第40話 『開花と共に』
自分たちの持っていたバッグにそれぞれぬいぐるみを入れ、また屋台を巡りだした。夏なのでまだまだ陽が落ちるのが遅い。SCウォッチを確認すると6時を超えた辺りを指していた。
「みんな、次どこの屋台にいく?」
姉が訊いてきた。屋台について山崎はある事を思い出した。
「そういえば松川、お兄さんの屋台ってどこにあるんだ? 詳しい場所とか聴いてる?」
「えーっと、神社のある通りを真っ直ぐ行ったところにあるって言ってたけど」
「じゃあ行ってみるか。まだチョコバナナしか食べてないし」
「そうだね」
山崎と松川が並んで歩く。その後ろについてきている姉が、渡辺にずっと話しかけている様子が分かった。ここで山崎は松川の浴衣姿を拝んでおこうとした。が、松川は何かを考えていたのか分からないがぼーっとしていた。
「松川? 体調でも悪いのか?」
山崎が心配をした。しかし松川はいつもの表情に戻り、こう言った。
「ううん、別になんともないよ。お兄ちゃんの作る焼きそばってどんな味なのかなってちょっと考えてただけ」
「お兄さんは普段、料理とかしないのか?」
「うん。基本的に料理は私がするからね」
意外な事を耳にした。いや、それは山崎だけの驚きだったのかもしれない。高校生が家庭で料理をするというのは珍しい事なのだろうか。きっとそれは、山崎の家では料理は母親か姉がするので、自分は全く料理をしないことが原因なのかもしれない。もしかしたら普通の高校生は料理をするのかもしれない。しかし、山崎は素直に自分が思った事を口にしてしまう。
「料理してるんだ、すごいな」
「別に大したことじゃないよ! うちの家族はみんな忙しいから、それを手伝ってるだけだよ」
「俺なんて、家で包丁持ったことすらほとんどないのに。偉いな」
山崎はただ松川に感心しただけだった。しかしそれは松川にとっては当り前のこと。やはり偉いという言葉に抵抗を覚えたのだろう。
「偉くなんてないよ。本当に偉いのはお母さんとお兄ちゃんだよ」
「そっか……」
山崎は一瞬だけ松川の言葉に違和感を覚えたが、その違和感はすぐに忘れてしまった。そんな会話をしていると、大きく焼きそばと書かれた文字が目に入った。中を覗くと、昼に会った松川の兄が中でシャツ一枚に鉢巻きを巻いて、いかにもな格好をして鉄板に油をひいていた。
「お兄ちゃん、きたよ」
松川が一番に声を掛ける。やはりこの兄弟は仲が良いのだろう、兄も妹の姿を見ると暑い中鉄板の前にいた辛い表情がすぐに和らいだ。
「おう、いらっしゃい」
松川がお兄さんと話をしている時、渡辺が珍しく俺に話かけてきた。
「この人が松川のお兄さん?」
「そうだよ。駅で集合する前に少しだけ話たんだけど、ここの焼きそばを少しまけてくれるらしい」
「そう」
まけてくれると聴いた瞬間、渡辺の目は屋台に向いていた。メニューは肉焼きそば、イカ焼きそば、スペシャル焼きそばの3種類がある。スペシャル焼きそばは肉とイカが両方入っているらしい。スペシャル焼きそばだけは他の物より50円高く、全部300円となんとも安い値段で売られていた。他の屋台を比べても、ここだけ安い気がした。
「お兄ちゃんが、4人ともどれ選んでも200円でいいってさ」
「マジで!? ありがとうございます!」
松川の兄に頭を下げた。兄は笑顔で対応してくれて、とても良い兄を持っている松川をすこし羨ましがった。それに比べるとうちの姉は、自慢できる所はあまり無いような気がした。姉は調子に乗っていたのか、
「じゃあ、スペシャル焼きそば2つ!」
現金な人だ。一番高い商品を狙いその上で2つも注文するとは、弟として少し恥ずかしいと山崎は頭の中で呟いた。
「山崎君と……そっちの子も何か頼んで」
松川の兄は山崎と渡辺に注文を促した。山崎は肉焼きそば、渡辺はイカ焼きそばを頼んだ。松川は肉焼きそばを頼んでおり、それぞれ好きな物を選んだ。屋台の前で、松川の兄と少し話をしながら焼きそばを食べた。屋台で食べるものにしては味がしっかりとしており、丁度いいソースの掛かり具合だった。きっと普通の店で食べても同じくらい、いやそれ以上の味を出しているだろう。そう感じながら山崎は食べた。
「お兄ちゃん、屋台はいつまでやるの?」
「この夏祭りは0時を回ってもまだ人が集まってるからな……今夜のうちに帰れるなら頑張って帰るよ」
「そっか……」
松川が少し寂しそうな顔を浮かべていた。しかしすぐに笑顔に戻り、また話し始める。
「じゃあ山崎君達と祭り、楽しんでくるね!」
「行ってらっしゃい。あんまり遅くまでいるんじゃないぞ?」
「わかってるよ。ごちそうさま、思ってたよりおいしかったよ」
「なんだよ、それ」
容器と割り箸を返し、松川は皆を引っ張って場所を移動した。松川のお兄さんの屋台はすぐに行列を作りだしていた。きっと周りで見ていた人が、おいしそうに焼きそばを食べている山崎達に目を向けてしまったのだろう。しかし山崎には自信があった。300円払って食べる価値は十分にある。きっと松川の兄は忙しい思いをし続けなければならいないだろう。
その後は輪投げや金魚すくいなど、食べ物以外の屋台を行きつくし時間を潰した。そして時間はあっという間に過ぎ、7時30分を指していた。SCウォッチで確認した後、山崎は3人の女子に声を掛ける。
「もうそろそろ神社行こうか。見やすい所の場所取っておいて、みんなで花火を楽しまないとな」
「神社の階段を上っていくと結構高いところに出るから、そこで場所取ってみよっか」
松川が提案してくれた。松川は夏祭りに慣れているのだろうか。
4人が神社に向かって歩いていると、見慣れた顔のメンツを見かけた。山崎はそいつらに声を掛けた。
「姫路、お前たちも神社向かってるのか?」
「おー山崎、合流できたか。先に神社に行って場所取っておこうかなって思ってさ」
姫路たちも同じ考えだったらしい。やはり皆考える事は同じなのだろうか。神社について階段を上ると、そこにはやはり見慣れた顔の人達が既にいた。これで全員揃った。やはり皆考える事は同じだったらしく、西宮達は既に花火の見易い場所を見つけており、夜空が見渡せる位置に案内してくれた。
高い所から見る景色は絶景だった。町の光がキラキラと輝き、まるで何か宝石のような物を見ているかのような感覚に陥った。花火が上がるまであと10分。この夜景を見ながら時間を潰すことにした。
「もうすぐ花火が打ち上がり始める頃ですね。楽しみです!」
西宮が興奮していた。夏休みの初め頃は西宮の家で時間を一緒にしていたのだが、ロシアへ旅行して以来、一度も顔を合わせていなかった。こうして皆で集まるのも、夏休みのうちではもう無いだろう。最高の思い出にしよう、そう思っていたのは山崎だけではないはずだ。
すると小島がSCウォッチを見ながらこう言った。
「あと30秒で8時になるぞ」
山崎以外の人も一斉にSCウォッチを覗いた。姉と渡辺ともみじは持っていなかったが、それぞれ夜空を眺めていた。
「10ー!」
松川が声を上げた。残り10秒のカウントダウンなのだろうか、松川は笑顔で口を開いていた。するとその10という数字を聴いて、姫路も声を上げた。
「9!」
姫路だけではなかった。躑躅森も9を口にしており、そのあとは皆でカウントダウンを始めた。
「「8! 7! 6! 5!」」
皆で8時丁度に打ち上げられる花火を楽しみにした。カウントダウンの数字が小さくなるたびに、心なしか声も大きくなっていった。心が躍っているのがわかった。山崎はドキドキとワクワクでいっぱいに包まれた。
「「4! 3! 2!!」」
山崎達は自分たちだけで言っているつもりだったが、周りの人もカウントしていた。
「「1!!!」」
1という数字を言い終わった後、ひゅるりと音が聞こえ始めた。花火の打ち上がる音。音以外は何もなく、ただ1の後の言葉を遮るように大きな音が空に響き渡った。
「「ゼロー!!」」
ゼロを言っている途中で、花火が大きく開いた。目に映るのは鮮やかな色、赤黄青緑、それぞれの色が混じって拡散する炎の花弁。鮮明に写るのはこの綺麗な夜空に咲いているからなのだろう。光に遅れて轟音が鳴り響く。花火の音は直接心臓に届くような大きさの音だ。これだけ近くで見られる花火は初めてだった。
花火に感動して皆空を眺めていたが、山崎の目にはとある人の顔が目に入った。松川の頬には花火が映っていた。
松川は泣いていた。




