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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第3章 不可能の証明
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不可能の証明 第12話

 

 サラに教わった通り、人型魔獣対策の道具を管理しているいくつかあるテントの一つにルドルフはいた。


「うっそ……なんでこんなところにタリアが……」

「お久しぶりです。時間が惜しいので挨拶はこれくらいで」

「ルドルフ、どこか人のいないとこで話したいんだ」

「カミールまで、なんなんだよ、急に」


 聞けば、タリアに怪我を治してもらったルドルフは聖騎士団へ復帰することも可能だったが、一度爵位と屋敷を返還し、その代わりに貰った退職金で住居兼店を建てていた。

 爵位や退職金をどうするのかも問題だったが、怪我で引退を余儀なくされたルドルフが無傷で復帰することが不自然な為、自由気ままな生活が気に入っているルドルフは現状維持を希望。有事の際はいつでも出兵することを約束していた。

 そして今はその有事の際に該当する。聖騎士としてではないが、攻撃系と防御系の二種持ちであることから、道具の管理と警護を任されていた。


 ルドルフの居場所はサラが教えてくれたし、連れ出しても構わないということなのだろうと判断したタリアとカミールは、急な来訪に戸惑うルドルフをテントから連れ出し、人のいないテントを見つけてそこからアクアリウスの用心棒紹介所へと移動した。


 白虎のカケラを使った移動方法にルドルフを驚かせてしまうことはわかっていたが、白い髪の男の捜索にはルドルフに加わってもらうことになりそうなので、白虎のカケラを知ってもらった方が都合が良かった。


 早速、ギルバートから聞かされた話をする。


「……その話、信じたくない」


 白い髪の男が呟いていたという言葉をルドルフに聞かせると、悲痛な表情を浮かべ、ルドルフは黙り込んだ。


「思い当たるってことだね?」

「……ああ。一つ下の幼馴染がいたんだ。親友……というか、関係性を言い表すのに、親友って言葉じゃ足りないくらいのやつだった。島が疫病で混乱してる中、あいつは俺を迎えに来て、好き勝手する俺に最後まで付き合ってくれた」


 前の世界でのルドルフはドイツに留学していた。

 しかし、その幼馴染から連絡を受けて帰国したものの、島には疫病が蔓延しているために船は動いておらず、立ち入りが固く禁止されていた。


 そこでルドルフは幼馴染に頼み込み、深夜に島民の持つ漁船で迎えに来てもらったのだ。かなり無理を言って。

 その疫病は空気感染で、潜伏期間は十四日。発症してから三日前後で死ぬ。致死率は百パーセントだと言われていた。

 ルドルフが島に到着した時には既に島民の半数が死亡。

 ルドルフは父親から全てを聞き、生贄にされた少女の墓を暴き、龍穴と呼ばれる穴の中を調べた。

 そして幼馴染と二人で龍穴に即席のコンクリートを流し込み、それを隠すように上から土で覆った。


「そいつは学校に隠れてたみたいで、たぶん、感染者の近くにはいかなかったんだと思う。俺の方が発症が早かったから」


 その疫病の病原体は毒性が強く、そのため空気感染と言えども数十メートルの範囲に限られているようだった。

 感染者が締め切った家に閉じこもってくれているのなら感染はいくらか防げたかもしれないが、そんなことも知らない時に生贄の儀式で村の大人は全員集まっていた。

 それで一気に感染が広がったようだ。


 ルドルフの幼馴染はその儀式を遠くから見ていて、それを大人たちに見つかって学校に逃げ隠れていたので難を逃れたようだったがーー


「俺が親父と話した時に感染してるから、俺と一緒にいたあいつもきっと……あいつは最後まで、俺を島に入れたことを後悔してた。それでもし、記憶を持ったままこの世界に来たんだとしたら……」

「……呪いになっちゃった人が、もう一人いるってことなのかもね」

「呪い、かぁ……忘れられないもんな。前の世界の記憶は」


 もし白い髪の男性が本当にるどるふの知り合いであるのなら早急に救出したいとルドルフは言う。

 タリアもカミールもそうしたいと思っていた。


 しかし、もしルドルフの前世と何の関係もなかったと発覚した場合の対応も考えておかなければならなかった。


 白い髪の男性は「これは罰」だと言って何かに耐えていると考えられる。

 チャニングがその男性を『スティグマータの乙女』だと紹介したことも、ギルバートがその男性を人型魔獣や魔女の類の魔力だとも話し、更には血を抜かれているということも気にかかる。


 その白い髪の男性がどんな存在なのか。


 チャニングとラザラスは魔女の協力を得て人工的に人型魔獣を生み出す方法を研究していた。

 魔女の血と絶望が揃うと人型魔獣になると決定づけられたその研究の中で、唯一例外が存在したとも報告書には記されている。


 その例外というのが白い髪の男性であるならば、その男性は魔女の血と絶望を与えても人型魔獣になることはなく、もっと別の存在になってしまったのではないか。


 血を抜かれているということから考えられるのは、その男性の血が魔女と同じ効果を持つものだからではないだろうか。


 タリアとカミールはそう考えていた。


 つまり、偶発的に第二の魔女が誕生した可能性を考慮しなければならないということでもあった。


 もし白い髪の男性がルドルフの前世での知り合いならば連れ出すのは簡単だろう。

 しかし別人だった場合、自らチャニングに協力している可能性も出てくる。そうなれば連れ出すことは不可能になる。

 だからと言って放置すれば白い髪の男性が生きている限り魔女の血を生成できるということになり、人型魔獣の脅威は終わらない。

 また、本当に第二の魔女を生み出してしまったのなら、魔女同様に一般的な方法で死ねない可能性も、歳を取ることなく何百年も生きつづける可能性だってある。


 ルドルフの前世での知り合いならば、前世での記憶が呪いのように白い髪の男性を苦しめているはずではあるが、チャニングから解放し、人型魔獣の脅威を終わらせることができる。


 別人だった場合はとても厄介なことになると予想された。


 なによりも、まずはその人物に話を聞くため、タリアはルドルフと捜索に出ることにした。


 カミールは戦場になる町の住人の避難をさせ、出来るだけ被害の少ないようにしたいと言って用心棒紹介所に留まることになった。

 ギルバートの言っていた通り、アニキトスが主力部隊を貴族の区画に誘い込んで一網打尽にするつもりでいるのなら、攻め込む兵士の通り道になる場所を避けてアニキトスを囲む壁側に市民の避難ができればいい。



 タリアとルドルフが王城へと潜入すると、城内は騒がしく、兵士たちが慌ただしく動き回っていた。


「なんだろ。ギルを探してた時は静かだったのに」

「ギルバートがいなくなったからの、この騒ぎなんじゃないの?」

「あっ……そういうことか」


 そんな中で見つけた白髪の人物。要塞の最上階に近い場所で軟禁されていた。

 体の色素が抜けてしまっているようで、全身が白い。

 同じように全身の色素が抜けてしまったナターシャとは違い、髪はクリーム色に近い白ではあるが。


「見つけはしたが、話しかけられそうにないな」


 白い髪の男性を奪われることを恐れているのか、兵士が常に十人はいる状態で、接触したくてもその隙がなかった。

 それにその人物は青白い顔で眠っている。全身がやせ細り、白い体に血管の色が痛々しいほどに際立っていた。

 いつ起きて話ができるのかわからない状態にあった。

 しかしその人物と実際に話してみなければ、ルドルフと関わりの深い人物なのかどうか判断ができない。


「魔力は……思ったほど多くないのかもしれません。回復系魔法しか持っていないようですし」


 タリアはネックレスを外してその人物を観察した。

 魔女の魔力は大量で、体内を物凄い速度で循環していたが、その人物の魔力は魔女ほど多くはなかった。

 その上、特殊魔法の適正は回復系魔法のみ。一般的な回復系魔法の魔力量しか保持してないように視えた。


「懸念してた無敵で無双な存在ではないってことだな」

「魔力を視る限りでは、そうみたいです」

「それなら、隙を見て攫うことも視野に入れられる」


 その人物の血が魔女の血と同じ効果があると考えている今、その人物が前世のルドルフとの関わりの有無に関係なく、チャニングのそばに置いたままにしておくわけにはいかない。

 魔女のような力を持っていないのなら、多少荒っぽくはなるが攫って強引にチャニングから遠ざけることもできるだろう。


「護衛が厄介ですね。攻撃系と防御系の二種持ちが一人混ざってるし、他は攻撃系と防護系だけど魔力量が多いです」

「スティグマータの乙女を守る精鋭部隊ってとこなんだろ。まず、オレ一人じゃかなりキツイ」


 ルドルフも攻撃系魔法と防御系魔法の二種持ちではあるが、二種持ちとの一対一ならまだしも、ほかに九人の精鋭がいるとなると、その全員を黙らせて白い髪の男性を攫うことは不可能だった。


「騒ぎが起こり、警護どころじゃなくなれば……」


 その人物の警護に隙ができるのはいつか。考えた結果、アニキトスが負けそうな時ではないかとルドルフは言う。

 アニキトスは人型魔獣で迎え撃つ準備をしている。絶対に数に限りがあるはず。それを少なくしていけばアニキトスは焦るだろうし、城内の兵も動かざるを得ない。戦いに参加してくる。警備の兵は確実に減る。

 それが一番確実に隙が生まれるタイミングだろうと。




 ルドルフをテントまで送り届けると、四国の合同軍はアニキトスに向け、動き始めているところだった。


「ああーーっ! オリヴァーさんの演説、聞き逃したーーっ!」

「演説?」

「あの人、統括指揮官だから……」


 今回の戦いは不戦条約が締結し、歴史上始めて、四つの大国が共闘することになる。

 クオーツの元聖騎士団長オリヴァーはその強さが各国に知れ渡っていることから、今回の戦いの統括指揮官に任命された。


「奇跡なんて言葉を信じるなと、おっしゃってましたよ?」

「デュランさん!」

「お久しぶりですね、タリアさん」

「どうして、デュランさんが……」

「道具修理のために、無理矢理ついてきちゃいました」

「ナターシャさんから、ルー爺の元で頑張ってると話には聞いてたんですよ!」


 思いがけないデュランとの再会に、タリアは飛びつき、固い握手を交わす。

 今回の戦いにおいて一番重要なのが人型魔獣に対抗するための道具だ。


 人型魔獣の動きは速くて激しい。道具を使用しても拘束できる時間は個体差にもよるが平均して五分程度。その間に魔力を吸い取る水晶で魔力を減らせはするが、体内の魔力が減った人型魔獣は手当たり次第に魔力を補給しようとより凶暴化する。そのため、拘束できたらすぐに頭か、もしくは肢体の全てを切り落とすことが重要だった。


 使用した道具は必ずと言っていいほど破損するし、道具は無限にあるわけではない。修理できるものは再利用するため、水晶の扱いにも金属の扱いにも慣れていて、しかも道具の開発に深く関わったデュランも修復士としてこの場に来ていた。


「ルー様から言伝を預かっていたんです。会えて良かった」

「ルー爺が?」

「渡したいものがあるそうで、落ち着いたら工房に来て欲しいと」

「……はい。渡したいもの、か」

「なー、デュラン、オリヴァーさんはなんて? 他にも言ってたことあるだろ? 全部教えてくれー!」


 オリヴァーの演説を聞き逃してしまったのがよほど悔しいのか、ルドルフはデュランに縋り付くように懇願する。

 デュランは思い出せる範囲で、オリヴァーの話した内容を語った。


「いきなりの不戦条約だし、いきなりの共闘で戸惑う者も多いのも、仇が近くにいる者もいるのはわかってるけれど、一先ず、この戦いにおいては忘れてくれ。と、そんな始まりだったかと」


 オリヴァーはアニキトスへと向かう兵士全員に問いかけた。


 奇跡を信じているか? と。


 オリヴァーは奇跡という言葉が嫌いだと言った。

 オリヴァーが参加した戦争において、奇跡を信じた人間が戦死していったからだ。

 奇跡とは、神や、そういう存在の者が起こすことを指す。

 人間同士で殺しあう戦場において、神のような存在がたった一人の人間の為に奇跡は起こさない。


 そもそも、戦場において奇跡を望む瞬間はいつか。 絶体絶命の時。もう死ぬ。そう思った時かもしれない。

 そんな時に奇跡を望む人間は、多分死ぬ。そこで、自らの意思で、自らの力で生き抜こうと努力したものだけが生き残る。

 だからもしものときに奇跡なんて望むな。絶望するな。生きたいのなら足掻け。助けてくれるのは神なんかじゃない。周りにいる仲間だ。

 自分を信じて戦え。仲間を信じて戦え。


「勝利の暁には全員で飲み明かそうって言ってましたよ。四国の国王が揃っているし、人型魔獣から世界を救た英雄に酒くらい浴びるほど飲ませてくれるだろうって」

「あぁぁぁっ、実際に、この耳で聞きたかったぁぁっ!」

「クオーツの兵士は崇めるみたいにウットリ聴き入ってましたね」

「私も聴きたかった! ロルフさんが止めてくれれば」

「有無を言わさず攫ったくせに!」

「うっ……」

「リクエストした本人が聴けないとか最悪じゃん!」


 統括指揮官に任命されたオリヴァーは、引退した身で大役を任されることに萎縮していた。

 しかし四国の国王からの指名だったこともあり、断れず。

 出陣式に何を言えばいいのかと迷っていたので、ルドルフが「奇跡なんて信じるな」を話せばいいと進言していた。

 以前、まだルドルフが聖騎士だった頃にオリヴァーが話してくれたのだそうだ。


「今更ですけど、オリヴァーさん、引退したのに出陣したんですね」


 オリヴァーはクオーツに残っていても誰からも責められなかったはずで、ナターシャとレオで結果を待っていても良かったのだ。

 けれどオリヴァーは戦う為に来た。


「オリヴァーさんも、あの未来を見ていますから……じっとしていられないと言ってました」

「ナターシャさんも引き止めてはいたんだけどな。あの未来を、防げるならその手伝いがしたいって説得して」


 あの未来ーー


 以前、ナターシャと村の子供たちをレオへと移住させる旅路の中で、タリアとナターシャ以外にも見えてしまった未来。色々な都市が人型魔獣に襲われる未来だ。


 それが現実になるかもしれない、そのきっかけとも言えるアニキトスの出現に、あの時に未来を見たオリヴァーも、ルドルフも、カミールも、何かしたくてここにいる。

 それぞれが出来る範囲で、出来るだけのことをしたいと思ってこの場にいる。

 タリアだってそうだ。



 オリヴァーの演説を聴けなかったのは非常に残念だけど。そう言ってルドルフはアニキトスの地図を開いた。


「オレらは最後尾で町の中に入り、この辺りの工房を借りて拠点にする予定なんだ」


 戦闘での必需品となる対人型魔獣の道具をすぐに補給できるよう、ルドルフたちは町の中に移動をして備える予定になっていた。

 移動完了が今夜の見込みで、兵士たちは明日の朝早くから対人型魔獣部隊がアニキトスの二層目、貴族の町に向かうことになっている。


「軽く二日くらい寝る暇もなさそうな予定ですね」

「クオーツから全員にコレ、配られてるし大丈夫でしょ」

「あっ……」


 ルドルフがポケットから取り出したのは龍脈の小瓶だった。

 タリアが研究していた頃と形は変わっているが、より量産しやすく進化している。


 出陣前に疲労回復魔法が施された小瓶が兵士全員に配られ、支援部隊が治癒魔法の施された小瓶を配ることになっていた。


 会合のためにこの場に呼んだ三国には対人型魔獣の道具を試しながら、龍脈の小瓶に入れた薬酒に回復名魔法をかけて試してもらいながら集合してもらっているので、小瓶の薬酒のその効果は実証済みだった。


「タリアとは明日の朝に合流ってことにしようか」

「はい、お願いします」


 ルドルフは今夜中に道具の管理を部下に引き継ぎ、戦いが開始してすぐに動けるようにしておいてくれるとのことだった。

 白い髪の男性に接触するなり、攫うタイミングはルドルフに任せた方が確実なので、タリアは言われるままに従うことにした。




  ※ ※




 日が昇るとともに、連合軍はアニキトスの中層部、貴族の町へと到達した。

 程なく、最上部の王城へと繋がる階段から、あるいは王城から落ちてくる人型魔獣との戦闘が開始した。


 動きやすい服装でルドルフたちのいる工房へ到着したタリアは、上空から聞こえてくる声に、すぐそこで戦いが行われているのだと痛感しながら、ルドルフが出かけられるのを待った。


 最下層の市民の町からどんなに見上げても戦いの様子が見えることはないが、タリアは待っている間も外に出て、見えもしない貴族の町を見上げていた。


「……え?」


 そして気づいた。

 慌てて建物の中に駆け込む。


「ルドルフさん、大変です! 人型魔獣が落ちてきました!」

「は?」

「う、上から、ここに! 市民街に落ちてきたんです!」

「まじかよっ!」


 慌てて建物の外へと出たタリアとルドルフは、今まさに中層部から落ちて来ようとする数体の人型魔獣を目撃した。


「ど、どうしましょう! 戦える人たちはみんな、上に行っちゃってるんですよね?」

「いやいや、上の方が龍脈に近いのになんで!」

「……ん?」

「上の連中もちょっとこれは想定外だと」

「ルドルフさん」

「ん?」

「私のせいかも」

「……は?」

「前にオリヴァーさんの屋敷に現れた時も、最初は私だけ狙われてたり」

「はぁ? んじゃ、タリアがここにいるから、わざわざ落下してまでこっちに向かってるってことか?」

「たぶん。ははは……どうしましょうっ!」


 タリアはしでかしてしまった大失態に狼狽していた。

 タリアが最下層にいなければ、人型魔獣がわざわざ龍脈から遠ざかるような行動を取るとは思えない。

 しかし、今更何を言っても手遅れで、人型魔獣はタリアのいる、兵士の少ない最下層に降りてきてしまった。


「〜〜っ、最悪だ!」

「ごめんなさいっ!」

「いや、こんなの予測して動けないだろ! タリアは悪くない! ちょっと待ってて!」


 ルドルフは建物の中に飛び込み、すぐに外へと出てきた。


「布? それをどうする……わっ!」

「タリアの顔は見られない方がいい。ついでにオレも一応……」


 タリアの顔を隠すように頭から布をぐるぐると巻きつけた後、ルドルフは自分の顔も隠せるように布で覆った。


「これから、タリアで人型魔獣を上に誘導する」


 布の隙間から目元だけ出したタリアは、力強く何度も頷いた。


「背中に」

「よろしくお願いしますっ! 防御系魔法かけます!」

「とりあえず、ここから離れて建物の上に。ある程度集合させてから上に誘導するからな」

「はい!」


 タリアはルドルフに背負われ、しっかりと掴まる。


 ルドルフはタリアを背負い、中層階へと繋がる階段近くの建物の屋上へと上がる。


「まじか……本当に人型魔獣が集まって来てる」


 高い場所から見渡してみて、改めてタリアのいる場所へと集まりつつある人型魔獣にルドルフは驚いた。

 すると階段を駆け下りて来た兵士の一人が、建物の屋上へと飛び移って来た。


「あなた方は?」

「道具管理担当なんだが、オレら目掛けて人型魔獣が落ちて来たんで、出来る限り集めて上に誘導したいんだよねー」

「あなた方目掛けて……そのようですが」

「先に行ってオリヴァーさんに報告してくれると助かる」

「私たちは下に向かった人型魔獣をどうにかしてこいとオリヴァー様に命じられて来たのですが」

「オレはクオーツの元聖騎士のルドルフってもんだ。人型魔獣引き連れて上に行くから、どうにかして! ってオリヴァーさんに言ってきてよ」

「わ、わかりました!」


 兵士はすぐさま階段へと戻り、オリヴァーに報告のため中層部へと走っていった。


「さてと……対策を練る時間くらいは稼げるといいんだけど」


 オリヴァーは最下層に人型魔獣が移動していることを把握し、すでに兵を動かしていた。

 そこにルドルフの意向が伝われば、下に降りてしまった人型魔獣もどうにかしてくれるだろうとルドルフは言う。

 人型魔獣一体を相手にするのに複数名の兵士で立ち向かうのだ。それが十数体まとめて一箇所に集中することになるため、相応の対応が必要になる。

 兵を動かす権限を持っているオリヴァーに対策を立てて貰うのが一番手っ取り早い。


「タリア、人型魔獣の魔力って判別できたりする?」

「特殊魔法の有無の判別ってことですか?」

「そう。攻撃系を持ってると縦移動出来るらしいんだわ」

「視てみます!」


 タリアはルドルフに背負われたままでネックレスを外した。


「……いますね、二人ほど」

「まじかー」


 集まってきている人型魔獣は十五体。二体は攻撃系魔法の適正があり、一体に防御系魔法。他は特殊魔法を持っていないようだった。


 オリヴァー邸でタリアが見た人型魔獣は、防御系魔法の適正者だったため平行移動しかしていなかったが、タリアの目には止まらぬ速さで移動していた。


 攻撃系魔法の適正がある人型魔獣は、魔獣化する前から身体機能を高めて戦う訓練をしている。だから建物の上に飛び移ることも出来るし、他の人型魔獣よりも速く走ることも出来るということだった。


「ギリギリまで引きつけて、場合によっては全速力で移動する」

「うっ、覚悟してしがみついておきます」


 タリアは過去に二度、攻撃系魔法と防御系魔法の二種持ちの移動を経験していた。

 一度目は故郷のクレアを出る際、オリヴァーに抱えられて。あの時、車並みに速いと思っていた。

 そして二度目は聖騎士団の訓練場でギルバートに背負われた状態で。あの時はその速度に悲鳴をあげた。

 速度に慣れていないタリアに対し、オリヴァーは気を使い速度を抑えていたのだが、ギルバートは気遣いなどしなかったのだろう。

 人型魔獣から逃げることを考えれば、ルドルフの全速力はもしかするとギルバートよりも速いのかもしれないと、タリアは覚悟した。


 ルドルフは腰に携えていた玄武にタリアを座らせるように背負い直し、玄武をしっかりと掴んでタリアの両足を腕と胴体の隙間でしっかりと固定。

 タリアはしっかりとルドルフの首に両腕を回し、ルドルフの服を握り込んだ。


「よし、落とされないでくれよな」

「はいっ!」


 予想していた通り、攻撃系魔法の適性を持った人型魔獣は建物の上に飛び移って来た。

 すぐさま隣の建物に移動する。


「素早いけど、反応は遅いんだな」


 人型魔獣は狙いを定めて移動する分には素早いが、タリアを見失うと狙いが定まるまでは辺りを探るように首を動かす。


「目は、見えていないのかもしれませんね」

「より大きな魔力を感知してるだけってことか。それなら……」


 縦移動も可能な二体から逃げつつ、下にいる人型魔獣も引きつけながら階段へと進む。

 ルドルフが階段を上り始めると、思惑通りに人型魔獣達も階段に集まり、上り始めた。


「やっべっ! 急に速くなりやがった!」

「ぎゃっ! 速っ!」


 階段に到達すると、人型魔獣は四速歩行の野獣さながらに手足を駆使して物凄い速度で追いかけて来た。


「やばいやばいやばいっ! 怖すぎんだろ、あんなの!」


 ルドルフは全速力で長い階段を駈け上がり、タリアは悲鳴をあげる余裕もなく必至にしがみついていた。


「上にバリケードがあります! そこまで逃げ切ってください!」


 兵士の声が聞こえ、上に到達すればオリヴァーの策がある。そう思ったルドルフは安心して速度を上げた。


「ぐえっ! タリア! 締めすぎっ!」


 必至にしがみつくタリアにルドルフの声は届かずーー


 階段を上りきったルドルフの目に飛び込んできたのは、階段正面の石造りの建物まで続く盾の壁。


「ここまで真っ直ぐ進め!」


 オリヴァーの声だった。正面の建物の屋上にはオリヴァーと数名の兵士が待機していて、ルドルフはそこを目掛けて真っ直ぐに進む。

 建物の上へと到達すると、背後の下の方で爆音が響き、その後直ぐに建物が激しく揺れた。


 ルドルフが振り返ると、目下では兵士達が屋上から落としたネット型の道具で壁に激突した人型魔獣の動きを止め、ネットにかからなかった人型魔獣は下にいる兵士が紐状の道具で個々に拘束していた。


「二人とも、怪我はねーな?」

「無事……すっげー疲れた以外は」

「オリヴァーさん、ごめんなさい。私、こんなことになるなんて」

「いや、お前らの動きは把握してたのに、ここまで頭が回らなかった。怖い思いさせたな」


 ルドルフに背負われたまま、オリヴァーに頭を撫でられたタリアは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 オリヴァーにはオリヴァーの作戦があったはずで、それを台無しにしてしまったのではないかと。


 昨日、オリヴァーはサラからタリア達のしようとしていることを聞いていた。

 ルドルフが行動を共にするなら大丈夫だろうし、白い髪の男性の件はタリアがいなければどうにもならないとも思えたので任せることにしたのだが。


 先ほど、持ち場を離れたギルバートからの報告を受けてオリヴァーは焦った。

 タリアの魔力がすぐ下にあり、それに気づいた人型魔獣が何体か市街地に落ちたと言われて。


 タリアは市街地に入ったルドルフを迎えに来ただけだと予想できた。

 魔獣の性質上、龍脈からわざわざ離れることはないだろうと思い、市街地には住民避難の兵士か配置していなかったので、このままでは市街地にいる全員が危ないと思い、全身から血が抜ける思いだったようだ。


「タリア、悪いが、もう少し協力してくれないか?」

「協力、ですか?」

「今みたいに、人型魔獣を誘い込んで一気に仕留めたい。お前を囮に使うってことなんだが、二種持ちなら逃げ切れるようだし」

「やります!」

「……悪いな。思っていた以上に人型魔獣が多くて苦戦してたんだ。協力は本当に助かる」

「オリヴァー様! 人型魔獣が集まってきてます!」

「大丈夫だ! こっちに意識が向いてる奴は背後から拘束して仕留めろ! すでに怪我している魔獣は手当たり次第になってるから気をつけろよ!」


 オリヴァーは周囲の兵士に指示を出し、その兵士達はすぐに散った。


「タリア……」

「私! ここにいることを後悔したくありません! だから謝らないで! それに、私はしがみついてるだけですし」

「……わかった。ロルフ、まだ走れるか?」

「もちろん」

「あ、疲労回復魔法かけます!」

「北側にギルがいる。そこまでタリアを届けて、ロルフは南の大階段前に。タリアは所々で敵の数を減らしながら西側のウィルと合流して、南の大階段までくるんだ。いいな?」


 人型魔獣の数を減らすため、所々に先ほどと同じように人型魔獣を待ち構えている場所があると言う。

 盾の壁が目印で、それを見つけたら突っ込むようにギルバートとウィリアムにも伝えて欲しいとオリヴァーが言い、タリアとルドルフはしっかりと頷いた。





 第12話 完

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