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第31話 『燃えるアスリート魂』

 次の日の朝。山崎は朝食を取り、学校へ行く準備をする。しかしこれは登校するための準備ではない。西宮の家に出かけるための準備だ。夏休みだと言うのに、まだ登校してきているような感覚に陥る。若干の違和感を覚えながら、山崎は学校へ向かった。


 学校の前に着くと少し遅かったのか、山崎以外は皆集合していた。SCウォッチを確認したが、まだ10時よりも5分以上早かったのだった。集まっている集団の中に、山崎も加わった。


「おはよー!」


 松川は相変わらずテンションが高かった。他の連中も、今日に限ってはテンションが高かったようだ。


「山崎、いつもより遅かったな」


 姫路が声を掛けてくる。しかし、これは山崎が遅かったわけではない。山崎は早速反論した。


「お前ら、今日早くないか?」


 全員が山崎の方を見た。一番初めに、山崎の言葉に反応したのは円町だった。


「だって、プールですよ! プール! うちの学校はプールが無いから、みんな久しぶりのプールに興奮してるんじゃないでしょうか?」


 確かにみんなの眼は輝いていた。みんなプールが好きだったらしい。しかしこの輪の中に一人だけ、いつもとテンションが変わらない人物がいた。


「小島。お前はプール好きじゃないのか?」


 小島だけがプールに関して、あまり興味を示していなかったのだ。それについての返答が飛んでくる。


「昔、プールサイドでパソコンを開いていたら水が掛かってしまった。データはバックアップしてたものの、そのパソコンは使えなくなってしまったんだ……」


 それは自分が悪いだろと言いそうになったが、俯いていた小島を見たらそんな言葉を言う必要はないと察した。そんな会話をしていると、見慣れたリムジンが学校の前に止まる。リムジンから降りてきた人はやはり、いつも通りのお嬢様だった。


「みんな揃ってますね。では行きましょうか」


 昨日と同じように、リムジンにまた乗り込む。夏休みが始まってから2日経つのだが、まだ西宮の家にしか行っていない。このまま毎日西宮の家に来ることになってしまうのでは、という訳のわからない妄想を山崎は頭の中で考えていた。 


「着きましたよ」


 リムジンを降りると、また昨日も見た風景が広がっている。玄関の扉を開け、中に入る一行。昨日食堂を利用したのは階段の左側。今回西宮が向かっていたのは階段の右側だった。上り階段の右側には、ボタンが付いた両開きの扉があった。


「これって……」


 松川がその扉を見て言葉にする。西宮は迷いなくその扉に付いている下矢印のボタンを押した。すると扉は開かれ、10人くらいが入れる個室が目の前に現れる。


「やっぱりエレベーターだったの!」


 松川が驚きを言葉にした。西宮の家にはエレベーターもあったのだ。しかしこういう光景に慣れてきたのか、驚きと言うよりも関心がこみ上げてくる。一行はエレベーターに乗り込んだ。

 

「エレベーターが地下に繋がってたのか」


 山崎が声を漏らすと、にっこりと微笑み返され『プール』と書かれたボタンを西宮が押した。間もなくエレベーターの扉が開き『プール』に到着する。すると、右側に赤色の扉、左側には青色の扉の存在が目に映る。すぐに男子更衣室と女子更衣室だと言う事が理解できたため、男女すぐに別れた。すると西宮が男子に声を掛ける。


「更衣室の先がプールになってますので、後ほど」


 そう言うと、女子は赤い扉の方へ入っていった。男子も青い扉の方へ入っていく。


 更衣室は学校の下駄箱くらいの広さがあり、大きいロッカーが20個ほどあった。西宮家の男は一人、執事も合わせて3人程度だと思っていたが、どうしてこれほどのロッカーの数を揃えているのか。山崎は疑問を抱いた。


 着替え終わり、プールへと向かう。律儀にもプールサイドへ向かう前にシャワーがあり、体を濡らした。男子は至って普通の水着ではあったが、躑躅森だけ競泳用っぽい水着だった。プールサイドに着くと、50メートルはあるプールが目の前に見えた。競泳用のプールのようになっており、三列ほど泳ぐためのスペースが用意されていた。三列の隣は同じ分だけ自由遊泳スペースになっており、とても広々としていた。それを見た躑躅森が声を上げた。


「うおー! 後で円町と競争しようかな!」


 躑躅森の競泳の相手は円町だったらしい。体育祭以来、男子よりも円町に対抗心を燃やしていたようだ。そんな風に盛り上がっていると、女子が着替え終わったようだ。水着姿の女子が男子一行の前に立つ。しかし、期待していた水着姿とは少し違ったようだ。女子はみんなスクール水着で、体育の授業を彷彿とさせるような格好だった。それに神宮は泳ぐ気が無いのか、パーカーまで羽織っていた。しかし、期待通りだったのは円町だった。一人だけ胸の辺りに『円町』と名札を貼っていた。きっと中学の水泳以来、そのままにしてあったのだろう。


 山崎はスクール水着と言う事に関して内心少しがっかりだと思ったが、女子の水着姿に代わりはないと自分に言い聞かせた。皆が集まった事を確認し、西宮が全員に諸注意を伝えた。


「準備運動してからプールに入るようにしてくださいね」


 そう言うと、真っ先に躑躅森が屈伸をし始める。それを見た皆が続いて準備運動を開始する。全員の準備運動が終わったところで、躑躅森が円町に話しかけた。


「円町! 後で勝負しようじゃないか!」


 円町は躑躅森の熱意に対して溜息をついたが、すぐに了承した。


「わかりました。ウォーミングアップのために、少し泳いでからにしましょう」


 そう言うと、二人は競泳スペースに入っていきウォーミングアップを始めた。ゆっくりと泳ぎ、二人はウォーミングアップをしている。しかしこの二人がゆっくり泳いでいると、それはまさに嵐の前の静けさのようだった。二人がウォーミングアップを始めた時に、山崎と姫路も自由遊泳スペースで少し泳いだ。久しぶりに入るプールの感覚に、山崎は気持ちが高まった。姫路も同様に、水泳を楽しんでいたようだ。小島と神宮はプールサイドで座っており、西宮と松川は髪留めを結び直していた。


 躑躅森と円町のウォーミングアップが終わったのか、二人がプールサイドに上がりこう言った。


「じゃあ100メートル、自由形で勝負するか」


 いよいよ躑躅森と円町の勝負が始まろうとしていた。二人の勝負が気になったため、山崎と姫路もプールサイドに上がって、観戦することにした。


「わかりました。負けませんからね!」


 円町はその言葉を聴いて、躑躅森にこう答えた。躑躅森は第一レーンの前に立ち、肩を回すように気合を入れていた。円町も躑躅森の隣の第二レーンに立つ。すると、円町が姫路に手招きをした。姫路は自分を指さして確認する。そして円町が姫路に向かって言い放った。


「姫路君も泳いでください! 平均が知りたいので」


 姫路は完全に“平均”として見られていた。しかしそれは事実だとわかっているので、姫路も渋々第三レーン前に移動した。円町は集中しているのか、深呼吸をしてレーン前で待機していた。全員が位置に付いているのを見た松川が、三人の近くへ移動し手を上げた。


「位置に着いてー!」


 そう言うと、三人は一斉に手を下ろし腰を曲げた。泳がない他のメンツも、アスリート対決を目の前に緊張した面持ちで三人を見つめる。


「よーい……ドンッ!」


 松川が勢いよく手を下ろした。この光景は前にも見た事がある気がした。


 手が振り下ろされると同時に、アスリート二人と平均男子一人が一斉に飛び込んだ。第一レーンの躑躅森は、勢いよく水を掻き分けながらクロールで泳いでいく。代わって第二レーンの円町もクロールで泳いでいた。しかし躑躅森とは対照的に、とても静かに泳いでいるように見える。しかしスピード自体は躑躅森とほぼ同速だった。そして、普通に泳いでいる姫路はどんどんと差を開いていった。しかしこれは相手が悪い。運動は何でも得意な躑躅森と、女子とは思えないほどの身体能力を兼ね備えた円町が相手だと、どうしても遅く見えてしまう。


 第一レーンと第二レーンの二人は、綺麗なターンをし折り返した。姫路とは10メートル近く差を付けていたが、折り返した後は更に差が開いていった。ゴールを目前にすると、躑躅森が急にスピードを上げた。なんと、まだ本気を出していなかったようだった。一瞬大人げないと思ったが、円町よりも早くにゴールした躑躅森は一流のスポーツマンの顔をしていた。続いて円町もゴールし、すぐに躑躅森に文句を言う。


「つつじくん、途中まで本気じゃなかったでしょ!」


「悪いな円町、どうしても勝ちたくて少し油断させてたんだよ」


「ずっるーい!」


 そう言って笑い話をしていると、姫路が返ってきた。泳ぎ切った姫路は息を切らしながらこう言った。


「お、お前ら……速すぎ……なんだよ」


 泳いだ三人を比べてみると、円町と躑躅森はあまり息を切らしていなかった。驚異的な体力に山崎は感心していた。良い物が見れたと、ここにいる全員は思っただろう。それに感化されたのか、松川が姫路に向かって声を掛けた。


「私も泳ぎたくなったから、交代してくれるかな」


「ああ、いいよ」


 姫路は第三レーンから自由遊泳スペースへと移動した。松川は飛び込んで一人で泳いで行った。それを見た躑躅森が円町にこう言った。


「じゃあ次は平泳ぎで勝負だ!」


 円町は嫌そうな顔を一瞬浮かべたが「次は負けませんよ!」と言い、また二人は泳いで行った。その光景を横目に、山崎と西宮は自由遊泳スペースへ入っていった。しかし、小島と神宮はプールに入ろうとしなかった。二人の様子を見て、山崎は質問した。


「小島と神宮はプール入らないのか?」


 小島はこう答える。


「このスマホ防水用だったからポッケに入れてたけど、流石に怖いから戻してくるわ」


 そう言い、ポケットからスマホを取りだして見せてきた。そして小島は男子更衣室の方へ戻っていった。


「神宮はどうして入らないんだ?」


 山崎は神宮の気持ちを察する事も無く、質問をした。神宮が口を籠らせ、やっと口が開いたかと思ったら予想していなかった言葉を聴いた。


「私、金づちなんだ」


 神宮は何処か遠くを見て、そう言った。

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