲンと同じだからな」

「精密機器をばらすのには使えるけど、人間は対象外だからな」

 二人は腕を組み、真剣に考える。鍵崎が右手で左掌を叩く。

「これで、女子更衣室のルートを作ろう」

「そうだな」

 二人の話しを聞いて、橋本はため息をつく。

(馬鹿馬鹿しい。超能力をこんな事に使うなんて、たかが裸を見て、何を得るの)

 電子書籍を見る。橋本は表示されている文に指をなぞらせる。そこに線が引かれる。タイトルを見てみる。

「開放されたい者達」

 おかしくなったのか橋本は笑う。すぐに表情を戻し、鍵崎達を見る。


 照明が付いている教室。神妙な顔をした鍵崎が立っている。

(今も今で興味深いわ。これが私の為なら、もっと良かったけど)

「どうしますか? 橋本会長」

 橋本は鍵崎を見て、上の空だった。

「橋本会長」

 副会長が橋本に強く言った。

「ええ、聞いていたわ。不問でいいわ」

「何故ですか?」

「彼は昔の高校と同じ感覚でいるわ。でも、今日でここの感覚を理解したでしょう」

「そんな」

 副会長は舌打ちする。

「喜べ、今日のところは厳重注意だ」

 顔を上げる鍵崎。橋本はすかさずアイコンタクトで『二―Aに来なさい。イグナ』と送ると彼は頷いた。

「すいませんでした」

 鍵崎は頭を下げた。


 暗い教室。窓際の最後尾に鍵崎は座っている。思わず、嘆息してしまう。

「桃里。大丈夫かな」

 震えが鍵崎を襲う。

「何もしていないわ。イグナいえ鍵崎智春」

 橋本がどんどん鍵崎の方に近づく。

「モゼ。どうしてここに?」

 鍵崎は自分の目の前にいる橋本に怯えている。

「今は、橋本(はしもと)()()よ」

 叉霧は鍵崎がいる机に触れようとした時、思わず鍵崎は叉霧の手をはたく。

「ごめん」

「別にいいわよ」

 鍵崎が俯き気味になる。

「どうしてクロフトを裏切ったの?」

「そんなの簡単だ。幼馴染を守る為にだ」

 鍵崎は胸を張って言うと、叉霧は呆れてしまう。

クロフト、人類を滅ぼそうとする超能力者達の組織の名称だ。元々彼らは人類に迫害を受けていた。三十年前、人類は超能力者との永きにわたる戦争に勝利し、この世界から超能力者達は消え去った。

 その三十年後。クロフトは人類に復讐を宣言する為にホテル一棟を爆破した。

「そう、だから試作機を昔のように持ち出したのね」

「俺は超能力者の筈だが、使えないからな」

 鍵崎は叉霧にダイバー・チェンジャーを見せる。

「コイツの実験台として生かされたのさ」

「良い事を教えてあげるわ」

 思わぬ言葉に鍵崎は驚く。

「じゃあ、聞かせてもらおうか?」

「クロフトは、ダイバー・チェンジャー回収よりも『ロゴス』の確保を優先したわ」

『ロゴス』その単語を聞いて、鍵崎は驚いた。そして、立ち上がる。

「だったら、急いで帰らないとな」

 鍵崎は叉霧を通り過ぎようとした時、彼女に腕を捕まれる。

「待ちなさい。鈴辺さんは無事よ」

「どうしてだ?」

「まだ然るべき時じゃないからよ」

 叉霧は鍵崎を諭した。

「然るべき時?」

「今は目を瞑ってあげるわ」

「いいのか? 裏切り者になるぞ」

 訝しげに尋ねた。

「フフ、ゲームだからかしら」

 叉霧は鍵崎の手を離す。

「ずいぶんと余裕だな」

「ここで私を殺すのも一興だけど、その後はどうなるかしら」

 その言葉はどこか楽しんでいる感じがした。 

「悪いが帰らせてもらうぜ」

 付き合いきれないと感じた鍵崎が出口に向かう。

「ねぇ、スクール時代の仲間に会って、そんな素っ気無い態度を取るなんて、案外冷たいのね」

 鍵崎は振り返る。叉霧は不敵に微笑んでいる。

「悪いな。桃里の事が心配なんだ」

 鍵崎は扉の方に振り返る。

「気にならないの? 鈴辺さんが歌っていた理由を」

読心術(サイコメトリー)を使ったのか」

 怯えるように叉霧を見る鍵崎。だが、彼女は首を横に振った。

「貴方が気になっている事を推測したまでよ」

 鍵崎はホッとした。

「彼女、文化祭の学園アイドルコンテストに出るのよ」

「マジか」

 鍵崎の表情が緩む。

「ちなみに、私も出るわ」

「へぇー、意外だな」

 叉霧の口元が震えた。

「私も練習しているから――」

 鍵崎は話を聞かずに扉を開ける。そして、韋駄天の如く走り出す。

 その様子を見た叉霧は立ち尽くし、俯いてしまう。

「どうして、気づかないのかしら」


 桃里は鍵崎より早い時間に起きて、琴音と一緒に登校した。理由は昨日の鍵崎との一件がインターネット上の学園掲示板に書かれているからだ。もちろんデタラメである。

ちなみに学園掲示板は見ないように務めているのだが、何か事件が起きる度に見てしまうのであった。

「桃里、焼きそばパン買ってきたから」

 琴音が焼きそばパンを差し出す。

「ありがとう」

 それを受け取ると、代わりに財布から百二十円を払った。ちなみに琴音と仲が良くて、掲示板には百合疑惑が今も根強く噂になっている。それは非現実的なので受け流せるが、鍵崎が彼氏であるは、色々な観点から見てやめてほしい話題である。

「人の噂も七十五日って言うから気にしないほうがいいって」

 そう言いながら琴音はクリームパンをかじった。クリームが飛び出し、彼女の口の周囲はベトベトである。

「琴音ちゃん」

 桃里はティッシュで琴音の口の周りを拭いた。

「ありがとう」

 しばらくの間は桃里と琴音はおしゃべりをしていた。そこに。

「おはようございまーす」

 ビーラが二人に話しかけた。

 桃里は軽く頭を下げた。

「おはようございます」

「おはよう」

 ビーラは挨拶した後、手近な椅子に座る。

「昨日、掲示板見たんですけどね。ズバリ、鍵崎君とどんな関係なんですか?」

「えっ、えーっと……」

 桃里は答えに悩んだ。

「やっぱり、遠距離のカップル同士」

 そうしていると、ビーラは色めき立ち、勝手に盛り上がる。

「だから、顔見知りだったんだね」

「ち、違います」

 桃里は顔を赤くし、否定する。

「でも、顔赤いですね」

「そ、そんな事は……」

 否定をしたが、かえって火に油を注ぐような結果になる。

「ビーラ、見ていましたから。鍵崎君と桃里ちゃんが一緒に話しているのを」

 桃里はどうすればいいのか分からなかった。

「ウザイ」

 琴音の怒声が教室に響く。

「何で、桃里と無関係なアンタがしゃしゃり出てくる訳?」

 彼女はビーラを思いっきり威圧した。

「ウワァァァァァァン」

 大粒の涙を零しながらビーラは俯く。

「自業自得よ」

 琴音はビーラが泣こうと泣くまいが知った事ではない様子だ。けれど、桃里の心境としては苦しかった。確かに根掘り葉掘り聞くのは人としてどうかと思うが、そういう人がいるのも事実である事を知っている。

「ビーラさん」

「ウッフェェ?」

「昨日の事の顛末を、お話しますから、泣かないでください」

 桃里はビーラに昨日の騒動を誤解が生まれないように丁寧に話した。

「学園アイドルコンテスト……」

「私は最善を尽くそうと思って、練習してたんです」

「決めました。ビーラ。参加します」

 その後、ビーラはホームルームで学園アイドルコンテストに出たいと表明する。先生は戸惑っていたが、一部の男子達と本人の熱意が伝わったのか先生は相談すると言った。

 結果、ビーラは学園アイドルコンテストに参加が決定し、一部の男子達は大喜びした。


 授業もつつがなく終わり、桃里は帰ろうとしていた。

「よし、一緒に帰ろうぜ」

「お断りします。先に帰ってください。琴音ちゃんと帰ります」

「残念。琴音はパトロールって言って、南紅臣に行ったよ」

 桃里は、今二人で帰れば噂に尾ひれが付くと思い、断った。鍵崎自身はその点に関しては豪胆ともいえるし、無神経とも言える。

「それなら、学校から少し離れた場所で合流しましょう」

「しょうがねぇな。最近物騒だって言うのによ」

 鍵崎は渋々承諾した。

 桃里は鍵崎と合流した。二人は歩いたが、その距離は離れている。鍵崎が桃里の少し先を歩き、桃里は絶対に一緒に帰っているように見えないようにわざと鍵崎の後ろを歩くように努めた。

「なぁ」

 鍵崎が振り返った。桃里は少しだけ怯える。

「なんですか?」

「ってか、何で俺と一緒に歩くのを拒むんだよ」

 鍵崎は気だるそうに言う。

「変な噂が立つからです」

「別にいいじゃん。他人の事を気にしてたら、何もできないよ」

 桃里は正論と感じ、俯いてしまう。

「そういや、学園アイドルコンテストによく参加したよな。お前、そんなのに参加するキャラだっけか?」

「……。お爺様によって強制的に参加させられました」

「マジか」

 桃里は頷く。

「お前の爺さんらしいや。確か、「壁を乗り越えるのが人生だ」だっけ?」

「ええ……」

 二人は無言で歩く。その静寂を打ち破るように鍵崎が口を開く。

「当然、やるなら、優勝だよな」

「……当然です」

 桃里は力無く答える。どうしてそんな事を聞くのか疑問だった。

「嘘つくなよ。今の桃里は爺さんに言われるがままのお人形だぜ」

 真剣なトーンで桃里を見る。

「だって……」

 目を逸らしながら、鍵崎はお爺さんの事を知らないから好き勝手に言えると思った。

「お茶を濁す程度なら、俺も手伝うから断った方がいいかもな」

 桃里の内側の何かが壊れた気がした。思わず、癖で下唇を噛む。何も知らないのにずけずけと言うからだ。

「辞退して観客になった方が楽だ」

 気づいたら桃里は鍵崎の許に近づいていた。

「向いてないよ。はっきり言って」

 軽薄に鍵崎は笑っていた。その真意を量る余裕は無い。

 桃里は平手で鍵崎の頬を叩いた。彼女の目は涙で潤んでいた。

「……」

 鍵崎は叩かれた頬を摩る。

「そうだ、それだ」

 叩かれたのに鍵崎は笑っていた。

 桃里は鍵崎が何を考えているのか読めず、お爺様とは別の意味で恐怖した。

「ごめんなさい」

 己の非を認めた桃里は深々と頭を下げる。

「いや、いい」

 鍵崎は笑顔のまま、摩っていた手を桃里に向けて振って見せる。

「桃里は今も昔も桃里なんだな。良かったよ」

「どういう事ですか?」

「俺の知っている桃里なら、この勝負、勝ちにいくぜ」

「どうしてですか?」

 鍵崎は不敵に笑った。

「お前は今も昔も負けず嫌いだって事だよ」

「どうして、私の事を知っているように言えるんですか?」

 桃里は触れたくても触れられなかった鍵崎の謎に近づく機会だと捉えた。

「本当に貴方は何者ですか?」

 そう言うと鍵崎は一指し指を立て、唇に近づけ「シーッ」と言った。

「俺は鍵崎智春。住み込みのボディガードだ」

 桃里は呆れた。

「教えてください」

「ああ、教えるとも」

 鍵崎は歩き出すと、桃里も後を追う。

「小学校六年生の頃だったかな」

 全く思い出せない桃里は困惑するしかなかった。

「あの時の桃里は敵無しだと思われていた。だが、そこにライバルが転校して来た」

 自分の事が話題に上っている筈なのに、桃里は他人事のように話しを聞いていた。

「組み手も互角だった。桃里はライバルに勝つ為に、練習量を増やしていった」

「それで、私はどうなったんですか?」

 鍵崎は答えるのに渋った。

「負けた。俺とその頃のダチは桃里を慰めた。でも、平気だと笑っていた」

「私には分かりません」

「強い娘を演じようとしてたんじゃないかな。たぶん」

 推測と感じる言葉に桃里は首を傾げた。それを見た鍵崎は重い口を開く。

「……泣いていた。俺達に見つからないような場所で」

 桃里は俯く。

「全く覚えていません……」

「ああ、覚えていたら俺に抱きついていたぜ」

「……それは無いと思います」

 鍵崎は少し駆け出し、桃里の方へと振り返る。

「どうする? 学園アイドルコンテストで優勝を目指すか?」

 桃里は答えるのに躊躇した。ふと、やめようかと思った。やめてしまえば、あらゆる苦痛から逃れられる。元々強制されたものだし、未練は無いと言えば無い。

 だけど、それは桃里にとって嫌な選択だった。逃げたと言う事実が一番の苦痛になりかねないからだ。

「優勝なんてとんでもないです。自分を変える為に参加するんです」

 鍵崎は「へぇ」と言った後、驚愕した。

「はっちゃけたいのか?」

 桃里は顔を赤らめた。

「違います」

「どんな自分だよ。あっ、清純派アイドルか」

「……違います」

 小声になる。本当の事を言わないと鍵崎にある事無い事を言われてしまう。それはそれで嫌だった。だから、上ずった声で。

「言いたい事を言えない自分から、言える自分に」

 桃里は時間が止まった様に感じた。言わなければ良かったと後悔の念が頭の中をグルグルと巡る。

「すげぇじゃん」

 鍵崎は目を輝かせて言った。

 全てが救われた様な気がする。思わず、泣きそうになったので俯く。

「どうして俯くんだよ? 今、言えただろ。その時点ですごいんだよ」

「そうでしょうか?」

 顔を上げた。もしかしたら泣いているかもしれないが、気にせず堂々とした。

「ああ、自信を持て」

 突然、桃里の手に温かい感触がする。

「な、なんです?」

「練習だ」

 桃里は鍵崎に手を勢いよく引っ張られる。抵抗する余地は無かった。

「エッ? エーッ」


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