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02-23 消耗戦の果てに

ずずん! と地響きを立てて六つ首大蛇(むつくびおろち)の首が落ちた。

もう何度目になるだろうか。


次の瞬間には、斬り落とされた頭はぐずぐずに崩れ落ち、残った首は再生を始める。

すでに数時間、同じ事を繰り返した。


――魔力切れを起こせば再生しないのではないか?


そんな消極的な希望を胸に抱いて首を斬り落とし続けてきた。

だが六つ首大蛇(むつくびおろち)は、そんな俺達を嘲笑うかのように再生を続ける。




――あれ?


「再生、しない…?」


皆も気付いた。

六つ首大蛇(むつくびおろち)の頭が再生しない事に。


「いよっしゃぁ! とうとう魔力切れを起こしたか!」


「やったぁ!」


「粘り勝ちね! でも、こっちも魔力切れ寸前よ、一気に倒しちゃいましょう!」


「おお!」


勝ちの目が見えたと一気に沸く仲間達。

だが、俺は懐疑的だった。


(本当か? 奴はまだ魔力を残している筈だ、これは魔力切れの結果じゃない)


なら何が違う? 今までとどこが違った?

俺は奴の首ではなく、斬り落とされた頭を集中して観察した。

今までは再生と共に崩れてしまって、しっかり確認できなかったのだ。


(アレは何だ?)


奴の首元、下顎の付け根に何かがある。

他と形の違う鱗。違う、形じゃない、向きだ。向きが他と違う。

薄らと赤い鱗…逆鱗? こいつ、蛇じゃなくて龍だったのかよ!


ずずぅうん!


観察している間に次の首が落ちた。早い。

六つ首大蛇(むつくびおろち)は確かに強いが、まだ何とかなるレベルだ。

仲間達(ザヴィア)の方が強い。正直言って、こいつら手が付けられない。


「あ!」


目の前で頭がぐずぐずに崩れ落ちた。それも()()()()同時にだ。


「ああっ!」


クミの悲鳴が聞こえる。


「首が…」


――元に戻った。


六つ首大蛇(むつくびおろち)。その名の通りに六つの頭が鎌首を(もた)げて俺達を威嚇している。

さすがは、()()中層を統べる主だ。俺達の心を折りに来ている。

この迷宮中層のコンセプトは「冒険者の心を折る」に違いない。実にエグい。


(だが、ヒントは得た)


俺は先程と同じ首を探す。赤い逆鱗を持つ首だ。

集中していたから判別できた。さっき二番目に落ちてきた首の逆鱗は薄らと青かった。

つまり、同じように見えてそれぞれの首は別なんだ。

よく考えたら、(ブレス)の属性もバラバラだったじゃないか。俺はアホか。

初撃以外、(ブレス)による攻撃が無かったから忘れてたぜ。


――見つけた!


「ヒデ! 右から二番目の首を狙え!」


「ゼン!? ――分かった!」


俺の指示に従い、ヒデは赤い逆鱗の首に狙いを定める。

仲間達はそれをフォローするように動いた。

長々と続いた戦いにも恩恵はあったようだ。彼らの連携が実にスムーズに行われている。


「うらぁっ!」


気合い一閃、六つ首大蛇(むつくびおろち)の首が落ちる。狙い通り赤い奴だ。


「ああ!?」


「再生しないわ!」


「凄ぇぞ、ゼン! 何か解ったのか!?」


「恐らく、倒す順番があるんだと思う」


戦いを続けながらも、解っている事を話す。情報を共有しなければ、この戦いには勝てない。


「今のは赤い奴だ。さっきは次に青い奴を斬り落としたけど、再生した。他のを狙わなきゃダメだろう」


「赤とか青って何よ!?」


「顎の付け根に一個だけ色の違う鱗があるんだよ。たぶん逆鱗だ」


「あ、ほんとだ。黄色とか緑もあるよ~」


クミには見えたらしい。随分と目がいいな。


「赤に青に黄色と緑? もしかして虹なんじゃない?」


「あ、そうかも! 橙と紫もあるよ!」


「まさか、中層入り口のプリズムか!?」


ヒデの一言に皆がショックを受ける。


「あれがヒントかよ!? リアル一か月も前の事なんか誰が覚えてるんだよ!?」


俺は「いつか殴ってやるリスト」にバーセレミの名を刻む事を決意する。

そんな俺を置いて、ヒデ達は六つ首大蛇(むつくびおろち)の攻略を進めていく。


「それはともかく、じゃあ次はどれを落とせばいいんだ?」


「橙ね」


「一番左だよ~」


「よっしゃあ!」


ずずぅんん! また一つ六つ首大蛇(むつくびおろち)の首が落ちた。


気を持ち直した彼らは着実に六つ首大蛇(むつくびおろち)の首を減らしていく。


「次!」


「黄色!」


「右から二番目~」


「おらよっ!」


ずずん


「次は諸説あるけど、この場合は緑ね!」


「真ん中~」


「ふんっ! 諸説って何だ?」


ずずん


「虹の七色って何種類かあるのよ。有名なのは二通りあって――次青ね」


「右~」


「へ~、おらっ!」


ずずん


「最後、紫ね~」


「この六つ首大蛇(むつくびおろち)の色はどっちにも共通してるわね。残りの一色が水色と藍色で別れるのよ」


「ほー。おらぁあっ! これでラスト!」


ずずん!


最後は楽勝だったな。こいつらも暢気に会話しながらだったし。

それも、六つ首大蛇(むつくびおろち)をしっかりと抑えてくれているアルフとテアがいればこそだけど。


(え? アルフが警戒を解いていない?)


まさか!?


「さあて、道は開けたかなぁ?」


ヒデがおちゃらけた声を出して周囲を見渡す。


「ヒデさんっ! まだです!」


切羽詰まったアルフの声が大ホールを切り裂く。


「何だって!?」


ホールに転がる六つ首大蛇(むつくびおろち)の頭が、()()()()()()()()()()()()


「そんな…」


サエの声が絶望に染まる。


「どうしてぇ?」


クミの声が打ちひしがれる。


「ゼン!」


テアの目が俺を捕らえる。泣きそうな顔で首を横に振っている。


(そうか、魔力切れ…)


アルフはここまで六つ首大蛇(むつくびおろち)を抑えている。

だが、その陰の功労者はテアだ。補助魔法でアルフの力を底上げし、傷を負えば回復させる。自身が傷を負う事はないが、一番消耗しているのはテアだった。


もう一度初めからやり直すには、俺達は消耗し過ぎていた。


――だけど


俺は背後を振り返る。退路はない。

恐らく皆も分かっていただろう。

中層に来てからと言うもの、先へと進む度に退路を断たれてきたのだ。

中層主(エリアマスター)との戦いだからって、なぜ今回だけが特別扱いになると言うのか。

絶望が心を染めていく。




「まだだ! 俺達はまだやれる! こんな所で終わってたまるか!」




ヒデが吠えた。

間違いなく強がりだ。

だけど、この絶望の中でも強がりを言えるのがヒデと言う男だった。


「ヒデ」


「ヒデちゃん」


「ヒデちゃぁん」


「ヒデさん」


「勇者」


皆の眼に光が宿る。


そうだな。細々(こまごま)とした事を考えるのはやめだ。

命大事に。まず生き延びる事を優先しよう。




(”魔力譲渡トランスファー・メンタルパワー”)




俺は、こっそりと自分の魔力を仲間達に分け与える。

事ここに至っては、俺が手伝い過ぎたらまずいかも、何て事を考えるのはやめた。

そんな事は些事だ。俺には仲間達の方が大切なんだよ。

バーセレミが何だ。文句を言って来たら逆に殴ってやる。


「ゼン…!?」


テアが珍しく吃驚目をしている。何だよ、俺が力を貸すのがそんなに変か。

あ、違うか。俺が一瞬で全員の魔力を満タンにまで回復させた事に驚いてるのか。


他の皆も魔力が回復している事に気付き出す。


「奇蹟です…」


「魔力が回復してる…?」


「ふわぁ…何だか元気が出てきたよ~」


アルフも大袈裟だな。サエとクミは、これがどれほどの事なのか理解していないから気楽なものだ。




そろそろ時間だ。

六つ首大蛇(むつくびおろち)の頭が完全に再生された。


「よし! 少しずつでも進んでる! ここからは根比べだ!」


その通り。

恐らく足りないのは、後一手か二手だろう。

それを突き止めれば俺達の勝ちだ。


「何かを見落としているんだろうな」


「そうね」


「何を見落としてるんだろうね~?」


俺とサエとクミで考える。

六つ首大蛇(むつくびおろち)を抑えるのはヒデとアルフ、テアに任せた。

頭一つ落とすのにも、体力や魔力等色々と消耗するからだ。


“きしゃああああああああ!”


「おっと、”夜の帳(カーテンオブザナイト)”」


六つ首大蛇(むつくびおろち)が珍しく(ブレス)を吐いたが、”夜の帳(カーテンオブザナイト)”で難なく防ぐ。


「便利ね、その技」


「いいよね~、わたしも覚えたいなぁ」


「それは無理ってもんだ」


先程までと違って、バラけず固まっているので守るのは楽だったりする。

お陰でサエとクミは、すっかり暢気に構えている。

心配なのはアルフの体力だが、そこはテアがフォローしている。きっと何とかしてくれる筈だ。

魔法ならバンバン使っていいぞ。魔力切れの心配はするな。補充は任せろ。


「あそこまで倒せたんだから、考え方は間違っていないと思うのよね」


「同意する」


「やっぱり何かを見落としているのかな~」


「だとすると、俺が気になるのは数だな」


「かず~?」


「虹は七色。なのにこいつは六つ首だ。一色足りない」


「つまり、まだ他に水色か藍色の首がいるのね」


「どこにいるのかなぁ?」


それを二人にも考えて欲しいんだよ。


「胴体と繋がっている何か、と考えると――尻尾かしらね」


「難しいな。頭と違って首を(もた)げないから確認できない」


「試してみよう? ここで考えてるより、やれる事があるならやってみようよ」


「そうだな」


「だとすると、水色か藍色かで順番が変わるんだけど――」


「そうか、最悪二回試さなきゃならないのか」


「いいえ。この考え方が当たっているなら、尻尾は藍色よ」


「え? あ、そうか!」


「ええ。水色なら緑の次の五番目で、藍色なら青の次の六番目になるの。でもね、間違いの首を落とせばすぐさま再生を始めると言うのなら…」


「さっきは最後の首を落とすまで再生は起らなかった」


「そっか! 六番目を間違えたんだね!」


「そう。だから尻尾は藍色って訳。なら紫の手前で尻尾を落とせばいいのよ」


サエはすっかり調子を戻しているな。冷静で勘のいい、いつもの彼女だ。


「よし。じゃあサエ、さっきみたいに順番の指示を頼む」


「分かったわ」


「クミは首の選別を頼む」


「うん! 任せてよ~」


と言う事で作戦は決まった。後は実行するだけだ。


「ヒデ! 今度は尻尾も斬り落とす事になった! やれるな!?」


一気に要件を叫んで伝える。


「おお、待ってたぜ! 了解だ!」


よし、作戦開始だ。


「サエ!」


「はい。まずは赤!」


「ヒデちゃん、右から二番目~」


「おう!」


返事と共にソルを横薙ぎに揮う。


ずずん! 六つ首大蛇(むつくびおろち)の頭はあっさりと落ちた。


「次、橙!」


「一番左~」


「おらよっ!」


ずずん


「黄色!」


「また右から二番目~」


「うらぁっ!」


ずずん


「緑!」


「真ん中~」


「おらぁっ!」


ずずん


「青」


「右~」


「はぁっ!」


順調に青まで斬り落とした。

ここまでは一度試しているから納得の結果だ。問題は次だ。


「次、藍色。尻尾よ」


「ヒデちゃん、次は尻尾だよ~」


「ここで尻尾か! おらよっ!」


首も尻尾も大差ないのか、ヒデにあっさりと斬り落とされた太い尻尾がずしんと地に落ちる。


「どう?」


「待て」


失敗なら、ここで再生が始まる筈。

緊張する時間だ。一瞬が何秒にも感じる。


変化は――ない。


「再生…してないよな?」


「してないわね」


「さっきと同じなら、もう再生してる筈だよ~?」


よしっ!


「ヒデ! 今度こそ本当にラストだ! 斬り飛ばせ!」


「おおおおお! スラァァアアッシュ!」


ずずぅうん!


六つ首大蛇(むつくびおろち)の全ての頭と尻尾を斬り落とした。

今度こそ倒し切った筈だ。

だけど、先程の事もある。俺は油断せず、慎重に、注意して死体の確認を始めた。




「――大丈夫だ。今度こそ本当に死んでる」


俺の言葉に、仲間達は全員揃って安堵の息を吐いた。然もありなん。ここまで長かったからな。


「あああああ、つっかれたぁ~」


「全くだわ。もう動きたくなーい」


「ほんとだね~。カミくん、抱っこして連れて帰って~」


「クミずるい。テアも」


「ふざけんなっ!? 俺だって疲れてるんだよ!」


「あ、あはは。みなさん割と元気ですね」


見ろ、六つ首大蛇(むつくびおろち)討伐の功労者、アルフが呆れているじゃないか。

あんなのんびりと攻略作戦会議を開けたのは、アルフが抑えていてくれたからこそなんだぞ。労ってあげようぜ。


「アルフ、お疲れさん。よく抑え切ってくれたな、ありがとう」


「い、いえ! それが私の役目ですから!」


実に謙虚だ。こいつらにも見習わせたいもんだわ。


「まあ、ここは休憩一択だろ。みんなは休んでいてくれ。後で上との直通転移魔法陣がないか調べてくるよ」


「有って欲しいわ。切実に」


「そうだね、早くお風呂に入りたいよ~」


お前ら、そればっかりだな。気持ちは分かるけどさ。


「やれやれ」


過去最大の強敵を下し、俺も少しだけ心の緊張を解いて休憩に入る。




中層の攻略は戦闘回数こそ少なかったが、確実に精神を蝕んだ。

俺の魔法で癒すにしても、緊張を強いる迷宮内より、リラックスできる宿の方が効果が高い。そのためにも一旦地上に戻るべきなのは間違いない。

ついでに攻略は二、三日休みにして、疲労を完全に抜くのもいいかもな。








普通の冒険者パーティーは、六つ首大蛇の首をこんな簡単に落とせたりしません。念のため。


評価頂いたので感謝の投稿。

もう連続投稿する程残りが無いので、このまま普通に投稿します。

二章は30話前後で終わりそうです。

12月、1月は投稿できるか分かりません。頑張って書きたいとは思っていますが…


※追記

 投降 ⇒ 投稿に修正。

 場所は後書き orz

 

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