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恋する淫魔と大剣使いの傭兵  作者: 上原のあ
二章 魔獣被害と依頼
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二章 三 自分にできること

18/5/31:よく考えたら〈個人技能〉についての説明を「あとでしよう」という感じになったまま全くせずに進んできてしまっていて、ここにしか差し込めないと気が付いたのでちょっとだけ説明を挟みました。すみません。

 周辺調査は結局、村に着いた翌日では終わらず、三日目もゼルギウスは調査に出た。深夜の襲撃は来ておらず、迎撃のかたちで討伐を行えない。


 シェスティは待っているだけではなんだということで、農作を手伝ったりしていた。といってもあまり重労働になることはできないから、子供の手伝いの範囲である。


 それからもう一つシェスティは村の中でできることを発見した。


「あの、女将さん、ご飯の用意が必要ない時でいいので、台所を使わせていただいてもいいですか?」


 農作の手伝いが終わった昼食後、泊っている宿の女将に、一つ頼み事をする。


「いいけど、何に使うの」


「えっと、私、薬屋で働いていたので、簡単な回復薬なら作れるんです。それで……」


「はあ、いいけど、クライン草は自分でとってこれるの?」


 女将は疑わし気にそう言った。クライン草とギフト草の見分けが難しいことは常識だ。ティアラントでは、子供が間違ってギフト草を食べないように、小さいころから随分しつけられるものである。


「ええ、はい。薬草摘みが私の仕事だったんです」


 それを聞いて女将はシェスティに許可を出してくれた。


 昨日のうちに、村の中にクライン草が生えているのは確認していた。通りがかった住民から、雑草扱いされていることも確認済み。抜いてしまっても問題はなさそうだった。


 回復薬の原料となるクライン草は、正確にはハイルング草の下等のものである。魔素が濃い地域では地中の魔素を吸い上げて中等、上等のもの――ゲラーデ、グロースの順で等級が上がる――が生えることがあるが、魔素が生活の中で消費されている集落の中だと、自生するようなものはほとんどクラインハイルング草ということになる。


 ほとんど雑草のようなもので、そんなに手をかけずとも育つが、大抵一緒にギフト草が生えてくるので危なくて薬には使えない。それに適当に植えただけでは効能も大したものにはならない。モニカの薬草園は毎日彼女が丁寧に世話をしていたお陰で、等級こそ低いもののそれなりの効能が出ていた。


 シェスティは使われていない小さな籠を借りると、村の中に自生しているクライン草を見定めた。


(……こっちはまだあんまり魔素を吸えてない。あっちの方がまだマシかな……)


 シェスティにはそれぞれの草が有する魔力を見るだけで判断することができる。――そういう〈個人技能(アビリティ)〉だ。

 〈個人技能〉とは、人が生まれつき持つ特異な才能のことで、変更したり、他人に伝授することのできない能力だ。誰しもその内容はそれぞれだが、必ず一つの〈技能〉をもって産まれる。


 シェスティのそれは、正しくは〈魔力構造解析〉。およそ魔力で編まれたなんらかの力であれば、見ればその構築図がわかる。何らかの効能のある薬草というのは、その中に何らかの既に編まれた魔力を蓄えているものである。正確に言えば、地中から吸い上げた魔素を、植物の体内で一定の形に編み上げているのが薬草であり、シェスティはその編まれた魔力を見て薬草の効能を判断している。


 こういった器のある薬草と違って、魔術のように器のない力そのものの発露であれば、自身の魔力を用いて(ほど)くことも可能――というより、他の者がこの〈技能〉を有したならば通常はそういう使い方をすると思われるのだが、シェスティはこの〈技能〉をもっぱら薬草の判別にばかり使ってきていた。


(……これはギフト草。こっちはクライン草だけど魔素がいまいち……)


 しばらくかかってある程度の量のクライン草を集め終わると、ひと呼吸置いてからあたりを見渡す。クライン草を摘みながら、いくらかのギフト草から精力を吸っておいた。ゼルギウスと共にいる間は魔力が吸いにくい。

 二人旅の間は〔解呪〕の必要もないから、花一輪から少しもらうくらいでもなんとかなっていたが、村に滞在するとなれば多少の魔力を使うこともあるだろう。


「あら、こんなところにいたの」


 近くにあった柵に少し体重を預けて休憩していると、不意に声をかけられる。宿の女将だった。今は休憩中なの、と彼女は語る。


「それ、クライン草だったのねぇ」


「はい。……あ、でも、ギフト草も混じっていますから、採ろうとしないでくださいね」


「そしたら、アンタが全部ギフト草だけ抜いといてくれたらいいじゃないの」


 そう言う女将に、シェスティは首を横に振る。


「ギフト草を全部抜いてしまうと、どうしてかその一帯に生えていたクライン草も枯れてしまうんです。逆も然りですが。何らかの共生関係にある――と、言われています」


 どうしてなのかはよく知らないんですが、とシェスティが付け加えると、女将は残念そうにへぇ、と言った。実際どうしてなのか、シェスティがモニカに聞いた限りではわからない。自生しているものは必ずそうなる。種から育てる場合はクライン草だけでもいけるようだけど、ギフト草と一緒に植えた方が品質は良くなる。もちろん、素人が盗んでいかないようにする目的もあるが。


「それで、なんとか作れそう?」


「はい」


「……もしよかったら、ちょっとお裾分けしてもらえたりしないかい? お代は払うからさ」


 ここには薬師がいないから、薬がきれたらフィールファルベまで買いにいかないといけないのだという。シェスティは苦笑いして返した。


「ええっと……生産ギルドに所属していないので、報酬なし、品質の保障も私以外にはできない、という形であれば構いませんが……」


 シェスティは薬師として生産・販売ギルドに登録をしていないから販売はできないが、善意であげるだけなら可能である。

 もっとも、使用にあたって受けた被害については、ギルド所属でない者から貰った側の自己責任になるという側面もある。品質の保障はされていない。


「じゃあ、できたもんをあんた自身で飲んでるとこを見せてくれたらいいよ」

「はい、それは勿論」


 薬草についての素人判断は非常に危険だから、口で「見分けられる」と言っているだけのシェスティを信頼できないのも当然のことだ。ベテランでさえ、たまに間違う。

 テンベルクにいた時、モニカが摘んだクライン草のなかに一枚だけギフト草の葉が混じっていたこともあった。それをシェスティが指摘したのがきっかけで、彼女が薬草摘みを担当するようになったのだ。


 女将と話しながら宿へ戻る。夕飯の用意までもうしばらくあるから、それまでは台所を自由に使ってくれて構わない、と言った。いくらか捨てようとしていた空き瓶も用意してくれたので、容器も問題ない。


 ゼルギウスは魔術を用いて作った薬は〈技能〉がそれを打ち消してしまうようだが、単に煎じるだけなどの単純な薬なら効果を受けられる――と言っていたので、いくらか作っておけば使いどころもあるだろう。


 クライン草を洗い、土を落としてから、少々細かめに千切ったものを沸騰した湯に入れてしばらく茹でる。火は魔石によってつける。これは生活必需品のため、ギルドを介して月初めに村単位でかなりの量が支給される。ここは宿だから、よそよりも多めに受け取っているのだろう。かなりのストックがあった。


 煮詰める時間の感覚はモニカの薬屋に勤めていた時に養った。湯に色がついたら火を弱め、少し粘り気がでてくるまで煮詰める。しばらくは回復薬に困らぬようそれなりの量を採ったからその分湯をわかすにも煮詰めるにも時間がかかるが、逆に言えば時間がかかるだけだ。卵焼きの方がはるかに難しい、とシェスティは考えている。


 出来上がったものを用意してもらった空き瓶につめ、洗い物を済ませる。ちょうど女将が夕食の準備をしようと戻ってきた頃には、片付けもすっかり済んでいた。


「もういいのかい?」


「ええ、はい。お鍋、ありがとうございました。一応、洗っておきましたが」


「そっかそっか、ありがとね」


 女将に断って、ナイフで少しだけわざと傷を作ってから、毒見用に残しておいたものを女将の前で飲み干してみせた。傷は見る間に塞がり、数秒のうちに跡形もなくなった。


「ああ、大丈夫そうだねえ。使った鍋は一つ?」


「はい。これだけです」


「じゃあどれも品質は同じね」


 瓶を数本渡すと、ありがたくいただいておくね、と彼女は笑った。魔獣被害で回復薬が減ってきたのに、町に向かおうとすると妨害されるため、在庫の補充ができず困っていたのだという。そうでなくても回復薬はあるに越したことはないものだ。


「……ああ、そういえばさっき、傭兵さんが帰ってきてたみたいだよ」


「本当ですか? 昨日より少し早めでしたね」


 昨日ゼルギウスが帰ってきたのは、日没ぎりぎりになってからだった。だから、今日もそのくらいになると思っていた。


「そうねぇ。もう部屋に戻ったみたいだから、話、聞いといたらどうだい?」


「はい、ありがとうございます」


 頭を下げてから、籠に薬をつめた瓶を入れ、そのまま寄り道せず客室に戻ることにした。

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