不可能の証明 第14話
まずは中層階でオリヴァーの姿を探したが、人型魔獣の残存数がかなり少なくなっており、殲滅部隊を残した他の兵力はすでに最上部の王城へと向かった後のようだった。
王城内でオリヴァーを探していると、王の間に人が集まっていた。
オリヴァーやウィリアム、ギルバートの姿もその中にはあるが、人が多過ぎる。
「タリア、王座裏の隠し扉の中に入って貰える? 内側から開くか試しておこうぜ」
ラザラス達が進んだ道も報告しなければならないが、タリア達は実際に扉を開けて追った訳ではない。
ラザラス達の居場所を教えても、扉の開け方がわからなければ捕縛部隊も動きようがないはずなので、内側から開けられるようなら扉を開けておきたい。
扉の内側に周ると真っ暗ではあったが鍵を見つけ、開錠することができた。
白虎のカケラに乗ったままタリアはその場で待機。ルドルフは隠し扉から外に出てオリヴァーに報告に行き、ウィリアムを連れて戻ってきた。
「タリア、すぐに戻ろう」
そんなルドルフの声に、タリアは姿を現わす。
「ウィルも一緒に?」
「ああ。これからユウの……ケントの話を聞くだろ? ウィルも一緒に聞いとけってオリヴァーさんが」
オリヴァー率いる兵は王城へと乗り込んだ後、王の間で人型魔獣と化したチャニングと思われる人物を発見し、倒した。
しかしなぜ、事の発端でもあるチャニングが人型魔獣になってしまったのか。
アニキトスの王を名乗った人物が人型魔獣になるとは考えにくいが、チャニングの顔を知っている者が何人も確認して、その人型魔獣がチャニングであることは間違いない。
その事実をどう受け止めていいものかと現場は混乱していたようだが、ルドルフからの報告を聞き、隠し扉の先にいるラザラスを捕縛するためオリヴァーは動く。
そして全ての事情を知っているかもしれない白い髪の男性、ケントの話を聞くにあたり、ウィリアムも同席し、その内容をオリヴァーに報告することになったようだ。
ウィリアムを連れて三人でサラの元に戻ると、ケントのためにテントが一つ用意されていた。そこの出入りは関係者以外、看護役のみが許されるようになっている。
「サラ、隠し通路の出口はラズが押さえてるって話だったよな?」
「ええ。オリヴァー様も向かうのであれば、挟み討ちにできそうですわね。すでにラズの国王には知らせを出しておりますので、問題はないかと」
ウィリアムとサラの話によると、戦いが始まる前にラズの部隊がアクアリウスの隠し通路の出口の全てに配備されていた。
人型魔獣との戦いに区切りがついたら三万の兵と戦うことになるので、隠し通路から侵入して内部から攻め落とすことも作戦の一つにあったのだ。
その必要は無くなったが、重要人物が籠城していることはラズの国王に伝えたので、ラザラスを捕らえるのも時間の問題だろう。
「ウィルが戻ってきたのなら、私が同席する必要もなさそうですね」
ケントのテント間で案内してくれたサラは、やることがあると言って自分のテントに戻り、三人はルドルフを先頭にケントのテントへと入った。
「おっ、さっきより顔色がいいな」
「カズ君!」
ケントはガリガリなのは変わらないが、顔色は格段に良くなっていて、声にも随分と力がある。
ルドルフの姿を見て、安心したように微笑んだ。
「飯、食ったのか?」
「うん。女王様が用意してくださって……久しぶりに食べたから感動しちゃった」
「感動するほど久しぶりって」
「……多分、何年も食事はしてなかったから。その……実は、ボクの血で」
「人型魔獣が生まれてた?」
「っ、なんで……知ってたの?」
ルドルフは深く頷き、タリアに視線を投げた。
その視線を受けたタリアは、ケントが寝かされている簡易ベッドの横に座り、ケントの魔力を確認する。
まだ魔力は少ないが、先ほどより確実に増えているようだった。
「人型魔獣とケントさんの血が関与しているとは予想してました。ラザラスという人が行こなっていた研究の報告書と思われるものを読んだんです。最後のページのみですが、魔女の血についての」
「そう、魔女の血」
「ケントさんはその研究においての、たった一人の例外なんじゃないかと思ってました」
「……その通りです。ボクは、魔女の血を飲んでも人型魔獣にはならなかった。だから毎日、飲まされ続けていたんです。そのうちに髪が白くなって、ボクの血でも魔獣化するとわかってからは、食事は魔女の血だけでした」
「それだけ、ですか?」
「食事をしてしまうと、魔獣化の効果が薄れるんです。だから水も飲めず」
「……そう、でしたか。これからは毎日好きなだけ食べてくださいね?」
「……は、い」
「ユウ、何も心配ないって言ったろ? ここにはお前の血を欲しがる奴はいないし、怖がる奴もいない。お前に特殊な力があったとしても、それを隠して普通に生活できるように手助けしてくれる奴しか連れてこないから」
自分の血で人型魔獣が生み出されていた。それを告白するのにはとても勇気が必要だろう。
ケントはそれを自分から切り出した。昔馴染みのルドルフがいるから、言えたのかもしれない。
ルドルフがいるからと言って、自分の血がかなり特殊な物だと自覚しているケントは、また利用されることも覚悟していたに違いない。
しかし、食事をすると血の効果が薄れると言っても、タリアは毎日好きなだけ食べろと言った。
ケントはタリアの言葉に驚き、それに続いたルドルフの言葉に、とうとう泣き出してしまった。
「泣くことないだろ」
「だって、普通に生きられるはずないって、諦めてたから」
一先ず、ケントに安心感を与えられたことに安堵し、ルドルフとタリアは視線を合わせ、微笑みを交わす。
ルドルフはケントにハンカチを差し出し、水を飲せる。
タリアは、ケントがこれまでどうやって生きていられたのかを考えていた。
人間は飲まず食わずで三日。食事だけで七日、水だけでは一ヶ月しか生きられないはず。それなのにケントは魔女の血だけで何年も生きていた。
魔女の血は特別なのかもしれない。水分だけで数百年生きていた魔女の血なのだ。それを飲むと人型魔獣になるのだけが効果じゃないのかもしれないと。
魔女の存在自体が不可解極まりないので、その血にどんな効果があるのかを解明するのは難しい。
そんな考えに至った。
ケントが落ち着いたようなので、タリアは本題を切り出すことにした。
「ケントさん……チャニング公爵は、自ら秘薬を飲んでましたけど、その秘薬ってなにかわかりますか?」
「それは……」
タリアの言葉に顔を上げたケントは、信じてもらえないかもしれないけれど、と前置きをして話し始めた。
「不老不死の秘薬です」
「不老、不死?」
「あの方はその秘薬のために、ラザラス先生に魔女の血の研究をさせていたようですから」
「では、それが完成したと偽って、チャニング公爵に魔女の血を……」
「ラザラス先生は魔女に心酔してました。一刻も早く魔女を探しに行きたい、そばに居たいと言ってましたが、チャニング公爵がそれを許さなかったのです」
不老不死を求めるチャニングは、魔女の血こそ不老不死への一番の近道だと考えてラザラスに研究をさせていたのだが、ラザラスはチャニングの元を去ることしか考えていなかった。
だからラザラスは人型魔獣を以ってしても攻め込まれていることを好機と捉え、邪魔にしか思っていなかったチャニングを始末することにしたのだろうと、ケントは言う。
「以前は……魔法石を使ってラザラス先生の研究が行われていました」
「魔法石って、ルーヴィで日常的に使われてる、あの?」
「ええ。魔法石を研究し、不老不死になれる方法を探すのが先生の役目だったんですが、ある時、村に黒い液体……魔女の血が持ち込まれて……」
ケントはルーヴィの辺境にあるチャニング公爵の領地にある孤児院で育った。
その村は孤児院の他に、戦争で障害を持った兵士の療養と職業斡旋を行う施設、そしてラザラスの研究所があった。
当時のラザラスは魔法石についての研究をしていた。
魔法石はルーヴィで古くから使用されている手のひら大でバラのような形の石だ。
火魔法で着火すれば火を纏い続けるので調理の際に使われ、水魔法をかけて桶などの容器に入れておけば勝手に水が集まり、風魔法をかけると風を起こし続けるので洗濯物を乾かすのに使われていたりする。
魔法石を加工して首輪にすると、動物の魔獣化を防ぎ、飼いならすことができた。
ある時、ラザラスはどこかから黒い液体を研究所に持ち込んだ。
それが悪夢の始まりだった。
傷を負った兵士が突如として村から消える。
次は孤児院の子供たち。
ケントの番がやってきてやっと、消えた兵士と子供たちは実験の為に殺されたことを知った。
ラザラスは「魔女の血」と呼ぶ黒い液体をケントの目の前で、ケントと同じ環境で育った子供に飲ませた。
その子供はケントより数週間前に行方不明になった子供で、ケントの姿を見て悲鳴を上げ、恐怖に体を震わせるばかりだった。
そして鎖で何重にも拘束され、魔女の血を無理矢理飲まされ、人型魔獣と化した。
ケントは拘束された人型魔獣の目の前の牢屋でその光景を見させられ、人型魔獣が生き絶えるまで、あの拘束が解け殺されるのが先か、人型魔獣が生き絶えるのが先か。そんな恐怖を抱く。
そして同時に、次に人型魔獣になるのは自分なのだと、あれは後の自分の姿なのだと恐怖を抱いた。
その光景をケントは「罰なのだ」と理解した。
しかし、ケントが魔女の血を飲んでも、何も起こらなかった。
だからケントは目の前で孤児院の仲間が人型魔獣となり、もがき苦しんで生き絶える姿を何人も見ることになった。
その度に魔女の血を飲まされたが、何も起こらなかった。
そうしているうちに、ラザラスはリーブラにあるチャニング公爵の屋敷内の研究所に移って研究することになり、ケントも連れて行かれることになった。
その時、村には誰もいなくなっていた。
そしてリーブラへと移動し、着物を着た黒髪の女性を見る。そして黒い液体がその女性の血液だと言うことを知る。
その女性は不老不死のようだった。
体に傷がついてもすぐに癒えてしまい、もう数百年生きているという話でもあった。
ケントは毎日毎日女性の血を飲まされ続け、ある日女性は姿を消した。
しかし女性の血は大量に保管してあり、ケントは毎日飲まされ続けることになる。
そして約二年前、体に変化が起こった。
頭の中にだれか知らない人がいて、囁く。
お前は不幸だ。誰よりも不幸だ。可哀想に。
その声、は力が欲しくないか? と尋ねてきた。
ケントはその声を拒絶し続けていた。
ボクは不幸なんかじゃない。確かに辛い。けれどこれはボクへの罰。だからなにがあっても受け入れなければいけない。と。
「そんな日が続いて、いつのまにか髪は白く……あと、回復系魔法の適正を持つようになってました」
「それまでは、適性を持っていなかったということですか?」
「はい。ただ、人には使えず、自己治癒のみですが。それが不老不死の兆候かもしれないと、ラザラス先生がボクの血を研究するキッカケになりました」
特殊魔法の適性を持たなかったケントが、突然回復系魔法の適性を持った。
ラザラスは不老不死の兆候だと期待し、ケントの血を調べ始めた。
そして魔女の血同様、ケントの血でも人型魔獣を生み出せることを発見。
ただしケントの場合、飲食で血の効果が薄れる上、魔女の血を飲んだ直後の血液が一番効果を発揮すると分かり、魔女の血以外を口にすることは許されなくなった。
「なー、ユウ……魔女の血って、まだ残ってんのか?」
「……もう、ほとんどないって話だったよ。ここ最近は、ボクも自分の血を飲んでたくらいだし」
「それなら、ユウがいなくなって、魔女の血もなくなればラザラスはもう、研究もできない」
「うん。ただ……ラザラス先生は魔女に会いたがってた。あの、不老不死の魔女が存在している限り、ラザラス先生は不老不死を諦めないと思う」
「不老不死になりたかったのはチャニングだけじゃなかったのか?」
「チャニング公爵はもちろんだけど、ラザラス先生は魔女に本当に心酔してたんだ。彼女と同じ不老不死になること。それを目標に研究をしてたんだよ」
チャニングとラザラスの当初の目的は不老不死の力を手に入れることだった。
その過程で魔女の血を入手し、研究する中で人型魔獣を生み出す方法を知った。
それを知ったチャニングは人型魔獣で世界を手にし、不老不死で永遠にこの世界を統べるという野望を持ち、人型魔獣の威力の確認のために数体を龍脈都市に送り込む。
甚大な被害を与えられると確信し、手始めにアクアリウスを手中に納め、アニキトスとした。
しかしラザラスは世界征服になど興味はなくそれに協力する気もなかったが、不老不死になれなければ魔女の隣で生きることは出来ないし、不老不死になるための研究にはお金も、被験体も必要だったため、チャニングに協力するフリを続けていたのだ。
「その魔女の血とやらで不老不死になる方法は見つかったのか?」
「それは、まだだと思う。不老不死になる方法を研究するって言っても、魔女の血だよりで、それを飲む以外にどうにもできなかったみたいだから」
魔女の血に不老不死のヒントがあるかもしれない、そんな可能性を見ていたとしても、飲めば魔獣化してしまう危険を伴う。
だから研究はほとんど進んでないに等しかったようだ。
「そもそも、不老不死ってもんがオレには不可能に思えるんだけど」
「私も、魔女以外、不老不死になるのは無理なんじゃないかと思います」
「タリア、魔女の不老不死は信じてるの?」
「ええ。実際に会いましたから」
「まじかっ!」
「魔女の場合、元は『スティグマータの乙女』って他とは比べものにならないほどの魔力を持っていた存在で、その人が魔獣化した結果、死ねない体になったっぽいんですよ」
「魔獣化した結果、か」
「普通の人が魔獣化しても人型魔獣になってしまうだけの現状を考えると、魔女と同じ方法で不老不死になることはまずあり得ないかな」
「なるほどねー」
「それに魔女は、五年分しか記憶を溜め込めないみたいで」
「五年?」
「五年以上前のことは綺麗さっぱり覚えてないんですよ。不老不死であっても、出会った人の顔も名前も、自分のしたことでさえも忘れてしまうって、不老不死を望む人にとっては不都合でしかない気もします」
「なんで五年だけしか……」
「その理由についてはわかりませんけど……脳の記憶の限界に関係があるのかな? って思ってました」
前の世界において、医学が日進月歩で発展していた。
そんな中、人間の脳の記憶の限界について、タリアは知る機会があった。
どんなに肉体の寿命が延びたとしても、脳には記憶の限界が存在すると言われていた。
脳は絶えず情報の集積と処理を行い、全身に指示を出している。
例えば、本を読んでいる時。人間は本の文字に集中してはいるが、視覚情報として脳に送られているのは視界の全て。文字、紙、本の形、色、本を持つ手、本の奥にある景色の全てが視覚信号として脳に送られ、何を集中して見て、記憶するかは脳が判断している。
その視覚情報に加え、同時に味覚、嗅覚、聴覚、触覚の情報も処理しているのだから、人間が生きているだけでどれだけ脳が使われているのかがわかる。
しかし、その脳も衰える。年齢とともに情報の処理速度や伝達速度が遅くなる。
パソコンでいうハードディスクの容量と似ているかもしれない。
その容量には限界があり、音楽や写真、動画などを保存していけば空き容量は少なくなり、長く使えば容量不足に悩まされることになる。
パソコンでの問題であればハードディスクの拡張やデータの削除で問題は解決するかもしれないが、人間の脳には同じことができない。
たとえ、肉体的に不老不死が叶ったとしても、一般的寿命を過ぎてからは物事を考えることも思い出すことも出来ず、自分の意思で生きることのできない、生きた屍のようになってしまうのかもしれない。
魔女はそうなることを防ぐため、五年以上前の記憶を本人の意思とは無関係に削除する事で、記憶の容量を保っているのかもしれないと、タリアは考えていた。
「魔女って、本当に特殊な存在って事だな」
「タリアさん、すごいですね。ラザラス先生が求めているものを否定できてしまうんだ」
「否定は……できませんよ。前の世界であっても、何百年か何千年か先になれば、全ての問題を解決して不老不死になれる世の中になっているかもしれない。その可能性はゼロじゃない。その可能性がある限り、不老不死が不可能だって証明はできないわけですから」
「何世代にも渡って諦めず、研究し続ければ、か。途方も無い話だな。とりあえず、オレらが生きてる間は無理そうだけど」
この世界で医学は発展していないに等しい。それは回復系魔法というものが存在しているからだと思われた。
治癒魔法で大抵の怪我や病気が治ってしまうから、解剖することも外科的手術も必要がない。
しかし魔力というものが存在し、魔女という稀有な存在を知ってしまった人はもしかすると、彼女のように不老不死になることを求めてしまうのかもしれない。
「タリア、大まかなところは聞けたと思うんだけど、他に確認しておきたいことってある?」
「……今は特には思いつきません」
「ウィルは?」
「私も、特には」
「んじゃ、こいつの罪とやらの確認をしてもいいかな」
チャニング本人が人型魔獣となって亡くなってしまったものの、ケントがもたらしてくれた情報でも十分にチャニングの目的を知ることができた。
話に一区切りついたところで、ルドルフは待ってましたと言わんばかりにケントのベッドに乱暴に腰かけた。
「で、お前……これは罰なんだ、とか、親友を迎えに行かなければ、とか、死ぬ必要なかったとか、ブツブツ言ってたらしいが」
「ん? そんなこと、言った覚えがないんだけど」
「聞いた奴がいるんだよ。な、タリア」
「ええ。血を抜かれてフラフラしてて、島がどうとか、生贄がどうとか。その人は何のことやらさっぱりだったようですけど」
「ボク、そんなこと言ってたの? あれかな……血を飲んだ後、意識が朦朧としてるから、その時に何か言ってたってこと?」
「まー、それをブツブツ言ってたってところから、タリアがお前の存在を教えてくれて助けに行けたわけだが」
「まさか、タリアさんも島の関係者?」
「いいや。島で生贄にされた女の子がこっちの世界で『スティグマータの乙女』になっててな。それを突き止めるのにタリアが一緒だったから、島の事情も聞かせてた」
「えっ! 生贄が、『スティグマータの乙女』なの?」
「だから……レイナもこっちにいる」
「レイナ、ちゃんも……」
「ああ。前より女王様っぷりが酷くなってたんだけど、最近やっと、変わりつつある」
「レイナちゃん、生きて……」
タリアの頭にウィリアムの手が載り、タリアが振り返るとウィリアムは出口を指差す。
少しの間、ルドルフとケントの二人きりに。そんなウィリアムの意図を感じ取ったタリアは静かに立ち上がった。
テントを出たタリアは、大きく伸びをした後、ほっと息をついた。
「まさか、不老不死になる方法を探ることから、人型魔獣が生み出されてたとはな」
「ええ。意外なきっかけでびっくりしましたよ」
二人はケントのテントが見える位置で落ち着ける場所を探しながら歩く。
「あ、向こうの戦いは終わったみたいだな」
「そう、なんですか? なんでわかるの?」
「王城に四国の旗が立ってる」
「えっ! あんなに遠いのに見えるんですか!」
「身体強化を使えば」
「……ああ」
攻撃系魔法の身体強化を目に使っているウィリアムには、遠くに望むアクアリウスの王城の、その屋上に掲げられた旗の細かい部分まで見えていた。
その旗は、アニキトスから無事アクアリウスとして都市を奪還したことを意味している。
「終わったんだ、戦いが……これから、後処理で忙しくなりそうですね」
そんなタリアの言葉に、ウィリアムは無言のままアクアリウスを見つめていた。
「……ウィル?」
タリアの視線を受け、問いかけを受け、ウィリアムはタリアに顔を向けないままに眉をひそめた。
「どうかしました?」
「いや……まさかこんなにも早く『次』が来るとは思ってなくて、その……」
ウィリアムの『次』という言葉にタリアははっとした。
ー 次に会ったら必ず抱くから ー
そう言われていたことを思い出して。
「なんなんだろうな……タリアが絡むとどうも格好がつかないというか、思い通りに事が運ばないというか」
ウィリアムは次にタリアと会うのはチャニングの起こしたことの全てが片付いてからだと思っていた。
それはタリアも同じ。
思いがけず、このタイミングで『次』が来てしまったことに、ウィリアムは気まずさを感じていた。
アクアリウスの王城での戦いは終わったようだが、その後始末が待ってる。
ラザラスがどうなったのかも知っておきたいし、被害状況の確認も必要で、怪我をした兵士の治療や、アクアリウス復興に向けての動きもあるだろう。
まだまだやるべきことがある中で、ウィリアムとタリアが揃っていても二人だけの世界に没入するわけにはいかない状況だった。
(次、はともあれ……)
タリアは立ち止まり、ウィリアムの袖を引く。
何かと思い、立ち止まったウィリアムの腕に、タリアは額を押し当てた。
(今ここに、ウィルがいてくれてることに安心してる……)
ルドルフたちとの話題の中心が魔女となり、タリアは平然としていたが、内心は複雑だった。
「タリア?」
「ウィル……私、どうしたらいいんだろ」
「魔女のこと、か」
タリアはウィリアムに額を擦り付けるように頷く。
「ばぁばは私の大切な人たちを殺した。でも……もう、ばぁばも大切なの」
「うん……」
「ばぁばを殺すための方法を探しながら私は、ばぁばが普通の人に戻れないかを考えてしまって、その方法ばかりを探そうとしてきた」
「うん……」
「だって憎めなかったんだもん。生贄にされたのも、この世界に来たのも、ばぁばが選んだわけじゃない! この世界で一緒に生きていく人を見つけて子供もいたのに理不尽に殺されて、人を、世界を、全部を憎んだって仕方ないじゃない!」
「そうかもな」
「一緒に暮らしてて、ばぁばはいつも笑ってる。楽しそうにしてる。幸せそうにしてる。ばぁばが普通の人みたいに老いて、寿命で亡くなることを望んじゃダメなのかな……そんな当たり前のことももう、叶わないのかな……」
チャニングやラザラスのように不老不死を求める人間にとって、老いることも死ぬこともない魔女の存在は希望だろう。
いつか、なんらかの方法で不老不死が手に入るかもしれない。そんな期待を抱かせる存在なのだろう。
一方で、魔女の血で人工的に人型魔獣を生み出すことができるという事実は、この世界を破滅へと導く。
魔女の血というものが存在しうる限り、それを利用し権力を得ようとする者がまた現れるだろう。
「ロルフさんたちと話しながら、魔女の存在は、魔女の血は人には過ぎたものだって思った。あちゃいけないって思った。でもそれは、ばぁばの存在を否定することになる。これからもずっと一緒にいたいのに……一緒に子供達の成長を見て欲しいのにっ!」
不老不死を期待させる魔女の存在は、その研究過程で人工的に人型魔獣を生み出す方法を見出してしまった。
不戦条約の元、人間同士が殺しあう戦争をやめた今、人工人型魔獣という脅威を残すことはできない。
人工的に人型魔獣を生み出すということは、誰かが故意に誰かに絶望を与えることが必要になる。
一体の人型魔獣を生み出すのに、何人が犠牲になるのか。犠牲者をこれ以上増やしたくない。
魔女という存在をこの世界から消し去ってしまえば、魔女の血を使い不老不死を望む者はいなくなる。
しかしタリアには相反する想いも強くある。
憎むべき相手だったはずの魔女を憎めず、家族のように過ごしてきた魔女ではない「ばぁば」を大切に想う気持ちがある。
「ばぁばに、話すべきだと思う」
ウィリアムの手が、タリアの髪を撫でる。
「殺して欲しいという願いと、五年っていう期限はばぁばが決めたものだろう? タリアが大切に思うようにばぁばも……それなら、心変わりをしてる可能性だってある」
「そう、かな……」
「ああ。期限がなくなる、もしくは延びてくれれば……タリアなら、ばぁばを普通の人間に戻す方法を見つけられそうな気がする」
「そう、だといいな」
「可能性がある限り、不可能だと証明はできないって、さっきタリアが言ってたぞ?」
「……うん」
「タリアが、できない! って諦めない限り、ばぁばが普通の人として生きて、死んでいく可能性はある」
魔女が不老不死から解放されれば、魔女が研究されることも、血を使われることもなくなる。
ただの人間として時を過ごし、老いていくことができる。
五百年以上も魔獣化して生き続けている魔女が、これから普通の人間に戻れるという保証はない。
けれどタリアは、その方法があるなら見つけて、これからも魔女とともにみんなで生きていきたいと強く思った。
「ウィル、一つ、我儘を言ってもいい?」
「……タリアが、私に? わかった。なんでも叶える」
「ちょっと、内容を聞いてからにしてくださいよ」
「だって、タリアが我儘を言ってくれる日が来るとは思ってなかったんだ。なんでも一人で解決しようとするし」
「そう、でしたっけ?」
「で、その我儘って?」
「……ばぁばと話をするとき、一緒にいて欲しい」
「……なんだ。そんなことか」
「そんなこと?」
「もっと難易度の高い我儘を言ってくれるのかと期待した」
「もっとって……これから忙しくなるだろうし、ウィルはやること多そうだと思ったし、迷惑はかけたくないし、これでも十分に難易度は高いかと」
「そうやって私に気を使っているあたり、我儘と言っていいものか」
ウィリアムはくすぐったそうに笑い、タリアを抱きしめた。
「嬉しいものだな。タリアが不安なとき、そばにいて欲しいと思う相手が私だってだけで」
「そう、ですか」
「ただ、少し時間はくれ。約束する。必ずサラから休暇をもぎ取る。ながーいやつ」
第14話 完




