二章 三 自分にできること
周辺調査は結局、村に着いた翌日では終わらず、三日目もゼルギウスは調査に出た。
深夜の襲撃は来ておらず、そのせいで迎撃のかたちで討伐を行えない。
シェスティは待っているだけではなんだということで、農作を手伝ったりしていた。といってもあまり重労働になることはできないから、子供の手伝いの範囲である。
しかし、簡単な手伝いをしているうちに、シェスティはもう一つ村の中でできることを発見した。
「あの、女将さん、ご飯の用意が必要ない時でいいので、台所を使わせていただいてもいいですか?」
農作の手伝いが終わった昼食後、泊っている宿の女将に、一つ頼み事をする。
「いいけど、何に使うの」
「私、薬屋で働いていたので、簡単な回復薬なら作れるんです。それで……」
「はあ、いいけど。クライン草は自分でとってこれるの?」
女将は疑わし気にそう言った。クライン草とギフト草の見分けが難しいことは常識だ。ティアラントでは、子供が間違ってギフト草を食べないように、小さいころから随分しつけられるものである。見分けの方法は難しいから、道草を食うな、という方向性だが。
「はい。薬草摘みが私の仕事だったんです」
自信をもって頷くシェスティを見て、女将はシェスティに許可を出してくれた。
昨日のうちに、村の中にクライン草が生えているのは確認していた。通りがかった住民から、雑草扱いされていることも確認済み。抜いて使ってしまっても問題はなさそうだった。
クライン草はほとんど雑草のようなもので、大して手をかけずとも育つ。しかし、野生下でも大抵は一緒に毒草であるギフト草が生えているため、危なくて薬には使えない。
シェスティは使われていない小さな籠を借りると、村の中に自生しているクライン草を見定めた。
(……こっちはまだあんまり魔素を吸えてない。あっちの方がまだマシかな……)
シェスティは、それぞれの草が有する魔力を見るだけで判断することができる。魔力の編み目、その構造図や、魔素のたまり具合を可視化しているのだ。
これは魔族という種族でありながら、極限に近い飢餓状態の中、花の精気を効率良く吸収しようとするうちに身に付いた、彼女のもつ技術だった。
およそ魔力で編まれたなんらかの力であれば、見ればその構築図がわかる。何らかの効能のある薬草というのは、その中に何らかの既に編まれた魔力を蓄えているものである。より正確に言えば、地中から吸い上げた魔素を、植物の体内で一定の形に編み上げているのが薬草であり、シェスティはその編まれた魔力を見て薬草の効能を判断している。
こういった器のある薬草と違って、魔術のように器のない力そのものの発露であれば、自身の魔力を用いて解くことも可能だ。他の者がこの技術を有したならば通常はそういう使い方をするだろう。
しかし、シェスティはこの能力をもっぱら薬草の判別や『食事』にばかり使ってきていた。
(……これはギフト草。こっちはクライン草だけど魔素がいまいち……)
野生下のクライン草は、育ちがまちまちだ。モニカの薬草園は毎日彼女が丁寧に世話をしていたお陰で、同じクライン草から作る薬でも効能が出ていたのだと、改めて感じる。
よく魔素をためこんだクライン草を選んで摘み、籠に入れていく。
しばらくかかってある程度の量のクライン草を集め終わると、ひと呼吸置いてからあたりを見渡す。周囲に村人はいなさそうだ。
「……ごめんなさい」
呟いてから、いくらかのギフト草から精力を吸っておいた。ゼルギウスと共にいる間は魔力が吸いにくい。
二人旅の間は〔解呪〕の必要もないから、花一輪から少しもらうくらいでもなんとかなっていたが、村に滞在するとなれば多少の魔力を使うこともあるだろう。
「あら、こんなところにいたの」
近くにあった柵に少し体重を預けて休憩していると、不意に声をかけられる。宿の女将だった。今は宿のほうも休憩中なの、と彼女は語る。
「それ、クライン草だったのねぇ」
「はい。……あ、でも、このあたりにはギフト草も混じっていますから、採ろうとしないでくださいね」
「そしたら、アンタが全部ギフト草だけ抜いといてくれたらいいじゃないの」
そう言う女将に、シェスティは首を横に振る。
クライン草だけ育てても何故か効能は低く、ギフト草と一緒に育てる必要があるので、なんらかの共生関係があるのだろう。
なんにせよ、薬草として効果のあるクライン草の採取には見分けの技術が必須となる。
「ギフト草を全部抜いてしまうと、どうしてかその一帯に生えていたクライン草も枯れてしまうんです。逆も然りですが。何らかの共生関係にある――と、言われています」
どうしてなのかはよく知らないんですが、とシェスティが付け加えると、女将は残念そうにへぇ、と言った。
実際どうしてなのか、シェスティがモニカに聞いた限りではわからない。自生しているものは必ずそうなる。種から育てる場合はクライン草だけでも一応は育つが、ギフト草と一緒に植えた方が間違いなく品質は良くなる。
もちろん、そうすることで素人が盗んでいかないようにする目的もあるが。
「それで、なんとか作れそう?」
「はい」
「……もしよかったら、ちょっとお裾分けしてもらえたりしないかい? お代は払うからさ」
ここには薬師がいないから、薬がきれたらフィールファルベまで買いにいかないといけないのだという。
シェスティは苦笑いして返した。
「ええっと……私は生産ギルドに所属していないので、報酬は受け取れません。品質の保障もありませんが、それで構わないのであれば……」
シェスティは薬師として生産・販売ギルドに登録をしていないから販売はできない。
善意であげるだけなら可能なのだが、ギルドに所属しない者から受け取った薬を使用した場合、使用にあたって受けた被害についてはギルドからの保障がなされないため、自己責任になってしまう。
被害を出した側に直接責任追及もできなくはないが、基本的には泣き寝入りだ。
「じゃあ、できたもんをあんた自身で飲んでるとこを見せてくれたらいいよ」
「はい、それは勿論」
薬草についての素人判断は非常に危険だから、口で「見分けられる」と言っているだけのシェスティを信頼できないのも当然のことだ。ベテランでさえ、稀に間違う。製薬中の臭いや反応で気が付くこともできるため、毒薬が蔓延することは稀だが、危険なことに違いはない。
テンベルクにいた時にも、モニカが摘んだクライン草のなかに一枚だけギフト草の葉が混じっていたことさえあった。それをシェスティが指摘したのがきっかけで、彼女が薬草摘みを担当するようになったので、シェスティにとっては不幸中の幸いだったのだが。
薬屋にいた頃のエピソードを、世間話がてら女将に話しながら、宿へ戻る。
女将いわく、夕飯の用意までもうしばらくあるから、それまでは台所を自由に使ってくれて構わない、とのことだった。いくらか捨てようとしていた空き瓶も用意してくれたので、容器も問題なくなった。
ゼルギウスは魔術を用いて作った薬は体質により打ち消されてしまうようだが、飲み薬であれば効果があるらしい。
(魔術を解く魔法陣が、体の表面にびっしり描かれてるみたいなものかな……?)
そのようにシェスティは考察しているが、定かではない。
なんにせよ、シェスティが作れるのは飲み薬だ。いくらか作っておけば使いどころもあるだろう。
クライン草を洗い、土を落としてから、少々細かめに千切ったものを沸騰した湯に入れてしばらく茹でる。
火は魔石によってつける。これは生活必需品のため、ギルドを介して月初めに村単位でかなりの量が支給される。ここは宿だから、よそよりも多めに受け取っているのだろう。かなりのストックがあった。
煮詰める時間の感覚はモニカの薬屋に勤めていた時に養った。湯に色がついたら火を弱め、少し粘り気がでてくるまで煮詰める。しばらくは回復薬に困らぬようそれなりの量を採ったからその分湯をわかすにも煮詰めるにも時間がかかるが、逆に言えば時間がかかるだけだ。卵焼きの方がはるかに難しい、とシェスティは考えている。
出来上がったものを用意してもらった空き瓶につめ、洗い物を済ませる。ちょうど女将が夕食の準備をしようと戻ってきた頃には、片付けもすっかり済んでいた。
「もういいのかい?」
「ええ、はい。お鍋、ありがとうございました。一応、洗っておきましたが」
「そっかそっか、ありがとね」
女将に断って、ナイフで少しだけわざと傷を作ってから、毒見用に残しておいたものを女将の前で飲み干してみせた。傷は見る間に塞がり、数秒のうちに跡形もなくなる。
「ああ、大丈夫そうだねえ。使った鍋は一つ?」
「はい。これだけです」
「じゃあどれも品質は同じね」
瓶を数本渡すと、ありがたくいただいておくね、と彼女は笑った。魔獣被害で回復薬が減ってきたのに、町に向かおうとすると妨害されるため、在庫の補充ができず困っていたのだという。聞けば聞くほど、深刻な状況のように思われて、思わず眉が下がる。
女将は明るく笑っているが、不安はあったのだろう。
回復薬はあるに越したことはない。この事態が回復しても、活用してもらえるだろう。
「……ああ、そういえばさっき、傭兵さんが帰ってきてたみたいだよ」
「本当ですか? 昨日より少し早めでしたね」
昨日ゼルギウスが帰ってきたのは、日没ぎりぎりになってからだった。だから、今日もそのくらいになると思っていた。
「そうねぇ。もう部屋に戻ったみたいだから、話、聞いといたらどうだい?」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げてから、籠に薬をつめた瓶を入れ、そのまま寄り道せず客室に戻ることにした。




