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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第3章 不可能の証明
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不可能の証明 第10話

 

「私のすべき事、かぁ……」


 タリアは魔女の家の前にある湖のほとりにある岩に腰かけ、景色を眺めていた。

 アクアリウスで見た光景が頭から離れず、気持ちが落ち込んだままで子供達の前に行きたくなかった。


 そして改めて、タリアのすべき事を考える。

 それは魔女の望みを叶える事。そして世界が滅びるのを防ぐ事だ。


 魔女が関わっていたという研究について知ろうと思ったのは、その研究において魔女自身が研究対象になっている可能性があったからだ。

 タリアとは違う視点で魔女を深く知ろうとした人がいるのではないか。そんな期待があったのでリーブラに通っていた。


 そして魔女が関わっていた危険な研究がどんなものかを知った。

 人工的に人型魔獣を生み出す方法も知った。

 それは、魔女が世界を滅ぼす方法を知ったということだ。


 それはタリアが本当に知りたかったこととは少し違うものではあったが、魔女がどのように世界を滅ぼそうとしているのかがわかったので、それを防ぐ手立てを考えておける余裕ができたということでもあった。


 あとは魔女の望みを叶える方法を見つけるさえすればいい。

 ただそれはかなり難しい問題だった。

 タリアには一応、一つ考えがある。最後の手段にしようと思っているものだ。

 他にいくつか方法を試した上で、それでもダメだった場合の手段にしたいと考えていたのだが、どれだけ考えてもその一つしか思いつかないでいた。

 そして今回知った内容から、その方法が唯一無二の正攻法なのではないかとさえ思える。


「エステル、考え事か?」

「ばぁば……」


 タリアが家の前にいるのに入ってくる気配がないことに気づいた魔女が様子を見に来た。


「ひどい顔じゃ。あの男と喧嘩でもしたか」

「してないよ。別行動中なだけ」

「そうか。ならば良い。じぃじが食事の心配をしておったぞ?」

「今日は……どうだろ。一応迎えには行くけど、何時に帰って来るかもわからないって言ってたから、子供達と寝るのは無理かもしれないって」

「それは残念じゃ。早く父親だという認識をして貰いたいからのぉ」

「うん。それはウィルの望みでもあるんだけど、ね。子供達は?」

「じぃじと戯れておる。心配はない」


 そう言うと、魔女はタリアの隣に腰をおろした。


「ねぇ、ばぁば……ラザラスって人に覚えはある?」

「……その名に行き着いたか」

「うん。ばぁばがどうやって世界を滅ぼすのか、その方法はわかったよ」

「ほほっ、わかったところで防げまい」

「ばぁばを殺すこと以外には、ね」

「して、その方法は見つかったのか?」

「……確実かはわからないけど」

「ほう、やはり心当たりがあったか!」

「やはりって」

「エステルに焦った様子はないからのぉ。何か策をすでに持っているのではないかと思っておった」


 得意げに笑顔を見せる魔女に、タリアは苦笑する。


「思ってたんなら言ってよ」

「今すぐに試しに行くわけにはいかんから、時期をはかっているのやも、とも思ってな」

「全部、お見通しかぁ」

「……今はまだ、いなくなるわけにはいかんのだろう?」

「うん、それは困る」

「それに今しばらくは、今のままが良い」

「うん……ねぇ、今度、五人でどこかに遊びに行こうか。泊まりがけで」

「ふむ! 旅行じゃな!」

「温泉も行きたいし、そういえば海も見たことない」

「よし! 地図じゃ! 旅行の計画を立てるぞ!」

「うん! いい機会だから一週間くらい行っちゃう?」

「行きたい場所を精査してから日数を決めるとしよう!」

「あ、すぐは無理だよ? 仕事も急に休むわけにはいかないし」


 勢いよく立ち上がった二人は、話しながら急ぎ足で家の中へと入っていった。

 そして魔女が持っている世界地図を広げる。


「大きな町の方が楽しめる場所が多いんだろうけど、龍脈都市は近づかない方がいいかも」

「そうなのか?」

「多分、これから危険も増えるだろうし、子供連れには向かないかな」

「まぁ良い。面白いのは龍脈都市だけではないからのぉ」

「確かに。クオーツも龍脈都市以外の町に温泉があったり演芸場があったし」


 今、龍脈都市はどこも人型魔獣への警戒が強まってる。

 その上、先ほどアクアリウスの惨状を見てきたばかりのタリアは、子供達を連れて龍脈都市に行こうとは思えなかった。

 ウィリアムとカミールの言う通り、チャニング公爵の目的が世界の統一なのだとしたら、次にどの龍脈都市が狙われるのかわからない。

 そうなると龍脈都市に限らず、兵士の通り道になる場所も注意が必要だった。


 今後のチャニング公爵周辺の情報はカミールが集めるだろうし、旅行先の候補地を数カ所決めておき、安全そうな場所にだけ行くと言うのも手だ。


(そうだ。カミールさんなら面白い場所詳しそう!)


 今、ウィリアムとカミールはオブシディアン国王への謁見のために王城に出向いている。

 戻ってきたらカミールオススメの観光地はないかと聞いてみることにした。




  ※ ※




 翌日の昼過ぎ、ウィリアムとカミールは用心棒紹介所へと戻ってきた。


 主要メンバーで今後の話し合いが行われ、カミールはジャーヴィスを連れてアクアリウスにある用心棒紹介所で情報収集を行うことになった。

 アクアリウスはチャニング公爵に襲撃を受けたばかりだが、だからこそ安全だと考えられた。

 それにアクアリウスの市民街は無傷。用心棒紹介所も無事なので、今後チャニング公爵の動きを知るにはうってつけの活動拠点と言えた。


 タリアはギルバートの捜索と各拠点の連絡役をすることになった。

 各拠点で集めた情報をカミールの元へと届け、カミールから各拠点への指示などを運ぶ役目だ。

 ノーヴァでの奏者としての仕事は休み、連絡役が今後しばらくの仕事になり、報酬を受け取ることになる。

 連絡役の仕事は毎日。しかし白虎のカケラを所持するタリアが各拠点を周っても、報告書の受け渡しをするだけなので一、二時間ほどで終了するだろう。それならば子供達の昼寝の時間で事足りる。

 これから旅行も予定しているが、その程度であれば問題はないとも思えたので、タリアは連絡役を引き受けた。


 早速、カミールとジャーヴィスはアクアリウスへと移るための準備を始め、クオーツに送ってほしいと言うウィリアムと共にタリアはサラの元へと向かった。


「オブシディアン国王からの返事だ」

「早かったですね」


 執務室にいたサラに、ウィリアムはオブシディアン国王からの書状を渡すと、サラはすぐに中を確認した。


「では、準備が整い次第、行動を開始してください」


 そう言ってサラは用意してあった二通の書状をウィリアムに渡す。

 ウィリアムはしっかりと頷き、一礼をしてサラに背を向けるとタリアの手を取り、足早に退室した。


「ウィル、速すぎます!」


 足早に廊下を進むウィリアムに引きずられるように歩かされているタリアの苦言も聞かず、ウィリアムはそのまま自室へと入った。


「ウィ、ウィル? どうしたんです? 急に……」

「少しこのまま……」


 部屋に入って扉を閉めるなり、ウィリアムはタリアを背後から抱きしめていた。


(ふぉぉっ、首に息がかかってるっ!)


 タリアの全神経が過敏になり、過剰に反応する。


 タリアが混乱している間にしばらく経ってもウィリアムは動く様子がなかった。


「……ウィル? どうしたんです?」


 少し落ち着いたタリアは回された腕に手を載せる。


「何か、嫌な予感がするんですが」

「……私はここに残る」

「……残る?」

「さっきの書状をルーヴィとラズの国王の元へ届け、返事を貰うためだ」

「それなら、私がウィルを送れば」

「正式な書状だ。そういうわけにはいかない」


 サラとオブシディアン国王とのやり取りも正式なものではあったが、オブシディアン国王はタリアの移動手段を知っていた。

 それをオブシディアン国王に明かしたのはカミールだったが、それは約三年間、オブシディアン国王と関わり、その人となりを知った上で、タリアを、『スティグマータの乙女』を自分の都合だけのために使う人ではないと知っていたからだ。

 現にオブシディアン国王はタリアの存在を知り、『スティグマータの乙女』であるのだろうと察してはいるのだろう。特別な移動手段を実際に体験し、タリアがカミールを救ったその場に居合わせたのだから。

 しかし、ウィリアムとカミールで謁見に行った際にもタリアに対しなんの言及もなかった。代わりにカルヴァン伯爵からは『エステルを何者からも守ってほしい』とだけ。


 オブシディアン国王は特殊なケースであり、ルーヴィとラズの国王がタリアを知ってどんな事を思うのかはわからない。

 タリアの存在を隠すためにも、その二国に書状を持っていくのにタリアの力は使わないことになっていた。


 それにウィリアムはクオーツの聖騎士団副団長として二国へ赴く。

 壁で囲われた王都に入るのに、馬車もなく、部下を連れていないのは明らかにおかしい。

 だからレオから一般的な方法で二国へ赴くのだと。


「それ、どのくらいかかるんですか?」

「早くて一ヶ月ってところだろう」

「……危険はないんですか?」

「向こうの出方次第だな。正式なクオーツの使者とはいえ、どういう扱いをされるのか全くわからない。まぁ、もしもの時は全力で逃げるが」

「……そのもしもの時のために、付いていくことはできないんですか?」


 タリアはウィリアムと旅をしたことがあるので、道中の心配はしていなかった。

 途中、どれだけの魔獣に遭遇しようが瞬時に撃退してしまうのがウィリアムだと知っている。

 しかし、表立って敵対関係にあったわけではないが、二十四年ほど前の戦争でクオーツはルーヴィとラズに攻め込まれ、返り討ちにした過去がある。

 そんな二国にたった数名で書状を届けに行くのだ。王都に入ってからの方がよほど危険だと思われた。


「タリアは、子供達が最優先だ。謁見できるのが子供達の起きてる時間だとは限らないし」

「そうかもしれませんけど」

「ギルバートも探して貰うし、接触できるのはタリアだけになるだろう。それに、行く場所に用心棒紹介所もあるし、私の動きがわかるよう、カミールの仲間に協力してもらう手筈になってる」


 ウィリアムは聖騎士団副団長としての任務を全うするために行くのだ。女王からの直接の命を受けて。


(離れたくない、とは言えないな……)


 たった十日。ウィリアムとタリアが一緒に過ごすようになって立った十日しか経っていない。

 四年近くも会えない期間があったというのに、一ヶ月も離れると思うだけでタリアは胸が引き裂かれそうなほどに痛む。


 やっと、ウィリアムが視界に入っていても心が乱れなくなった。傍にいてくれることが当たり前だとさえ思っていた。

 たった十日ではあるが、毎日顔を合わせるのが当たり前になっていた。


(すっかり忘れてた……送り出す側の不安……)


 五年ほど前にも感じた不安が、タリアの心を埋め尽くす。

 任務に赴くオリヴァーを、ギルバートを送り出した時と同じ不安だ。

 次にウィリアムと会えるのは、任務を終えてから。危険を乗り越えてからになる。

 次があるのかわからない。ウィリアムにはそれがわかっているから、タリアを抱きしめたまま離そうとしないのだ。


「……ウィル、書状を届けて戻ったら、少し休める?」

「どう、だろうな。書状の返事次第かもしれない」

「そう……一日だけでも休めたらいいな。昨日ばぁばと、みんなで旅行に行こうって計画立てて」

「旅行か。楽しそうだな」

「もちろん、合間に仕事はちゃんとする。やらなきゃいけないことは疎かにしない」

「うん」

「だから、無事に帰ってきて、ウィルも一緒に」

「ははっ、すっごく、やる気出た」


 ウィリアムはルーヴィとラズの王都に入ったら、カミールの仲間から近況を聞き、それから王城へと入ることになる。

 タリアは各拠点を巡る日々になるので、ウィリアムが王都に入ってからの動きは把握できるだろう。

 一ヶ月間、音信不明の安否不明という状況にはならないだろうとウィリアムが言うので、タリアは少し安心した。


「本当に、気をつけて」

「タリアも……無茶はするなよ?」

「うん」

「行ってくれ。でないといつまでも離せそうにないから」


 離れ難いのはタリアも同じだったが、ウィリアムにはやることがあるし、タリアもカミール達をアクアリウスに送り届けることになっている。


 タリアがゆっくりと一歩踏み出すと、ウィリアムの腕が解けた。


「振り返らないでくれ」

「どうしてです?」

「タリアが今、どんな顔してても……決心が鈍りそうだから」


 タリアも、どんな顔でウィリアムを見送ればいいのか分からないでいた。

 無事に任務を終えて戻れるか分からない不安でいっぱいなのに、笑顔になれるわけもない。


「戻って来なかったら許しませんから」

「……ああ」

「今後のこと、ちゃんと話し合わないといけませんし」

「そうだな」

「いつまでも死の森では暮らせないから、どこで暮らすのがいいのか決めて」

「うん」

「子供達が気にいるか確認して」

「うん」

「その前に、私たちの関係性もはっきりさせておかないと。全部、戻って来てから、ね?」

「わかった。必ず戻る。タリアのところに」


 ウィリアムの動く気配がして、足音が遠ざかり、扉が開く音がした。


「それじゃ、行ってくる」


 ウィリアムが行ってしまう。衝動的に振り返ったタリアだったが、そこには閉ざされた扉があるだけだった。


 行かないでと、思うままに言えば良かったんだろうか。


 一緒に連れて行ってと、もっと食い下がれば良かったんだろうか。


 どちらを口にしてもウィリアムを困らせるだけだとわかってしまったタリアは、そのどちらも口にはしなかった。


 どうか無事でーー


 今はそう願うしかなかった。




  ※ ※




「えーっ! 喋らないとか、ほんと自信ないんだけど!」

「仕方ないし、丁度いいんだから頑張ってよ」


 タリアがアリーズの用心棒紹介所へと戻ると、いつもカミールが仕事用に使っている部屋が何やら騒がしかった。

 何を騒いでいるのかと思いながらもタリアが部屋に入ると、ジャーヴィスがカミールに何かを押し付けられているところだった。


「なんの騒ぎです?」

「エステル、お帰り! ほら、もう出発するんだから諦めて鉄仮面つけて!」

「ううっ……なんで喋れない設定なんかにしたんだ!」


 しぶしぶ、といった様子で鉄仮面を被ったジャーヴィスは、先日までウィリアムが着ていたようなシャツにベストという服装に変わっていた。


「今度はジャーヴィスさんが鉄仮面さんになるんですか?」

「ジャーヴィスはアクアリウスの出身なんだよ」

「なるほど。それで仕方ないし、丁度いいんですね」


 これからアクアリウスの用心棒紹介所が拠点となるカミールとジャーヴィス。

 ジャーヴィスがラズの特殊部隊の出身でクオーツに潜入捜査していた事を思い出したタリアは、ジャーヴィスが顔を隠さなければいけない理由を察した。

 丁度よく、ウィリアムはクオーツに戻ったので、今度はジャーヴィスを鉄仮面に仕立てることになったようだ。

 丁度よく鉄仮面もジャーヴィスも、攻撃系魔法と防御系魔法の二種持ちでもある。


「視界が狭い……なんか息苦しいし……みんなよく、こんなもんつけて戦場に行ってたもんだ。これで鎧着たらまともに戦える気しないんだけど」

「そうかもね。準備も整ったし、出発しよう! 先ずは荷物を置いて、エステルに拠点を案内するのはそれからにしようか」


 カミールもジャーヴィスも最低限の荷物しか用意しておらず、二人の両手で持てる程度だけだった。

 カミールはタリア用に龍脈都市の地図を用意していて、そこには用心棒紹介所の場所が記されていた。


 先ずはアクアリウスに荷物を置きに行き、ジャーヴィスは早速現地の仲間からの情報収集に向かった。

 そしてタリアはカミールとともに各地の用心棒紹介所を周り、場所を把握。

 誰から報告書を受け取ればいいのかを確認してから、アクアリウスの用心棒紹介所へと戻った。


「今更かもしれませんけど、カミールさん達がここを拠点にする絶対の理由ってあるんですか?」


 カミールの荷ほどきを手伝いながら、タリアは疑問に思っていた事を口にした。


 ここ、アクアリウスにはこれからチャニング公爵の率いる三万の兵が入ってきて占領すると予想されている。

 被害を免れた場所に用心棒紹介所があると言っても、大きな都市が一つ占領されるのだ。

 そこの住民がどんな扱いをされるのかもわからない。


 確かに、チャニング公爵がアクアリウスを皮切りに世界の統一を望んでいるのなら、混乱の中心部になることは間違いないし、どこよりも早く情報がはいることは間違いない。


「強いて言うなら、ここが一番危険だから、かな。あっ、死にたいからってわけじゃないよ?」


 カミールはサラ同様、生活魔法さえ使えない。

 通常なら毛細血管の様に魔力が身体中を循環しているのだが、二人の場合、体の中心部から放射状に体外へと発散している。

 魔力の動きに関してはタリアにしか視えないものではあるが、カミールもサラも幼い頃から生活魔法さえ使えないことが日常だった。


「俺は、与えられてばかりなんだよ。俺が欲しい情報は、仲間が危険を犯して調べてくれたものだ。俺が情報集めのために世界を周っていられたのも、魔獣から旅路を守ってくれる仲間がいたからだ」


 カミールは各地に用心棒紹介所を作り、貴族と兵士を繋ぐことで収入を得てもいたし、情報も得ていた。

 情報の集まる十二の龍脈都市には自然と情報が集まる。それを更に四つの国の王都で集約し、それを三ヶ月周期で集めて周っていた。

 その全ては、特殊魔法の適正を持たないカミールに変わって情報を集めてくれる仲間がいたから。カミールの行きたい場所に連れて行ってくれる仲間がいたからに他ならない。


「でももう、俺の本当に知りたかったことは分かった。だからこそ、これからも仲間と生きる世界が恐ろしいものにならないように、ここで俺にできる事をしたい。一番危険な場所だからこそ、そこで、仲間と一緒に」


 カミール個人の目的のために協力をして貰ってきた仲間のため、カミール個人の目的のために作った組織を駆使してチャニング公爵の目的を阻止するために、出来る限りのことがしたい。

 それがカミールがアクアリウスを拠点にする理由だった。


 チャニング公爵を野放しにはできない。アクアリウスにしたように、また人型魔獣を使って都市を襲うことは明白で、その度に沢山の人が犠牲になる。

 アクアリウスが故郷であるジャーヴィスのように、次も仲間の故郷が狙われるのかもしれない。この先、全ての都市が狙われるのかもしれない。


 世界の危機とも言っていいこの状況下で、仲間だけを危険にさらし、安全な場所で情報を待っている事をカミールは望まなかった。


(仲間と相思相愛なのに、死ぬ気だったなんて……)


 これまでタリアはアリーズにいるカミールの仲間を通じ、どれだけカミールを大切に思っているのかを知ってきた。

 カミールはみんなを置いて一人で死ぬつもりでいたが、仲間に毒味をさせようとしなかったカミールも知っている。

 そして今、これまでカミールがどれだけ仲間に感謝し、大切に想っているのかを垣間見た気がした。


「これで答えになった?」

「はい」

「まぁ、チャニング公爵もここを拠点にするから下の階層を残したんだろうし、占領はしても市民の暮らしは守ると思うし、ここに居たって俺は安全そうなんだけどね」

「そうだといいですね、本当に」


 ノックが聞こえ、ジャーヴィスが入ってくる。すぐに鉄仮面を外し、疲れ切った様子でソファーに腰かけた。


「外の様子は?」

「上は、酷いな。愛国心なんてないと思ってたけど、あれは流石に……」


 ジャーヴィスはアクアリウスの用心棒紹介所が無人だったことから、情報収集に出払っているだろう仲間を呼び戻せるだけ呼び戻しに行っていた。

 もしかすると貴族の警護の為、上の階層にいた仲間もいるかもしれないし、一刻も早い情報の集積をカミールが望んだからだ。

 その際、嫌でも上の階層の惨状を目の当たりにすることになった。


 十三歳で二種類の特殊魔法の適正があると判明するまで、ジャーヴィスはこの町で育った。

 戦争孤児で親の顔も覚えておらず、孤児院で暮らしていたという。

 ラズは力が全て。王族や貴族を除き、特殊魔法の適正の有無が全てと言っても過言ではないほど扱いに大きな差が出る。

 特に孤児はその差が顕著で、十三歳まではそれなりに大切に育てられる。

 しかし十三歳になる年に適性検査が行われ、そこで特殊魔法の適正があれば良し、なければそのまま戦場送りだった。

 継ぐ家業のない孤児にとって、適性検査は死ぬか生きるかの検査でもあった。


「戦場送りになったやつらは誰も戻ってこなかった。当たり前だよな。食い扶持を減らすために死なせに行かせるようなもんなんだから……そんな事をしてんのは上に住んでるやつらだ。いつか、あいつら全員叩きのめしてやりたいって思ってた。思ってはいたけど……」

「ジャーヴィス……」


 タリアはそっと部屋を出た。

 仕事中は真面目でも、普段はおちゃらけているジャーヴィスが滅入っている。

 一見、弱音など吐かなそうなジャーヴィスが弱音を吐いているのは、カミールだからだろう。

 二人きりにした方がいいと思い、タリアは部屋を出た。

 そしてそのまま建物の外へと出てみることにした。


『クオーツがどれだけ平和だったか身に沁みますよ?』


 以前、カミールに言われた言葉を思い出していた。


 アクアリウスの用心棒紹介所は庶民の階層から上層階へと続く長い階段の近くに位置している。

 高い壁のその上に貴族の階層があるので、ここから上の惨状は見えない。

 だからだろうか。

 町は平和そうに見える。

 まだ、上の階層で起こったことが伝わっていないだけかもしれないが。


 町は平和そうに見えても、ジャーヴィスが漏らした内容からは辛い状況しか見えてこなかった。


 戦争孤児は特殊魔法の適正がなければ食い扶持を減らすために戦場送りになる。

 それはつまり、国自体が疲弊している事を意味していた。

 二千年以上続く戦国時代。その中でもルーヴィとラズは常にどこかと戦い続けている。

 ラズは武力主義の国。なによりも戦いに勝つことが優先されてきた。

 武力になる見込みのない子供を切り捨ててきたのだ。


 タリアはラズを武力主義の国だと知っていた。もう随分と前にはなるが、十三歳でクオーツの王都レオに召集され、軟禁状態にあったときに侍女のフィオナが持ってきてくれた本で知っていた。

 武力主義がどんなものかも想像せずに、ただ、その言葉だけを覚えていただけのようなものだったと思い知る。


 戦争孤児ではなければ、ちゃんとまともに大人になれるのかもしれないがーー


 ジャーヴィスはクオーツ永住を望んでいる。それを考えれば、戦争孤児の扱い以外にも色々と闇があるのかもしれないとタリアは思った。




  ※ ※




 その後、タリアは毎日、連絡役としての仕事をこなした。

 全て書面でのやり取りだったので、その内容をタリアは知らないし、カミールが教えてくれることもなかった。


 ただ、ウィリアムが無事にラズの王都ピスケスに入り、王と謁見。数日間、王城に滞在した後にルーヴィに向かって発ったと聞かされた。

 そしてルーヴィの王都リーブラでも同じように王と謁見し、数日後にクオーツへ向かったと。


 その間、タリアは子供達と五人で旅行をして周っていた。

 ウィリアムさえクオーツに戻ったら合流できると思っていたのだが、旅行どころではなくなってしまった。


 ウィリアムがクオーツの王都レオに戻ったという知らせを聞く前に、アクアリウスを占拠したチャニング公爵が独立宣言をした。


 アクアリウスはどこの国にも属さない新たな国となったとし、今後はアニキトスという国になること。

 そしてこの世界の全てを支配するために手段を選ばないと。


 それを受け、各国は一斉に動き出した。


 ウィリアムが無事にレオに戻ってきたという情報はあるものの、どこで何をしているのか全くわからないままに、クオーツも、オブシディアンも、ルーヴィも、ラズも、龍脈都市が人型魔獣に襲われることも考慮しつつ、大兵団をアニキトスへと出陣させた。





 第10話 完

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