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【改稿】恋する淫魔と大剣使いの傭兵  作者: 上原のあ
四章 サキュバスであるということ
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四章 五 悪趣味な女王の趣向

 以前は門限があると言ってきた割に、今日のノルベールはやけにゼルギウスを引き留めたがった。

 あともう少し。前もって報告しておけば門限だって遅れても大丈夫だ。今日は伝えてきてあるから。

 そうノルベールは言ってきたが、今までそんな風に長居したがることはなかった。もうほとんど話すことも尽きていたのに。

 ――家にいるはずの、シェスティは大丈夫だろうか。自分のいないことに気が付いて変な男が家に押しかけようとしてはいないだろうか。ここ数日何か悩み事がある様子だった。無理に迫ってしまった手前、警戒されているかもしれないと思って問い詰められなかったが、様子がおかしいことには気がついていた。ちゃんと食事を摂っているだろうか。一人でいるときはあまり食べていないような気がするのだが――。

 ――彼女のことを考えていて、はたと気が付く。

 昨日も今日も、彼女は買い出しをしなかった。食材はほとんど尽きていたようなのに。


「――帰る」


 そう言って、ノルベールを無視して会計をした。酒も料理も、空けてしまってからもうずいぶん経っている。


「ちょ、……っと、待てよ! ゼルギウス!」


 背中にかかる声を無視して、宿舎へと戻る。ばたばたとした足音が着いてきているのには気がついていたが、別に撒く必要もないので放っておく。


「ただいま」


 そう声をかけ、鍵を開けたドアの向こう、明かりはついていなかった。普段ならすぐに玄関にやってくるはずの姿が、ない。

 寝ているのか――いや。人の気配そのものがない。

 しんとして物音ひとつしない部屋の中、リビングの明かりをつければぽつんと置かれた置手紙。


「ああ、もう、折角いい機会だと思ったのに」


 気が付けばノルベールが部屋の中にいた。追いついたらしい。少し息が切れていた。


「――お前、」


 思わず睨みつけるが、「お前を引き留めるように言ってきたのは彼女の方だ」と首を振られる。数日前、ノルベールを呼び出した日。――あのときか、と合点がいった。変なことをして動揺してしまったせいで問い詰め損ねていたが、もう少しちゃんと、落ち着いて話を聞くだった――と後悔する。


「あのな――前に言っただろ(・・・・・・・)。サキュバスなんだよ、あの女は。どれだけ害がなさそうって言ったって、何考えてるかわかったもんじゃない」

「……彼女は――」

「お前が言うように、彼女に害がなかったとしても、周囲がそうだとは限らない。できれば友人から離れて欲しいと思うのは当然だろう」


 ゼルギウスの反論を聞かず、ノルベールは首を振った。そんな悪びれもしない友人のことを、じとり、と睨み付ける。


「……わかった、わかったよ。お前なりに、信頼してるんだろう。怒るなって。

 そんな顔してるの見て、なお邪魔するほど僕だって野暮じゃないさ。お前の審美眼も信頼してるし。

 でも、向こうが出て行くって言うなら、是非って背中を押したくもなることは理解してくれよ。逆の立場だったらお前だってそうしただろ?」

「お前が大丈夫だと言うなら信頼する」

「……ちょっとは不安に思ってくれてもいいんだぞ?」


 ノルベールは肩を落とし、それから呆れを滲ませつつ笑った。それが折れてくれたときの表情だと、付き合いの長さからよくわかっている。


「どこに向かったか、知っているか」

「さあ。……ああ待て怒るな、別に情報を出し渋ってるわけじゃないって、本当に知らないんだよ。町の外に行くってことは聞いたけど、細かいことは知らない」


 何か思い浮かべるように、彼は視線を宙へ向けた。


「森のほう――じゃないかな。サキュバスの根城はあの辺にあるって話だから」

「そうか」


 ゼルギウスはそれだけ言って、飲んでいる間外していた装備を手早くつけた。


「あ、おい!」


 背中にかけられた声も無視して、部屋を飛び出して行く。

 ――どういう事情なのかは知らない。彼女がこうして出て行ったこと、自分に何も伝えたがらないままに出て行ったこと。ただ彼女が自分に正体を隠そうとしていることだけはわかる。ノルベールに教えられたが、知らないふりをしてきたのも、彼女への配慮のつもりだった。

 けれど今は、知らないふりをしていたことを後悔していた。言っていればよかったのだ。言った上で、彼女を信じていると伝えていればよかった。何も言わないという選択を取ったせいで、彼女を意に沿わない場所へ向かわせてしまった。

 思いつめたように震えた字。どことなく帰ることのできない未来を予想したような文面。行先――ノルベールの言を信じるのであれば、森。

 そのような危険のある場所に彼女一人で行かせるわけにはいかない。自分はすでに彼女の依頼を受けた護衛なのだから。

 駆ける。魔術などなくとも戦えるよう、ひたすらに鍛えてきた身体を駆って。

 ――――きっと。仮に彼女が勝手にギルドを通して契約破棄を行っていたとしても。自分はこうして、彼女を追いかけていた気がする。



「……せめて、鍵、閉めていけよな」


 残されたノルベールは、一人苦笑する。

 夜の鐘が、鳴っていた。




 シェスティが茫然としている間に、女王が魔素を編み、魔術を行使する。――〔催淫(チャーム)〕。

 驚くほど強い魔力で、精密に編み上げられるそれは、シェスティが無意識に放出するそれとは同名でこそあるがほとんど別の魔術になっている。欲の増幅ではなく、精神汚染の一種だ。通常は術者に向けられる欲の対象を、女王は他者へと変更することもできる。

 けれど――当然、それはゼルギウスに届かない。


「――魔術が効かないっていうの、本当だったのねえ」


 その話はどこから聞いたのだろうか、有名な話だから調べればわかるのかもしれない。

 〔催淫(チャーム)〕は目に見える魔術ではないため、ゼルギウスには何があったのかわからなかったようだが、その言葉で何かされたことはわかったらしい。


「何をしたのかはわからないが、俺に対する魔術は通らない。……サキュバスに、俺に対する有効手段はない」


 ゼルギウスがシェスティの肩をそっと引き寄せた。背中越しに、ゼルギウスの存在を感じる。――こんな状況なのに、悲しいかな、頬に熱が集まるのが止められない。


「俺はシェスティを迎えに来た。事情は知らんが、彼女を返してもらおう」


 シェスティは、混乱していて話について行けないでいた。


(ゼルギウスさんが、私を? どうして?)


 間違いなく当事者のはずなのにまるで蚊帳の外である。ゼルギウスの言葉に、女王は焦る様子を見せない。


「うーん……確かに、普通のサキュバスなら貴方を止めるのは難しいでしょうねえ」


 ――むしろ笑みを深めた。

 シェスティは背筋に、ぞわりと何か這い上がるような感覚を覚えた。あの顔は何度か見たことがあった、あれは、そう、


「でもねぇ、――それって、『あなたに対して』でなければいいんでしょう?」


 ――『食堂』にシェスティを無理矢理投げ入れたときにしていた顔だ。

 女王はまた魔術を編み始める。今度は、別のもの、あれは――


(まずい)


 そう思った次の瞬間――ぱっと視界が白く染まる。咄嗟に、体がぐっと引き寄せられた。至近距離に壁、いや、ゼルギウスがいる。

 刹那の後、浮遊感。足元が失われ、落ちるような感覚がして。それが止んでもうまく着地できず、体がぐらりと揺れる。ぎゅ、と体が支えられて、座り込まずに済んだ。

 ――真っ白な、何もない四角の部屋。気づけばシェスティはそこにいた。抱き留められたままの恰好で。

 見上げれば、ゼルギウスはシェスティを庇うような姿勢のまま、辺りを困惑したように見渡している。足元の地面だけ、先ほどまで立っていたのと変わりないが、それ以外が一変してしまっているため同じ場所とは思えない。

 白い壁は淡く発光しているらしい、視界は良好だが、夜の平原から一気にうつったせいで目がちかちかとした。


「転移か? 転移も効かないはず、なのだが……」

「空間魔術です……空間魔術の……無駄遣いです…………」


 困惑するゼルギウスよりも早く、現状を理解したシェスティは顔を覆った。

 女王が何故女王たれるのか、それは彼女が年長だから、というだけではない。魔力総量は一般的なサキュバスを十人集めても勝てないほどで、卓越した魔術の技量を持ち、サキュバスとしては異例なほど適性属性も多い。通常なら火属性と心属性しか適性がないものだが、女王は大抵の自然属性は使いこなしてみせる。

 ――シェスティは、彼女よりも魔術に長けている者を見たことがない。

 そしてこれは使い手の少ない亜空間生成魔術だ。地、光に闇など複数の属性を複合させないと使えない、才能を要する高難度の魔術。空間を亜空間に反転させて、一定の範囲内を閉じ込める。対象は、シェスティとゼルギウス――を取り囲む、周囲の空間一帯。

 空間に干渉する魔術は、ゼルギウスの体質で無効になる魔術の範囲外だ。

 ここは先ほどまでとは、別次元にある空間だ。出るためには、基本的に術者――女王による開放が必要となる。

 術者からは中の状態を知覚可能で、普通に使ったなら最強格の拘束魔術になる。――女王はだいたい、ロクなことに使わなかったが。


『――聞こえてる、シェスティ?』


 女王の声が頭の中で鳴り響く。念属性魔術も易々と使いこなすのを見せつけてくる。シェスティは念を飛ばせないけれど、一方的にその声が受信させられる。


『わたくしとしては、あなたの魔力が回復して、その魔力でちょっとベルグシュタットのコたちを懲らしめらるのを手伝ってくれたら、別にいいのよ。別に、嫌って言ってることを無理強いする気はないわ。

 っていうわけで……その男を喰べる(・・・)まで、出してあげないことにするわ。なるべくはやく、済ませてくれると嬉しいわ。……ウブなあなたにはちょっと難しいかしら?

 ……そっちのカレには聞こえていない……みたいね。ちゃんと伝えといてよ。じゃあ、頑張ってね。おかあさま、応援してるわ~』


 一方的に言うだけ言って、ぶつり、と交信が途切れる。とは言っても、声はしないだけで、間違いなく見られているのだ。最低最悪性悪悪趣味――頭の中で思いつく限りの罵倒を並べ立てた。


(……お母様は……ほんとうに……! こんなことばっかりする……!)


 嫌な予感がしていた。この空間に入ってしまったら最後だとわかっていた、回避しなくてはいけなかったのに、咄嗟に対応できなかった。これが使われているところは見たことがあったが、自分が入れられたことはなかった。

 ため息をついたシェスティの耳に、ガキン、と硬質な音が聞こえた。はたとそちらを見れば、ゼルギウスはすでにシェスティのもとを離れ、壁際まで移動していて、剣で床や壁をたたき割れないか試しているらしかった。


「……駄目だな。やはり空間干渉系は突破できないか」


 ある程度試したところで、諦めたらしい。剣を仕舞って、シェスティのもとへと戻ってきた。


「シェスティ、これは……どうすれば脱出できるのか、見当はつくか?」


 念話の通じない彼は、当然先程の下世話な応援を聞いていないのだ。問いかけてくる目線は、まっすぐなものだった。思わず目を逸らす。

 顔が熱くなってくる。きっと怪訝な顔をされているだろう。


「ええと……はい。ええと……その」


 まさか――まさか『あなたとできたら出してくれると言っていました』とは到底言えない。絶対に言えない。死んでも言えない。更に血が上る。ああもう。きっと首まで赤いのだろう。

 ゼルギウスは首を傾げている。


「……。その前に、その、どうしてここに? ノルベールさんと一緒に、飲みに行っていたのでは……」


 気まずくなって、適当な話題をふった。気を落ち着けるための猶予が欲しかった。


「……? 途中で引きあげてきた。普段さっさと帰ろうとするのに今日に限って引き留めるから、変だと思った」


(ノ、ノルベールさん……)


 おそらく言い訳がたいそう下手なのだろう。引き留めるのはうまくいかなかったらしい。思わず嘆息した。

 けれど確かに今までは夜の鐘が鳴る前に帰路についていたのだ。不自然になるのは仕方ない。

 また沈黙がおりる。なんとなくそわそわとして、地面を見つめる。草はまばらで、床まで覆うのは難しかったのだろうかとぼんやり考える。


(……あ。いや。これ確か、お母様の趣味だ……)


 思い至った答えにそっと蓋をした。なんで理解できてしまうのだろう。

 つま先でぐりぐりと地面をえぐりながら、この場所から出る方法を考える。考えて、考えてみても、結局彼女にできることは大して多くない。


「シェスティ、大丈夫か。だいぶ遠かったから、疲れているんじゃないか」

「……んぅ。だいじょうぶ……です」


 ゼルギウスが気遣わしげに、顔を覗き込んでくる。一人ぶんの距離感で、向かい合う。視線が絡み、言葉が自然と消えた。

 旅に出てすぐの道中での沈黙とも、数日前にゼルギウスが不機嫌だった日の沈黙とも違う、別方向に落ち着かない類いの無言が流れる。

 ――ああ、もう、わかっている。私が何か言わなくては始まらない。

 今の状況を見ているであろう女王に、再度突っつかれる前に、早いこと行動を起こさなくてはならない。

 ひとつ深呼吸をしてから、意を決してシェスティは口を開く。

改稿にあたり、話タイトルを地味に変更しています。

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