第四話
子どもと大人の境目は一体どこにあるのでしょう。
はっきりとした基準はないと私は思います。働いているかいないか、成人とされる十五才を迎えたかどうか。子どもが作れるようになったかどうか。親が生きているかどうか。他にもいろいろ。
十人に聞けば十通りの答えが返ってくるなんて言いませんが、三通りくらいの答えは返ってくるのではないでしょうか。
ですが、私がいつ子どもから大人になったかは答えられます。私が誘拐されて“才能”を開花させた時。“光の才能”を覚醒させた時、私は子どもから大人になったのです。もう守ってもらうだけのか弱い子どもではない。守られる側から守る側に。
さらに言えば襲われる側から襲う側に。殺される側から殺す側に。ちっぽけな一人の人生を、無比の“才能”はたやすく押し流してしまう。過ぎた力を持たされても、後に待つのは破滅だけです。
孤児院では色々なことを教えてくれました。聖句。ブローチの編み方。友達の作り方。親友の温もり。でも力を人の身に余る力をもった時、どうすればいいかなんて、誰も教えてくれなかった。
私の子ども時代は温もりに溢れていました。大人になった時の冷たさがあればなおのこと、その温もりのすばらしさが分かるのです。
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*** ***
「う……」
「目は覚めた?」
朝日と共に目覚めると、私は孤児院にある自分の部屋で眠っていました。マキュリと私の二人部屋なのですが、私に声をかけてきたのはマキュリではありませんでした。
「あなたは……誰ですか?」
貴族風の服に身を包んだ同い年くらいの男の子。彼は私の眠っていたベッドの近くの椅子に腰かけていました。マキュリは近くにいません。その事実が私を不安にさせます。
「僕? 僕はシャンダム・ラットーナサト。君と同じ“才能”を持つ者だよ」
シャンダムは不安そうな顔をする私に微笑みかけると、自己紹介をしました。ですがその中で気になる言葉が一つ。
「同じ?」
「ほら」
それを証明するかのように、シャンダムは手からキラキラとした光の粒子を出してみせました。その光の粒子は、私が戦いで生み出した弓の光とよく似ていました。
*
驚くべきことですが、私がさらわれたのは一昨日の夜なのだそうです。そして私があの廃墟で目覚めたのが昨日の夜。どうやら私は丸一日眠っていたそうです。
私が誘拐されたと最初に気づいたのはマキュリ。朝起きたら私がいないから気づいたのだそうです。そして犯人があの商人だと勘付いたのは養母さん。こちらは完璧に勘だったようですが、女の勘は当たるものです。
それから養母さんは神父様にお願いをして町中を捜索してもらい、マキュリは一人スラムで私を探していたそうです。どうやらマキュリは誘拐の手口の荒さから誘拐犯がプロではなく、素人だと判断して、スラムで犯人を捜していたそうなのですが、その途中で出会ったのがシャンダム。
シャンダムは北国の軍人学校の生徒で、聖句を習いに神殿にいたそうです。そこでたまたま養母さんと神父様が話しているのを聞き、正義感にかられて一人調査を始めたのだとか。
私がただの孤児のままなら神殿も本腰を入れて調査してくれなかったことでしょう。しかし私は丁度巫女見習いになることが決まったばかりでした。神殿にも面子がある。だからこそ、私の捜索には多くの人が出て行ったそうです。
それで神父様経由でスラムが怪しいとにらんだシャンダムはマキュリとばったり出会って、行動を共にしたそうです。
私を誘拐した商人は夕方ごろに捕まりました。私を非合法の奴隷として売り飛ばす準備をしていたそうです。そして私の居所を吐いたのが夜になってから。それでマキュリとシャンダムは急いでその場に行き、途中で強い光を見つけて行ったということのようです。
その話を私は他人事のように聞いていました。私の話だと言うのにおかしなもので、どうにもよくできた作り話を聞いている気分になります。私自身が無事だったからでしょうか。
「それで……同じ“才能”というのは一体」
「あぁ、マキュリから聞いている。君は今まで“才能”を覚醒していなかったんだよね」
シャンダムは苦笑いを浮かべていました。私の困惑が伝わったのでしょう。“才能”を覚醒するのは三才ごろ。それ以上に覚醒した人間はほとんどが“才能”を暴走させて死に至る。
「私は……死んでしまうのでしょうか」
私の中に根付いて、形を持った“才能”は落ち着いているように感じます。ですが、再び使えば止まらなくなって、いえ、使わなくても暴走して私自身を殺してしまうのかも。
「いいや。それはないだろうね」
その不安を、シャンダムは否定してくれました。
「“才能”の暴走は覚醒した時だけだよ。君は一度“才能”を使って、しかも武器の形成までしている。そこまで制御できているなら暴走する危険性がない。君ほどの力を持っていて、だよ」
シャンダムの口ぶりはまるで私がとんでもない“才能”を持っているかのような言いぶりでした。シャンダムは何を思ってか、私の手の平の上に自分の手の平を乗せました。その手は温かで、嫌な気持ちはしません。
殴られた時とは全く違う頬の熱さを感じました。
「僕らの持つ“光の才能”は文字通り光を操る才能だよ。それだけなら大したことなさそうだけど、この“才能”は数ある才能の中でも特に強い」
シャンダムの言葉には強い力がこもっていました。
「光を収束させて放つ。光はどんな小さな隙間だって見逃さない。狙った獲物は逃がさないんだ。防御も回避もままならない。それが“光の才能”」
シャンダムの言う“光の才能”。私はそこに小さな違和感を覚えました。齟齬、とでも言うべきでしょうか。
光を収束させて放つことは同じ。ですがそこに俯瞰視や恐怖を薄れさせる効果はない。あったら言うべき力でしょう。
私の持つ“光の才能”とシャンダムの持つ“光の才能”は、本当に同じものなのでしょうか。
「そして僕は君に言わないといけない。君が信心深く祈りを捧げていることも聞いた。巫女見習いになることも聞いた。でも」
シャンダムは重ねた手をきゅっと握りしめました。シャンダムがこの後何を言うか分かって、私はそっと目を伏せました。
「“光の才能”をもつ子を放っておくわけにはいかない。軍人学校に入って、騎士になってくれな……」
「レスト! 目が覚めたの!?」
シャンダムの言葉に重ねるように、マキュリが部屋に入ってきました。そしてシャンダムが私と手を重ねているのを見て、ほんの少しだけ動揺を表に出しました。
そのことを、私は見逃していました。
*
「レストが無事で本当に良かった」
「痛いですよマキュリ」
マキュリは私にしがみついたまま、ポロポロと涙をこぼしていました。ちなみにこの部屋には私たち二人だけです。シャンダムはマキュリと入れ替わるように部屋を出て行きました。
マキュリの温もりと匂いに包まれていると気持ちが落ち着きます。マキュリはやっぱり甘酸っぱい女の子の臭いがして、あのドブのような臭いはしません。
「心配したんだから。もしレストがいなくなっちゃったらどうしようって」
あぁ、なんて今のマキュリは弱々しいのでしょう。マキュリは強く見えてもやっぱりまだ幼い子どもなのです。
『あいつがどんなキタネェことして生き延びてきたか教えてやろうか?』
不意に蘇ってきたオットーさんの言葉を、頭を振って振り払います。例えオットーさんやラミーさんとマキュリが昔仲間だったとしても、私には関係のないことです。マキュリは私の親友。それでいいじゃないですか。
「ありがとうございます。私を探してくれて」
「当たり前じゃない! レストはあたしの親友なんだから」
お礼を言うと、マキュリはむっとした顔で答えました。真剣な様子のマキュリに、私はつい笑ってしまう。
「何よ」
「いえ、そんなに真剣なマキュリは初めて見たので。どうしてかな、と」
その言葉に、マキュリはなぜか肩をこわばらせました。そして私の顔をまじまじと見て、頬をつねりました。
「変なことを言うのはこの口かぁ!」
「い、いらい! いらいでふマヒュリ」
やめてと抵抗してもマキュリは止めてくれませんでした。ひとしきり私の頬をつねってようやく、マキュリは手を離してくれました。
「全く。真剣になるのも当然じゃない……それで、さ。レスト」
「何ですか?」
マキュリは私から一歩分距離を取ると、さっきまでシャンダムが座っていた椅子に腰掛けました。彼女はまっすぐに私のことを見つめています。
「その、レストはあいつらから何か……いやいいや。何でもない」
何か言いたそうで、でも言えなさそうで。マキュリはゆっくりと首を振ると、小さくため息をつきました。
「シャンダムからなんか言われた?」
出てきた問いはきっと最初のものとは違うもの。嘘をつく必要はありません。
「巫女ではなく、騎士になれと言われました。騎士になるために、軍人学校に入れと」
「そ……っか。やっぱりな。なぁ、レスト頼みがあるんだ――」
*
「軍人学校には入ります。その代わりに私と一緒にマキュリも学校に入れてください」
「それは……」
翌日、神殿にいたシャンダムを捕まえて、私は切り出しました。
「それが条件です。飲んでくれなければ私は軍人学校には入りません」
強い口調で言い出した私に、シャンダムは困惑しているようでした。でしょうね。強気で相手に何かをお願いするなんて、私らしくない。
「そうか、マキュリと何か話をしたね」
だからシャンダムはすぐに気づきました。
「はい。私とマキュリは親友です。離れたくない。それにマキュリにも“才能”はあります」
「“水銀の才能”だね。知ってる」
マキュリはシャンダムに忌み嫌われる自分の“才能”を話していました。二人が私を探すために行動を共にしたのはたった一日。マキュリは自分の“才能”をぺらぺらとしゃべる子ではありません。一日の間に何があったのでしょう。
「なら話は速いです。駄目、でしょうか」
シャンダムは考えこんで顎に手を当てました。時々私を、そして様子を見に来た神父様に目線を向けていました。
「分かった。そういうことなら仕方がないな。僕も学校と交渉してみるよ。でも」
例え同じ学校に入っても、マキュリにとっては辛い日々かもしれないよ。続けて言われたシャンダムの言葉が、小さな棘になって私に刺さりました。
*
それからはあっという間でした。来月から巫女見習いになる話と兵士になる話は取りやめ、町から七日ほどかかる北国の都市に向かうための準備が目まぐるしく行われました。必要な費用は神殿が出し、後で国が返してくれるようです。
準備は数日で終わり、養母さんや孤児院の子どもたちに別れを告げて旅立つことになりました。
今生の別れではない。会いに行こうと思えばいつでも会いにいけるのに、私もマキュリも、大泣きしてしまいました。あの気丈なマキュリも、です。
「二人とも、とにかく目立っていたからね。寂しくなるよ」
これまで何度も子どもたちを見送っている養母さんです。泣きはしませんでしたが、笑みを浮かべた顔はどこか寂しそうでした。養母さんは私とマキュリを一緒に抱きしめました。
「これからあんたたちは辛いこと、大変なことに会うと思う。今この国は南国と戦争中だ。騎士になるってことは戦争に行くってことだからね。でも一つだけ約束してくれ」
「はい」
「なんだよ」
「死ぬなよ」
真剣な養母さんの言葉で、私たちはまた大泣きしてしまいました。
*
「レスト。君にこれを」
神殿にいる神父様に別れを告げに行った時のことです。神父様は私に一通の手紙をくれました。
「これは?」
「私の師匠へあてた手紙だ。実は君がシャンダム殿と話しているのを聞いていてな。あの方は何と言うか……変わったお方だが、人を正しく導く術を身につけておられる」
「ありがとう……ございます」
『それともう一つお願いがあるんです』
シャンダムにマキュリも軍人学校に入れるように頼んだ時、私はもう一つシャンダムに我儘を言っていました。
『なんだろう』
『私は軍人学校に入って騎士になります。でも巫女にもやっぱりなりたいんです』
騎士になれと言われて、私は神に祈りを捧げる日々を思いました。静謐の中で神に祈りを捧げる時間は好きでしたし、聖句は常に私の隣にある。神に祈りを捧げる巫女は、私の願う未来の一つでした。
『それは構わないと思う。騎士として戦いながら貴族の職務を果たしている者もたくさんいる。だがそれは騎士としての職務を果たした上でだ。巫女になることに専念して騎士が疎かになるのはよくない』
『わかりました』
「中央神殿のそばにある庵を訪ねるといい。私がいた時と変わっていなければあの方はそこにおられるはずだ」
「神父様にはずっとお世話になりました」
「あぁ。……レスト」
もう一度神父様に頭を下げると、神父様はポンと私の肩に手を乗せました。一歩踏み出し、私と体を密着させて顔が見えないようにすると言ったのです。
「困ったことがあったら、師に相談してほしい。今のレストからは師と同じ雰囲気がする」
「それはどういう……」
「私にも分からない。言えるのはこれだけだ。ではなレスト。君と巫女になって再会できる日を楽しみにしている」
そう言うと神父様は私の顔を見ることなく、去っていったのでした。
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マキュリや神父様は私の小さな変化に気づいていました。小さな言動の違いや雰囲気、態度。でも私はマキュリの変化に気づくことができませんでした。
もし私に“光の才能”なんてものが目覚めていなかったなら、私は気づくことができたのでしょうか。正直、自信はないです。
どうしてマキュリが軍人学校に行きたいと言ったのか。私と離れたくない気持ちもあったのでしょう。でもそれだけではありません。
どうしてマキュリはシャンダムに“水銀の才能”のことを話したのでしょう。スラム育ちで人に壁を作っていたマキュリが。
どうしてマキュリは私とシャンダムが手を重ねているのを見て、動揺していたでしょう。私との友情を疑っていなかったあの子が。
一つ一つを上げていけば誰にでも分かろうものなのに、私は気づきませんでした。軍人学校に入って、マキュリの他にシャンダムとも一緒に行動するようになってもなお、
私は気づくことができなかった。
こうして私の幸せだった子ども時代は終わりを告げたのです。
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子どもの頃の独白を終える頃には、空はすっかり沈みかけていました。
黄昏というには赤い空です。まるで太陽が血の涙をこぼしているかのよう。振り返れば藍色の空が赤を追い出そうとしています。赤と藍の相中は混ざり合って紫色の、胸をかきむしりたくなるような色を見せていました。
不意に空がにじみます。私の目からこぼれた涙は、夕日を受けて血のように赤くなりました。
ぬぐえども、ぬぐえども涙は止まらない。私は両手で涙をぬぐいながら立ち上がりました。
足元にあるのは息絶えた生命たちの残骸です。男。女。赤ん坊。子ども。若者。中年。壮年。老人。平民。貴族。兵士。商人。騎士。北国の人。南国の人。優しい人。厳しい人。意地悪な人。悪い人。いい人。彼らは心臓を貫かれ、腕を斬られ、首を無くし、縦に裂かれて押し潰されて。
同じなのは皆、骸であること。それをやったのが私であること。しばらく涙をぬぐっていると、ようやく涙は止まってくれました。震える息を吐いて、私は再び座り込みます。
安っぽい、鎧のこすれる音が聞こえました。
腰を下ろしたところから、骸たちの冷えた温もりが伝わってきました。
「遠い国から私は発った
幾多の国をこの目に収め
数多の悲劇を本に綴った
綴りし本は身の丈より厚く
刻まれし言の葉の全てを私は識る
悲劇を私は見たくない
旅に疲れた私は願う
一時の寄る辺がほしいと――」
血のように赤い黄昏と迫り来る夜空の下。骸たちでできた丘の上で、私は「謳い」ます。これは神様の、私を救ってはくれなかった神様の「謳い」。そして、
「かつての誓いは虚無へと消えた
振るう剣に意味はなく
放つ矢には誰も触れえぬ
私は孤独な丘に立ち
丘を作るは亡骸のみ
神すら私を見捨ててしまった
断ち切り願うは平和なれど
その平和すら私は穿つ
いずれは亡骸すらをも穿ち
断ち切る私は空虚な騎士」
私自身の生を謳うのでした。
第四話 子ども時代は終わりを告げて
申し訳ありません。この物語はここで終わりとさせていただきます。どうしてかはエッセイを書いているので、よろしければそちらをご覧ください。




