第1話 特別なオファー
はじめまして。
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
「もし、スキマバイトの経験が、異世界でスキルになったら?」
そんな発想から始めた物語です。
よろしければ、主人公・不破和彦の異世界での仕事ぶりを楽しんでいってください。
『パチッ……パチパチ……』
寄せ集めた木の枝が、赤い炎を上げて燃えている。
日が落ちかけた森は、昼間の暑さを少しずつ奪い始めていた。
血抜きを済ませた小鳥の羽をむしる。
カッターで腹を裂き、内臓を取り出す。
そして木の枝に刺し、火の近くへ持っていった。
頬が少し痛む。
血は固まって止まっている。
だが、あのときの恐怖は、いまだに消えていなかった。
焼いている鳥を裏返す。
肉の焼ける香ばしい匂いが、薄い煙とともに立ち上った。
私は、その煙を追うように空を見上げる。
「ハーッ……」
ため息が漏れた。
月が二つ浮かんでいる。
もう、驚きはしない。
朝から日没まで……半日くらいだろうか。
私が、この訳の分からない場所へ放り込まれてから。
私は、朝から始まった出来事を思い返した。
◇
「お疲れ様でした!」
そう言って、デイバッグを担ぐ。
建物の裏手にあるドアから外へ出た。
身長は高くない。
百六十七センチ。
髪は短めで、軽く分けている。
もみあげには、少し白髪が混じり始めていた。
黒縁のウェリントン型の眼鏡。
青いポロシャツに、サンド色のカーゴパンツ。
体型は普通。
ただし、年相応に少し腹が出ている。
私の名前は、不破和彦。
四十八歳。
今日は十七時きっかりに仕事を上がった。
とあるディスカウントストアへの什器の搬入。
それが今日の仕事だった。
今日の仕事――というのは、単発ワーク。
いわゆる日雇いのバイトだ。
その日、その日で仕事が変わる。
単発の仕事には、いろいろな種類がある。
だが、接客のような仕事は苦手だ。
そのため、自然と肉体労働が多くなっている。
今日も、それなりに重量のある物を運んだ。
おかげで、足腰にきている。
「ふぅ……疲れた……」
駐車場に停めていた車へ乗り込み、思わず独り言が漏れた。
作業着のポケットからスマホを取り出す。
画面をタップした。
表示されたのは、今の私の命綱。
単発ワーク求人アプリ――『スキトル』。
ちなみに『スキトル』という名前は、
『空いたスキマをスキルをいかして――』
みたいな意味らしい。
まあ、どうでもいい。
私はマイページを開いた。
┌─────────────────┐
│ 【スキトル】マイページ
│
│ 名前:不破 和彦(48)
│ 評価スコア:100/100(☆)
├─────────────────┤
│ ■ 経験技能・熟練度
│
│ [搬入] Lv.26
│ [検品] Lv.19
│ [配達] Lv.28
│ [農作業] Lv.21
│ [調理] Lv. 2
│ [レジ] Lv. 1
│
│ ■ 獲得バッジ
│
│ [無遅刻無欠勤]
│ [多才な人材]
│
└─────────────────┘
「仕事の終了報告……っと」
アプリからバイト完了の報告をする。
そのまま、次の仕事を探した。
条件の良いバイトは、すぐに募集が埋まってしまう。
だが、『スキトル』には、良い条件の仕事を公開前に通知してくれる『先行募集』という機能がある。
経験技能・熟練度。
これは、担当した業務内容が、一回につき一レベル加算される仕組みだ。
今日は搬入の仕事だったので、『搬入』のレベルが一つ上がった。
そして、このレベルが高いほど、応募者が殺到したときに選ばれる確率が上がる。
獲得バッジ。
これは……正直、よく分からない。
バッジを集めれば、仕事へのやる気が出るだろう――という運営の考えらしい。
たぶん。
そして、一番重要なのがこれ。
評価スコア。
雇用側からの評価を数値化したものだ。
この数字が高いほど、条件の良い仕事を優先して紹介してもらえる。
私は自分で言うのも何だが、仕事はそつなくこなす。
人付き合いは苦手だが、協調性はある。
そのおかげか、評価スコアはいつも高めだった。
そして今日。
とうとう初めて、カンストの100になった。
評価スコアの横にある『☆』が、ピコピコと点滅している。
いつも先行募集があるときは、『○』が点滅している。
それが今日は『☆』になっていた。
「おや?」
期待してクリックする。
『あなたへ優先された、公開前の募集があります』
評価が高いと表示される、いつもの先行募集の画面だった。
……普通の先行募集と変わらんな。
期待外れに少しがっかりしたが、どうせ働くなら割の良い仕事がいい。
私は、表示された数件の募集に目を通していく。
『○ 玄米の受け入れ』
『農家さんが持ってきたお米の受け入れ作業です』
『――明日の8時までの先行公開』
など。
田舎のこの辺りでは、なかなか良い時給の仕事が並んでいる。
数件を見終えた。
そして、最後の募集。
そこに、それはあった。
『☆ 不破和彦さんへの特別なオファー』
『――募集期限が終了間近です!』
「……なにこれ?」
怪しさ満点の内容だった。
なにかの変な広告でも表示されているのか?
だが、表示されているのは確かに『スキトル』の画面だ。
「……まあ、内容だけでも見てみますか」
クリックする。
『ご応募ありがとうございます』
『明日8時よりの開始となります』
「……」
えっ、ちょっと待って。
「まだ応募してないんですけど?」
取り消しのボタンを探す。
……ない。
「なんで、なんで……」
嫌な予感がする。
とりあえず、アプリのカスタマーサポートへ連絡する。
説明を聞けば、何かのエラーだと分かるかもしれない。
チャット。
反応なし。
電話。
繋がらない。
「……マジで?」
ドタキャンなんてしたら、評価スコアがどえらいことになる。
でも、そもそもだ。
どんな仕事なのか。
どこで働くのか。
何時からなのか。
そんな情報すらない。
これじゃ、どうしようもないだろ。
やっと仕事が終わったというのに、面倒なことになってしまった。
どっと疲れが押し寄せてくる。
「……もう、何もしたくない」
私はハンドルに頭を乗せた。
「はーっ……」
ドリンクホルダーを見る。
朝、仕事前に買った缶コーヒーが、半分ほど残っていた。
それを一気に飲む。
「……よし、っと」
気を取り直して、車のエンジンをかけた。
◇
なかなか眠れないまま、朝を迎えた。
五時。
布団から出る。
顔を洗う。
朝食を作る。
これが毎朝の決まった日課。
そして、この歳でバイトで食っている私は、もちろん独身だ。
味噌汁。
卵焼き。
漬物。
そして、ご飯を茶碗一杯。
これが、いつもの朝食。
同じことの繰り返しが楽なのだ。
ワンパターンな日常が、不安や悩みを遠ざけてくれる。
……少しだけ。
食べ終わったら、皿と鍋を洗う。
余った味噌汁は、夕食の一品になる。
そのため、いつも少し多めに作っている。
昼はカップラーメン。
夕方になったら近所のスーパーへ寄って、惣菜を買って帰る。
そういえば、今日は六本入りのビールを買う日だった。
いつも通りに。
身支度を済ませる。
青いポロシャツ。
サンド色のカーゴパンツ。
デイバッグには、昼食用のおにぎりを一個。
水筒。
ちょっとした筆記用具。
カッターと作業手袋。
準備はいつもと変わらない。
ただ、一つだけ違う。
昨日から『スキトル』に連絡を取ろうとしているが、いまだに繋がらない。
なんらかのエラーだとは思う。
一応、九時くらいまでは待機して、それでも駄目なら午前中に『スキトル』の管轄支部まで行こう。
今回の件もそうだが、仕事が取れないのはまずい。
他にも単発ワークの紹介アプリはある。
だが、できれば慣れた『スキトル』を使いたい。
――そう思っていた。
このときの私は、まだ知らなかった。
昨日の『特別なオファー』が、
私の人生を根底から変えることになるなんて。
◇
『ジリリリリーン、ジリリリリーン』
スマホの着信音が鳴った。
時計を見る。
八時きっかり。
画面には――
『リュネア』
そう表示されている。
これは、会社名か?
何にせよ、『スキトル』からのものである可能性が高い。
とりあえず、電話に出てみる。
「はい、不破です」
『エルディアを……救ってください』
女性の声が、スマートフォン越しに響いた。
『創世神アルセイア様が、この世界からお姿を消されました』
『そして今、残された私たち神々も……少しずつ、その力を失いつつあります』
『このままでは、いずれ神々の力が尽きるでしょう』
『そうなれば――エルディアそのものが、滅びへと向かいます』
声には、隠しきれない悲しみが滲んでいた。
『だから私たちは、異なる世界から「希望の種」を呼び寄せました』
『剣となる者。知恵となる者。人々を導く者……』
『あなたも、その一人です』
『あなたは――希望の歯車』
『この世界を救うために動く、ひとつの歯車です』
『あなたが、どこへ行き、何を成すのか……それは、私にも分かりません』
『ですが――』
声の主は、静かに言葉を続ける。
『あなたの働きに、私たちは希望を託します』
『どうか……この世界を救ってください』
私はなんの言葉も発せられず、聴き入っていた。
呆然と。
通話が切れた。
……その瞬間。
まるで立ち眩みを起こしたように、視界が暗転する。
落ちていくような浮遊感。
「うっ……」
たまらずしゃがみ込み、両手を床についた。
「もさっ!」
「え?」
床とは違う、予想外の感触。
思わず後ろへとのけぞった。
やがて、見えなかった目が視力を取り戻す。
そこは、部屋ではなかった。
地面は、一面草に覆われている。
青臭い匂いが鼻孔を満たしはじめる。
見渡すと、今いる草地を囲むように木々が茂っていた。
近くには、デイバッグとシューズが転がっている。
「……これ、夢ですか?」
よくいう『明晰夢』というやつなのか?
朝二度寝をすると見やすいとか。
ストレスが溜まっていると、見やすいとか……。
うん。
条件は当てはまっている。
「うーん……」
考えてみると、かかってきた電話も意味不明のものだった。
世界を救ってとか、歯車とか……。
たぶん、朝飯を食べたあとに寝てしまったんだろうな。
昨日、あまり眠れなくて寝不足気味だったし。
十二日連続で単発ワークのバイトをしていたから、疲れも溜まりまくっていた。
……まあ、夢なら寝てるってことだ。
今日は仕事を入れていない。
このまま明晰夢ってやつを楽しんでみるのも悪くないな。
放り出されているシューズを履いて、あたりをもう一度見渡した。
何もない。
たぶん、森の中にある、ちょっと開けた場所……みたいな感じだろう。
「何しましょう?」
これといって、することはない。
そうだ。
空を飛んでみよう!
ヒーローみたいに。
子供の頃に見ていた特撮ヒーローみたいに、飛んでみる。
「とうっ!」
ストンッ。
……年相応のジャンプをしただけだった。
夢でさえ、夢のようなことはできないらしい。
「はーっ……」
ため息をつきながら、腰を下ろす。
そのまま、ごろんと寝転がった。
こんなふうに地面へ寝転がったのって……いつぶりかな。
空は青く、近い。
なにか、無性に叫びたくなった。
「こほんっ……」
ちょっと首を上げて、あたりを見回す。
夢だとしても、この歳になると大きな声を出すのは恥ずかしい。
うん。
私一人だ。
「……」
「……」
「ス、スキトルのバカヤロー!」
『ブォン』
「うおっ!」
なんという夢だ……
目の前に、単発ワークアプリ『スキトル』のマイページ画面が現れた。
【スキトル】マイページ
名前:不破 和彦(48)
評価スコア:100/100(☆)
――――――――――
■ 経験技能・熟練度
【搬入】Lv.26(☆)
【検品】Lv.19(☆)
【配達】Lv.28(☆)
【農作業】Lv.21(☆)
【調理】Lv.2(☆)
【レジ】Lv.1(☆)
――――――――――
■ 獲得バッジ(☆)
【無遅刻無欠勤】
【多才な人材】
――――――――――
夢の中まで『スキトル』って……。
よく見ると、(☆)が各所で点滅している。
どんだけ引きずってんだよ……私。
そして「押してくれ」とアピールしているような(☆)マーク。
とりあえず、一番上の(☆)をタップしてみる。
『ピコン!』
ふっと、画面が切り替わった。
上に表示されていた『評価スキル』が『レベル』という表示に変わり、その横に『1』という数字が表示される。
そして、その下には体力や魔力。
さらに、いくつもの数字が並んでいた。
【ステータス】
レベル:1
体力:15/15
魔力:10/10
力:5
耐久:6
敏捷:3
知力:3
子供の頃、パァミコンで『ドラゴンファンタジックス』ってゲームをやった記憶が蘇る。
それの主人公の強さがわかるやつみたいだ。
ステータスだったっけ?
今思うと、何が面白かったのか分からなくなってしまったが……。
とにかく、ハマって遊んでいたよな。
しかし――。
「……知力、低すぎない?」
軒並み低い数値だけど、知力が特に低い。
……スライムだったっけ?
あの一番弱いモンスターにも勝てないだろ。
「王様、こんなんじゃ、旅立てませんよ……」
ぼやきながら、次に経験技能・熟練度の欄を見る。
■ スキル
【搬入】Lv.26(☆)
【検品】Lv.19(☆)
【配達】Lv.28(☆)
【農作業】Lv.21(☆)
【調理】Lv.2(☆)
【レジ】Lv.1(☆)
いつの間にか『スキル』という表示に変わっている。
そこに並んでいるのは、いつもの『スキトル』の技能。
私は【搬入】の横にある(☆)をタップした。
『ピコン!』
【搬入】が消えて、【亜空間倉庫】という表示に変わった。
「あくうかん……そうこ?」
とりあえず、【亜空間倉庫】をタップしてみる。
すると、説明が表示された。
【亜空間倉庫】
異空間へ収納できる。収納量はレベルで増える。
あまりに突拍子もない内容と、子供の頃に遊んだゲームを思い出し、ちょっと夢中になっていた。
……夢だけに。
「次はなにかな?」
少し見づらくなってきたので、スマホのように画面を指でスクロールしてみる。
すると――。
画面の下から、赤色でなにか緊急性を出している表示が現れた。
『お仕事の時間がせまっています。チェックインをお願いします』
その下に【チェックイン】が点滅している。
これは、スマホのスキマバイトアプリ『スキトル』での仕様の一つだ。
仕事の開始前に、【チェックイン】をタップして、就業開始の報告をしなければならない。
でも、夢でまでバイトって……。
ほんと、疲れがたまってたんだなぁ。
だが――。
【チェックイン】
ポチッ。
【チェックイン完了】
……どうしても無視できない。
すると、画面が切り替わった。
『ゴブリンを倒せ!』
仕事内容:ゴブリンの討伐 1匹
推奨レベル:チュートリアル
時間制限:無し
報酬:生存本能
「……」
ゲームで、なんかいたよな。
ゴブリンってのが。
スライムの次くらいに弱いやつ。
昔遊んでいたゲームの思い出と仕事がミックスされて夢に出てきたのって、どんな意味があるんだろう。
夢占いってので、ちょっとあとで検索してみようか。
……とりあえず、仕事の詳細をタップして見てみる。
ほんと、ワーカホリックすぎる。
夢でも、仕事は無視できない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本日、第2話も投稿しています。
よろしければ、続けてお楽しみください。




