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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第3章 不可能の証明
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不可能の証明 第13話

 

 ルドルフはタリアを背負い、走る。

 追ってくる人型魔獣を時々罠にかけて撃退しつつ、ギルバートのいる北側に到着。


「ったく、何してんだよタリア」

「ごめんなさい……」


 オリヴァーから伝令を受けた兵士が先に罠の準備の仕方を教えて周っている。ギルバートはタリアが近づいてきているのも感知していたため、罠を仕掛けた場所で待っていた。


 ルドルフからこれからの流れを聞いたギルバートはタリアを背負う。


「囮作戦すげーな。集めた人型魔獣を一網打尽だ」

「すげーのはお前だろ。タリアの魔力感知できるんだって?」

「あと、人型魔獣もですよ」

「こんだけウジャウジャいると意味ないけど、だいぶ減ってきたのはわかる」

「へー、便利なもんだ。んじゃ、オレはオリヴァーさんのところに戻りつつ、久々に玄武の切れ味確認してくる! タリア、また大階段前でな!」


 タリアに集まってくる人型魔獣は、まだ大幅に魔力が失われていないものに限る。

 魔力が減少した人型魔獣は手当たり次第に人間を襲って魔力を得ようとするので、タリアだけに固執してくれない人型魔獣とは戦わなければならない。


 ルドルフは苦戦している兵士達の中に飛び込んでいって人型魔獣の足元を斬りつけ、玄武の魔法性能を活かし斬った箇所を凍らせて足止め。その隙に対人型魔獣の道具で拘束するよう指示を出し、拘束できたところでまた次の苦戦している場所へと向かっていった。


「いい感じで集まってきたし、オレらも行くか」

「うん。あんまり速く動きすぎると魔獣が置いてきぼりになっちゃうから、速度は適度にね?」

「ん。適度に集めながら行きゃいいんだろ?」

「なんか不安なんだけ、どーーっ!」


 ギルバートが自分のタイミングで動き出したのだが、まだ軽く背負われていただけのタリアは後方に仰け反り、慌ててギルバートの肩を掴んだ。


「お、おち、落ちるっ! 落ちるっ!」

「しっかり掴まってろよ」

「ちょ、止まって! ふぎゃっ!」


 今度は急停止したギルバートに、タリアは反動で前方に押し出される。ギルバートの背中に強く胸を打ち付け、数秒間息が止まった。


「もういいか?」


 良くない! そう言う前にまたギルバートが急発進したので、タリアはまた仰け反る羽目になった。



 そうしてやっとウィリアムのいる場所までたどり着いた時には、タリアの両腕はギルバートに掴まれた状態で、背負われていると言うよりはギルバートの背後にぶら下がっているという状況だった。


「……伝令の兵士が、囮が来るって言ってたが、それか?」

「コレ、タリア」

「は? なんでタリアがここに? タリアが囮ってなんだ!」

「人型魔獣がタリアに集まるから仕方ない。んっ」


 ぐったりとぶら下がったままのタリアを受け取って欲しいと言わんばかりに、ギルバートはウィリアムに背を向けた。


「ギル……もっとちゃんと説明を……」

「本当に、タリアなんだ……」


 タリアを受け取り、抱き上げたウィリアムは改めて布で顔を隠しているタリアを見つめる。


「なにがどうなって、タリアが囮なんかに……」

「なんだかもう、必然的にと言いますか……」


 ギルバートに詳細の説明は無理だと判断し、タリアは力なく事の顛末を話す。


 市民街にいるルドルフと合流するために迎えに来たところ、人型魔獣が市民街に降りてきてしまったので中層部の貴族の街まで誘導し、オリヴァーに囮役を頼まれたと。


「背負われてるだけのはずなのに、なんでこんなにぐったりしてるんだ?」

「だってギルが! 急発進、急停止がすぎるんだもん! お陰で腕に力が入らなくなりました!」

「あ、オレのせいか」

「そうだよ! こっちはあんな速度で移動するのに慣れてないの!」

「……そっか」

「もう今更だけどね! ウィル、ここから南の大階段まで人型魔獣を罠にかけつつ進んでください。そこでオリヴァーさん達と合流することになってて」

「……なるほど。ギル!」


 ウィリアムがギルバートに向かって叫ぶと同時に、ギルバートは動き、ウィリアムとタリア目掛けて飛んできた矢を朱雀で斬って防いだ。


「あちらもこっちの目的を理解したらしいな」

「囮に気づかれたってこと?」

「それもあるが……ギルは私達の援護を」

「わかった」

「オリヴァーの目的は、人型魔獣を王城に向かわせるってとこだろう。だから南の大階段に集合なんだ。多分、先に行って階段までの道を作ってるはず」


 アニキトスの思惑は、人型魔獣を使って攻め込んできた軍の戦力を削れるだけ削り、仕上げに三万の兵を送り込んで掃討する作戦だったと思われる。


 しかし、まさか四国が不戦条約を結んで共闘するとは思っていなかったのだろう。

 クオーツから各国に対人型魔獣の道具が配られることも、それをすぐに使いこなしていることも予想外だったはず。

 戦力がほとんど削られていない状況に加え、囮役の人物に人型魔獣が集まり、一気に数を減らされている状態にある。

 その上、人型魔獣の投入後、固く閉ざされている南の大階段が開放されてしまえば、人型魔獣は龍脈のより近くに、王城に向かうこととなる。囮がそれを誘導し、より確実に王城へと人型魔獣を向かわせる。


 アニキトスに人型魔獣に対抗する術があるのかは不明だが、自分たちが人型魔獣に襲われるなどとは考えていなかったに違いない。


「とっても混乱するってことですね」

「それも踏まえて、タリアを囮にするって選択に至ったんだろう」

「そっか。こうなっちゃったからには、役に立てるなら役に立ちたいと思っただけなんですけど」

「後でサラに怒られそうだが……こうなったら引っ掻き回してやろう」


 ウィリアムがニヤリと笑うので、タリアも釣られて笑う。

 負ける気がしなかった。


 ウィリアムはタリアを抱えて罠の準備が整っている場所に移動する。


「悪かったな。旅行に行けなくて。楽しめたか?」

「ええ。子供達とばぁばがはしゃぎっぱなしで、また行きたいって」

「この件が片付いたら一緒に行きたいな」

「そうしましょ。次こそ六人で」

「ああ。私もいい加減、休みが欲しい。サラのやつ、人使いが荒くて……」


 ウィリアムは攻撃系魔法の部分障壁を足元に使い、空中をゆっくり歩いて移動する。

 そのため、同じことができない人型魔獣はウィリアムの足元に集まりはするものの近づけない。

 王城からの弓矢の攻撃はギルバートが全て防いでくれているし、先ほどまでとやっていることは同じなのに会話が出来るほどの余裕があった。


 人型魔獣の数を減らしながらオリヴァーとの待ち合わせ場所に到着する。


「遅かったな。道は作った。行けっ!」


 大階段前の門は開かれ、その周囲には複数の兵士が倒れていた。チャニングの配下の兵士たちだった。

 大階段の上では慌ただしくバリケードが作られていて、階段を上ってくる全ての者を足止めしようと動いていた。


 オリヴァーの声に、ギルバートとルドルフが先陣を切り、そのすぐ後をウィリアムが追う。


「タリア、走るからしっかり掴まってろ」


 タリアはその速度に堪えようと目一杯腕に力を込めてウィリアムの首に抱きつき、体にかかる圧力に思いっきり目を閉じていた。


 市街地から外したままのネックレス。目を閉じていてもタリアには周囲の魔力が視えていた。

 ウィリアムの背後から物凄い速度で人型魔獣が追ってきている。


「あ! いいこと思いついた! ギルバート、朱雀の使い方って教わったんだよな?」

「使い方って、炎を纏わせるやつか?」

「そう! で、攻撃系の放出使って炎を飛ばせると思うんだけど」

「やったことない」

「んじゃ、手本見せるから真似してみて!」


 階段頂上の出来かけのバリケードを目前に、ルドルフが何かを思いついた。

 飛び上がって上空から、バリケードの先にいる兵士たちに向けて玄武を振るう。

 玄武の剣先から無数の氷の粒が周囲の水分を集め凍らせながら兵士の足元へと氷の塊となって飛んでいく。


「へー、それが玄武か。しかも飛ばせるとか、知らなかった」

「タリアが気づいたんだよ。ほら、あの塊目掛けて炎を飛ばしてみ?」


 ギルバートは見様見真似で攻撃系魔法の放出の性質を使い、炎を飛ばしてみる。


「上手い上手い!」

「でも、あの塊が炎で消えてく」

「それでいいの! ウィル!」


 ウィリアムがバリケードの真上の空中で止まると、直後、バリケードは人型魔獣が衝突して大破した。


 ウィリアムが止まったので顔を上げたタリアは、やっと囮としての役割が終わったのだと安心した。


「オレとタリアは先に中に行って用事を済ませてくる」


 最上部は大階段以外は高い壁で囲われ、その壁の上にルドルフはいた。

 ウィリアムはタリアを受け渡すため、その壁に降り立つ。


「次に会ったら必ず抱くから」


 そんなウィリアムの囁きに、タリアは目を見開いた。


「ルドルフさん、頼みます」

「ん。目的地までは白虎のカケラで行くし、タリアにはそのまま姿を消して近くにいてもらおうと思う」

「ご配慮、感謝します」

「でさ、その辺、濡れてるとこ目掛けて青龍で電気流してくんね?」

「はい……でも、地面にデンキを流すんですか?」

「いいからいいから、早くぅ!」


 ルドルフに急かされて、タリアを預けたのでウィリアムは青龍を抜き、火魔法で青龍に電流を纏わせ、攻撃系魔法で地面に向けて放出。


「うっは……思ってたよりエゲツなっ!」

「……ロルフさん、これは?」

「ちょ、何が起こった!」


 ルドルフが玄武で放った氷が、ギルバートの朱雀で放った炎で解かされ水となり、その水にウィリアムが青龍で電流を流した。


 広範囲にわたって地面が水浸しになっていて、そこにいた兵士と人型魔獣が一斉に感電。

 バタバタとその場に倒れた。


「あーー、これは二度と使わない方がいいかも。うん、ウィルもギルバートも忘れてくれ」

「はぁ?」

「ははっ……あ、でも、人型魔獣には効かないっぽいな」


 感電した兵士の生死は不明だが、巻き込まれた人型魔獣は倒れはしたものの徐々に動き始めている。

 しかも、かなりのダメージを受けたのか、手当たり次第に周囲の兵士を襲い始めていた。


「……ウィル、悪かった」

「何がです?」

「前に、タリアとのこと……脈なしだとか言っただろ?」

「……あー、そんなこともありましたね。忘れてました」

「いやさ、余計なこと言っちまったって、気になってて」

「そうでしたか……もう、気にしなくていいですよ? 失恋という、とても貴重な経験ができましたし」

「……まぁ、気にしてないならいいけど、失恋を貴重な経験って言うのは聞き捨てならねーなー!」


 ルドルフはケラケラと軽快に笑う。


「タリア、そろそろ行くか」


 ルドルフの声に我に帰ったタリアは、ウィリアムを睨みつけた。

 先ほど囁かれた言葉に対し、今ここで言うことじゃないだろ! という怒りと、それにうっかりときめいてしまった自分に対する怒りがこみ上げていた。


「ウィル、薬酒で治せないような怪我はしないで」

「わかった」

「ギルも……元気な姿でナターシャさんに会わせたいから、怪我なんてしないでね?」

「ん。お前もな」

「じゃ、やることやって、終わったらどっかで集合しようぜ」

「サラのところがいいだろう。ロルフさんはタリアに連れて行って貰ってください」


 サラがいる場所ならば、サラがどこに移動しようが把握しやすい。

 生きて、そこで必ず再会をしようと約束し、ルドルフはタリアを抱え、人のいないバルコニーから王城内へ。

 ウィリアムとギルバートは一度大階段の下のオリヴァーと合流。十数体の人型魔獣が大階段を上っているので、その人型魔獣達に王城を襲って貰い、兵の数を減らして貰う。その間に中層階に残っている人型魔獣を一掃するためだ。


 人のいないバルコニーから王城へと侵入したルドルフとタリアは、白虎のカケラを使って姿を隠しつつ、白い髪の男性がいた場所へと移動する。

 状況が見えないので、タリアはネックレスを装着した。


「おうおう、いい混乱っぷりだな!」


 やはり王城に人型魔獣が逆流してくる事態など想定していなかった兵士達は焦り、指示を出す側の兵士が騒ぐな慌てるなと叫んでいるものの、騒ぎ慌てる兵士の耳には届いていない。


「急ごう。多分、王が逃げるための隠し通路とかがあっておかしくない。それを上層部の人間が知ってるかは不明だけど」

「それは本当に急がないと!」


 ここはラズの龍脈都市、アクアリウス。以前はアクアリウスという国で国王がいた。今でこそ王のいない王城になっているが、敵に攻め込まれた際の逃げ道が用意されているはずだった。


 しかし、現状、この王城を占拠しているのはルーヴィの女王の兄。敵国だったラズの一都市の王城の隠し通路を知っているのか、現状では判断できなかった。




 タリアとルドルフは昨日の部屋へと到着。そこには白い髪の男性がいた。


「昨日より増えてますね」


 昨日と違うのは、部屋の中に昨日よりも多くの人がいたことだ。


「うん、でも……大部分の兵士が昨日とは違う。あのおっさんの護衛なんじゃないか?」

「あのおっさんが元凶ですよ」

「元凶って……タリア、チャニングを知ってたのか」

「前に一度、ルーヴィのコロシアムで」


 タリアがチャニングを知るきっかけを話していると、部屋に数人が飛び込んできた。


「完成! 完成しましたよっ!」


 飛び込んで来た中の一人がチャニングに飛びつき、黒い液体の入った小瓶を渡した。


「おおっ! ラザラス、待ちかねたぞ! よし、いま試そう!」

「そうですね。先回りも考慮しておくべきですし、陛下にもしものことがあれば困ります」

「うむ。これで私は永遠に死ぬことはないのだな!」


 チャニングは渡された小瓶の中身を一気に飲み干した。


「お? おおっ! 体のそこから力がみなぎってくるようだ!」


 ラザラスは部屋の本棚の前に向かい、一冊本を取り出すと、その奥に持っていた鍵を差し込んだ。

 鍵を回して引くと、その本棚の一部が動く。

 やはり隠し通路はあり、チャニング達はそれを把握していたのだ。


「さっき、あの人のことラザラスって呼んでましたよね?」


 タリアはじっとチャニングを観察していた。


「タリア?」

「あの人がラザラスなんだったら、あの小瓶の中身は人型魔獣にするためのものなんじゃ」

「そんなわけなくね? だったらあんなにあっさり、しかも自分から飲むとは思えないんだけど」

「……それもそうですね。だったら、秘薬ってなんでしょ」

「あ! え? まじかよっ! タリア、どうする!」


 白い髪の男性はラザラスが入室してきた時に、昨日もいた二種持ちの兵士に抱えられていた。

 そしてラザラスが隠し通路の扉を開けると、誰よりも先にその中へと入っていた。


 ラザラスは少しチャニングの様子を伺った後、ゆっくりと、静かに隠し通路の中へ入り、扉を閉めた。


「チャニング様! ラザラス様が!」


 ラザラスの行動を見ていた兵士の悲鳴のような声に、自分から湧き上がる魔力に恍惚としていたチャニングは我に帰ったように振り返る。


「ラザラス様! ここを開けてください!」

「チャニング様! ここの鍵をお持ちでは?」

「そ、そんなもの、持っておらん! なんで、ラザラスは……スティグマータの乙女はどうした!」

「ラザラス様と一緒に、中にっ!」


 隠し通路を開けるための鍵をもっていたのはラザラスのみで、その場にいるチャニングを含めた全員を置いていったことは明白だった。

 そして、隠し通路の鍵がない以上、チャニングはこの場から逃げることも出来ないということも明らかになった。


「……ロルフさん、もう少しここの様子を見ておいても?」

「いいけど、あの秘薬が気になってる?」

「はい。あの秘薬が人型魔獣にするためのものだとしたら……ここに置いていかれたという事実はチャニングさんにとって、絶望」


 タリアが言い終わる前に、チャニングに異変が起きていた。

 この絶望的状況に呆然と立ち尽くしていたと思えば、その場に膝をついて頭を抱える。


 タリアはネックレスへと手を延ばし、外した。


 チャニングは頭を抱えながら、絶叫。


 タリアが視るチャニングは、体の中心部から体内を循環していた魔力が逆流して中心部に集まっていく様子だった。

 人間が人型魔獣になる時に頭を抱えるのは、頭部の魔力が急激に減ることで機能不全を起こして痛んでいるのかもしれないと思えた。

 絶叫するのは、体の細部にまで循環していた魔力が逆流して急激に減ることで、激しい痛みに襲われているのかもしれないと思えた。


 体の全ての魔力が中心部へと集まると、チャニングは静かになった。


 中心部に集まった魔力は、今度は物凄い速度で全身を循環し始める。

 そうなるとチャニングの目は魔獣と同じ、白目が黒く、黒目が赤く染まった。


「ほん、とに……人型魔獣になっちまった……」


 チャニングの変化を見ていた兵士は、我先にと部屋から飛び出していた。彼らはもう何人も、人間が人型魔獣になる瞬間を目撃し、どのように変化するのか知っていたのだろう。


 人型魔獣と化したチャニングはフラフラとした足取りで部屋を出る。これからより魔力のある方へと移動していくのだ。


「ロルフさん、あの人たちを追いましょう」

「お、おうっ」


 タリアはネックレスをつけ、白虎のカケラに隠し通路に入った三人を追うようにと指示を出し、黙り込んだ。


 誰かが人型魔獣になる瞬間を目撃したのはこれで二度目。

 どうしたって一度目を思い出してしまう。


 それでもタリアは目を背けることはしなかった。

 きちんと見ておかなければならないと思った。

 タリアがどうにかしなければならない魔女の、その血が巻き起こしていることなのだから。



 隠し通路は王の間と思われる広いホールの端の壁に繋がっていた。

 王の間の王座の裏にも隠し扉があり、三人を追っている白虎のカケラは迷わずその隠し扉の先に進む。

 その先は隠し階段となっていて、光の差し込まないただの暗闇。

 しかし、随分下に淡く灯りが動いているので、先に進んでいる三人は灯りを手に進んでいることがわかる。


 程なく、三人に追いついた白虎のカケラは速度を緩め、その三人の歩幅に合わせて進む。


「この階段は狭すぎる。広い場所に出たらオレは降りるから、タリアにはその空間の隅にいてもらって」

「あの二人、殺すんですか?」

「殺したくはないな。だから隙をついて白髪だけ攫って逃げたい。なに? その、意外って目っ」


 確かに、タリアは少し意外に思った。ルドルフは元聖騎士で、戦場にも行っている。それは聖騎士になるのに必ず戦場での功績が必要だからだ。

 戦場での功績はつまり、その戦いにおいてどれだけ活躍したか、どれだけ敵を殺したか、ということだ。


「心外だなー。兵士だからって簡単に、誰でも殺せると思ってる? まぁ、中にはそういう奴もいることは確かだけど。戦地以外で殺すべからず。これ、オリヴァーさんが決めたクオーツの兵士の掟な」


 ここは戦場ではない。だからルドルフに、邪魔な二人を殺すという選択肢はない。

 そもそも、好き好んで敵を殺していたわけではなく、それを後悔しているし、一生後悔するのだろうと覚悟しているとルドルフは言った。



 話している間に、開けた空間に到着した。


「ここで暫く籠城する気だったみたいだな」


 その空間に入ると、二種持ちの兵士は抱えていた白い髪の男性を床に下ろし、ラザラスは持っていた灯りの火を壁のランタンに移した。


 部屋が明るくなり、そこに沢山の水の樽や食料が備蓄され、大量の毛布も用意されていることがわかる。

 戦いが始まる前に、もしものことを考えていて準備をしていたようだ。

 もし大量の人型魔獣を倒して王城が制圧されそうになればここへ逃げ込み、数日、もしくは数ヶ月間の籠城を。そして騒ぎが収まってから逃げる計画だったのだろう。


「じゃ、打ち合わせ通りに頼む!」


 タリアが頷くとルドルフは白虎のカケラから飛び降り、そのまま走る。

 白虎のカケラから離れた時点でルドルフの姿は誰にでも見えるようになる。敏感な人には気配も気づく。


 二種持ちの兵士は近づいてくる気配に気づき、ルドルフに顔を向けた。


「ユウ!」


 ルドルフの叫びに、力なく床に寝そべっていた白い髪の男が顔を上げた。


「お前、ユウジロウなんだろ!」


 叫びながら、ルドルフは兵士に向かって飛び蹴り。顔面に当たり、兵士が壁に向かって吹き飛ぶ。

 すぐに方向を変えたルドルフは、ラザラスの腹を一発殴って蹲らせると、白い髪の男に向かって走る。


「来い!」


 ルドルフが手を延ばすと、自力で起き上がることは無理なようだが、白い髪の男性はルドルフに向かって手を延ばした。


 ルドルフが白い髪の男性を肩に担いだので、白虎のカケラに触れつつも降りて様子を見ていたタリアは白虎のカケラから手を離す。


 姿を現したタリアに向かって全力疾走したルドルフはタリアに触れ、タリアは再び白虎のカケラに触れる。


「ふーーっ、作戦成功!」


 二種持ちの兵士は防御系魔法も所持しているが、不意打ちだったために防御魔法が間に合わなかったのか、後頭部を押さえながら壁伝いに立ち上がるところ。

 ラザラスは痛む腹部を押さえながらも辺りを何度も見回している。何が起こったのか把握出来ていないのだろう。


 ルドルフの手を肩に載せたままタリアは白虎のカケラに跨り、その後ろにルドルフが跨って、担いでいた白い髪の男性を二人の間に挟むように、支えながら座らせる。


「あの、貴方は……」

「オレはカズノリ。見た目全く違うけどな」

「……カズ君?」

「おう! こっちの世界でそう呼ばれると変な感じすんなー」

「あの、すみません……ロルフさん、これからどこに移動しましょう」

「あー、決めてなかったな」

「その方の状態も診たいですし、どこか人目に付かずに落ち着ける場所がいいんですが」

「そう、だよな。ここのこともオリヴァーさんに伝えなきゃだし」

「……サラのところに行きましょう」

「そこ、安全?」

「ふふっ、かなり安全です」


 サラならば、タリアが白い髪の男性の話を聞いてルドルフに会いに行ったことを知っているし、事情を話せば安全な場所を用意してくれると思われる。


 タリアはすぐにサラのいるであろうアクアリウスを望む丘のテントに行く。入り口に護衛がいるのでサラは中にいる。

 急に姿を現わすと驚かせてしまうので、近くの人のいないテントで二人を降ろし、タリアだけでサラの元へと向かった。


 サラに事情を話すとルドルフたちの待つテントにサラも行きたいと言うので、一緒に行くことになる。





「……タリアさん? そちらは?」


 タリアがサラを連れてテントに入ると、ルドルフは目を見開く。


「サラです」

「サラって、アレクサンドラ女王様の事だったのかよっ!」

「そう、女王ですけど、アレクサンドラって?」

「ふふっ、私の名ですよ。元々、サラはウィルとカミールだけが呼ぶ愛称だったんです」

「へー、ごめん! 本当の名前知らなくて!」

「いえいえ。私もタリア様には愛称で呼んで欲しかったので、訂正する気もなくて」


 サラの本当の名前はアレキサンドラ。愛称はサンドラが一般的なのだが、ウィリアムとカミールはさらに省略していた。


「安全……確かに安全なんだろうけれども……」


 ウィリアムたちと再会を約束したのも、サラの居る場所。そこがクオーツ女王、その人のいる場所だと知らなかったルドルフは慌てて跪いたものの、混乱していた。

 テントの中の木箱にもたれかかる様に座っていた白い髪の男性も、姿勢を正して首を垂らしている。


「サラ、この方を保護したいの」

「はい。まずは治療が最優先のようですね。聞きたいこともありますし、体力が回復するまでしっかりと休める場所の用意をいたします」

「ありがとう。それと戦況なんだけど」

「タリア、それはオレから……」


 ルドルフはサラに戦況を報告。

 タリアを囮にしたと言う話が出た時にはサラの眼光が鋭くなりはしたものの、作戦の参加は誰にも予想不可能だったこと。

 クオーツの誇る攻撃系魔法と防御系魔法の二種持ちがタリアの安全を守りつつ作戦を決行したこと。

 成果を上げたからこそ、タリアは今、こうしてここにいると理解し、仕方ないと言わんばかりに短くため息を吐き出してサラは表情を戻した。


「現在は人型魔獣の掃討に当たっていると思われます。それと、私とタリアの目の前で、チャニングは人型魔獣となりました。チャニングを人型魔獣にしたラザラスという男は隠し通路の先で籠城を」

「その籠城先で、この方を攫ってきちゃいました」

「そうでしたか。では、戦ってくださってる方々はまだ、チャニング公爵のことを知らないのですよね?」

「部屋の外にフラフラ出て行ったから、チャニングさんの顔を知っている人なら気づくかも」

「わかりました。では、ルドルフ様とタリア様には、どうにかオリヴァー様にその件のご報告を。その間に、その方の……あの、お名前は?」

「……ケント、と申します」

「ケント様に安心してお休み頂けるよう手配をしておきます。報告が済みましたら、また私のところへ来ていただけますか?」

「かしこまりました」


 ルドルフの返事は、タリアもまた戦場へと赴くことを意味していた。

 そのことに不満はない。しかし今、出発の前にしておきたいことがあって、タリアは白い髪の男性の前に膝を下ろした。


「ケントさんっておっしゃるんですね。自己紹介が遅くなって申し訳ありません。私はタリアと言います。少し、触りますね?」


 タリアはケントに触れ、目を閉じ、その魔力を視る。


(魔力は……足りてないだけで普通なんだよなー)


 魔力の流れは普通の人間となんら変わりはない。

 しかし、ケントの血が魔女と同じ効果を持っていると予想していた。もっと特殊な魔力の流れをしているのではないかとタリアは思っていたので、少々納得がいかない。


 タリアがケントに完全治癒魔法と疲労回復魔法をかけると、重たそうにしていた瞼がぱっと開いた。


「あの、今、何を」


 声にも少し元気さが出ていて、タリアは安心した。


「サラ……ケントさんに食事と、あれば薬酒も用意できる?」

「もちろん。お二人がお帰りになる頃には回復してそうですね」

「そうだといいな。しばらくは様子見ないと……」

「ケント、オレらはまた少し出てくるけど、すぐに戻ってくる。何も心配いらない。戻ってきたら話をしよう。これまでのこと、全部」


 ケントは不安げな目をルドルフに向けたが、しっかりと頷いて「待ってる」と言った。


 そしてタリアとルドルフはサラに言われた通り、チャニングのことをオリヴァーに知らせるため、アクアリウスの王城へと向かった。





 第13話 完

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