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恋する淫魔と大剣使いの傭兵  作者: 上原のあ
三章 町での滞在、お仕事
18/35

三章 四 ちょっとした事件と、初めての料理

料理描写は読み流してください……。


5/30改稿:

料理を作る際のシェスティの心理描写について、ここまでの描写を踏まえると、私の中で強い違和感がうまれてきたので変更を行いました。積極的なところからかなり消極的になった感じです。

真逆になってしまって申し訳ありません。

 仕事は思ったよりも問題なくやれていた。多少男性の客に絡まれることもあるが、それをシェスティが嫌がっているのを察されたのか、注文をとったりするのはすぐ任されなくなって、シェスティはもっぱら片付けに専念するようになった。

 とはいえ、ちらちらと見える銀髪の見慣れぬ店員の気をひこうとして、普段は頼まないサイドメニューを頼む者が増え、売り上げが伸びた――らしい。

 そんな集客効果があるとわかっても、シェスティを前に出して客寄せにしようとしないヴェロッテとゾフィには感謝しかなかった。


 ある程度魔力は回復するあてがあるものの、〔解呪(リリース)〕を使う機会はなるべく減らしたい。


 ――問題は仕事が終わった後である。


 夕前の鐘の音が鳴る頃には店を出させてもらっているシェスティだが、二日目から店を出た途端男に話しかけられたのである。――シェスティの仕事が終わる時間を見計らって出待ちされていた。


 それ自体はテンベルクでもしばしばあって、慣れたものだったため、〔解呪〕をしつつも人込みにどうにか紛れる――というかたちでかわしていたのだが。


 働きだしてちょうど一週間目。


 環境に慣れるため、食事は賄いを出してもらえる昼の他は総菜で済ませていたのだが、そろそろ出費を抑えるべく食材を買おう――と商店街で買い物をした。朝の時点で、今日から自炊をするつもりだとゼルギウスには伝えてある。


 調味料は家に備え付けられていたものがそれなりにあり、消耗分の支払いは必要であるもののある程度は使用していいとのことだったので、野菜や肉といったものだけ購入したのだが、それでもそれなりの重さになった。


 道行く男からかけられる「持ってあげようか」などという言葉に対して〔解呪〕を行いつつも対応する。


 今までは最低限の買い物をしたら足早に通り抜けていただけだったのだが、その日は料理をする初日だということで買いすぎたのもあり、急ぎたくとも歩くのは遅く、魔力不足で若干注意力散漫になっていた。


 ……いや。それだけが原因ではない。少しだけ、少しだけ浮かれていたのだ。


 ――ゼルギウスさん、私の料理、美味しいって言ってくれたらいいなぁ……! などと考えて。


 そのせいで。


 家の前で買い物袋を一度置いてから、鍵を取り出そうとして、――そこでようやく、背後の気配を感じた。


 ――下卑た空気。サキュバスにはなんとなくそれが感じられる。ゼルギウスではない、と振り返る前からわかっていた。


「ここに住んでたんだね、店員さん」


 振り返ればそこに立っていたのは傭兵然とした男だった。店で時折見かけたことがある――ような、気がする。尾行されていた、とわかっても、ここまで来られてしまえば後の祭りだ。


「ねえ、店員さん、ちょっとお邪魔させてほしいんだ、君とお話してみたくって……わかるでしょ」


「……いやです。ここは、私だけの家ではありません」


 シェスティは鍵を開けてさっさと中に入ってしまいたかったが、押し入られてしまうかもしれない。そうなるとシェスティでは追い出すことができない。


「ちょっとだけだよ、友達連れてくるくらい、いいでしょ」


「いつあなたと友達になったんですか」


「ええ、あんなに熱い視線を送ってくれたじゃない」


 それは完全に気のせいである。なのだが、それを言っても仕方がない。


 ――もしかするとたまたま目が合ってしまったのかもしれない。不覚だった。そういうことでうっかり〔催淫〕が強めにかかってしまうのだ。食器を下げるときもなるべく人と目を合わさないようにしていたつもりだったのだが。


 家の前まで来られてしまうと逃げようもなく。どうしようもなく後ずさりした。


 そこで階段を上がってくる音がした。ほどなくして、その姿が男の肩越しに見える。ちょうどゼルギウスが帰ってきたところだった。その顔を見て、思わずほっとした。


「……シェスティ。知り合いか?」


 シェスティに迫ろうとしていた男は、比較的長身な者が多いとされるティアラントの中でも大柄な部類に入るゼルギウスを見て少しぎょっとしたようだった。


「あ、いえ、その……お店からつけられてしまっていたようで……」


 問いに対してしどろもどろに返すと、


「そうか。……こいつのことを、傭兵ギルドに報告しておいたほうがいいか?」


 と彼は事もなげに言った。


「あの、そこまでは……」


 とシェスティが言うか言わないかのうちに、男はゼルギウスの脇を抜けて去っていった。……咄嗟に〔解呪〕をしておくのは忘れなかった。


「いいのか。つきまとい行為は罰則の対象だったはずだ」


「初めてですし、特に大事には至りませんでしたし……」


 そう言うと、ゼルギウスは呆れたようにため息をついた。


「貴女は前もそう言っていたが、もしすぐに俺が来なかったら大事になっていただろう。次からはもう少し厳しく接したほうがいい。特にここにはしばらく滞在するのだから」


 彼は言いながら扉の鍵を開け、床に置いたままだった買い物袋を自然に持って中に入っていった。あわてて、すぐ後ろについていく。


「……すみません、ご迷惑おかけして」


「気にするな」


 そう言われても、気にするものは気にする。確かにゼルギウスがちゃんと来てくれていなければ大事なのだ。毅然とした対応というものも、時には必要なのだろう。


 どうしても、自分がサキュバスでなければ、とか、ちゃんとサキュバスとしての本来の魔力供給を行って、自分の〔催淫〕をコントロールしていれば、こんなことにはならなかったのに――という気持ちもあって、なんとなく強い対処をしたいと思えなくなってしまう。

 それでも、曖昧にするせいで事がどんどん大きくなってしまえば、それこそゼルギウスに迷惑がかかるのだ。


「……それより、かなり買ったんだな」


 シェスティが凹んでいる間に、ゼルギウスはキッチンの前まで袋を運んでしまっていた。


「あ……量、多かったでしょうか?」


「いや、料理はあまり得意ではない。どのくらい必要かは俺には判断できないから、貴女に任せる」


「では、任されました。すぐ作り出しましょうか?」


「そうだな。頼む」


「わかりました」


 そう言って部屋に戻り、荷物を置いてから、花の魔力を吸う。普段は食事後に残量を考えながら吸うのだが、今日は少し使いすぎて眩暈がし始めていた。


(久しぶりにお料理するんだから、ちゃんと気持ち切り替えないと……)


 久しぶり――といっても、ゼルギウスと旅に出てから数週間程度のことで、ブランク、とは言い難い。それでもシェスティは少し緊張していた。

 料理を学んでいたのは、『胃袋を掴むため』――だが、今のシェスティにあまりその気はない。いや、喜んでもらえたらそれはそれで嬉しいけれど。


 ――好きになってもらったとして、それからどうするの。


 たしかに、シェスティが努力して、なんとかゼルギウスからの好意を得られたら、契約で縛られただけの関係から、契約終了後も共にいる理由をなんとか見つけられるのかもしれない。

 けれど、サキュバスであるという真実を、隠し通して傍にいられるのか。――恋仲になることを目指すならば、それは無理だろうと思う。


 サキュバスは対象としたい相手に合わせてある程度姿を変えられるけれど、身体に刻まれた魔術紋だけは誤魔化せない。

 魔術紋は、普段から垂れ流される〔催淫〕の原因でもあるのだが、直接視認すると理性が飛ぶ程度の強力な呪いのトリガーという側面もある。回避するためには事前の入念な〔抵抗〕魔術による準備が必要で、それも生半なものでは耐えられない。

 相手に魔術が効けばその強い効果によって理性を吹き飛ばし行為に及ぶことで魔術紋があったこと自体を誤魔化せるのだが、ゼルギウスは完全に魔術を無効にするために間違いなくバレる。


 恋仲になるならいつかは――と思うところだけれど、その行為をするためには肌を晒さなくてはいけない。そうするとトールマンでないことまで晒されてしまって。


(……というかそもそも、ゼルギウスさんって、性欲あるのかな……)


 エプロンをつけながら何度か考えたその問いに辿り着く。そもそも女性に異性としての興味があるのか甚だ謎な人だった。

 そういう話も雰囲気もなく、寝るところがなければ同衾を提案し一切の手出しもせず。

 ――なんというか、胃袋を掴んだところで向けられるのは感謝とか友愛とか、シェスティの恋慕に対して期待するものよりも淡泊なものになりそうな気がしてきていた。


 そういったいくつかの事情を考慮して。

 この自炊の目的は『第一に節約、あわよくば契約が終わった後もご飯を理由に離れがたいと思ってもらえる程度には美味しいものを作る』ということになった。


 少しばかりの思考時間を終えてキッチンへ戻ると、ゼルギウスの姿はなかった。装備の手入れをしているのだろう。手を洗うと、料理の支度を始めた。


 今日の料理は羊肉をメインに、サラダとスープを作る。パンは美味しそうな店のバゲットをいくらか買っておいた。


 サラダはサラト等の葉物野菜を中心に。ドレッシングはオイルと香草、塩を混ぜたものを使った。


 羊肉は少しだけ高かったが、なるべく安くていいものを選んだつもりだ。それをさっと焼く。中身は美しいローザ(桃色)に。いくらかの香辛料と香草を使う。……流通のいいフェルトシュテルンでも、胡椒はそれなりに結構高いから、控えめにだけれど。


 そこまで時間がないのでスープはベーコンを使い、出汁をとる時間を短縮する。ゆくゆくは喫茶店が休みの日に時間をかけて数日はもつタネを作っておく予定である。とりあえず今日のところは、サラダを作った時に出た野菜のあまりを細かく切って、ベーコンと共にスープに入れる。


 フェルトシュテルン地方はベルグシュタット地方に比べて海に近いこともあり、塩が幾分安いようだった。入手困難になるということもないようなので、過剰な節約はせず必要なだけ入れる。シェスティにとっては少し塩辛いくらいの味付けにしておいた。相対的に多く体を動かしているゼルギウスは、汗をかく分シェスティよりも塩分の多い食事を好むだろうと思ったからだ。


 羊肉は焼いてから時間が経ってしまうと味が悪くなるので、盛り付けから配膳まで時間を計算していく。


 概ね食卓に並べ終わったあたりでゼルギウスが部屋から出てきた。食卓に並んだ料理を見て、少しだけ驚いたようだった。


「シェスティ。ここまで作らなくても構わないぞ。別に肉を焼いただけでも――」


「いえ。お肉とパンだけたくさん食べるのではおなか一杯になるのに結構なお金がかかってしまいます。スープやサラダ……副菜でお腹を膨らませば安くで済みますし、ついでに栄養も取れていいのです。……それに、今日はあまり、手間はかけていませんよ」


 本当に今日はすぐできる料理ばかりで、少し恥ずかしいくらいだ。ゼルギウスはシェスティの言い分に納得したのか、それ以上何も言わなかった。冷めてしまうのもよくないと思い、どうぞ、と勧める。


「……あの、お口に合いましたか?」


「ああ。美味い」


「よかった」


 微笑んで言われた言葉に世辞はなさそうで、思わず顔がほころぶのがわかる。テンベルクにいる間も食事は担当していたから自信はあったけれど、こうして美味しいと言ってもらえるのは素直に嬉しい。


 ただ、サラダは少しだけほかに比べて手が進まないようだった。別に不味いというわけではないらしいし、スープは抵抗なく野菜も食べていたから、もしかすると生野菜が嫌いなのかもしれない。明日からは炒めてみたりしよう。――と。明日の献立を考え始める。


「……ああ、シェスティ」


 ほとんど食べ終わりかけた頃、それまで黙っていたゼルギウスが口を開いた。


「なんでしょう?」


「シェスティが働くと言っていたのは、『色彩亭』という喫茶だったな」


「はい」


 ゼルギウスは言ってから羊肉の最後のひとかけらを口に含み、咀嚼する。そうして飲み込んでからまた喋りだした。


「仕事は何時に終わるんだ?」


「ええと……だいたい、夕前の鐘の頃です」


「なら、その時間に迎えに行く。一人で帰らないように。俺のほうが遅かったら、店内で待っていてくれ」


「え……え?」


「ごちそうさま」


 ゼルギウスはそう言うと食器を片付けはじめた。


「ま、待ってくださいゼルギウスさん。ありがたいですが、その……えっと、ご迷惑じゃ……依頼もあるのに……」


「いや、迷惑ではない」


 彼は淡々とした調子で断言した。


「フィールファルベまで来た今、貯金もあるし、金にはそう困らない。言ってあっただろう。

 それにそのくらいの時間には、帰ろうと思えば問題なく帰ってこれる」


 ゼルギウスの表情は、片付けをしたりして動き回っていて、伺うことができず、だからシェスティは、いつも淡々としていて抑揚に乏しいその声から、彼の感情を想像することができなかった。

 とりあえず、もうすっかり空になってしまった自分の食器を、シェスティも片付け始める。


「それに、ああして押しかけられるようなことがまたあっては困る。…………俺は護衛だしな」


「……はい、わかりました」


 そう付け加えられてはシェスティも反論しがたい。ああいうことがあるとシェスティだけでは対処できないのはわかっている。普通護衛依頼で想定される魔獣との戦闘よりも、ああいった手合いからの護衛の方が多くなってしまいそうな勢いだ。


 少し多めに残ったスープの残った鍋をなるべく涼しいところに移したり、洗い物をしてしまおうとしていたら、ゼルギウスは風呂の準備を始めていた。私がやりますよとシェスティは言ったが、食器の片付けを優先しろと言われてしまった。


(うっかりしてたせいで、お仕事、増やしちゃったな……)


 と思いつつも、ゼルギウスがいればさすがに声をかけてくる男はある程度減るし、周囲を過度に気にしたりしなくてよくなる。単純に気が楽になるのだ。


 それに――一緒にいられる時間が増えるのは、正直、ちょっと、嬉しい。


 申し訳なさはあるけれど、迷惑ではないという言葉を信じたいと思った。彼はあまり嘘を吐かない。その表情は伺えなかったけれど、苦虫を噛み潰したような顔ではなかったと信じよう。


 いざ確定事項になってしまえば、ゼルギウスが自由に行動できる時間を奪う申し訳なさよりも、一緒にいられるという嬉しさが勝ってしまうもので。

 頬が緩みそうになったのを引き締めて、シェスティは洗い物を続けた。


 どうやらこの町でも、疑いをかけられることは今のところなさそうだった。

 ゼルギウスはシェスティの部屋に置いてある鉢植えを一度見て、案の定「すぐに出ていくところなのだから」と苦言を呈したのだが、それ以外は特に文句を言われることもない。何か疑われている風もない。

 とりあえず今のところは、問題なく旅を続けていけそうだ――と。


 この時は、思っていた。

べつに全く料理しないわけではないのですが、こう……料理名がつけにくい簡単なものばっかり作るせいであんまりその辺をちゃんと書けないんですよね。お恥ずかしい。

とりあえずベーコンは最強。

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