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恋する淫魔と大剣使いの傭兵  作者: 上原のあ
三章 町での滞在、お仕事
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三章 九 思いがけない手助け

「……君の目的次第、かな」


 シェスティの願いに対し、彼は淡々とそう返した。机に肘をついて、エメラルド色の瞳がシェスティを見据える。


「えと、それは――」


「いまいちわかんないんだよね。ゼルギウスにそれとなく聞いてみたけど、君とあいつに肉体関係はないみたいだし」


 思わず赤面してしまう。ノルベールはちらりと横目でそれを見ると、何事もなかったかのように言葉を続けた。


「かと言って、ゼルギウスの目を盗んで男をひっかけてる感じもないし。魔族だってこと以外変な行動はとってないし。ちらっと見た限り、使ってた魔術に攻撃性はなかったみたいだし」


 おそらく〔解呪〕するところを見られていたのだろう。心属性の魔術は傍目には見えないけれど、魔術の素養があれば『何か使った』ことくらいはわかる。


「ゼルギウスにも、他の誰にもサキュバスだってことは隠してる。表立ったことも、何もしてないらしい。でも、同族とは接触してる。……いったい、何が目的だ?」


 静かな声で。そう問われて。


「……あの。言わなくては、いけませんか」


 少しだけおさまっていた顔がまた熱くなる。


「聞いて、君が無害だと判断すれば、ゼルギウスには言わないでおこう」


 しばらく考えてから、仕方ないと諦める。更に顔が熱くなって、一度深呼吸。そうして、ようやく口を開いた。


「……ゼ、ゼルギウスさんが……」


「ゼルギウスが?」


 冷静な声が、そう問い返してくる。


 ――なんて。なんて恥ずかしいの。


「えっと、ゼルギウスさんが、かっこよくて……」


「……………………は?」


 シェスティの絞り出すような声に対して、返ってきたのは面食らったような、呆れたような一音。


「町に来たゼルギウスさんが……すごく好みの男性で……もっと一緒にいたいなと思って……」


 いっぱいいっぱいでそれ以上言葉が続かない。シェスティが黙り、ノルベールも言葉を失っているようだった。


 ――沈黙が、流れる。


「あああ、あの、なので、あの子――サキュバスが私のところに来たのは、ゼルギウスさんと一緒にいることとは、関係ないんです。ちょっとした事件がありまして、その報告で」


 わたわたと弁解をするが、ノルベールは考え込んだ後、「ちょっと待ってくれ」と静かに言った。


「つまり――君、ゼルギウスに惚れたから一緒に旅をしてるってことか?」


「惚れっ――――えと、はい、そう……です……あ、いえ、えっと、旅をしてみたいっていうのもあったんですけどっ……」


 顔から火が出そうだった。何の辱めだろう、これは。


「……あいつに〔催淫〕は効かないぞ」


「わかってます! その、えっと……一緒にいられたら、それで……よくて……」


 再度沈黙が訪れる。シェスティはほんの少し泣きそうだった。大真面目に疑われて。大真面目にその目的を問われて。そんなノルベールの眼差しに対してこの返答。ギャップで更に恥ずかしくなる。


「…………はー」


 ノルベールはため息をついて、体を背もたれに預けた。


「そんっ……な……馬鹿なサキュバスがいるとは思ってなかったな……」


 元々少し凹んでいたシェスティだったが、直接的に馬鹿にされ更に項垂れる。

 ノルベールは気にした風もなく、ポットに入ったままだった、もうすっかり濃くなったお茶を自ら注いで唇を潤す。


「じゃあ、あのサキュバスはなんで来たんだよ」


 そう問われて、少し逡巡したものの、言わずに見逃してもらえるとも思えない。シェスティは観念して、全て語ってしまうことにした。


「…………。えっと」


 ベルグシュタットのサキュバスのこと。――魔獣被害については、ノルベールも知っていた。そうしてフェルトシュテルンでも、境では時折被害が報告されていることも。


 要するに縄張り争いのようなことになる、ということ。


 人間族の町に被害をもたらす目的ではない――とは、言えなかった。サキュバスがその魔術を大々的に行使するなら、必ず人間族の男性が何らかのかたちで『消費』されているから。


 ――今だって、きっと。誰かが、捕まっているはずだ。


「君、魔術は使わないんじゃなかったのかい? そんなところにいても、お荷物だろう」


「あの――えっと。それは魔力がないから、なんです。その、に、肉体関係がありませんから、魔力量もほとんど蓄積がなくて。

 でも、『城』には多分、その、男性が集められてるんじゃないかと……思います。その体液を飲むなりすれば、問題なく魔術は使えます」


 あまりしたくはありませんが、と付け加えると、ノルベールはにやにやと笑った。


「なんで?」


 明らかにわかって問いかけている。シェスティは顔を真っ赤にしながら、


「……ゼ、ゼルギウスさん以外のは……嫌なのでっ……」


 いよいよ羞恥やらなにやらで目に涙さえ浮かんできた。ノルベールはけらけらと声を立てて笑っている。


 ――このひと、性格悪い。


 ひとしきり笑って満足したのか、ノルベールは不意に真面目な顔つきに戻った。


「……魔獣については、実際ゼルギウスからもサキュバスの関与があったって聞いてるし、他のことも、サキュバスとして致命的におかしいってことを除けばおかしいところはない、か」


「ええと……その、信じていただけますか」


「まあ君が嘘をついてるって可能性はあると思ってるけど、なんというか――うん、実害もないようだし。言われた通り、ゼルギウスに告げ口するのはやめておいてあげるよ」


 彼はにこり、と笑った。ほっとして、体から力が抜ける。思ったよりも、緊張していたことを自覚した。


「ところで、君のその〔催淫〕は止められないのかい?」


「えっと……魔術紋によって自動で発動してしまう魔術なので、止められないんです。できれば私としても、止めたいのですが……」


「そっか。……そうだな」


 ノルベールはシェスティの言葉を受けて、少しだけ考えているようだったが、やがて、


「ちょっと待っていてくれないか。すぐ戻るから」


 と言って出て行ってしまった。


 ほどなくして――とは言い難い時間をかけて――彼は戻ってきた。どことなく汗をかいているようだから、おそらく道に迷っていたのではないか――という気がしたけれど、聞きにくい。


「これは普通のペンダントなんだけどね」


 言いながら、ノルベールはイヤリングの石を取り外すと、懐から別の、虹色に輝く石を取り出してペンダントに取り付けた。艶やかに磨かれているけれど、それは――


「魔石……?」


「そう。これに――こう――」


 彼はぽつぽつと何かを呟いていた。そうして魔術が行使される。


(魔力遮断――? でも、向きが内から外のもの、かな――。あと、ノルベールさんに繋がる魔力回路の埋め込み――)


 その魔術が石に吸い込まれていく。


「魔道具師――だったのですか」


 思わず目を見張る。魔道具師だったとしても、普通こんな風にその場で魔術を込めることはできない。

 本来魔道具作成には、原料となる魔石以外にも、魔術の通りをよくしたり、効果を増幅させたりするための専用の機器が必要となるはずだ。今目の前にいる男は、それを材料と自らの魔術だけで行っているらしい。


「そう。僕の〈個人技能(アビリティ)〉で――これくらいなら、すぐ込められる。……はい、渡しとくね」


「えっ……あ、ありがとうございます」


 ぽん、と差し出されて慌てて受け取る。虹色に輝いていたはずの石は、落ち着いた金色に変化していた。あまり魔石のようには見えない。

 そういう魔術を新規に開発したのかと思ったが、どうも器材なしでやれるのは〈技能〉の力――つまり、天性の才能らしい。

 本人曰く、外で気軽にやると目立って嫌なのだという。だから買ってきた後わざわざここまで戻ってきたのだ。


「もとは呪詛除けの魔術だけど、編み替えて自分から発されるものを遮断する魔術にしておいた。普段魔術を使わないなら、これで問題ないでしょ」


「あの、お代は……」


「お茶代と迷惑料も兼ねて、これはあげるよ」


 そんな、と鞄の中から財布を取り出そうとするが、結局固辞されてしまう。


「とにかく、普段はそれつけて生活してれば、その〔催淫〕くらいは防げるよ。あからさまに呪詛除けってわかると変に思われるかもしれないから、偽造しておいたし」


「ありがとうございます……」


 すぐにペンダントをつけてから、深く礼をすると、ノルベールに手を振って嫌がられる。


「やめてくれよ。それつけたままでいる限り、君も変なことしてないだろうって僕が安心してられるってだけなんだから」


 そう言って、彼は立ち上がった。


「僕の確かめたかったことはこれで終わり。……帰るよ、ちょっと長居しすぎた」


「あ、すみません、長々と――お仕事とか、あるでしょうに」


「いや、どうせギルドに魔石を納品したら結構な収入になるから、あんまり困ってないんだよ。

 いやあ、それにしても――サキュバスと二人きりで部屋にいるのって、そっちがそのつもりじゃなくても、かなり神経使うんだね。はじめて知った」


 疲れた、と言って、彼はそのまますたすたと玄関へと向かっていった。


「え、あ……ご、ご迷惑おかけしました……?」


 慌てて見送りに出ると、ノルベールは苦笑した。


「それ。つけたまま無理に魔術を使うと、魔石の方が破裂する。破裂したら僕に伝わるようになってるから、そのつもりで」


 じゃあね、と言って、彼は出て行った。


 ばたん、と閉じられた扉の前で、シェスティはしばらく立ち尽くしていた。


(――ほんとうに、秘密にしてくれるのかな)


 今にして不安がこみあげてきて。でも、追いかけて問い詰めるわけにもいかなくて。ただ、間違いなくペンダントは言った通りの効力の魔術が込められていた。彼は、嘘をついていない。シェスティの〈個人技能(アビリティ)〉で、そのことははっきりしていた。


 彼には『見られている』とわかっていなかったはずだから、こめた魔術について、嘘を言うこともできただろうに。


 ――呪いを込める、とか。できたはずだろうに。


 夕前の鐘が鳴っている。思ったよりも時間がなくなってしまったことに気が付く。慌ててキッチンへと戻った。


 結局。彼の言うことを信じるしかなくて。悩んでも、仕方がないから。


 今日はじっくり煮込んだシチューにするつもりだったから。ゼルギウスが帰るまでに間に合うだろうか。――いや、もうすでにすこし間に合っていない気もするから、急がなくては。

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