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第20話 『疾風の如く』

 山崎が落ち込んでいる間に、躑躅森がスタートラインに立った。気合十分、と言った感じで準備体操を済ませた躑躅森は、クラウチングスタートの構えをとり、スタートラインに待機していた。これまでに走った3人とはわけが違う。とても速そうなオーラが出ていたように見えた気がした。そして、それを見た松川が、スタートラインの前で手を振り下ろす。


「位置に着いて、よーい……」


 躑躅森が全神経を集中して、腰を浮かせた。


「ドンッ!!」


 勢いよく飛び出した躑躅森の体は、物凄く速かった。言葉で表わしづらいほどの凄まじさ、砂煙が辺りを舞った。山崎が見てきた中で、ダントツの速さを見せつけた躑躅森は、小島からタイムを聴いて、戻ってきた。


「6秒07だ」


 驚きのあまり、みんなが口を開けていた。タイムを報告した小島でさえ、遠くで口を開けていたのがわかる程だ。しかし、このタイムに対して文句を言いだした人物がいた。


「いやあ、調子が良ければ6秒切れたのになー」


 走った本人、躑躅森だった。それは自分に対してのアスリート魂がそう言わせたのか、周りの人間には理解できない世界だった。しかしこんな中でも動じずに準備運動をしている人が一名。円町だった。山崎が円町に尋ねてみる。


「つつじのタイムについて、驚かないのか?」


「驚いてますけど、今は走ることに集中させてください」


「円町、俺の記録より遅かったら今回の出場は無しだからな」


「わかってますよ。“7秒台”でしたっけ?」


 円町は、山崎に対して不可解な訊き方をした。山崎は、ああそうだよ、としか答えることが出来なかったが、少々疑問を持っていた。円町がスタートラインに立つと、構え方がクラウチングスタートではなかった。まるで、小学生のかけっこのようなポーズを取っていた。円町の身長の低さからみても、ポーズがとてもよく似合う。山崎は心の中で、これは当日は俺が走ることになるな、と思っていた。


 そして、松川が声を掛ける。


「その構え方で大丈夫?」


「この方が走りやすいんで、大丈夫」


 円町は冷静だった。集中の度合いが、教室にいる時や部活の時とは違うように見えた。そして、松川が声を張る。


「位置に着いて、よーい……ドンッ!」


 瞬間、円町の体が目の前を消えた。勢いが違った。人の考えている女子の走るスピードを軽く超えていた。走っている姿はまるで忍者のようだったが、投げられた手裏剣のように鋭く、まっすぐと、風を斬るように走っていった。


 走り終わった後、土煙がスタート地点に舞っていた。走り始めの蹴り出しに、余程の力が入っていたのだろう。この事実に、躑躅森を含め計6人全員が驚いていた。帰ってきた円町が笑顔でタイムを報告してきた。


「6秒01だったよ!」


 円町の本気は、恐ろしいタイムを記録していた。山崎の脳内には一瞬だけ、小島がストップウォッチを押し間違えたのだという邪念が浮かんだが、よくよく考えてみると、あの速さだったら申し分ないタイムだろう。


 一番圧倒されていたのは躑躅森だった。


「俺のタイムより早い人、初めて見たかもしれない……! しかも、それが俺とこんなにも身長差のある女子だということ……! それが一番の驚き!!」


 変な言い回しをしていたのは確かだったが、躑躅森にとっては物凄いショックだったのだろう。しかし、躑躅森の目は輝いていた。これもまた、アスリート魂の一つなのかもしれない。そして、小島が戻ってきて、一番初めに言った言葉は、


「山崎、お前が一番遅かったぞ」


「気づいてたから言わなくてもいいんじゃないかな!!」


 周りが笑いに包まれたところで、部活対抗リレーの選手が決まった。姫路、松川、円町、躑躅森。学園カメレオンの中では、この4人が最速のチームとなる。メンバーが決まったところで、躑躅森がメンバーを仕切った。


「体育祭は今週の土曜日に行われる。それまでにバトンの受け渡しの練習とか、各自の調整とかしておかないといけないな」


 これに対して、姫路が意見を述べる。


「じゃあ、明日からの4日間、放課後にここで練習しよう!」


「さんせーい!」


 松川が同意し、躑躅森と円町も同意した。そして、今日の部活動は終わりを迎えた。


 帰り道、姫路と電車の中で話をしていた。


「躑躅森もそうだけど、円町さん、あの子は一体何者なんだ?」


 と、姫路が山崎に話題を振った。少し考えた後、山崎は答えを出した。


「あれは本物の忍者だな」


 その答えを聴いた姫路は、少し笑った。


「何だよその答え! そりゃ忍者志望らしいからな」


「あの子なら忍者になれる。多分だけど」


「見た目はあんなに小さくて可愛らしいのに、どこにあんな才能持ってるんだろうな?」


「忍者になるための修行を重ねてたんだろうよ、きっと」


「その才能を、もっと他の所に伸ばせるんだったら、超人だったんだけどな。忍者志望というだけで、残念度が一気に増える気がするよ」


「確かにその通りだな!」


 という、くだらない話だったが、山崎は心の中で円町にすごく興味を持っていた。あれだけの完璧超人でも、『忍者になりたい』という設定が、物凄く厚いフィルターを意味している。人間というのは、益々興味深い存在だと悟った。


 その後は順調に競技の練習を重ねていった。バトンを渡す時の手の確認や、走る順番まで、様々なことを決めていった。しかし、円町がタイムを計る時のスピードを出すことは無かった。一度集中すると、3日は集中力が切れるらしい。本番の時に本気を出すと本人は言っていた。


 そして、時は流れて体育祭当日。躑躅森や姫路は、やはり部活対抗リレーに対して燃えていた。

 朝から教室で、二人で熱い握手を交わしていた。そして、気合も十分入れたところで、校庭に全生徒が集まる。基本的には、クラス対抗での競技がほとんどだが、学年対抗の競技も多々ある。綱引きや玉入れ、障害物競争に男子リレー、女子リレー。色々な競技がある中、プログラムの一番最後、大幅に時間がとられているのは、部活対抗リレー。


 午後の最後の競技でありながら、たくさんの部活が参加するため、時間がかなり長い。400メートル走るのに、トラックを2周。それを、4チームが一斉に走る。全16チームがこのリレーに参加しており、全部のチームが走り終えたところで、タイムを発表。一番早かったタイムのチームに賞金が“少々”贈られることになっている。


 そして、学園カメレオンが走るのは、最後の4チームとなっている。一緒に走るのは、鉄道研究部チームとバレーボール部チームと、陸上部チームだった。噂によると、陸上部チームが学園カメレオンチームと勝負をしたいと、一番最後にわざと二つ並ばせるようにしたらしい。しかも、他のチームは走ることに慣れていないような部活を仕組ませている。これは、完全に挑戦状だった。


 体育祭は着々と進んでいき、とうとう部活対抗リレーの時間になった。リレーも色々な部活がそれぞれ本気で走っていき、次々と終わっていく。そして、3回目のピストル音が鳴り響いたところで、山崎が走るメンバーを招集した。


「頑張って勝ってみせろ。俺は残念ながら走れなかったが、お前らなら優勝できるはずだ!」


 と姫路、躑躅森、松川、円町に話した。すると、全員がガッツポーズをした後、躑躅森が声を出した。


「今までの練習の成果を、今から見せてやるぜ!!」


 張りきった調子で答えた。続いて松川も声を上げる。


「私も、全力で走るから、応援しててね!」


 姫路も、山崎に対して伝えた。


「山崎、お前の分、しっかり走らせてもらうぜ!」


 そして、最後に円町が答える。


「あの時の集中をもう一回、今度はあの時以上の集中っぷりを発揮してみせます!」


「頑張ってこい!!」


 山崎が、全員に対して応援の言葉を投げかけた。初めて、部活のメンバーで協力して学校行事を盛り上げることに対して、山崎は感動を覚えていた。土曜日の部活動だけでも十分楽しかったのだが、この部活を全校生徒の前で初めて目立つことをするんだ、という自覚に対しての興奮だったのかもしれない。今後、学校行事があったら、何かの機会でまた参加したいな、とリレーが始まる前に少し考えた。


 そして、校庭にマイクで通った声が響き渡る。


『えー、第4レースの部活対抗リレーに参加する選手は、招集場まで集まってください』


 部活の面々の表情が引き締まり、招集場へ向かっていった。陸上部の、鍛え上げられた姿の人間達も招集場にいたのが確認できた。


 そして、トラックの中へ入っていき、トラックの半周の所で4つのチームが2つに別れて、集合が終わる。殺伐とした雰囲気の中、リレー実況の声が響く。


『それでは、各チームの第1走者と第2走者は、トラックに入ってください』


 部活対抗リレーが、今始まろうとしていた。

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