ラズヴェルト様と私の辺境までの道のり その6
運転はソルフェールリットさんだし、荷台にはクッションなどを追加したので大きな揺れもなく、子ども達も特に怯えた様子はなかった。どうにか子ども達には快適に過ごしてもらおうと、大人達は皆荷台の端の方に目一杯寄り幌に背を預けている。うっかり幌が外れたら、あー……! といきそうで怖い。
トラックが動き出して少ししてから、お互いに自己紹介をした。
まず一番年長の男の子がアカルくん13歳。次に年長の女の子がマリーちゃんで11歳。次の男の子が9歳のシルくん。そしてテルルちゃんとマルクルくんがそろって8歳。マリーちゃんとマルクルくんは姉弟なのだそうだ。
「……お兄ちゃんたちは誰なの?」
疲れたのだろうクッションに横になって寝だした下の子達に毛布をかけてから、村のことを聞いたりしているとマリーちゃんが首を傾げながら問いかけてきた。
「僕はラズヴェルト・ハイゼブランス。この地を治めることになった領主だよ」
「……りょうしゅ?」
さらに首を傾げるマリーちゃんに何と説明したものかラズヴェルト様も首を傾げている。二人そろってふわふわしていて可愛い。領民をまとめるとか領地の防衛とか課税とか、領主の仕事を分かり易く一言で言うならなんだろう。
「村に大きくて立派な建物が無いかな? これからそこに住まれるんだよ」
にこにこ穏やかな雰囲気で、別角度からモットが説明をする。
「大きな建物?」
「あ、あれじゃないか? ゆうれい屋敷!」
「ゆうれい屋敷!!」
アカル君の閃きにマリーちゃんはポンと胸の前で手を打った後、はしゃぐような声を上げた。ゆ……幽霊屋敷!!? ご近所でも評判のホラースポットなんです!?
「幽霊屋敷?」
ラズヴェルト様が問い返すと、アカルくんとマリーちゃんはそろってこくりと頷いた。
「もうずっと誰も住んでなくて」
「すっごいボロボロなんだよ!」
「窓からのぞいても真っ暗で」
「でもとなりのおばさんが白いひとかげを見たって言ってたよ!」
「俺は夜になると誰かの泣き声が聞こえるって聞いたよ」
二人が交互に説明してくれる定番の怪談話を聞きながら、これからそこに住む予定の身としては不安が募る。
本当に幽霊が出た場合『ホームセンター』では対処のしようが無いんですけど。屋敷中で線香たいたらいいんですか? お経を流しまくればいいんですか??
村の中心から僅かに離れた位置にある領主館に寄る前に、子ども達を降ろすために村へと向かう。と、村の入り口に当たる辺りで数人の男女が集まっていた。
この先も移動で使うだろうし隠しておく必要もないだろうと、トラックに乗ったままそちらに近づく。
「な……何だこれは!!?」
太い木の枝のような杖をついた大柄な男の人が皆を背に、トラックに対峙する。警戒し木の枝でいつでも攻撃できるよう身構えているのが分かるが、止めてくださいお願いします。
彼らから少し離れた位置でトラックは停まり、荷台からひらりと飛び降りたカイルークさんが一人で彼らの方へと歩いて行った。
「こんにちは。私達はこの度この地に着任することになりました、ラズヴェルト・ハイゼブランス第二王子殿下とその護衛です」
柔らかな物腰で、懐から出した王印の押された任命書を村の人達の前に広げて見せる。
「ところでこちらに来る途中で子ども達に出会ったのですが」
任命書を見ながら困惑している村の人達に、にっこりと笑って怪しいものではないですよアピールをしてから、話を切り出す。
カイルークさんが村の人達と話をしている間に荷台から子ども達を降ろしたけど、彼らは荷台の後ろからそっと大人達を窺っていてなかなか出て行かない。勝手に出てきたので怒られると思っているのかもしれない。
「子ども達はどこに!?」
杖をついた男の人が声を上げるのに、子ども達の背をぽんと叩いて促す。
狩った鳥の入った袋をぎゅっと抱き締めたアカル君がおずおずと足を踏み出し、他の子達もそれに続いた。
「マリー! マルクル!!」
「シル! どこに行ってたの!?」
「テルル! 心配したんだぞ!」
大人の姿を見た途端わっと駆け寄った子ども達を、それぞれの親らしい人がぎゅっと抱きしめている。
そんななか立ち尽くしていたアカルくんに、神父のような長衣を着たおじいさんが近づいて行く。
「アカル、何があったのです?」
緩やかな口調だけどどこか硬さを含んだ問いに、アカルくんがますます顔を俯ける。
「アカルくんを怒らないで! 神父様! マリーがお願いしたの!!」
そんな緊張した空気の中で、事情を知っている身としては取り成しをすべきかと悩んでいると、マリーちゃんがアカルくんを庇うように前に出た。
「お父さんたちにお肉を食べさせてあげたいって! それでみんなで捕まえに行こうって言ったの! アカルくんはダメだって言ったのに……!!」
言い終わる前に目に涙を浮かべぽろぽろと泣き出してしまう。他の子ども達もアカルくんとマリーちゃんのもとへ寄ってきて、「ごめんなさい~~!!」と声をそろえて泣き出した。それに困った顔をしたのは大人達である。
「神父様ごめんなさい。俺がみんなを止めないといけなかったのに……」
俯いたままのアカルくんの頭に、ぽんと皺の刻まれた大きな掌が載せられる。そろそろと顔を上げたアカルくんに、神父さんが仕方がないなという風に苦笑いをしながらその頭を撫でた。
「すまんな、アカル。お前達もありがとな」
そう言ってマリーちゃんのお父さんらしき人が子ども達みんなを抱き締める。その場が安堵に満ちたほんわかとした空気に包まれ、見ていることしかできなかった私達もほっと肩の力が抜ける。
「謝罪するのは僕の方です」
そこへ一歩踏み出したラズヴェルト様が真剣な顔で彼らを見回す。
「あなた方も大切な王国の民でありながら、何の支援も行ってこなかったことを、王族として深くお詫びいたします」
そう言って頭を下げたラズヴェルト様に、私達もそろって倣うように頭を下げた。
「経験も乏しく王子という地位以外何も持たぬ身ですが、皆が寒さに震えることも食べ物に飢えることもないよう力を尽くしていきたいと思います。どうかお力をお貸しいただきたい」
力強く凛とした言葉がその場に響く。私の位置からはラズヴェルト様のまだまだ小さな背中しか見えないけれど、ラズヴェルト様の精いっぱいの決意に胸が痛い。
周囲は疎らにしか草の生えていない荒れた地で、ここから見える村の様子はぽつぽつと数件しかない石と草木で作られたボロボロの民家。細く萎びた作物が気持ち程度に植わった畑に痩せた家畜。さらに頻繁に魔物も出るという。
季節はこれから秋も深まり冬へと向かう中で、何から手をつけたらいいのか途方に暮れそうな状況だ。
村の人達もラズヴェルト様の態度と言葉に皆困惑し必死に言葉を探しているようだった。確かに、いきなり王子だと名乗る人物が現れて、どのように対応したらいいか分からないのだろう。こんな子どもと少人数の部下達で何ができるのかと思っているのかもしれない。
けれどラズヴェルト様ならばきっとやり遂げるのだろうと思う。その為に私達がいるのだ。
私は聖女ではなかったけれど、大天使ラズヴェルト様の使徒として、この地に幸福と安寧をもたらしてやろうじゃないか!
私達の領地運営はこれからだ!!